第34話 3ー20 職人を目指して その三

 リンダです。

 ヴィオラお嬢様があたしたちの寮に来られました。


 皆でお出迎えした後に、揃って一階にある広い部屋に入りました。

 この部屋は、全員が座ってもまだ余るほどのソファと椅子それにテーブルが置かれているだけの部屋です。


 アベルタさんのお話では、昔はここを応接室として、商人との商談などに使っていたようです。

 そうしてこれから当座の間は、ここが仮工房であり、あたしたちの研修・訓練をする部屋になるんだそうです。


 お嬢様の指示により、あたしたち孤児院から連れてこられた子は全員が椅子か長椅子に座っています。

 アベルタさんとジーモンさんも一緒に傍についていてくれます。


 皆が注目している中で、お嬢様が言いました。


「さて、取り敢えず、住むところ、着るもの、それに食事も与えられましたね。

 あなた方は、これから私の作る新たな工房の職人になります。

 私の作る工房では、他所よそでは作れないものを産み出すことになり、そこで働くあなた方も独自の能力をはぐくまなければいけません。

 ここにいる七人はみな独特の能力を持っていますが、今の段階ではそうした能力が有ることすらわからないでしょう。

 ですから、これから地道に勉強し、訓練をして行かなければその能力を生かすことはできません。

 私は、あなた方を職人として雇いました。

 私は、あなた方に私が望む一人前の職人なってもらいたいと考えています。

 本人の努力がまず必要ですし、周囲の理解と支援も必要です。

 当座は、ここにいるアベルタさんとジーモンさんがあなた方の面倒を見てくれます。

 でも、自分のことは自分でできるようにできる限りの努力はしてください。

 今後の予定を伝えておきますね。

 明日から私が指導者になって皆さんの訓練を実施します。

 最初に行うのは、基本的な訓練で、全員が同じ訓練をします。

 基礎的な力が身に着いたなら、次には個別の能力をより良いものへ導くための研修と訓練に入りますが、多分かなり後になるでしょう。

 ここしばらくは午前中に基礎訓練、午後の半分を使って教養を身に着けるためのお勉強に当てます。

 午後二の時になったら、夕食時までは体力の錬成時間とします。

 何をするにも身体が資本ですから健康でなくてはいけません。

 走ったり、跳んだり、いろいろな力仕事のような鍛錬をすることがあなた方の健康を守ります。

 運動によって汗をかいたなら、お風呂に入ってすっきりとし、夕食後は自由時間ですけれど、当分の間は、このエルグンド家のお屋敷の外に出ることは禁止します。

 寝る前にも大事な修練があります。

 その修練のやり方は今晩教えましょう。

 そうして大事なことは、これから20日ほどすると、私は王都に戻らねばなりませんが、あなた方は私の工房の職人候補生なんですから、皆さんも私と一緒に王都に出向くことになります。

 正式な日程は、後で知らせますけれど、その時まではこの寮でいろいろと学び訓練をしてください。

 ベッドメイキングや部屋の掃除なんかもあなた方職人候補生のお仕事の一つですが、これは、アベルタさんやジーモンさんに教えてもらってください。

 あなた方への報酬は、衣食住のほかに、お給金として毎月十日に金貨一枚もしくは銀貨十枚を与える予定です。

 これは今のあなた方に支払う報酬であって、今後あなた方が色々な成果を出せるようになった段階で、報酬額を引き上げて行くことになります。

 今日のこの時間は、一つだけ訓練をしましょう。

 それは魔力操作です。」


 魔力って?

 え?


 あたしたちにも魔力ってあるの?

