第25話

「まず、Xがいるってことだけど、これは割と早い段階から考えてたわ」

「そうだな。だって死亡推定時刻的に最後になる第三グループの三人が明らかに他殺だからな。最後の一人を殺した人物がどこかにいないとおかしくなる」

「ええ。……ところで、"のぶすけ"が壁を爆破してからやって来た怪物は何種類いた?」

「まず俺たちも見た巨大ナメクジだろ。そんで"よしすけ"を殺した、鋭い鎌のような腕を持つ怪物だな。合ってるかどうかは知らないけど、311番を殺した怪物のような見た目じゃないか。それで最後は"ひですけ"や"やすすけ"を殺した怪物だな。黒い毛で蹄のついた脚をしていただろうな。これは死体とか残った痕跡を見れば分かったが、たぶんさっき真里にやられてた怪物みたいなやつだろう。……ああ、もし壁の中に十人だけなら怪物の数が釣り合わないな」

 話している途中で大介もあることに思い当たる。

「五人集まれば一体、六人から十人なら怪物は二体やってくる、っていう習性ね。そもそも怪物のことがまだよく分かってないし、例外とか考えたらキリがないから、ここはあくまでよく知られている事実で考えるわ。怪物は人の集まっているところにやってくる。そして、やって来る前日から三日前までの、その場にいた最大人数に応じて怪物がやって来る。"のぶすけ"が開けた穴から入って来たのは三体だった。ということは、怪物がやって来る前にいたのは、十一人以上、ということになるわ。じゃあ十一人目の人物Xは壁の中でどこにいたのかしら。使われていた部屋の数は十人分だったし、大学の外も寝泊まりしていたような場所はなかったわ」

 ネットカフェのあるビルやコインランドリーは人の出入りもあり、日常的に使用されてはいたが、照明もないため、使用は制限され寝泊まりには不向きだった。

「Xが生活していた痕跡が全く見当たらないけれど、一箇所Xがいたとしてもおかしくない場所があるわ」

「どこだ?」

「"むねすけ"の部屋の中の、鍵の壊されたドアの部屋。あの部屋の中、何も無かったのにとても綺麗に掃除されてたでしょ?Xがあそこで生活していて、その痕跡を綺麗に消してしまったから、何もないけど綺麗に掃除された部屋だけが残ったのよ」

「それに関しては納得するけど、なぜ丁寧にXがいた痕跡を消す必要があるんだ?前に言ってなかったか?仮に謎の人物がいたとして、痕跡を消す必要なんてないだろうって。そのXが"つぐ子"を殺した時、他の全員はもう死んでるじゃないか」

「そこを考えるには、Xがどういう人物かを考える必要があるの。まず、Xは"むねすけ"の部屋でおそらく監禁されていたと思う」

「まあ、あの部屋にいたんなら、その可能性が高いな」

 あの部屋の扉は外側からしか鍵をかけられず、部屋の中からは鍵の開閉ができないつくりだった。

「そしてそのXをあの部屋から出してあげたのは"のぶすけ"ね。"むねすけ"を殺害した後、あの部屋の鍵を無理矢理壊して開けて、Xを出してあげた」

「"のぶすけ"の目的は、Xを助け出すことだったのか?」

「おそらく。じゃあなぜXは"むねすけ"の部屋で監禁されてたんだろう?私の結論から言ってしまうと、Xはとても貴重な特殊体質の人間だったのよ」

「貴重な特殊体質の人間?それは能力が貴重ということか?」

「そう。それも"むねすけ"が逃がさないように閉じ込めてしまうくらいには」

「それはつまり、あの大学で"むねすけ"の能力以外の能力を感知したということか」

「まあね。でも、その前からどんな能力かは想像がついたけどね」

 里莉の能力は、その場所で使われたことのある能力を使用できるというものだ。そのため能力を使うためには、里莉がいる場所で何か能力が使用されたかどうか、というのを知るところから始まる。そのため、里莉の能力としては、能力が使用されたことがあるかどうか判別する能力が前提として備わっている。

