第32話 3ー18 職人を目指して その一
私は、リンダ。
ほんの少し前までロデアル孤児院に引き取られていました。
私が生まれたところは、ロデアルから領地を二つも超えたヴァニセル領のロシュナイという集落だったようです。
流行り病でロシュナイに住んでいた両親と親族は、そのほとんどが亡くなったと聞いています。
あいにくと物心ついた時には、おじいさんとおばあさんのところに引き取られていましたので、生まれ故郷の記憶はほとんどありません。
ただ、おじいさんとおばあさんが色々とお話ししてくれた中に両親がロシュナイに住んでいたということが有っただけなのです。
ちなみに院長先生に聞いた話ではロシュナイという地名は残っていても、集落の人々は離散し、荒れ放題となっていて人は住んでいないところだということです。
私のように生き残った者は、身寄りを頼るか引き取られて別の地で生きているのでしょう。
但し、私を引き取ってくれたおじいさんとおばあさんも一昨年、昨年と相次いで亡くなって、私はロデアルにできた孤児院に引き取られたのです。
孤児とは、保護してくれる人がいない子供ですから、とても立場は弱いのです。
幸いにして院長先生もシスターもとても良い人なので、私も生きていられました。
私たちの食べ物にかかる費用は、寄進と喜捨から出ているそうです。
隣り合っている聖フランシス記念教会に寄進された浄財の一部が、孤児院の運営に委ねられているほかに、ロデアルの領主であるエルグンド伯爵様の喜捨の額がとても大きいのだそうです。
そんな難しい話をなぜ知っているかですって?
院長先生とシスターが毎月の予算をいろいろ話し合っているところをたまたま聞いてしまったから知っているのです。
孤児院の運営費は、月に金貨20枚ほどかかるようですが、その9割はエルグンド伯爵様からの喜捨で賄っているそうなんです。
お貴族様がお金持ちであることは薄々知っていましたけれど、一年では金貨300枚ほども孤児院に出されていることになりますよね。
私がおじいさんやおばあさんが生きていたころにお小遣いでもらったのは、年に数回で、その額を合わせても精々銀貨が数枚でした。
銀貨10枚で大銀貨、大銀貨十枚で金貨になることは知っていますけれど、実は大銀貨も金貨も手にしたことは一度もありません。
まぁ、お金の話は置いておいて、私はそのエルグンド伯爵様の次女にあたるヴィオラ様に見出されてしまったようです。
他にも孤児院に居た6人が選ばれ、私たちは急遽孤児院を出ることになったのです。
私はまだ七歳ですから、まだまだ孤児院にいても良いはずなのですけれど、カールお
孤児はなにかと
何か不祥事を起こした際に、後ろ盾になってくれる人が居る子と居ない子では、雇う側の心証が最初から違うのです。
ですから同じ能力を持っていても、二親が揃っている子に比べると、虎児はとても就職が難しいのだそうです。
そうしてカールお兄とビルギットお姉もその壁にぶつかっていました。
10歳の夏のこの時期、早ければ見習いとして試しの働きに出ていてもおかしくないのに、カールお兄とビルギットお姉は苦戦しているようです。
どうしても定職に就けなければ借金奴隷になるという方法もありますが、あまり良い方法ではありません。
借金奴隷は、職に就くまでの間は奴隷商人に食わせてもらえるのですけれど、いざ働き出しても借金奴隷の仕事は、個人の成果としては社会的に半分しか認めてもらえないのです。
例えば料理人として4年間働いた借金奴隷の経歴は、普通の料理人が2年働いたものと同等としか見做されません。
単純に言えば料理人の階級社会で、その経歴の半分が無視されてしまうということです。
ですから借金奴隷になった人は、コック長にはなれません。
このことは、どうも不文律の掟としてそうなっているようです。
また、奴隷の購入費用は、購入者である主人への借金として借金奴隷に重くのしかかりますし、借金額の多寡により奴隷として働く期間が変化するのです。
そうして借金奴隷の場合、どんなに短くても1年未満はありません。
仕事にもよりますけれど、人一人の労働賃料は意外と高く売り買いされてしまうのです。
その分、雇い主が多額の代金を支払って借金奴隷を雇いますから、その分の額が返済しなければならない額として残ってしまうのです。
そうして、おかしなことに既定の期間をまじめに働いたからと言って、奴隷から解放されるとは限りません。
雇い主である主人が借金奴隷の働きぶりを見て、月々の報酬に代わる返済額を決めますので、往々にして予定された年限よりも長くなることが普通にまかり通っているのです。
ですから、借金奴隷の場合は、労働の成果は借金返済に費やされるために、お金を貯めるということがほとんどできません。
従って、年季奉公が終えても無一文という構図はあまり変わらないのです。
その間は食つなぐことができるというだけのことでしょうか?
