第10話 2ー7 お母様のために

 ヴィオラ(私)は、6歳になりました。

 ノウヴァ・エルグラードのヴァニスヒルの我が家には、お兄様もお姉さまもいませんから寂しい限りです。


 でも、冬休みと夏休みには二人揃って戻って来られるのです。

 その折に色々と王立学院のお話を聞くのがとても楽しみなのです。


 ヴィオラ(私)も来年の初秋には王立学院に入学しますけれど、準備の方は・・・。

 特に不要ですね。


 実を言えば、お父様の書斎にある書籍にはすべて目を通し、完璧に覚えています。

 しかもわからないことがある場合には、ルテナに頼んでアカシック・レコードの情報をもらえますので、王立学院で教えてもらう範囲ならばほとんど不要なんです。


 念のため、王立学院で使用している教科書の情報もルテナから教えてもらいました。

 1学年から6学年までの勉強分は、もうヴィオラ(私)の頭の中に入っているんです。


 ですから正直なところ学校に勉強に行く必要は全くありません。

 むしろ前世の知識を持っているヴィオラ(私)の方が、いろいろと先生方に教えてあげることができるのじゃないかと思います。


 でも、そんなことをすると目立っちゃうのでしませんけれど、・・・。

 王立学院の入学に学問以外でメリットがあるとするならば、王都に滞在することと、学院でお友達を作ることができることでしょうか?


 前世では、ALSのために小学校の四年生を境にお友達がいなくなってしまいました。

 病院の先生や看護師さん、他の入院患者さんなんかとも知り合いができましたけれど、この人たちはやっぱりお友達とは呼べないですよね。


 そのほとんどが年上の人ばかりでしたし、・・・。

 入院患者さんの場合は、ALSで身動きのできない人ばかり、しかも知り合って二、三年で亡くなって行きました。


 悲しい別れだけが残りました。

 ヴィオラ(私)には、ALSの発症以降、友達と一緒に楽しいことをした想い出が一つもないんです。


 だから、学院ではお友達を作って楽しい思い出をたくさん作りたいと思います。

 そうそう、前世では周囲の人にお世話を掛けるだけで何も恩返しができていないんです。


 だから、今世では、周囲のお世話になる人やお世話になった人にはきっちりと恩返しをしたいですね。

 特に私の家族にはそうしたいと思っています。


 ヴィオラ(私)は、今日もローナを連れて領都を散策中です。

 警護のために騎士四人が同行していますけれど、これは止むを得ません。


 私の場合、警護をつけないと邸の外には出してもらえないのです。

 5歳の誕生日を迎えてからは、毎月少額ですけれどお小遣いを頂いています。


 これは商取引を今の内から身に着けさせようという親心のようです。

 だってヴィオラ(私)は、伯爵令嬢ですもの、必要な品は何でも、既に揃えられているか或いはすぐに揃えて貰えるんです。


 贅沢を言わない限り、衣食住で不足するものはほとんどありません。

 あるとすれば前世で使っていた便利な道具類でしょうか?


 例えば、情報端末?電話?エアコン?

 当然のことながら、こちらの世界ではそんなものはありません。


 あ、そういえば、こちらの世界ではまともな生理用品がないんです。

 ヴィオラ(私)も、9歳前後になると多分生理が始まる可能性があります。


 今世では一年が480日ですので、前世の1・3倍ほど長いのです。

 ですから学院の入学時の7歳で概ね前世の9歳相当、学院卒業時の12歳は16歳弱の年齢に相当します。


 ですから何かの方法で生理用品を作っておく必要がありますね。

 ルテナと相談しつつ、こそっと調べてみると、生理の際には下帯と古布の端切れなんかを使っているようです。


 こちらの下着は、化繊じゃないですから、伸縮性に乏しいんですよね。

 ですからカボチャパンツでひもを使って身体に合わせるんですね。


 6歳の私は今のところブラは必要ありませんけれど、これもいずれ必要になるんでしょうねぇ。

 前世ではぎりぎりAカップでしたけれど、こちらでは白人系の体型と顔立ちですし、私のお母様のオッパイが結構大きいので、私もきっと大きめなんじゃないかと期待しています。