 あたしは本当に驚きました。


 だって、魔力を使って奇跡のようなことを引き起こせる人は非常に稀で、お貴族様や聖職者などごく少数の人に限られると聞いていたからです。

 だから、まさかあたしたちのような孤児にもあるものだとは本当に知りませんでしたし、思ってもみませんでした。


「ウフフッ、人により大きさが違いますけれど、あなた方にもちゃんと魔力があるんですよ。

 そうして私の工房では魔力を扱えなければ職人になれないのです。

 これからやることはその基礎の基礎ですね。

 でも、みんなできますから安心して私の言うとおりにやってみてください。」


 お嬢様はそう言って、にっこりと微笑みました

 あたしたちは順番にお嬢様に向かい合った椅子の前に座らされ、そこでお嬢様が一人一人の手を取って、話しかけながら魔力の源を教えてくれました。


 とっても不思議な経験でした。

 お嬢様と向かい合って両の手をつないでいると、右の手からお嬢様から魔力がゆっくりと流れてくるのが分かったのです。


 その魔力はあたしのおなかの奥底にまで達し、そこを刺激してからゆっくりと上がってきて、やがて左手から出て行くように流れるんです。

 物凄くゆっくりとした動きなんですが、まるで血の管の中を少し暖かい水の塊が流れているようにも感じました。


 最初はなんというか異物の侵入のように感じて「ぞわっ」としましたけれど、すぐにそれが愛おしいもの、心地よいものに変化しました。

 後で思い起こすと、そうすることで、魔力に対する親しみができたような気がします。


 こうしてお嬢様手ずからの教えにより、その日初めて魔力のあり場所とその動かし方を私たちは何となく知ったのです。

 日が暮れる前には全員の導きが一通り終わりました。


 その日から、お嬢様は寮の一室、もちろん、ホール右手側の二階で、あたしたち女子の部屋のお隣の部屋に泊まるようになりました。

 今日から王都に立たれる日までお嬢様は原則として寝食を共にされるのだそうです。


 あたしと同い年のお嬢様ですけれど、とっても頼れる家族ができたみたいな気がします。

 まるでお嬢様が、新たなお姉さまのような気がしているんです。


 その日からある意味であたしの自主的な訓練が始まりました。

 魔力のあり場所とその流れる感覚を忘れないために、暇を見つけては、その訓練を自分でするんです。


 そうして、夜寝る前には、お嬢様が立ち会って魔力がほとんど無くなるまで魔力の放出をします。

 お嬢様が立ち会うのは『魔力枯渇』という危険を防止するためなんだそうです。


 魔力枯渇は、場合により命を失う危険性もあるそうで、傍に人がついていないと危ないので当面は一人では行わないよう言われています。

 一方で魔力を体内で循環させることは魔力錬成と言って、魔力の減少を招かないので大丈夫なんだそうですけれど、実際にはひどく疲れるんです。


 体力ではなくって、気力が尽きるという感じでしょうか。

 一生懸命にお勉強で頭を使ったときに感じる疲れですね。


 一方で、寝る前の魔力放出は、お嬢様が止めるまであたしたちは懸命に実行するんです。

 きっとお嬢様にはあたしたちの魔力の残量が分かっていらっしゃるんだろうと思います。


 夜寝るときに、お嬢様が私たちの寝室にやってきて、それから皆が一斉に魔力の放出を始めるんです。

 もちろん魔力の放出だって、お嬢様に教えてもらうまではどうすればよいのか知りませんでした。

 

 魔力の放出はどちらかというと自分の魔力の根源から右手あるいは左手へと魔力を流し、そこから空気中に放出するような感じです。

 人によって放出量が少ないのか、あるいは魔力総量の多い少ないが影響するのか、それぞれ放出する時間が違うんです。


 それを的確に見定めて、お嬢様が放出をやめさせます。

 女子4人の中ではあたしがいつも最後に終わります。


 お嬢様はあたしたちの魔力の放出に最後まで立ち会い、それから男子の部屋に行くんです。

 いつもお嬢様のそばに控えているローナさんとご一緒ですが、あたしたちは疲れてすぐに寝てしまいますが、お嬢様は男子の魔力放出にも立ち会い、それから寮の中の暫定的なご自分の部屋とされた隣の部屋で休まれるみたいです。


 あたしたちのために夜遅くまで立ち会ってくれているお嬢様にはとっても感謝しています。

 このご恩はできるだけ早くお嬢様の望まれる職人になることで返さないといけませんね。


 いずれにしろ、あたしたちは工房の職人になるはずですけれど、ほとんど何も職人らしきことをしないまま、飛ぶように毎日が過ぎて行きました。


 ◇◇◇◇


 伯爵家の寮に入って20日目、今日は出立の日です。

 前日に荷物をまとめ、朝には馬車に乗り込みました。


 ここに来るときの荷物は古ぼけたカバン一つでしたが、今の私の荷物は大きめのカバン二個になっていました。

 古ぼけたカバンはまだ使えそうなので、孤児院に贈って使ってもらうようにしました。


 ついでに始めていただいたお給金の銀貨十枚のうち半分を孤児院に寄付しました。

 そうしてここへやってきたときに乗った少し大きめの馬車に全員が乗りました。


 ヴィオラお嬢様は、伯爵家嫡男のクリスデル様や長女のグロリア様とご一緒に、エルグンド家の大きな家紋のついた馬車でご出立です。

 そうしてもう一台の馬車には、アベルタさんやジーモンさんに加えて二人ほどが載っています。


 王都にアベルタさんやジーモンさんのお二人が一緒に行かれることを知ったのは、ほんの三日前のことでした。

 王都で新たな知り合いができるのも楽しみですけれど、寝食を共にしたお二人が居ることの方がとても心強いんです。


 あたしたちはこうしてエルグンド領であるロデアルを去ったのです。

 王都へ着いたのはロデアルを発ってから6日目のことでした。


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