第8話 2ー5 ワルの芽を摘む

 その夜丑三つ時うしみつどき(??:とにかく深夜です)に、ヴィオラ(私)は、やしきの屋外に転移しました。

 事前に邸の裏手で人目につかない場所を選んでおいたのです。


 勿論、転移前には索敵を行って、周囲に人目がないことを確認しています。

 転移の際には当然に隠密と認識疎外そがいをかけていますから、仮に人目があっても気づかないはずなのですけれど・・・。


 いずれにせよ、屋外に出るとヴィオラ(私)は、風魔法による飛行術で空中に浮かび、隣の領地に向かいます。

 シュレイザー子爵領の町ブレアトールに、クーロン・ドゥ・ド・ヴァル・ベンデルトン男爵の手の者が潜んでいるのです。


 放置すれば明日にもロデアルの領内に入ってくるかもしれないのです。

 ルテナの情報とヴィオラ(私)の索敵能力を合わせると、間違いなく敵性分子の三人がすぐにわかりました。


 用心して別々の宿をとっていますけれど、ヴィオラ(私)達には通用しません。

 その夜、旅の商人を装った刺客三人は、宿から忽然こつぜんと姿を消しました。


 ヴィオラ(私)が心臓を物理的に止めて殺害し、その遺体を近隣の峡谷にまで運んで埋めたのです。

 この峡谷は、断崖絶壁が続く見事な景観を持つ場所で、観光地にもなりそうなのですけれど生憎とそこに至る整備された道がないのです。


 その峡谷の水辺に近い場所に土魔法で大穴を掘って三人の遺体を埋めました。

 因みに宿には彼らの遺留品がそのまま残されています。


 従って、翌朝にはちょっとした騒ぎになるでしょうけれど、行方不明で終わるはずです。

 どこを探しても三人は見つからず、宿帳に記載された氏名や住所が嘘であれば、それ以上確かめようもありませんものね。


 また、その夜ベンデルトン男爵の屋敷と、ディールセン侯爵のお屋敷でも不幸が訪れました。

 ともに寝台の上で、ベンゼルトン男爵とディールセン侯爵が心不全で突然死したのです。


 ディールセン侯爵の傍らには正室がおり、急に苦しがった侯爵の異常に気づいて、すぐにお付の者を呼びましたけれど、手遅れでした。

 一方で、ベンデルトン男爵の方は若い側室とベッドスポーツをお楽しみ中にばったりと崩れました。


 いわゆる腹上死で、こちらも直ぐに側室が男爵の異常に気付きましたけれど後の祭り、お二人とも呆気なく黄泉路よみじに旅立ったのです。

 どちらも間違いなく病死ですから、エルグンド家の関わり合いを疑うものは皆無です。


 尤も、その日から八日程経ってから、二人の貴族当主の訃報ふほうが我が家にも伝わり、夕食の際にお父様が私を疑いの目で見ていましたけれど、すぐに思い直したのでしょうか、元のお父様の顔に戻りました。

 そうですよねぇ。


 常識的に考えて、まさか4歳の女児が、遠く離れた侯爵や男爵の領地に赴いて二人を暗殺してくるなんて絶対にあり得ません。

 例えお父様に追求されてもそんな事実があったことは否定します。


 でも、とりあえずの我が家の危機は去ったみたいですね。

 今後とも王弟派の動静には注意いたしましょう。


 当然のことながら、ルテナにも関連の情報入手についてお願いしています。

 あ、侯爵領や男爵領がヴィオラ(私)に良く分かったなと不審に思われますか?


 これはルテナがアカシックレコードの情報とヴィオラ(私)の索敵用のマップを融合してくれたおかげなのです。

 融合後のヴィオラ(私)の脳内マップには、前世の〇ーグルマップのような地図があり、必要に応じて拡大も縮小もできますし、マップだけではなくって、衛星写真のように高空からの視界情報も得られます。


 雨が降ろうと雪が降ろうと天候に関係なく鮮明な現時点での画像が得られますし、夜間でも私の現在位置が分かれば、目的地に向かって空を飛ぶのは簡単ですよね。

 ヴィオラ(私)には体内時計があり、現時点ではロデアルの標準時間に合わせています。


 この世界では日の出から日没までを6つの時に分けていますので、概ね一つの区分が二時間程度になるはずですが、アカシックレコードをよく知るルテナによると正確には前世の二時間とは若干違うようです。

