第35話 3ー21 職人を目指して その四

 リンダです。

 私達は、ヴィオラお嬢様に連れられて初めて王都に参りました。


 王都の門では、身分の確認その他があって、用事のない者や身分の定かではないものについては詮議が厳しいですし、一定以上の罪を犯した者でないことをで確認しないと王都には入れないそうです。

 私たちは伯爵令嬢の雇人としての身分があり、伯爵家の使用人である執事やメイドとは異なりますが、それに準じた扱いとしてさしたるお調べもなく、一旦馬車を降りて水晶の玉に触れるだけで王都に入ることができました。


 門をくぐるとそこは別世界でした。

 多くの人が行き交う広い通りや広場、石造りの三階建てや四階建ての大きな建物がひしめいていました。


 そうして何よりも、王都の中心部には小高い丘が有ってそこに大きな王宮が見えました。

 私の乗った馬車も、ヴィオラお嬢様の乗った馬車やお付きの方たちが乗った馬車を追いかけるように、その王宮方面へと走らせています。


 取敢えずの行く先は王宮の近くにあるエルグンド伯爵の別邸なのです。

 既にヴィオラお嬢様から王都別邸の執事の方に連絡を入れていて、王都のしかるべき場所に「工房」入手の手配をしているので、明日にも工房予定地に行くことができるらしいのですけれど。


 当面は、エルグンド伯爵家王都別邸に泊めていただけるようになっています。

 その日は、王都別邸にある比較的大きな部屋二つに私たち7人と、アベルタさんとジーモンさんが男女別に泊まることになりました。


 お食事は、ヴィオラお嬢様とは別扱いで、少し遅くなってから別邸の使用人の方たちと一緒に食べさせていただきました。

 そうして翌日は、馬車に乗って王都別邸の使用人の手配で入手できた工房へ移動です。


 ヴィオラお嬢様もご一緒に工房へ向かわれますけれど、馬車は別ですね。

 この辺は守らねばならない貴族の格式があるので、執事やメイドなどの使用人とは異なり、私たち雇い人とは一緒の馬車には乗れないのだそうです。


 アベルタさん曰く、この辺の礼儀や貴族の習慣も覚えなければいけないことのようです。

 エルグンド家手配の工房は、エルグンド家の別邸から左程離れているわけではありませんが、貴族街と商人や工芸人等が住む商業街区との端境はざかい区域に当たる場所です。


 屋敷用地の周囲を高い塀で囲まれた比較的大きな二階建てのお屋敷です。

 何でも引退した豪商の別宅だったそうで、ここ十数年は空き家になっていたんだそうです。


 その意味では全体に多少古めかしいのですけれど内装が豪奢にできていて、部屋数も多いのです。

 ここでは一人一人に部屋を割り当てられるだけの数があるそうですけれど、これまで通り大部屋が良いかどうか訊かれました。


 私たちは独り寝に慣れていないので、最終的には男子女子に分かれた大部屋を希望したのです。

 結局ロデアルの寮と同じように、女の子四人が同じ部屋、男の子三人が同じ部屋、アベルタさんとジーモンさんがそれぞれ個室という配分になりました。


 その日は、ヴィオラお嬢様も含めて全員で工房のお屋敷の部屋や施設を確認しました。

 驚いたのは、ヴィオラお嬢様が行く先々で色々と住居の設備を改装して行くことでした。


 その前にヴィオラお嬢様が、一言、宣言をされていました。


「これから見ることは決して他言してはなりません。

 もし多言しようとすると当分声が出なくなりますので注意してね。」


 ヴィオラお嬢様の発言は、神託に等しいものなのです。

 ヴィオラお嬢様が言ったことなら、間違いなくそうなります。


 ロデアルの寮で過ごしていた経験からそのことを知りました。

 まずは、井戸は屋外にあるのですけれど、そこに蓋をして、魔道具の汲み上げポンプが設置され、屋内お必要な場所までの配管がなされて、お屋敷のいたるところで水か使えるようになりました。


 お台所等にはシンク(流し)が設置され、上水管とは別に排水管までもがあっという間に設置されたのです。。

 同様におトイレが水洗式のものに替えられました。


 寮では、当然に職人さんがなした仕事だろうと漠然と考えていましたけれど、もしかするとロデアルの寮もヴィオラお嬢様が全てを改装したのかもしれません。

 お風呂場もありましたが、温泉ではないので魔道具の湯沸かし器が設置されました。


 お部屋の灯りなどはろうそくを使う燭台やシャンデリアだったのですけれど、これもヴィオラお嬢様が魔道具の灯りに換えてしまいました。

 この魔道具の灯りはすごく明るくて、見えなくても良い小さな汚れが目立ってしまうのでお掃除をしっかりとしなければならないのが玉に瑕なんです。


 そんな贅沢なことで文句を言っても始まりませんよね。

 午後からはこの工房で生活に必要な品々が商人の手配で運び込まれました。


 ベッドや毛布等の寝具、机や椅子、食堂テーブルや椅子、床に敷くカーペット、窓のカーテン等々、いろいろな物が運び込まれ、それぞれ設置されて行きました。

 慌ただしかったその日は、訓練も勉強もお休みですけれど、明日からはまた自主訓練や指導が始まります。


 ヴィオラお嬢様は、学院の長期休暇も終わって、明日から学校に行かねばならないのだそうですけれど、放課後には工房にやって来て、私たちの指導に当たってくれるのだそうです。