「Xが"つぐ子"を殺害したあの倉庫室で、返り血を洗い流してたでしょ?でも、じゃない。水で洗い流すなら調理場まで行かなくちゃいけない。さらに、調理場の水で洗い流すとしても、わざわざ倉庫室まで戻る必然性がないわ。倉庫室で使える水といえば、ペットボトルの水も考えられるけど、倉庫に残ってたのは全部開封前の段ボールの中に入ってたし、あの部屋から持ち出された段ボールもあったけど、それも車の中に開封されずに残ってたから、ペットボトルのお水を使った可能性もなさそうね。だけど、血があったのは倉庫室内だけで、調理場には全然無かったから、Xはのは確実。だから残る可能性として、Xじゃないかって考えたのよ」

「水を生み出す能力……もしそうなら、確かに貴重な能力だな」

 人間が生きていく上で必要な水。まだ、水道が残っている場所が多いものの、いつ使えなくなったりするのか分からないこの世界で、水に関する心配をしなくてもいいのなら、その能力を欲しがる人は大勢いるだろう。

「そう考えると、あのコミュニティの水に対する危機感が薄いのにも納得がいくのよ。ほら、『加護を授かりし者たち』のメンバーがやって来て、大学内のパイプラインを整備とかしていってたでしょ。そのとき、電気とかガスは割と手が加えられていたのに、水道に関してはまったく無頓着だったでしょ。さび付いて蜘蛛の巣が張ってるようなシンクのあったカフェテリアとかでも、水道はそのままだった」

「そうだな。そもそも毎日のように風呂とか使っている時点で、水が無くなるかもっていう心配はしてなさそうだもんな。それはつまり、心配しなくても水はいつでも使える算段がたってたってことか。……ところで、そのXの存在はコミュニティ全員が知ってたのか?」

「それが、実は知らない人もいたんじゃないかって思ってたり。っていうのも、”つぐ子”が死んだとき、”つぐ子"は何も身を守る武器とか持っていなかったでしょ。ということは、”のぶすけ”を殺した後、”つぐ子”の脅威となる人はいない、って判断したんじゃないかなって。もし、”むねすけ”が特殊体質の人間を監禁している、って知ってたら、まだどこかに隠れてるかもって思うもん。ただ、あのコミュニティが水に関しての危機感が薄いのも事実だからね。”むねすけ”の部屋では、何か水を生み出すことができる、特別な機械があるから心配しなくても大丈夫、みたいな感じで言われてたかもしれないわね」

「”むねすけ”を探していた『SSS』のメンバーは知ってたのか?」

「それは分かんない。確かにただ武器を持ちだしただけの元メンバーをわざわざ追いかけるのか微妙なところだし、武器よりももっと重要なものを持っていたから、探してたともとれるのよね。ただ、その正体までしっかりと把握していなかったような気がする。ほら、25番が、”むねすけ”の他に追っているいないって言ってたし、物とかだと思ってた気がする」

 実際、25番は大学内で何か見つけたりしなかったか、というようなことは聞いていた。あれは”むねすけ”が重要なものを持っていた、という情報を持っていたからなのかもしれない。

「それで”のぶすけ”はそのXが監禁されている事実を知り、それを助けようと?」

「その後の行動を見ると、そういうふうに感じるわね。まず、水を生み出すという、貴重な能力の持ち主だとすれば、”のぶすけ”がXがいた痕跡を消そうとするのも納得はできるわ。もし、後から誰かがやって来た時に、そのXの存在に気づかれてしまうかもと不安になったんでしょう。さらに、”のぶすけ”は”むねすけ”が『SSS』に所属していて、そこから逃げ出してきたと知ったのなら、余計にXの存在を消そうと思ってもおかしくはないわ。『SSS』ほどの規模の組織なら、”むねすけ”を追ってやってくるかもしれないって。その時にXの存在を知られてしまったら、連れ去られてしまうかもしれないと」

