第36話 3ー22 疫病?

 ヴィオラです。

 後一月もすれば学院の夏休みが始まります。


 学院生活の方は順調に過ごしていますよ。

 概ね学年で二番の成績になるように調整はしているのですけれど、総合の成績ではトップになってしまうようですね。


 今更急激に成績を下げるというわけにも行きませんので、従来通り二番狙いを続けています。

 王都に連れて来た私の工房の職人候補生、そうして王都のスラム街から選んできた職人候補生達は、いずれも順調に育っていますよ。


 この分で行けば、一年と経たずに一部の工房のお仕事を任せることが来そうな感じです。

 特に錬金術に素質を持った子達の成長が著しいですね。


 工房の生産と稼働率を上げるためには、今の倍の人数程度の候補生を育てなければならないとは思っていますけれど、採用する候補者のほとんどが未成人ですから、慌てずにじっくりと育てることにしています。

 来年にはロデアルとスラム街から三名か四名ほどが候補生に加わるんじゃないかと思っています。


 いずれ、ロデアルや王都のスラムだけでなく、より広い範囲で素質のある子を見つけることが必要ですね。

 素質のある者が孤児じゃない場合、親御さんの了解を得なければならない分、いろいろと面倒なのですけれど、本人のためにも良いことだと思いますので、鋭意人材確保を進めるつもりでいます。


 そんなこんなで、早くも初めての夏休みになろうかという頃合いですが、ちょっと不穏な情報を耳にしました。

 王国の南東部で奇病が発生し、多くの人が亡くなっているという話なのです。


 事の真偽を確かめるために、私(ヴィオラ)は、幻影のダミーを寮に置いて現地へ向かいました。

 不可視の状態で、なおかつ隠密に認識疎外をかけながら空を飛ぶこと30分余りでしょうか、噂になっているホルダイン伯爵領に到着しました。


 一度行ったことのある場所なら空間転移で行けるのですけれど、ホルダイン伯爵の領地にはこれまで行ったことが無いのです。

 多くの死者が出ているということは危険な疫病の可能性が高いので、私(ヴィオラ)の出で立ちは、宇宙服にも似た防護服姿です。


 必ずしもこのことを予期していたわけじゃないのですけれど、感染力の強い疫病が発生したなら、それに対応するためには自分がまず感染しないことが大事ですよね。

 結界も多分にその役目を果たすはずなんですけれど、万が一結界の中に侵入でもされたなら大変です。


 そのために、念には念を入れて、グレードを五段階に分けた感染症対策の防護装備を作っておいたんです。

 第一レベルは、病人との直接接触を避けるためのもので、防水性の布地の上下に髪をすっぽり覆う帽子、マスク、防護眼鏡、手袋、そうして長靴です。


 第二レベルでは、飛沫感染の恐れが高い際に、細菌等が衣類の隙間から内部に潜り込むことを防ぐため、防水性の高い布地でできた丈の長いパーカー、脚首のところをバンドで閉める構造のパンツ、防水性の靴下、上部をひもで縛り、折り返しがついて水が浸入しないタイプの長靴です。

 長い時間着装していると蒸れちゃうのが欠点なんですが・・・。


 私(ヴィオラ)の場合は、魔法で何とかしちゃいますので大丈夫なんです。

 以下、第四レベルまでは衣装や、マスク・手袋の気密性を高めたものですけれど、第五レベルでは、呼吸する空気も別に賄う方式で完全な宇宙服タイプですね。


 初動は万が一を考えて厳重装備で出陣、現地の状況を見てレベルを下げて行くつもりでいました。

 周囲からどう見られるかよりも安全が第一です。


 因みに私(ヴィオラ)の見掛けは、大人の身体にしています。

 学院に居るはずの私(ヴィオラ)が感染地帯に居るとわかったならまずいですものね。

 

 それと今回はボインボインのお姉さんである「マスコジェンカ」の身体はやめて、少し胸の薄いお姉さんにしましたよ。

 マスコジェンカが王都およびその近郊以外の場所に現れるとまた物議をかもすことになりかねません。


 防護服で覆っていますし、レベルを下げて第三レベル以下の防護服姿でもマスクはしていますから、目鼻立ちはかろうじてわかっても、おそらく顔までは覚えられないはずなんです。

 そのうえで身長や体形まで変えていれば、どこの誰かはわからないはずですよね。


 領都であるフラクスビルで色々と調査したところ、症状と採取できたウイルスから原因は天然痘と断定できました。

 あるいは、地球の天然痘ウィルスとは種が違うのかもしれませんよ。


 でも急激な発熱や頭痛、悪寒で発症するようですし、一時的に解熱するのですが、口腔(口の中)や咽頭いんとう粘膜(のどの粘膜)に発疹ほっしんが出現し、顔面や四肢、そして全身に発疹がひろがってゆく症状を呈しています。