 化粧品も今は不要ですけれど、お母様の化粧台の品を調べると、なんだかとても寂しい気がします。

 無いわけじゃないのですけれど、品数が少ないし、品質が悪すぎます。


 ヴィオラ(私)も前世で化粧品なんか触ったこともないですけれど、でもそれなりの知識はありますよ。

 お年頃の安奈あんな先生が、しっかりと化粧していましたから・・・。


 一度ハンドバックの中を見せてもらったことがありましたけれど、その中にある化粧品だけでお母様の化粧台にある品数より多かったような気がします。

 これは、学院に行く前にお母様のためにも化粧品を生み出す必要がありますね。


 そんなことを考えながら、今日は領都内にあるお店を訪ねています。

 訪ねたお店は白粉おしろい屋さんです。


 ここにはべにも置いています。

 江戸時代ならば貝殻にほんのちょっとの紅でも凄く高いものだったと聞いています。


 こちらでも紅はやはり高そうですが、三種類ほどの品があります。

 淡い色合い、鮮紅色、少し黒っぽい紅の三色です。


 鑑定で調べましたが有害なものは入っていませんでした。

 この紅をどうやって使うのか聞いたところ、三食を混ぜ合わせて好みの色を作るんだとそうです。


 ウーン、何となく絵の具のイメージなのでしょうか?

 次いで白粉おしろいですが、こちらも有害なものは使われていませんでした。


 これは意外でした。

 前世の知識から言うと中世の時代、鉛を使った白粉で寿命が縮まったと聞いていましたから・・・。


 異世界の今世では鉛なんか使わずに白粉ができているようです。

 でも乳液とか美容液とかはありませんね。


 そうそう石鹸もシャンプーもありません。

 天然物の素材で泡立てているんですけれど、どうしてもしっとり感が少ないし、洗髪の際にはゴワゴワ感が残ってしまいます。


 ローナが懸命に植物油(椿?若しくはオリーブ?)を塗って櫛削くしけずってくれますけれど、余り感じが良くありません。

 他に何かめぼしいものは無いかと色々と探し、聞いてみましたけれど、やはり先進的なものはありませんでした。


 で、いろいろなお店を巡って買い集めたのが化粧品類の素材でした。

 左程高価な買い物はしませんでしたよ。


 ヴィオラ(私)の月々のお小遣いで買える程度の品と数量でした。

 数量も、もし大量生産をするならば必要ですが、ヴィオラ(私)は魔法で複製も可能ですから左程の原料はらないんです。


 但し、ノブレス・オブリージュの精神に従い、貴族は庶民に富を還元しなければなりませんから、相応の消費活動はしなければなりません。

 従って、必要不可欠な場合以外は、できるだけ複製魔法は使わない方が望ましいのです。


 やしきへ戻ると自室で錬金術というわけには行きませんね。

 何せ起きている間は、メイドのローナが傍についています。


 多少の魔法ならば使えるのは家族もローナも承知していますけれど、人目のある所で錬金術を行使するのは流石にできません。

 できるだけ私の能力は隠しておくべきです。


 身内同然のローナに対してもです。

 ですからヴィオラ(私)の作業は皆が寝静まった時刻からが本番なのです。


 ヴィオラ(私)は、時空間魔法により、時間経過の違う亜空間の工房で錬金術を行使するんです。

 工房での作業が終わって元の部屋に戻ると、時間はほとんど進んでいないんです。


 ですから誰にも知られずに色々な錬金術を試すことができるんです。

 勿論ルテナが一緒に居ますので、ヴィオラ(私)が危険なことをしでかしそうになるとルテナが注意喚起してくれますし、少なくとも毒物とか爆発物のような危険な代物は扱ってはいません。


 お母様に使っていただく化粧品類なんですから、お肌に優しいものしか使わないのです。

 お買い物から十日後には、ボディシャンプーとリンス入りシャンプー、それにクレンジングクリームと洗顔ジェルを作り出しました。


 それから更に一月後、悪戦苦闘しながらも、化粧下地、ファンデーション、口紅、頬紅、眉墨、マスカラ、アイシャドウ、コンシーラー、乳液、ナイトケア乳液を作り、いろいろ組み合わせができるようにパレット8種類に収めました。

 そうして、いよいよお母様にお披露目です。


 あ、その前にお母様のために化粧台を一つ作ってあげました。

 お母様の化粧台はお輿入れの際に持ってきた嫁入り道具の一つで、立派な木工細工物なんですけれど、鏡が歪んでいるんです。


 こちらの世界にも鏡はあるのですけれど、ガラス面そのものの出来が悪い上に、水銀の蒸着が荒くって、ある意味できれいな反射が期待できない鏡なんです。

 その前は青銅を使った鏡面ですから、もっと歪みやぼやけが酷い代物でしたけれどね。


 ガラス表面が微妙に歪んでおり、なおかつ蒸着が綺麗にできていない分だけ、反射映像がざらついた感じ?

