エピローグ

「……なんか最近文章を書いてるなーって思ってたけど、こんなの書いてたんだね」

 僕……仮名垣かながき八雲やくもの書いた手記を半ば強引に取り、読み終えた里莉がそう言った。

「まあ、日記というか、記録のつもりでね」

「これ八雲視点で書いてるんだよな?」

 大介も里莉に続くように僕の書いた手記を読んでいたから、二人とも中身は知っている。

「まあ、そうだけど。ただ、記録として残すから、出来る限り何があったのかを記そうとはしたよ。僕、というよりは里莉が中心となって調べていってたから、里莉とかの方が前面に出るようになっちゃったけど」

「そうか。いや、ずいぶんと分かりにくいなって思って」

 といきなり批判的な意見を言う大介。

「別に人様に読まれることをそんなに意識してないんだけどね」

「あれでしょ?最後の最後でようやく八雲の存在が分かりやすくなったからそういってるんでしょ」

「ああ。これ読んでると、俺と里莉の二人が旅してるって感じがするんだよな」

「まあ、僕はほとんどしゃべらずついて行ってただけだし、存在感がないのは仕方ないと思ってるけど」

 と僕は少し不貞腐れる。

「まあ、八雲の能力に頼る部分もあるから、それも仕方ないけどね。確かに、一緒に旅してる私たちが読む分には、八雲の存在も分かりやすいけど、何も知らない人が読んだら、二人組の冒険を神の視点で追って行ってると思われても仕方ないかもしれないわね」

「そう、それが言いたかった」

「ただ、文章全体を通してだけど、別に私と大介の二人組とは書かれてないからね。むしろ、『里莉たちのグループ』っていうように、むしろ三人以上いるんじゃないの?っていう言い方をしてるわね」

「……まあ、言われたらそうか」

「それに、地の文についても、『~のようだった』とか、『~と思われる』みたいな推定の言葉をよく使ってるから、地の文が神の視点ではなく、とある一人の人間によるものだっていうのは、案外すぐに分かるわよ。それに、もっと直接的な表現もあるし。例えば、第一話で、


【大介は落ち着いた足取りで道路に横たわった死体に近付き、手短に調べると、を一瞥し大丈夫だと合図を送る】


 みたいな文章があるけど、これって明らかにその場にいる人の視点で書かれてるでしょ。こういうのが何個か見つけられたからね」

「……ああ、ホントだ」

 僕の手記を読み返して納得する大介。

「一見すると私と大介しかいないって言ったけど、よくよく読んだら他の人物がいることも分かるわよ。……例えば、食堂で食事するシーンとかあったけど、一袋に二本入った栄養調整食品を食べるシーンがあったでしょ。私は一袋の二本目を食べて食事を終えていたけど、大介は三本目を食べ終えて袋を捨ててるでしょ。基本同じ量を分け合ってるってその前に書いていたし、仮に二袋目を食べたとしても、合計四本になるはず。ということは、残った一本を食べた人物が実はいる、って言うことになるわ」

「……はあ、なるほどね……」

 と、僕が感心した声で呟いてしまう。書いた僕も別にそこまで意識していなかった。海音が一本で充分だということで、残った一本を大介が食べてあげていたのだ。僕は普通に一袋分食べている。

「あとは、私たちと『SSS』の面々と初めて遭遇したとき、向かい合った状態で、25番が大介のことを、の彼、っていう風に言ってるわ。これ二人の人間が並んでいる時に使う言葉としては変でしょ?」

「そうだな」

「あとは……十七話の、マットが殺された後に、私と『加護を授かりし者たち』のメンバーとの会話のなかで、『SSS』が十人の人間を監視する……みたいなことを言ってるけど、『加護を授かりし者たち』の八人と、私と大介の二人だけなら、別に十人以上とは言わないで十人、でいいじゃない。《以上》ということは、私と大介以外の人物がいることを示しているんじゃないかしら。それで言うと、同じ十七話の、


【里莉が食堂に戻ってくるのと同じく、311番と312番に連れられた大介も食堂へと入ってきた】


 っていう文章は、私とは別でやって来た大介の他に人がいるのは結構明白よね。実際あの時は大介と海音ちゃんが一緒に入ってきたもんね」

 そう、25番とともにD棟から出て調査に行く事になった際、最初里莉は大介を同行してもいいかと聞いたが、断られたため、代わりの案として僕がついていく事になったのだ。


「まあ後は怪物のルールを考えれば、実はどれだけの人数がいるか分かったかもね。ほら、私たちが壁の中にいた時、何体の怪物が来た?」

「えーっと、まず巨大な馬みたいな怪物だろ?それと鋭い二本の鎌がついた腕を持つ怪物だな。そんでトンボみたいな目をした巨大狼、長い鼻を持つバッタみたいな怪物、毛むくじゃらな巨大蛇の五体だな」

