第9話 2ー6 お姉様のために
ヴィオラ(私)は、5歳になりました。
グリスデルお兄様は、王立学院に入って既に二年目に入り、今年の秋には三年生になるはずです。
そうしてグロリアお姉さまが、同じく今秋には王立学院に入ることから、今その準備中です。
王立学院は全寮制ですから、お兄様もお姉さまも長期休暇以外ではロデアルに戻ってくることはありません。
ノウヴァ・エルグラードの我が家は寂しくなりますね。
グロリアお姉様はここのところ毎日魔法の訓練です。
家庭教師がつけられて魔法の座学と実技を勉強中なのです。
グロリアお姉様は、普通の教養の方は申し分ございません。
お父様とお母様の血筋を引いていらっしゃる
但し、お姉さまは武術には
ですからグロリアお姉さまが目指すのは魔法で支援する方法を選ぶしかありません。
王立学院へ入学する子弟は、原則的に貴族の子弟だけなので、国を守るための防衛力を身につけねばならない決まりなのです。
武術でも良いし、魔法術でも良いのですけれど、入学の際には選別のための振り分け試験があるのです。
この試験で良い成績を残さないと能力別のクラス分けで低能力のクラスに選別されてしまうのです。
変な話ではありますけれど、それが貴族の子弟の将来を決めてしまうのです。
入学試験の結果によりAクラスからDクラスまでの四つのクラスに選別されますけれど、Aが最上級、Dが最低級とされており、Dクラスになってしまうと男女ともに良い出逢いが少なくなってしまうのです。
何故そんなことが起きるかと言えば、卒業時の成績が婚約者の選定に響くのです。
誰しもが優秀な頭脳とスキルを有する者を伴侶として選びたいのは当然ですが、往々にして卒業時の成績が平均よりも下であれば、上位貴族との婚姻は諦めねばなりません。
そうして、卒業時の成績が平均点よりも高ければ、自らの出自以上の貴族との婚姻の可能性が増えるのです。
少なくとも卒業時の成績が上位10位以内であれば選り取り見取りの選択ができるそうなのです。
無論のことですけれど、そこにはある程度の貴族の格式がありますから、男爵家の出自は伯爵まで、子爵家の出自は侯爵もしくは辺境伯まで、伯爵家の出自であれば、公爵もしくは王家までが望めます。
勿論、女性から男性に婚姻を申し込むのは礼を失する行為ではありますけれど、少なくとも卒業時の成績でそうしたことが起こり得るということです。
卒業時の成績が悪ければ、いくら当人同士が望んでも、親と貴族の慣行がそれを許しません。
女性の場合、概ね12歳までに
男性の場合はもう少し余裕があって、15歳の成人までに許嫁を決めておくのが習いです。
王族の男子の場合はもう少し余裕があるようです。
過去には
王弟の場合、兄が王となった際に、公爵としての爵位を与えられ、王に世継ぎができるまでの間は、王位継承権第二位の人物として
王に世継ぎの王子が誕生すると、王位継承権は第三位以下となり、特に王に二人目の男子が生まれた場合は、公爵から大公の爵位を与えられます。
但し、大公は一人だけであり、王弟の内長子が大公になります。
大公は、王が亡くなり、王太子が王に即位した後も大公のままですが、王弟で公爵となった者は、一代限りで侯爵もしくは伯爵に降格されます。
また大公も一代限りですが、その子孫は三代まで公爵の地位を与えられます。。
随分と余計な話になりましたが、お姉さまは将来の嫁ぎ先のためにもできるだけ良い成績を上げて、より上位のクラスに入れるよう頑張っているのです。
この辺の話は、本人よりも周囲が力を入れるものであり、我が家ではお母様がその急先鋒です。
ですから、このところお母様の監視する中で魔法の勉強が続いているのです。
まぁ、女性の場合は普通に武術が得意な方は
でも中には剣や弓が得意な方も少なからずいらっしゃいます。
我が家の騎士団にも女性騎士が十数人いますから・・・。
