第42話 3ー28 エミリア王女の一夏の体験 その一

  わたくしは、エミリア・ディ・ラ・シス・オルソー・ドラベルト。

 ライヒベルゼン王国王家の第四王女でございます。


 母は、王家の第一側室であるカトリーヌ・オルソー・ドラベルトです。

 王女と名がつく以上、わたくしにも、第七位の王位継承権はございますが、わたくしが王位に就くことなどありません。


 仮にわたくしに王位が回ってくるとするならば、王族がほぼ死に絶えたという由々しき事態の時に他なりません。

 従って、わたくしの将来は、王国内の上級貴族もしくは親しき隣国の上級貴族の下に嫁ぐことになるでしょう。


 そのためにもわたくしは色々と市井の事を知っておかねばならないのでございます。

 学院に入り、同じ歳の友人も多数できましたけれど、特に親しいのは同じクラスであり、同じ寮で隣の部屋に住んでいるヴィオラ嬢なのです。


 彼女は博識であり、いろいろと世情にも詳しいのでわたくしの困った時の知恵袋役の親友ですね。

 学院に入って初めての夏休み、長期の休みは冬休みもございましたけれど、夏休みは一番長い休みなのでございます。


 ヴィオラ嬢は、夏休みにエルグンド家所領のロデアルに帰省すると以前から聞いておりましたので、わたくしは思い切ってお母様にご相談し、夏休みをヴィオラ嬢の帰省先に訪問できないだろうかとお願いしたのです。

 後で知ったことでございますが、わたくしからの単なるお願いであったはずなのですけれど、あれよあれよという間に王家の命令に近い形でエルグンド家に打診がなされたようで、夏休みの三日前にはその準備が整ったのです。


 その意味ではヴィオラ嬢とそのご実家であるエルグンド伯爵家に多大のご迷惑をおかけしたと後で気づきました。

 本来であれば、王族の旅行などは余程のことが無い限り半年ほども前に計画が立てられて関係先にもお知らせが行くのだそうです。


 今回は夏休みまで時間も無かったために次回の休みまで持ち越す話まで出たようでございますけれど、取り敢えずはエルグンド伯爵家に打診をしてみようということで進んでしまった予定でございました。