 そうしてもう一つ、王都在住の方で工房のメイド等をしてくれる人が明日と明後日に来ることになっているそうです。


 アベルタさんとジーモンさんだけではなかなか大変ということなのかもしれませんが、もう一つ、ヴィオラお嬢様は工房の職人候補として別の者を雇うおつもりのようで、いずれこの工房の住人が増えることになりそうです。


 ◇◇◇◇


 翌日、二人のメイドさんが工房のお屋敷に来ました。

 エレオノーラさん16歳とクレムヒルデさん16歳のお二人です。


 このお二人は、アベルタさんの指導の下で働くそうです。

 そうしてその翌日には、男性の執事見習いがお屋敷に来ました。


 お名前は、ルドルフさん17歳で、この人はジーモンさんの指導に着くことになります。

 こうして新たに加わった三人を含めて、12名でこの工房らしからぬお屋敷で過ごすことになりました。


 ヴィオラお嬢様は、毎晩のように屋敷へ来て私たちをしごいて行きます。

 そうして屋敷の中には次々と新たな施設が増えて行きました。


 そのほとんどは暖房や冷房設備等の傍目に気づかないほどの小さな変化でもあります。

 そうしてこのお屋敷に移り住んでから四日目には、それまでなかった地下室への階段ができ、地下一階にかなり広めの工房六つができました。


 この工房ができたことにより、お屋敷が初めて作業場らしくなりましたね。

 この地下室への階段は、一階の一室である倉庫の中にある扉を開けないとみることができません。


 そうしてこの扉の鍵は住人だけが持っているのです。

 鍵を開けて扉の中に入るとそこは、地階への階段がある踊り場になっており、放っておけば扉はひとりでに閉まります。


 そうして閉まった扉は鍵が無いと開けられないのです。

 ヴィオラお嬢様の説明では、この周辺には魔法がかかっているのでヴィオラお嬢様の許しを得た者でなければこの階段を降りること自体ができないんだそうです。


 ヴィオラお嬢様がそう仰るならその通りなのでしょう。

 私たちはヴィオラお嬢様の言葉に一切の疑いをはさみません。


 私たちの日中は、ヴィオラお嬢様が出された課題をこなす自習が主になりますが、夕食後はお嬢様がこの工房のお屋敷までやってきて私たちをしごいて行きます。

 王都に来てから二月が経ったころ、私たちに仲間が増えました。


 女の子が二人、男の子が三人です。

 いずれも王都の外にあるスラム街区から拾われてきた子のようです。


 女の子は、カマラ8歳とエテルナ9歳。

 男の子は、バルトルト11歳、ヨハン10歳、トビアス8歳です。


 共に姓は無いようです。

 ヴィオラお嬢様が、みんな家族だからと言って、彼らには「リンデンブルク」という姓名を与えてくれました。


 姓が無い場合だと困ることが多いので、仮に孤児であっても姓を与えられるものなのです。

 私たちの孤児院では例えば捨て子のような場合、姓も名前も院長先生が付けてあげていました。


 新しい仲間5人は、最初はとっつきにくく、ロデアルから来た者と何となく壁を作っているような感じがありましたが、すぐにヴィオラお嬢様が間に入って仲を取り持ってくださいました。

 エテルナなんかは、私と同じ錬金術の潜在能力が有るようで、一緒にお嬢様の指導を受けているうちにすぐに仲良くなりました。


 彼女の方がお姉さんなんですけれど、受けている指導時間では私の方が長いので、いろいろと私が役立つことを教えたりしているうちに親しくなったんです。

 いずれにせよ、工房の職人候補が増えてなかなかににぎやかになっています。


 その分ヴィオラお嬢様の指導が大変じゃないかと思うのですよ。

 お嬢様から指導を受けているうちに、徐々に私も魔力をどう扱えばよいのかわかるようになってきました。


 未だ、お嬢様の望むような成果を上げることはできていませんが、徐々に目標に近づいているという手ごたえは感じています。

 今の私は、いつか錬金術師となって、お嬢様の望まれる有用なものを次々と作って行きたいと思っています。

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