ヴィオラ(私)が見るところでは、腕前の方は左程でもないと思われる人もいるのですけれど、お母様の警護の任などに就く場合、女性がいないと困る場合もあることから、騎士団の中で一小隊程度の女性騎士はいるのだそうです。
我が家の女性騎士の内6割は魔法が得意な方のようですが、残り4割は武術が得意な方ですね。
中でもネルルーサ第一小隊長は、獣人ですけれど男性の騎士とも互角以上に戦える戦士だと聞いています。
王立学院のクラス選別試験から随分と別な話に変わってしまいましたね。
元の話に戻しましょう。
お姉さまは四か月後の入学時クラス選別試験に向けて追い込み中なのですけれど、50年ほど前は、選別試験が左程に重視されてはいなかったようです。
単純に能力の違い等からクラス分けをした方が授業の効率が上がると考えられた程度の話だったのです。
それがいつの間にか許嫁を選ぶ指標のようになり、男女共に親御さんまでもがシャカリキになるほど白熱してきたようです。
前世で、中学入学の時点から受験戦争があったように聞いていますけれど、きっとそれと同じなのでしょうね。
ヴィオラ(私)の住んでいるライヒベルゼン王国も豊富な財源を抱えているわけではありません。
従って、多額の年金・歳費を必要とする貴族の数には当然のことながら敏感ですし、功績が無ければ降格をさせる方針が建国以来の伝統ですから、評価を受ける貴族も、その子弟の行く末には敏感にならざるを得ないのです。
因みに三代にわたり功績のない侯爵以下の貴族は、一つ降格されます。
侯爵又は辺境伯は伯爵に、伯爵は子爵に、子爵は男爵に、男爵以下はありませんので、貴族から除名されます。
一応准男爵のような一代限りの年金付き名誉貴族、若しくは伯爵以上の上級貴族が指名する騎士爵などもありますが、騎士爵については爵位を与えた上級貴族が年金を払うので、王家はその届け出を受理する以外関与しません。
因みに王立学院に入学できる者には、准男爵及び騎士爵の子弟も含まれます。
経済的に余裕のある准男爵は子息に教養や武術を身に着けさせるため、騎士爵の子息の場合は、雇い主である上位貴族が将来の家臣を育てるために、優秀な子息に入学を勧めて必要な経費を負担してくれる場合があるのです。
我がエルグンド家について言えば、子爵から伯爵に
その意味では、ヴィオラ(私)が4歳の折に起きた襲撃事件は、功績ではなく失態をさせるための罠とも言えますよね。
謀略を企てた侯爵が狙っていたのは、
例えば、多額の身代金を支払ったとなれば、それだけで本来王家に上納すべき金額を横流ししたと
因みに、お父様は武闘派ではありますけれど、内政面でも成果を上げており、王家の評価は上々のようですよ。
武闘派というのは、戦争でも起きない限り、本来は活躍の場が中々無いのですけれどね。
お父様は脳筋ではなく頭脳明晰でいらっしゃるのです。
グロリアお姉さまは、ルテナによれば魔力(MPの値)がやや多いのだそうです。
ヴィオラ(私)の3歳時のHPは24.9、MPは2827.1でしたけれど(因みに1歳時はHPが3.4、MPは29.1でした。)、7歳の時点でのグリスデルお兄様でMPが10.3、グロリアお姉さまで11.1なのだそうです。
この値は一般人から言えば十分に高いものなのですけれど、貴族の子弟という枠組みで言うと上の下あたりでしょうか。
7歳児でこれまでの最高値は、アカシックレコードによれば19.7程度が一番高い数値のようです。
因みに私の場合は初期値でそれを超えていますから、比較対象にはなりません。
お姉様の場合、今後の訓練次第にもよりますけれど、今のままではAクラスは難しいけれどBクラスならば余裕で入れるレベルではないかとルテナは言っています。
でも、グロリアお姉さまに付いた家庭教師のエヴェリーナ女史は、どちらかというと気合で魔法を行使するタイプのようで、お姉さまとは絶対に合わないタイプなのです。
グロリアお姉さまは、どちらかというと理屈で判らないとなかなか動けないタイプなんです。
