2:それぞれの華の金曜日

 金曜日――。

 それは一部の人々を除いて魅力的に感じる曜日である。翌日の土日に向けてのわくわく感や安堵感など人によってさまざまな感覚に包まれるのは間違いではない。

 もちろん、この物語の舞台であるコーポ・キュー・トランの住人である僕も例外ではない。

 そんなドキュメンタリー番組のナレーションのようなセリフを脳内に描きながら大学に向かって駅に歩いている。

 今日は朝から授業を受けて、夕方には家に帰ることができる。もちろん、帰宅してからは今度のイベントに向けての取材準備である。

 手元のスマートフォンに散らばっているアプリアイコンから航空機の垂直尾翼のマークを押して、搭乗券を確認する。

 表示されるは明日、土曜日の東京/羽田発、札幌/新千歳、乗継稚内行きのチケットである。

 思わず僕の口元が緩んでいる。


 授業を聞いているふりをしながら机の下で隠し読んでいる時刻表を使って稚内から旭川に伸びる鉄道路線の取材ルートを考えている。

 最適解は出なかったが、少なくとも羽田からの直行便よりも少しだけ早く札幌/新千歳乗継の方が早く稚内に到着できることが幸したようである。

 そんなことを考えながら日中をやり過ごす。

 大学に入ってからはこんな生活を繰り返しているが成績はそこそこでまかり通っている。とにかく大卒の資格をという親の希望をかなえるべく、特段、勉強の必要のない元々の学力で入れる大学を選んだのが正解である。


 もう間もなく日の入り時刻。大学を出て最寄り駅につく頃には、夕日に照らされ当たり一面がオレンジ色になっている。

 自宅のアパートに入り通路を歩いていると珍しく右隣の女性が家を出ていた。すれ違いざまに挨拶をして自室に入る。

 そうすると僕は自室にあるノートPCを広げて、足りていない情報を再度確認し、取材対象の車両を改めて先駆者と勝手に読んでいる地元の鉄道ファンのブログ情報を改めて確認する作業を開始した。


 家を出発しようと玄関を出たらちょうどよく隣の部屋の学生が出てきて驚いたが、そのまま軽く会釈だけして待ち合わせ場所に急ぐ。

 大学も3年生になり、そろそろ就活というものも検討必要があが、趣味のコスプレには行動力で勝つことはできない。

 急いで、リュックサックには今季話題のアイドルアニメのキャラクターのウィッグと髪飾り、アイドルメンバー一同が通う高校の制服、そしてそのキャラクターが着ていそうな私服を入れて待ち合わせ場所に向かう。

 何回か前のコスプレイベントで出会ったカメラマンとアイドルグループメンバーのコスプレイヤー2人と一緒に車を夜通し走らせ、日の出とともに撮影を開始して近くに借りたロッジで過ごす週末。

 シチュエーションとしては合宿がモチーフである。

 アイドルがメンバー理解や踊りの強化など理由は様々だ。私含め3人のコスプレでの演出力強化と1名のカメラマンの撮影技術強化にもなるのでこういった積み重ねがまるでそのキャラクターたちの人生を追っているみたいでなんとなく楽しいのである。


 集合場所は私の家から数駅離れた駅前ロータリーである。

 日中にバイト先の男装カフェで仕事をしており、出退勤時にもお嬢様お客様に見つかってもいいようにメンズ服を着ている。

 そのまま着てしまったためにパッと見が男性である。同行者に見つけてもらえる可能性が数パーセント下がったと感じていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り向くと、同行予定のコスプレイヤーがいかにもなピンク基調のロリータファッションにツインテールという、オタサーの姫といわれてもおかしくない格好をして立っていた。

 私はそう言った服装を日常するのは本人の自由だが、私としては依頼されても日常で着たくない服トップ5に入る念のためにいうと、コスプレは別である。

 今日から3日間が楽しみである旨を話していると一台の車が止まった。

 カーナンバーからしてカメラマンの愛車である。

 いつも通りトランクスペースに荷物を置いたのちに、後部座席に乗り込み、もう一人のコスプレイヤーを3人で待っていることにした。

 気づいてみたらこの4人はほとんど同い年で社会人と大学生といった違いはあるがかれこれ3年近く仲良くしている。

 思い出話に花を咲かせていると表参道にいそうなお姉さまが運転席横の助手席に乗り込んできた。まさしく待っていた最後のコスプレイヤーである。

 おしゃれな女性ではあるが、たまに抜けているのか大きなカバンを膝の上に乗せようよ頑張っているのを横目にカメラマンがトランクに荷物を置くことを提案している。

 それを聞いて驚いた顔をしてトランクに荷物を置いて、戻ってきた。

 全員がシートベルトをしていることを確認して車を走らせる。

 千住新橋ランプから高速道路に乗って走っているとすでに夕食時となっていた。ワイワイと話しながら高坂たかさかサービスエリアで夕食にする。

 この時間の下り線サービスエリア特有のけだるい感じを体感しつつ出発して車ははしりだす。

 

 調べものに夢中になると時間を忘れる。慌ててパソコンを閉じて鞄にカメラと着替えを入れて明日に備える。

 夕飯を作る時間もないので仕方なしに、カップラーメンで夕食を済ましてシャワーを浴びる。

 シャワーから出たら、スマホに通知が来ていた通販で発注し置き配の依頼をした使い切った修正テープの補充を回収しようと玄関を開けると左隣のサラリーマンが帰宅していた。


 やっと帰宅ができた。金曜日だとついつい残業をしてしまう。

 今回の土日は完全に暇である。珍しく予定が入っていない。女装三昧である。

 男性として生まれてきたが男性に恋愛感情を抱くわけではなく、ただ単にメイクをして女性服を着るのが好きなだけである。

 男性服にはない、柔らかい感じの服が好きであるが、日常外出時には着ることは世の中的には難しいので日中に着て家に滞在をするか、夜中に誰もいない街中を散歩するしか方法がないのである。

 こんなことで近所の噂になってしまうのも面倒だからこそ編み出した方法である。

 こういった、何にもない土日は金曜日の夜から女性らしく家で過ごすことができる。女性服を着ているときに男性らしい自身の日常を感じてしまうのは気分が下がるのである。

 さっと、冷凍食品で夕食を済ませ、ユニットバスで顔のひげと首から下の体毛といわれるものを除毛クリームと剃刀で対象していく。

 体毛の処理を終え、いつも通りお風呂を済ませ、着替えていく。

 残念ながら男性と女性では体形などの差が出てしまうため、よけいなものはテーピングをして、不足しているものはシリコン製の補正器具を活用していく。

 下着を着用し、ワンピースを着たら下着が透けていないことをチェックして、髪の毛をウィッグネットでまとめてメイクに入る。

 まずは化粧水、リキッドファンデーション、シミカバーを付ける。この段階でシミだけでなく顔の髭あとなども隠していく。

 髭を隠した後、ファンデーション、アイブロウ、アイシャドウ、アイペンシル、マスカラ、チーク、口紅をして終了。

 最後にウィッグを被り整える。

 鏡を見るとそこには自分ではないような気がする女性が映っていた。

 スマホで自撮りをしてSNSにアップを行う。口外しにくい趣味だからこそSNSでの交流が大切になっている。

 いったん落ち着いたら、ハイヒールを履いて夜のお散歩に出かけるころには金曜日は終了に近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る