 実際『SSS』は外の調査と同時に”むねすけ”の捜索も行っていたから、あり得ないことではない。

「そして、”のぶすけ”はXの痕跡を消すだけじゃなくて、もう一つやることが残っているわ」

「もう一つやること?」

「Xがそもそも特殊体質の人間ではないと見せること。特殊体質の人間だけど、一般人に見せかける方法はいくつかあるわね。例えば、『加護を授かりし者たち』のメンバーもやっていた、左手甲の模様を見えなくするシールを貼るとか。でもこれは見る人によってはすぐにバレちゃうかもしれない」

 『SSS』の25番もシールの存在を一瞬で見抜いていた。

「もう一つは、模様のない皮膚を移植するということ。これにはあの25番も気づけてなかったからね。そしてこの皮膚の移植を行ったからこそ、手の皮膚が無くなったことを誤魔化すために、わざわざ火で両腕を炙ったのよ」

「そうか。”のぶすけ”はXの特殊体質を表す模様を消すために、”しげ子”の皮膚を使って手術したのか。じゃあ顔を潰した理由は?」

「皮膚の移植をした死体があれば、もしかして特殊体質の模様を誤魔化すための手術をしたんじゃないかって疑われちゃうでしょ。だから、移植した部分に関しては、そもそも皮膚があったのかどうか分からなくなるまで焼いてしまおうと考えたはず。でも、犯人は皮膚の一部だけ焼いても誤魔化すのは難しいと考えた。だから、死体の身元を隠すために指紋まで焼いたり、歯から身元が分からないよう、顔を潰しましたよ~っていう風に見せかけたかったと思うの。ただ、これらは万が一死体が見つかったとしてもいいように考えてた保険だと思う。もっといいのは死体が見つからないことだから。だからこそ、”しげ子”の死体は水路の下に捨てられてたのよ」

「”のぶすけ”は、Xの痕跡およびその特殊体質の人間であるということを隠したかった。で、そのために皮膚の移植をしたとはバレたくないから、手術を行った”しげ子”の死体に関しては、見つからないであろう水路の下に落としたと。ここまではいい。だけど、もしそのまま水路の下の死体に気づかなかったら、死体の数と大学内で暮らしていたとみられる人数が合わなくならないか。つまり、大学内で暮らしていた奴がまだいるはずだけど、どこかに逃げたなって。なら、結局追いかけられるんじゃねーのか?」

「それに関しては、ある理由で大丈夫だと思っていたのよ。それよりも、”のぶすけ”が隠せればよかったのは、特殊体質の模様を隠す手術が行われたということ。”のぶすけ”が”むねすけ”の殺害の時に、どうして別の人間を犯人に仕立て上げたかったのかっていうと、自分が疑われずに行動できるようにするっていう理由と、Xの手に移植するための人間を確保したかった、っていう理由が挙げられるわ」

 A棟の研究室にメスとかの手術道具が混ざっていたが、その辺の道具を使ったのか。麻酔とかも病院の跡地などから取ってきたのかもしれない。

「それじゃあXはどこにいったんだ?七番目の謎になるわけだが。水を生み出す能力だったなら、この壁の中から出ていくのは能力に頼らずに出ていかなくちゃいけないじゃないか」

「その答えは、Xが誰か分かればすぐにわかるわ」

「……?ちょっと待て。Xが誰か指摘できるのか?」

 大介は少し慌てたように聞く。

「ええ。”つぐ子”の殺害現場を思い出して。その壁際に落ちてあった凶器の包丁があったでしょ。私たちが見つけた時は、持ち手にまでべっとりと血がついていた。でもその後、『加護を授かりし者たち』のメンバーが来て、冬華たちと一緒に倉庫室に入った時、凶器となった包丁は”つぐ子”の遺体の頭の近くに置いてあって、しかも血がほとんど付着していなかったわ。つまり、誰かがあの包丁を綺麗にしたってことよ。何のために?それは指紋とかを消すためよ。……普通だったら、指紋なんて気にしなくてもいいけど、私たちの会話で、指紋だったら調べようと思えば調べられる、っていう会話をしていたでしょ?それを聞いたXは、指紋を調べられるかもしれないと思ってきれいにした」