 そんな影での動きも知らずに、わたくしは願いが叶ったと大喜びでロデアルへの旅行に旅立ったわけでございます。


 影で多数の人々がわたくしのために動いてくれたことを王都に戻ってからお母様に聞いて知ったのでした。

 王族であるだけに臣下や関係者に余計な迷惑をかけてはならないということをこのことで知ったのでございます。


 わたくしの周囲にそんなご迷惑をかけた以上、余程のことが無ければヴィオラ嬢のご実家を訪問することは二度とないと存じます。

 でも、でも、そんな悔悟の念を代償にしても良いと思えるほどの素敵な一夏の経験をしてまいりました。


 大好きなヴィオラ嬢とともに同じ馬車で6日も旅をいたしました。

 わたくしの見るもの全てが初めてのものばかりなので、わたくしはヴィオラ嬢に、「あれは何?」、「これは何?」と尋ねてばかりでございました。


 ですから一番迷惑をかけたのはヴィオラ嬢だったかもしれませんね。

 ロデアルについてからも、エルグンド家の皆様に歓待していただきましたけれど、寝る時を除いては、ほとんどの時間、ヴィオラ嬢が傍にいてくれました。


 ロデアル領内の名所旧跡も案内していただきましたし、ロデアル領内の名士の方々とのご挨拶も致しました。

 そんな中で感慨深かったのは、ガラス工房の見学と学校と孤児院の訪問でした。


 ロデアルでは、これまでにない色付きのガラスを産み出し始めていたのです。

 未だ生産数は少ないので滅多にお目にかかることは無いらしいのです。


 希少価値が高すぎて、貴族間での贈答品などに用いられる品がほとんどなのだそうです。

 王家にもエルグンド家からの献上品とし数点が贈られているそうですけれど生憎とわたくしは知りません。


 ガラス工房で驚いたことは製品の素晴らしさだけではありませんでした。

 ヴィオラ嬢が、ガラス工房で働く職人の方々ととても親しいことでした。


 職人が領主の娘を知っていることは左程不思議ではないでしょうけれど、領主の娘が一介の職人の名前を知っていることはとても少ないのじゃないかと思うのです。

 でもヴィオラ嬢は職人さんとお話をするときにものすごく親しげに話す上に職工さん一人一人の名前を呼んで話をするのです。


 その場で職人から自己紹介があったわけでは無いのですよ。

 寧ろ職人が造り上げた品を、見ながらその製品を作った職人さんの名を当てて、その出来栄えに簡単な批評を加えているんです。


 「リオ」をもう少し加えたらどうかとか、「クー」を減らした方が良いとかですが、わたくしに「リオ」も「クー」も全くわかりません。

 でも「リオ」も「クー」もガラスの色合いに変化を与える素材なのだと後でヴィオラ嬢に教えてもらいました。


 そもそもガラス製品自体が珍しいのに加えて、いろいろな色を出せること自体がすごいことなのです。

 ですからヴィオラ嬢も「色付きガラスの製法はロデアルの秘伝の技術なので・・・。」と詳しいことは教えてもらえませんでした。


 また日を改めて訪問したのが学校で有り、孤児院でした。

 学校も孤児院もエルグンド家がその経費の大半を出して運営しているものなのです。


学校については、ロデアル領内住んでいる一定の年齢以上の健康な子は誰でも入れるようです。

 わたくしたちが通っている王立学院は王家が設立したものですけれど、そこに入れるのは貴族もしくは准貴族の子女のみなんです。


 王都でも一般の平民が入れる学校はありますけれど、数がかなり少ないですし、そのほとんどを関係するギルドが運営しています。

 おまけに王立学院もギルドが設立・運営する学校も、かなりの学費が必要なんですが、ロデアルに作られた学校は、経費を伯爵家が負担しているために子弟の親が負担する学費は無いんのです。


 びっくりしたのは昼食までを学校の生徒に支給していることでした。

 王立学院では基本的に全寮制で、生徒は寮に入りますから、もちろん三食が給食されるわけですけれど、わたくしについている侍女のアレサに尋ねましたら結構な金額が寮費として学院に支払われているとのことでした。


 何でも学院生とその侍従や侍女に掛かる一月分の寮費だけで、市井の五人家族が三月から四月ほども裕福に暮らせる経費になるんだそうです。

 ロデアルの学校ではお昼だけの給食ですし、寮もありませんから王立学院のような経費は掛かりませんが、大勢の子弟が学ぶとなるとその経費は大きくなりますよね。


 それが負担できるほど伯爵領の財政は潤っているということなのでしょう。

 翌日に訪ねた孤児院でも似たような感触が得られました。


 王都にある孤児院は、二か所あると聞いていますけれど、どこも経営が大変で受け入れられる孤児の数も多くないと聞いています。

 王家からもそれなりの支援をしているはずですけれど、必要額には全然満たないのだそうです。


 これは学院に入る前に、たまたま孤児院経営に関わっているシスターにお会いする機会があり、その時に聞いたことなので間違いのない話です。

 わたくしは王女ですけれど生憎とわたくしが自由にできるお金はございませんでした。


 それで、お母様からいただいたブローチをお渡しして、これでなにがしかの金子に換えてくださいとお願いしたことが有るのです。

 シスターのお話では、孤児院では王都に住む富裕者等に寄付を募っていますけれど、大きな金額を出してくれるところは余りないようです。


 わたくしは王宮から出ること自体が滅多にありませんので、王都内のことについても知らないことが多いのですが、孤児院にも入れない子が王都もしくはその周辺にたくさんいるということも先日知りました。

 教えてくれたのはヴィオラ嬢でした。


 何でも古代の遺跡跡地に大きなスラム街があり、そこに王都の領民ではない人達が大勢暮らしているということと、王都内にも貧民街というべき貧しい人たちが住む区域があるようで、当該王都の城壁の外にあるスラム街はより貧困度が高いそうです。

