第33話 3ー19 職人を目指して その二
リンダです。
この後、どうなるのかわからないのでいっぱい不安を抱えているうちに、翌朝になり、朝食の後、孤児院を発つことになりました。
荷物と言ってもさほど多くはありません。
着るものとちょっとした思い出の品ぐらいですね。
おじいさんとおばあさんが亡くなって、孤児院に入る時、身の回りの品や衣類を近所の人が詰めてくれた古ぼけたカバンに入れて準備は整いました。
おじいさんとおばあさんの形見の品もその中に入っているんです。
孤児院の玄関前には、昨日、お嬢様が乗っていた馬車ほど豪華ではないものの、真新しい立派な馬車が待っていてくれました。
昨日お嬢様に指名された7人が玄関わきに全員揃っています。
あたしみたいにカバンを持っていない子は、シスターから大きな袋をもらってそれに身の回りの品を入れています。
ほとんど旅行なんてしませんから、カバンなんか持っていない子が多いのです。
でもカール
これは来春には孤児院を出て行くはずだったので、そのために用意されていたものなのです。
出番が少し早くなりましたけれど、役に立ってよかったですね。
あたしがこの孤児院にお世話になったのは2年足らずでしたけれど、たくさんの兄弟姉妹と知り合いができました。
ありがとう、院長先生そうしてシスター。
お礼を言って馬車に乗り込みました。
行く先は、この地の領主様のお屋敷です。
もちろんあたしが行ったことはありませんからどこにあるのかどんなお屋敷なのかも知らないんです。
馬車が走り出し、しばらくすると丘の上に立っている大きなお屋敷が馬車の窓から見えるようになりました。
石造りのお屋敷は孤児院や教会よりも大きくて、周囲を高い鉄柵で囲まれており、それはそれは立派なお屋敷です。
馬車は門番さんのいる正門を通って柵の中に入って行きますが、正門から大きな建物まで三分の一リーグ(約570m)ほどもありそうな感じです。
でも、馬車は正面の玄関ではなく途中の分かれ道から右手に向かい、やがて大きなお屋敷の裏手へ回り込みました。
そこにも大きな建物がありました。
二階建ての大きな建物は孤児院以上に大きいです。
正面から見える窓の数を数えたら、一階部分だけでも両手の指では足りませんでした。
だからきっとたくさんの部屋があるのだということが分かりました。
お嬢様が言っていた住むところはここなのでしょうか?
そうして馬車はその建物の玄関前に停まりました。
御者の人が言いました。
「寮に着いたぞ。
みんな降りて。
忘れ物をしないようにな。」
あたしたちが順に馬車を降りて行くと、玄関からは青っぽい衣装を着た男女二人が出てきて、あたしたちを出迎えてくれました。
そのうちの一人が言いました。
「私は、アベルタ。
ここはヴィオラお嬢様が用意したあなた方の寮であり、臨時の工房です。
私はあなた方の身の回りの世話をすることになっているこの寮のメイドです。
そうして、私の隣にいるのが、同じくあなた方の世話をすることになっている執事のジーモンです。
少なくともこの寮にいる限りは、私たち二人があなたがたの母親代わり父親代わりと思って暮らしてください。
では、寮に入りましょう。
皆さんのお部屋は二階です。
部屋に案内しますので、いったん荷物を置いたら、階段下のホールに集まってください。
あなた方が過ごすことになる寮の中を案内します。」
そう言って、あたしたちを寮の中にいれてくれました。
大きなお屋敷のほうは石造りのようでしたが、寮は年季の入った木造の建物です。
玄関を入ると、まず目につくのは大きな吹き抜けのホールですね。
立派なシャンデリア風の灯りが中央の天井から下がっています。
でも、柱も階段の手摺や支柱なんかはとてもきれいに磨かれていて飴色に光っていますので、丁寧に手入れされているんだろうと思います。
孤児院のように隙間風の入りそうな立て付けの悪い戸や窓、床面の割れ目や腐食部なんかは見当たりません。
どこもかしこもきれいに磨き上げられている感じです。
こんな立派なところに住まわせてもらって良いのだろうかとまた不安になってしまいます。
ホールの左右に二階とつながる階段があり、男の子三人は、ジーモンさんに連れられて左の階段に、あたしを含む女の子四人はアベルタさんの案内で右の階段を上って行きました。
二階に上がると、左右が廊下でつながっていますけれど、一応中央のホールで男の子と女の子の部屋を分離したみたいです。
案内された部屋は、ベッドが六つも置かれている大きな部屋でした。
あたしたち四人はこの大部屋で一緒に暮らすことになりそうです。
孤児院では大部屋で一緒に過ごしましたから四人一緒のほうが心強いですね。
四人の一人ずつにベッドが割り当てられ、バッド脇に据え付けられた大きなチェストも一人一人に割り振られました。