 それでも私の体内時計は、私が慣れ親しんだ1日24時間制の時間になってくれています。


 一秒間が前世の一秒間とは違っているようなのですが、僅差のようですし、便宜上その誤差は無視します。

 ロデアルから隣の領地であるブレアトールまでは、5里ほどの距離があります。


 セリヴェル世界での一ひろは、大人の男性が両手を広げたぐらいの長さで、その長さの千倍が1リーグ、その5倍が一里になるのですが、前世のメートル法ではいくらになるのか正確なところはわかりません。

 水の重さが1立方センチで1グラムのはずですから、水のキューブを作ってみて、それを基準に百個一列に並べたら概ね1mですよね。


 但し、この基準になる1センチはある意味で目分量です。

 1グラムの水の分子量と同じ体積の水を集め、それを正立方体に成型しただけのものなのです。


 分子量はアカシックレコードから正確に求め、ルテナに測ってもらいながらの作業でした。

 前世とは環境という前提条件が違うので、間違っているのかもしれませんが、ヴィオラ(私)としては、それなりの基準が欲しかったのです。


 そうして1m(と推測される)の長さのひもを使い、ひもに簡易目盛りをしるして測りましたなら、この世界での一尋は概ね172.1センチと出ました。

 この度量衡が果たして合っているかどうかは不明ですけれど、これで計算すると1リーグは約1721m、1里は約8605mになります。


 従って、ロデアルとブレアトールは43キロぐらいの距離になりますが、これは道なりの距離でおそらくは直線距離ではないと思われます。

 概ね徒歩での旅は、前世では一日35~40キロ前後と聞いていますから、大柄な白人種の人たちならば43キロ程度はほぼ一日の行程なのでしょう。


 ヴィオラ(私)の体内時計では、ロデアル・ブレアトール間の飛行時間はわずかに5分足らずでしたから、おそらく時速で言えば500キロぐらいの速度で飛翔していたのだと思います。

 そのままですと風圧が凄いことになるのですけれど、飛翔する際に結界でシールドしながら飛行しますので何も問題はありません。


 そんなこんなで、ベンデルトン男爵領までは直線距離で約140キロ、更にそこから約180キロ離れたディールセン侯爵領に行き、現地での作業時間も含めてかかった時間は1時間20分ほどでした。

 因みにディールセン侯爵領との直線距離は約270キロなのですけれど、間に山岳地帯があって道路はかなり曲がっていますから、徒歩で旅をするとどんなに急いでも10日以上はかかるようですよ。


 東海道五十三次は概ね500キロ弱ですが、江戸時代の旅人は、概ね半月で踏破したそうです。

 一日十里(37.5キロ)前後を歩いたのですよね。


 こちらの一里は距離が若干違いますけれど、一日に歩く距離は概ね五里(43キロ)前後ですからさほど変わりません。

 普通ならばベンデルトン男爵領までは馬車で行くだけも三日ないし四日、更に遠いディールセン侯爵領へは間違いなく五日以上はかかってしまいます。


 次に行く場合は転移魔法が使えそうですけれど、暇があるときにあちらこちらに拠点となるような地点を登録しておくのがいいかもしれません。

 なんなら、転移先は空中でも構わないのです。


 特に日中ならば町の中に転移するのは通行人と偶然に接触してしまうなどの危険性も皆無ではありません。

 そんな場合は、認識疎外を掛けたまま空中に転移した方がましなのです。


 そうそう、この際だからと思って簡易天秤を作り、1グラムのすいというか分銅ふんどうを鉛で作ってみました。

 鉛は地中にある金属成分を抽出・分離して生み出しました。


 主として重力係数がわからないことが原因で、天秤で量った重さそのものも実は左程あてにはなりません。

 でも一応の目安として1グラムの重さを確認しておきたかったのです。


 当然より大きな天秤を作ってキログラムの重さも確認するつもりです。

 いずれは物差しや正確な天秤を作りたいと思っています。


 多分錬金術を鍛錬して行く過程で必要になるでしょう。

 こうしてヴィオラ(私)の四歳の折の事件は、後処理を含めて終了しました。


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