 王都に所在する教会が時折炊き出しなどしているそうですけれど十分な量ではないようですね。


 でも、ロデアル領では三か所の街に孤児院を設置して、経費の大半を伯爵家が負担し、運営を教会に任せているようです。

 孤児院三か所の合計では、83名の孤児を預かっているそうで、12歳の成人になるまでは孤児院で生活することができるようです。


 もう一つ驚いたのはヴィオラ嬢の工房でしょうか。

 ヴィオラ嬢は、伯爵邸の一画にヴィオラ嬢専用の工房を持っているんです。


 ヴィオラ嬢が課外活動で錬金術を選択していたのは聞いていましたが、実家に工房まであるのはさすがにびっくりしました。

 今は学院に居るわけですので、現状ではヴィオラ嬢がロデアルに戻るまでは単なる倉庫と化しているわけですけれど、これまで見たこともないような機器が揃えられているのには驚かされました。


 王宮が抱えている錬金術師の工房にも一度見学に行ったことが有りますけれど、そことは雰囲気が違うので不思議です。

 錬金術師の工房って、大小の錬金釜が在って、戸棚に見たこともない珍しい素材がたくさんあるはずなんですけれど、ヴィオラ嬢の工房に錬金釜は小さなものが一つだけ、それ以外に大きな作業台の上に用途不明の金属製品やら、ガラス製品がたくさんありました。


 ヴィオラ嬢の工房での素材はというと、鍵のついた戸棚にガラス容器に収められた素材が沢山なのですが、どちらかというと粉末状のものや液状のものが多かったですね。

 王宮の錬金術工房では、何とかドラゴンの鱗だとか、何とかボアの牙だとか、元々の本体がよく分からないような固形物が多かったような気がするんですけれど、ヴィオラ嬢のところにはそんなものが無いんです。


 で、ヴィオラ嬢に魔物の一部などの素材は無いのですかと尋ねました。


「あぁ、必要に応じて入手するようにしていますから、普段は置いていませんね。

 エミリア様が必要ならば入手しますけれど・・・、要りますか?」


 随分と簡単にヴィオラ嬢が言っていますけれど、王宮の錬金術師は何とかドラゴンの鱗は金貨百枚で入手した逸品でございますとか言っていましたから、そんなに簡単に手に入るモノじゃないですよね。

 確かその時に何とかボアの牙は金貨二枚と言っていたように記憶しています。


 わたくしは、現金など持っていませんけれど、それでも先日学院の授業で教えていただきましたので貨幣の価値は知っています。

 金貨一枚は、大銀貨十枚もしくは銀貨百枚に相当します。


 金貨一枚で王都の一般市民であれば四人家族が一月暮らせるほどの大金なのです。

 何とかドラゴンの鱗が金貨百枚であれば、おそらく孤児数百人が一月十分な給付を受けながら生活できるようになりますよね。


 そんなものを入手できるほどヴィオラ嬢はお金持ちなのかしら?

 で、その疑問をぶつけてみました。


「錬金術の素材って、希少なためにずいぶん高いものだと聞いていますけれど、ヴィオラさんはそんなにお金持ちなんですか?」


「あぁ、お金ですか・・・・。

 無いわけではないのですけれど、素材で必要なものは大体自分で採りに行ったりするんですよ。

 自由市場で安く入手できるものもありますけれどね。

 うーん、確か、此処にある素材で購入したものは無いですね。」


 随分とあっけらかんとした返事が返ってきました。

 ですから、チョット突っ込んで聞きました。


「王宮の錬金術師はドラゴンの鱗とかボアの牙とかを大事に保管していましたけれど、そんな品は無いのですか?」


「ドラゴンの鱗にボアの牙?

 何だろう・・・。

 剣とか防具の素材にでも使うのかな?

 その錬金術師様の用途が不明ですけれど、必要であれば別の素材で代用することもできるように思えます。

 それに付与魔法をかければ、ドラゴンの鱗以上の効能が期待できるかもしれませんね。

 ですから私が目指す錬金術にはドラゴンやボアの素材は必要ありません。

 持っていても宝の持ち腐れになるかも・・・。」


 あらまぁ、しれっと付与魔術が使えることも漏らしましたわねぇ・・・。

 うん、そういえば王家の錬金術師さん、あの鱗と牙で何かを作ったのかしら。


 まさか保管しているのを自慢しているような単なる収集家じゃないんでしょうね?

 何となく王宮の錬金術師さんに疑惑を抱いてしまったわたくしでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 申し訳ございません。

 先週の投稿を忘れていました。

 先週分と合わせて二話投稿します。


  By @Sakura-shougen



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