孤児院ではベッドの下に入れてある木箱がタンス替わりでしたから、それだけでずいぶんと違います。
もっと違うのはベッドですね。
触るととってもふかふかなんです。
シーツも毛布も新品ではないのですけれど、シワ一つなくきれいにたたまれているものでした。
孤児院とは大違いですね。
孤児院のシーツは本当に古いので、どんなに洗っても黄色のシミが取れない代物でしたし、何度も洗っているために生地が薄くなっていましたね。
そうして洗面所が寝室とドア一枚でつながっている隣の部屋にありました。
また、この洗面所には少なくとも六つのトイレがあるので、孤児院のように誰かが入っている間、我慢しながら待っている必要はなさそうです。
これまでの孤児院では朝なんかそれこそ戦争でしたもの。
お部屋と隣の洗面所を確認してすぐに、一階のホールに降りました。
一階ホールに全員が揃うと一階部分の探検です。
一階には、共用部分が多いようです。
用途不明の大きな空き部屋が四つ、大きなキッチン、大きな食堂、そうして立派なお風呂がありました。
そのほかにも洗濯室やら談話室など共用設備がたくさんあるようです。
変わったところでは図書室。
書籍が置かれていない名前だけの図書室なんです。
アベルタさんのお話ではこれから準備するんだそうで、あるいは間に合わないかもしれないと言っていましたね。
うん?間に合わない?
どういう意味なんだろう。
一階部分を案内された後、二階部分の施設の使い方も教えられて、寮の見学はおしまいです。
次いでアベルタさんがあたしたちに申し渡したのは、「お風呂に入りなさい」ということでした。
お風呂は一階に男女別に二つあるのを確認しています。
お風呂というものがあるとは以前に聞いたことがありましたけれど、これまであたしたちが風呂に入ったことなんか有りません。
もちろん、おじいさんの家にもありませんでした。
お風呂というものはとてもお金がかかるので、お貴族様のところにぐらいしか無いように聞いていましたから、あたしたちには縁がないものと思っていたのですけれど、ここではまずお風呂に入らないといけないようです。
アベルタさんに連れられて、女の子四人が一緒に脱衣室で脱ぎっこですね。
お風呂場の床は石造りになっています。
びっくりしたのは、木製の大きな浴槽に壁に開いた四角い穴に取り付けられた
アベルタさんの説明では、ヴィオラお嬢様がこの屋敷の地下深くにあった温泉を掘り当てて、必要な設備を施したので、いつでも入れるお風呂がこのお屋敷中にあるんだそうです。
そんなことでちょっぴり熱いお湯の浴槽に浸かるという初めての経験をしました。
あ、浴槽に入る前に必ず身体をしっかりと洗わないといけないのだそうです。
泡がたくさん出る白い液体をタオルにとって、身体にこすりつけて汚れを落とします。
タオルでは泡がたくさん出るのに、身体をタオルでこすっても泡が出ません。
アベルタさん曰く、垢が取れるまで泡立たないから何度も洗いなさいと言われました。
洗ってシャワーを浴びるんですけれど、最終的に都合四回も洗いました。
もう一つ、髪も洗ったんですけれど、こちらは別の少しピンク色の液体を髪につけて二人一組で洗いっこしました。
こちらも泡が出るようになるまで、実は4回も「洗い」と「流し」の繰り返しでした。
これまで余り気にしていませんでしたけれど、アタシ達どうやら垢まみれだったようですね。
初めて知りました。
お風呂から上がってびっくりしたのは髪の毛がさらさらで輝いていたことです。
お嬢様の髪の毛がきれいだったのはこの所為だったのだと初めて気づきました。
そうしてお風呂から上がると、あたしたちの着ていた衣服とは別の薄青色の衣装が新しい下着と一緒に用意されていました。
衣装の大きさは少し緩めなんですけれど、あたしたちは育ちざかり、少し緩めのほうが長く使えるんです。
本当に住むところと着るものは用意してくれるみたいですね。
食事は、この後談話室で休憩した後で、食堂に行きアベルタさんやジーモンさんも一緒に簡単な食事をいただきました。
作り置きのものを温めなおしただけのものなんですが、とってもおいしかったんです。
住むところ、着るもの、食べるものも与えられてあたしは十分幸せです。
午後からは、仕立て屋さんが二人寮に来ました。
あたしたち全員の身体の寸法を測っていました。
何でもあたしたちの衣装をたくさん誂えるんだそうです。
あたしは、今着ている衣装だけでも十分と思っているのに、・・・。
その日の夕刻近くになってヴィオラお嬢様が、寮にお見えになりました。
あたしたち全員が一階のホールでお出迎えです。
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