話を戻しましょう。
エルグンド伯爵の次女であるヴィオラ様は私と同じ7歳です。
その方が急に孤児院にお見えになりました。
前日の夕刻には、院長先生の所へ訪問の通知が入っていたようですけれど、私たち孤児が知ったのは直前のことです。
貴族への応対は付け焼刃でどうにかなるものでもないので、礼儀のほうはできるだけ失礼のないようになさいとの一言で片づけられました。
お見えになった伯爵令嬢は立派な馬車に乗って来られ、玄関先で院長先生とシスターがお出迎えです。
孤児院の孤児全員が講堂に参列縦隊で並んでいると、ヴィオラ様が私たちの前に姿を現しました。
伯爵令嬢らしく、たくさんフリルのついた豪華な衣装なんですけれど、ごてごてとしているわけではなく意外にすっきりとしています。
髪はコバルトブルーの緑色が鮮やかで、とっても艶やかです。
どうしたらあんなにきれいな髪の毛になるんだろうと思うほどでした。
色白の肌色がお嬢様という雰囲気を出していますね。
小柄なのか、それとも平均的なのでしょうか。
身長は、私と同じぐらいに見えます。
瞳は青ですね。
でも左右の色が少し違うかも・・・。
全体としてとても理知的できれいなお嬢様です。
美少女と呼ばれていても絶対に不思議ではありません。
侍女の方二人を引き連れて現れ、左列から順に並んだ孤児を見て行き、通り過ぎざまに侍女の方に「この子」、「この子も」という風に指さして選んでゆきます。
右列に並んでいた私も指をさされて、「この子」と言われてしまいました。
何かはわかりませんが、伯爵令嬢に見とがめられた?もしくは見出された?ようです。
最後についてきた侍女の一人はメモを持っていて、私に尋ねました。
「あなたの名前と年齢とを教えて?」
「はい、私は、リンダ・ハンセン。
7歳です。」
そのようにして私を含めて7人の孤児が選ばれ、別途、院長先生の執務室に呼ばれました。
全員が揃うと、伯爵令嬢が言いました。
「あなた方には、これから私が作る工房の職人になってもらいます。
そのためには、いろいろな知識を覚え、訓練もしなければなりません。
この孤児院ではできないことなので、ここにいる七人全員が私の指定する場所で生活してもらいます。
住むところ、食べるもの、着るもの全ては私が保証します。
皆さんは、当座工房の見習いにすぎませんが、私が正式に雇い入れ、報酬も与えます。
急な変化で戸惑っているかもしれませんが、明日の朝には孤児院を出て、エルグンド邸の一画で過ごしてもらうことになりますので、引っ越しができるように、今夜中には身の回りの整理をしておいてください。
因みに、あなた方には、私の工房でロデアル領の名物を生み出す職人とその関係者になっていただきます。
頑張ってくださいね。」
そう言ってヴィオラ嬢は去っていきました。
なんだかわからないうちに私はエルグンド伯爵令嬢の工房関係者になってしまったようです。
多少の勉強は院長先生やシスターに教えてもらいましたけれど、今のところ、右も左もわからないまだ子供なんです。
工房って、何かを作ったり生み出したりするところですよね。
そんなところで私に何ができるんでしょうか?
とってもとっても不安がいっぱいです。
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