 水痘すいとうの発疹に少し似ていますが、天然痘の発疹はすべて同じ形態で経過するのが特徴的なのです。


 前世でも紀元前から、天然痘は伝染力が非常に強く死に至る疫病として人々から恐れられていました。

 日本でも八世紀に大陸からもたらされて大流行し、多くの死者を出しています。


 そうしてまた、治癒した場合でも顔面に醜い瘢痕はんこんが残るため、「あばた」と称されて忌み嫌われていました。

 ジェンナーの種痘が普及したおかげで、WHOは1980年には天然痘の根絶宣言を行ったはずです。


 前世では無くなったはずの疫病ですが、ここでは猛威を振るっています。

 領都ラフスクビルでの感染率は五割を超えていました。


 天平時代に発生した日本の天然痘の大流行では、当時の日本の人口の25~35%が死亡したと言われており、地域によっては農業従事者の極端な減少によって農業生産ができなくなり、飢饉でさえ発生したそうです。

 このホルダイン伯爵領でも似たようなことが起きかねません。


 この疫病対策ですけれど、患者の治療とともに周囲に拡大することを防がねばなりません。

 おそらくは既に周辺にも広がっているのじゃないかと思われますが、発症してからでは感染源がひろがりますので、その前に隔離を本来はしなければならないのです。


 遅きに失したかもしれませんが、やむを得ないのでホルダイン伯爵領全域にわたって結界を作り、人の出入りを強制的に遮断しました。

 結界には薄い橙色の色がついているので周囲から見てもその境界が分かるはずです。


 その上で、周辺の領主とその側近には、感染予防策を闇魔法で強制的に教え込みました。

 種々の予防策を講じても感染は防げないかもしれませんが、発症患者が居たなら即隔離をしてもらわねばなりません。


 そうして私の能力をフルに発揮して、ホルダイン伯爵領の患者の治療に当たります。

 光の神ライゼン様からも教えを賜り、地球の神々の加護も可能な範囲で利用しました。


 千手観音や薬師観音って神様じゃなくって仏様のような気もするんですけれどそんなことにはこだわらず、そちらの加護も使わせてもらいました。

 何だろう?


 ラノベならエリアヒールなのかしら?

 ただし、その範囲が異常に広くって領都フラスクビルを中心に、半径がほぼ二十里(約260Km)の地域にエリアヒールとエリアキュアをかけました。


 キュアの方は、天然痘のウィルスを撲滅するためのものです。

 何もぜずとも天然痘が収まったと勘違いされても後々問題が生じる可能性がありますので、ホルダイン伯爵の領主館に行って、病に倒れている領主と看護にあたっている領主婦人に厳かに告げました。


 途中、衛士なんかもいましたが全て無力化して押し入りましたよ。


「私は、アロギ・カネバラ。

 神の恩寵を受けしものなり。

 此度の疫病は放置すれば国の存続も危ういものとなる。

 それゆえ、私が神の啓示を受けて人々の治癒に参った。

 既に亡くなりし者を生き返らせることはできぬが、できるだけの人を救うことにする。

 この病は、人と人の接触や体液と咳を媒介にして人から人にうつる病気じゃ。

 この病に限らず、人から人に感染する病は多い。

 取り敢えずはこの病を根絶するために力を振るうが、この後も似たような病にかからぬために、手洗い、うがい、それに身を清潔に保たねばならないので、領主殿はそれを領民にしっかりと伝えなさい。

 私は何の見返りも望まないが、そうしたことを民に教えるようお願いする。

 では、疫病の治癒を始める。」


 相手が呆気あっけにとられている間に、私はエリアヒールとエリアキュアを発動しました。

 この時は、敢えて目に見えるように私(ヴィオラ)の身体がまばゆいばかりの光を発するようにしました。


 その魔法発動の時点で一応の殺菌処理と治療は終了しました。

 但し、この療法は種痘のように人の抵抗力を増したわけではなく強制的に天然痘を殺菌し、その病毒を排除しただけなので天然痘に対する抵抗力がありません。


 工房に帰ったならば、薬師の候補生とともに天然痘のワクチンを作らねばなりませんね。

 但し、取り敢えずは、このホルダイン伯爵領とその周辺にまでエリアヒールとエリアキュアを拡大しなければなりません。


 一応、ホルダイン伯爵領を中心に王都までの距離と同等の範囲に何度かに分けて措置を講じました。

 その過程でホルダイン伯爵領の周辺領主にお願いです。


 疫病の所為でホルダイン伯爵領での食糧生産が滞っているので、可能な範囲で食糧援助などをお願いすると言って、お願いして回りました。


 無論、この時点で彼ら領主様の目の前でエリアヒールとエリアキュアを披露して、疫病は殲滅しましたけれどね。

 このおかげで、実は疫病以外の病も治った病人などが居て、その後しばらくは「ホルダインの奇跡」とか「聖女カネバラの奇跡」とか言われるようになりました。


 なんにせよ、多くの命が救えたことをよしとしましょう。

 あ、ついでに言うと天然痘で生じた瘢痕はんこんなどは、この治癒能力の行使できれいに治ったみたいですね。


 そんなに力を込めたつもりはなかったのですけれど、幼い頃とはだいぶん魔力量が違いますからね。

 そんなこともあるのでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る