それなのに一切の理屈抜きで、「ここに力を込めて、フンと魔力を込めてやれば魔法は発動するから・・・。」と言われても、中々やり方がわからないようです。
おまけに参考書も彼女を教えた師匠の手になるものなのか、非常に紛らわしい記述をしています。
これは絶対にお父様かお母様が人材選択を誤りましたね。
このままですと、お姉さまは武術があまり得意じゃない上に、魔法が覚えられないまま試験に
お兄様の場合は、アンセルムさんというご老体の男性でしたけれど、非常に懇切丁寧な教え方をされていたことを覚えています。
まずは体内魔力の感じ方、動かし方から初めて魔力のコントロールをきちんと教えていましたからね。
お兄様は、MPがお姉さまより少ないのに初級魔法を発動できていました。
お姉さまの時もアンセルムさんに教えていただいていたなら、こんなことにはならなかったと思います。
これは、もう、大事なお姉さまのために、ヴィオラ(私)が一肌脱がないといけませんね。
午後のおやつの時間、休憩しながらしょんぼりしているお姉さまに声を掛けました。
傍にいるのは、お姉さま付きメイドのエレナとヴィオラ(私)のメイドであるローナだけです。
この二人は、何があっても秘密を守ってくれるはずです。
「お姉さまぁ、元気がないですよぉ。
両方のお手々を出してください。
ヴィオラ(私)が、お姉さまに応援の気持ちを送ります。
受け取ってくださいな。」
グロリアお姉さまは不思議そうな顔で私を見ていましたけれど、すぐに両手を私の方に出してくれました。
その両手をヴィオラ(私)の両手で軽く握って、少量の魔力を左手からお姉さまの右手に送り、お姉さまの左手からヴィオラ(私)の右手に戻るように流しました。
お姉さまがヴィオラ(私)の送った魔力を感じてビクッとし、お目々を真ん丸にしました。
「これを、お姉さまが同じ方向に流せるように動かしてみてくださいな?」
グロリアお姉さまの目が途端に真剣味を帯びて、やがて魔力の流れが加速され始めました。
お姉さまが魔力を自分の力でコントロールできるようになった瞬間でした。
そうして、ヴィオラ(私)に向かってにっこりとほほ笑んでくれたのです。
「ありがとう。
ヴィオラ。
分からなかった魔力がようやくわかったし、
これで、魔法が使えるのかしら?」
「魔法は、身体の中にある魔力を思うように動かし、変えることで発動するみたいです。
お姉さまはもう魔力を動かせますから、きっと魔法が使えます。
そうして大事なことは、今、お姉さまが成し遂げたように、体内で魔力を動かすことを毎日寝る前に続けてください。
そうすれば使える魔力の量が増えます。
お姉さまが王立学院に行くまでに四か月あります。
毎日続けていれば、もしかすると動かせる魔力が五割ほど増えるかもしれません。
そうなれば増えた魔力の分だけ魔法が強くなり、あるいは、たくさんの魔法が使えるようになります。
そうして魔力を使って身体強化を使えるようになると武術にも役立ちます。
でも魔力が極端に少なくなると動けなくなってしまったり、気を失ったりしますから魔法の使い過ぎには注意してくださいね。」
グロリアお姉さまが、ぶんぶんと頭を上下させて頷いていました。
それから二人で午後のおやつとお茶を頂いたのです。
その日からグロリアお姉さまの快進撃が始まりました。
家庭教師のエヴェリーナ女史が驚くほどに魔法が上達し始めたのです。
そうして、エヴェリーナさんの言うことが良くわからない時は、夕食後に私にその話をして、相談してくれるようになりました。
お姉さまも私が規格外の魔法を使えることを知っていますから、歳の差なんて度外視して、素直に教えを乞うのでした。
勿論、ヴィオラ(私)もお姉さまのためにできるだけの協力をいたしました。
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