 しかも、少し歪んでいますから、見ているだけで目に悪そうな代物なんです。


 ですからルテナと相談して金属の鏡面仕上げで鏡を作ってみました。

 原型は多孔質の焼結シリコンで鏡の土台を作り、そこに異世界にしかないであろうミスリルの薄膜板を取り付けたものです。


 土台の焼結シリコンは非常に硬い上に丈夫ですし、多孔質なので石の半分ほどの重さでありながら、きれいな表面に仕上がります。

 鏡台自体はお母様の鏡台を参考に、いろいろな木目の木材を合わせた寄木造りと細かい彫刻で綺麗な仕上がりになっています。


 鏡面部分は厚さが1ミリの半分ほど(生憎とこちらの測度系は前世と違いますのでヴィオラ(私)の単なる憶測です。)のミスリルで、多分アルミニウムと同じぐらいの重さじゃないかと思うのですが良くわかりません。

 一応こちらの土壌にアルミニウム成分もあり、ヴィオラ(私)の能力で抽出もできるのですけれど、ルテナ曰く前世のアルミニウムとは同位体の可能性があるとのことなのです。


 前世のアルミニウムは軽く加工しやすいもので合金の形でサッシなどに使われていました。

 でもこちらのアルミニウムは化学的に非常に安定していて、他の金属との合金や反応がほとんど期待できません。


 例えば、テルミット法による還元は非常に難しいようです。

 他の金属と一緒に溶かしても混合液体はできずに分離し、軽い若しくは重いが故に分離してしまいます。


 前世では、鉛やスズ、亜鉛なんかは簡単に合金できるんですけれどねぇ。

 きっと異世界ゆえの不思議なんでしょう。


 その日は期しくもお母様の誕生日でした。

 お母様は14歳でお輿入れ、15歳でお兄様を産みました。


 お姉さまが17歳の時に産まれ、ヴィオラ(私)を産んだのは19歳の時でした。

 ですから今は25歳と若いのですけれど、忘れてはいけないのはこの世界が1年で480日もあることです。


 この誕生日でお母様は26歳になるわけですけれど、実は前世で言えば34歳でアラサーも終わりの歳ですね。

 お肌の曲がり角はとっくに過ぎています。


 そうしてあまり質の良くない化粧品(この世界では高級品なんですよ。)を使っていましたから、結構お肌が荒れている上に、よく見ると素顔では結構なしみ、そばかすも見えちゃいます。

 ヴィオラ(私)がいろいろと悪戦苦闘したのも実はお母様のために若返りの魔法をコスメに付与するためなんです。


 ルテナにもいろいろと頑張ってもらい、アカシック・レコードから必要な素材を選りすぐってもらいました。

 時間がかかったのは、市販されていない素材を集めるのに時間がかかった所為せいですね。


 因みにお父様やお母様には内緒で素材採取にも出かけましたよ。

 だって、普通に手に入る品物じゃないんです。


 例えば、「オークの卵巣」なんてそこらにあるものじゃありません。

 しかも滅多に居ないメスのオークから取らないといけないんです。


 冒険者ギルドに頼んでも10年単位の時間がかかる可能性があります。

 オークのメスは集団に守られている上に非常に用心深いですからオークが殲滅される際には、地下の穴倉に隠れて出てこないんです。


 その逃避行は徹底していて、入り口を崩壊させた穴倉に籠って2年から3年は冬眠して出て来ないんです。

 前回オークのメスが討伐されたのは、ルテナ曰く18年前のことだそうです。


 つまりは二十年かそこら待たなければ入手できないわけですが、そんなに待っていたらお母様がお婆様になってしまいます。

 ですから、お父様やお母様には内緒で動いたのです。


 実は希少な素材採取のためにオークの大規模集落一つを潰しちゃいました。

 ヴィオラ(私)のインベントリにはキング以下オークの素材が300余り入ってますよ。


 オークのお肉は、今後ずーっと食べ放題でしょうかねぇ?

 ウーン、どこかで売らないといけませんよね。


 オークのお肉って美味しいから独り占めして良いものじゃなさそうです。


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