「怪物は、そのやって来る土地の三日前から前日までの間で、その場所にいる最大人数に応じてやって来る怪物の数は決まるっていうもの。私が十一人目の人物Xがいるっていう根拠にも使ったルールね。それでいくと、『加護を授かりし者たち』が八人、『SSS』が九人。そして私と大介の二人だけだと、合計十九人。それだと、やって来る怪物の数は四体までになるわ。仮にもう一人、この手記の書き手を含めても二十人だから、あと一人足りない。というわけで、私と大介の他に二人の人物がいるっていうのはこういうところからも分かるわ」

 書いた本人ではなく、ただ読んだだけのはずの里莉が解説している状況に少し戸惑いはあるが、素直に感心してしまう。

「まあ他にも不親切な部分はあるにはあるけどね。例えば、一見すると視点が変わってるかのように思える箇所があるでしょ。特に、十八話以降、『加護を授かりし者たち』や『SSS』が入り乱れる場面」

「ああ、あそこ?最初から最後まで、僕が見聞きした情報を書いてるだけだよ?」

「うん、私たちは分かってるわ。でも、八雲の能力のことを知らなかったら、そうは思えないでしょ」

 僕も里莉と同様に、特殊体質の人間である。その能力は、体が触れた物に関して、そこから視覚情報および聴覚情報を得ることができるというものだ。だからこそ、壁の近くに誰かがやって来たと大介が気づけば、意識を飛ばしてどんな人間がやって来たのかを見ていたりしていたのだ。あの霧の中の出来事も、『SSS』や『加護を授かりし者たち』のメンバーと遭遇しないよう、他のメンバーの位置を把握するため、様々な場所にアンテナを張っていたのだ。だから、見たり聞いたりした情報を書いていたにすぎないのだが、別の人が読んだら違った印象を受けるようだった。

 ちなみに、探索中はいつでもアンテナを張れるよう、壁とか床とか家具とかに触れることで、いつでも他の場所を観察できる準備をしていたこともあり、里莉や大介について行くだけになってしまうことも多い。

「そもそも他の人に読まれることを想像していないから、わざわざ自分の能力の事を書くなんて思いもしなかったよ」

「それも分かるけどね。だからこそ私の能力についても、知ってるからあえて書かなかったんでしょうし」

「あ、そうか。その辺の能力についても、知らない人からすれば、唐突に思えるかもな」

 と大介。里莉はそれにうなずきつつ、

「ええ、そうかもね。でも、深読みすれば、あることは思いつきそうだけどね」

「深読み?」

「ええ。例えば、冒頭の方で、もしかしたら十一人目の人物がいたかもしれないけど、そうなったらどっから壁の外に出たんだろう、っていう話があったでしょ。その時に、特殊体質の能力を使って出ていったっていう可能性について私とか全然触れてないでしょ?他の部分でも似たような感じだけど」

「そうだな」

「深読みすれば、そう言った能力は使用されていない、って最初から分かってるから、あえて話題にしなかった、とも取れるんじゃない?」

「なるほどな……」

「あと、その火傷のせいで『加護を授かりし者たち』のメンバーも、八雲に触れなかったから、余計に八雲の存在が分かりにくくなったわよね」

 里莉の言うように、僕はかつての事故で、左手に火傷を負った。そのせいで特殊体質の模様が無いように見える。あと、模様を全く隠すつもりがない里莉がいるため、僕が特殊体質持ちの人間だと指摘されることはあんまりなかった。ただ、あの25番は僕が特殊体質の人間だと疑っていたと思う。火傷の話になった時、25番は意味ありげな視線を僕に向けており、あれは自分と同じように、模様が火傷で分からなくなった特殊体質の人間だと思っていたのかもしれない。本当のところは分からないけど。

「全体を通してよく読めば、八雲の存在とか海音ちゃんの存在を示すような文章は結構あるから、別に八雲もそんなわざと隠そうとは思ってないでしょ。ただ単純に書き手の技量不足ってところかしら」