「つまり、Xは俺達の中にいる……ということか」

「私か、大介か……はたまたか」

 と、里莉と大介が

「えっ、いや、僕じゃないよ?」

 僕は慌てて否定する。そんな僕に対し、里莉は落ち着きながら、

「分かってるわよ。そもそも私たちはほとんどずっと一緒に行動していたし、包丁に触れる機会がないわ。だって『加護を授かりし者たち』が来る前の晩には倉庫室の扉にはチェーンを巻い入れないようにしていたでしょ。だから、包丁に触れるタイミングとしては、私たちが”つぐ子”を見つけてから、夜寝る前に倉庫室を閉じてしまうまでの間。その間私たち三人はずっと一緒に居たから、犯人じゃないのは分かってるわ。それに、もう一つの理由からも犯人じゃないのは分かるわ」

「もう一つの理由?」

 僕と大介の声が重なる。

「よく考えて。”つぐ子”は倉庫室の現場となった部屋に入った時、部屋の中から犯人に首筋を刺されて死んでいたでしょ。 ”つぐ子”の死体は、仰向けで頭が部屋の外に向く形で倒れていた。死体は前方から刺されてたのも分かったから、犯人の方が先に倉庫室の部屋に入ってたはず。部屋の中は狭いし、二人の人間が並んでいたとも思えないからね。たぶん、”つぐ子”が倉庫室の段ボールを脱出用の車に積んでいる間に待ち構えていたんでしょうね」

「ああ。それで?」

「いい?犯人Xの方が先に倉庫室の中にいたのよ?しかも、凶器となる大きな包丁を持って。そんな姿見たら、普通逃げ出しちゃうでしょ」

「見つからないように隠れてたんじゃ?」

「ええ、そうよ。でも、あの狭い部屋の中で、隠れる場所なんてあるかしら?一か所あったわね。そう、部屋の中から車に移動されたことによって生じた、段ボールが置いてあった空間よ。でも、それも段ボール四つ分の空間。凶器を持って隠れて果たしてバレないのかしら?少なくとも大介とか無理そうね。私でも厳しいし、八雲だって難しいでしょ」

 僕と里莉は同じくらいの身長だから、確かにそうだ。

「でも、体の小さい人なら大丈夫なはず。そう、とか」

 そうして、里莉は一番後ろを無言で歩くの方を見る。

「そうでしょ?海音ちゃん」

 海音は黙ったまま、コクリとうなずいた。海音は、僕たちがあの壁の中に入る三日前ほどに遭遇した女の子だ。ほとんどしゃべることのない子で、どうにか聞き出した名前と、八歳という年齢だけは聞き出せていた。海音は八歳のなかでも小柄だと思うから、確かにあの空間に隠れることはできるだろう。

「そう考えれば、Xが壁の中からどうやって出ていったのかもすぐにわかるわね。普通に鍵のかかった鉄格子の扉から出たのよ。格子の隙間を通って。小さい子どもなら通れるくらいの大きさだったから、余裕でしょ」

「……そうだな」

 大介はなんとも言えない顔で海音の方を見やる。そもそも出会った時から、何か色々あったと推察はしていたが、なかなか聞けなかったので、やはり驚きはある。

「それとさっきの大介の疑問だけど、海音ちゃんがいた痕跡を消しているのに、”しげ子”の死体とかを、見つからないような場所に放置しても意味ないんじゃないかって言ってたわね。でも、仮にあの大学内で暮らしていて、その所在がつかめない人物が……”しげ子”の存在が分かってしまっても、探す相手は大人になるから大丈夫だって判断したのよ」

「という訳で、以上最初に挙げた、私が気になった七つの謎の解明は以上になるわ」

 と語る里莉は、どこかすっきりといった顔をしていた。

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