 と、大介よりも辛辣な意見で総括されてしまった。



「それにしても、海音ちゃんはどこに行ったんだろうね」

 思い出したかのように話す里莉。里莉の言うように、僕たちは海音と少しの間行動を共にしていたが、あの壁から出て数日後、急にいなくなっていた。

「さあな。まあ自分の意思で離れていったんなら、俺らは言うことないんだけどな」

 朝起きて海音がいなくなったと分かったとき、今までありがとう、とだけ書いたメモが置かれていたのだ。

「それでいったら、あの壁の中、結局どうなったんだろうな?『SSS』が拠点としてたのかな。それとも、『加護を授かりし者たち』が奪い返したとか?」

「どうだろう?さあそこから結構離れたところまできたから、さすがに能力の適用範囲外だよ」

 大介に聞かれ、そう答える。僕の能力が使用できる距離には限界がある。

「まあ、『加護を授かりし者たち』はそもそもあそこを拠点にするつもりがあったのかも微妙だったけどね」

「そうなのか?ならなんであの八人は外を調査していたんだ?」

「ん~私が思うに、案外面倒な人間たちを口減らしのために調査に向かわしていたのかも。『加護を授かりし者たち』の中で、ちょっとした問題児たちを、新たな拠点探索という名目で危険な場所に向かわしてたのかなって。ほら、あの八人のリーダーだった冬華も、真里と二人だけでさっさと逃げ出したんでしょ?」

「あ、うん」

 大学内であのバッタみたいな怪物から逃げたあと、冬華と真里の二人は残りのメンバーを気にすることもなく、里莉が開けたあの鉄格子の扉から出ていったのだ。

「それに、未知の場所を調査していくのに、全然危機回避的な行動をしていなかったし。ほら、『SSS』のメンバーは壁の中に入ってくる前に、壁の外側を一周してから来たでしょ。あらかじめ出入口が二つあって、片方は鍵が掛かって出入りできないって知ってたわ。でも、『加護を授かりし者たち』の方は全然知らなかったじゃない。行き当たりばったりで行動しているって言われたらそれまでだけど、大きな組織に所属している人間としてはね」

 確かに、『SSS』が壁の中に入ってくる前の行動とは違ったのは確かだ。まあ、僕たちもとりあえず壁の穴から入ったけど、超人的な大介がいて、危険がないかどうかは判断してくれるからそうした行動もとれるのだが。

「それに、特殊体質の人間の中でも、その模様の隠し方でも差があったし、冬華と真里の二人は秘密の通信機器を持ってたんでしょ?あの八人の中で待遇に差があったのは確かだからね。純粋な目では見れなかったかな」

 

「他のメンバーはどうなったんだっけ。どの辺まで知ってる?」

「えーっと、25番の方は、結局あの後、生き残ったメンバーを探してたよ。生き残ってた107番と合流してたよ。他の300番台のメンバーは全員死んでたのを確認してたら、残っていたあのバッタみたいな怪物と遭遇してたね。でも、後からやって来た十人くらいの『SSS』が合流して一緒に倒してたよ」

「そうなんだ。怪物を二体倒すなんて結構やるね。『加護を授かりし者たち』の冬華と真里以外のメンバーは?」

「壁がふさがれているのに驚いてた誠太と忠志だけど、その後怪物にも『SSS』にも遭遇することなく、脱出するところまでは確認したよ」

「あ、意外と生き残ってたのね」

 と、少し毒のある発言をする里莉。



「それで、これからどっちに向かうんだ?」

 しばらく休憩していた僕たちは腰を上げ、身支度を整える。

「うーん……そうねえ……あ、あっちの方、面白そうじゃない?」

 少し目を輝かして遠くを指さす里莉。

「ん?なんかあっちの空の色、変じゃない?」

「あれ雪降ってるな。あれだけはっきり雪の降ってる区画が分断されているってことは、なにかしらの天変地異があそこで起こってるってことだな」

「でしょ?ちょっと気になるし、行ってみよう」

「え~……寒そうじゃない?しかも、天変地異が起こってる場所なんてロクな所じゃないでしょ」

 機嫌よく歩き出す里莉に対し、僕は思わず不満がでる。大介はそんな僕の肩に手を置き、

「あきらめろ。里莉がああなったら、どうやったって行く事になるんだから」

 どこか達観した表情で言う。

「はあ。まあ、仕方ないか」

 ため息を一つついた僕は、里莉と大介について行く。

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終末の世界で探偵は 安茂里茂 @amorisigeru

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