第23話

「ここまではどう?だいたい納得できそう?」

 と里莉が聞く。喋ったせいで喉が渇いたのか、水で喉を潤す。

「まあ、いいんじゃないか。それで、"むねすけ"を殺したのは"のぶすけ"っていうのはいいけど、首を切断した理由はどうなる?」

「うん。その辺りのことは、この後起こったことから考えていこうと思う。まず、"のぶすけ"が"むねすけ"を殺害した理由はいくつかあると思うけど、そのうちの一つは"むねすけ"の能力を奪うことね」

 "むねすけ"の能力は土壁を操る能力だ。

「つまり、怪物を壁の中に入れるのと同時に、残りのメンバーを建物から閉め出し、その上で壁の穴を塞いだのも"のぶすけ"というわけだな」

「まあね。そう考えるのが自然ね。少なくとも壁を塞いだのは"むねすけ"の能力を奪った犯人でしかあり得ないわ。さらに付け加えるなら、B棟とC棟の出入り口には物が置かれて、鍵を開けたとしても入れないようにされていたでしょ」

「ああ。閉め出されたメンバーも、建物に入る電子錠は持ってたからな。そうしないと普通に入られてしまう」

「でも、A棟とD棟の入り口は何もされて無かった。ということは、A棟とD棟に部屋がある人物のことは考慮していなかった、ということになるわね」

「だからA棟に部屋がある"のぶすけ"が締め出しを行ったというわけか。"むねすけ"はすでにその時殺されていただろうからな。でも、"しげ子"もD棟に部屋があるけど、それについてはどうなんだ?」

「そう、そこよ。とりあえず、"しげ子"は第二グループとは違って、閉め出された訳じゃないわね。他の人みたいに寝起きのような格好でもなかったし」

 "しげ子"は化粧をしていたりと、他のメンバーとも違うのは里莉の言う通りだった。

「じゃあ"しげ子"は、第二グループの五人が壁の中で怪物たちと鬼ごっこをしていたときどこにいたのか。考えられるのは、"しげ子"の部屋ね。ただ、普通に生活していた訳じゃなくて監禁されていたんだと思うの」

「どうしてだ?」

「"しげ子"の部屋のドアの横に、どこからか持ってこられた大きめのロッカーがあったでしょ」

 比較的最近動かされていたあの空っぽのロッカーのことだ。確かに、あれを外開きの"しげ子"の部屋の扉の前に置いてしまえば、中から外に出るのは難しそうだ。

「"のぶすけ"が閉じ込めたってことか?」

「いいえ。"しげ子"を部屋の中に閉じ込めたのは複数人いたはずよ。もし一人であのロッカーを運んだとするなら、元々あった部屋から引きずって運んだんでしょうね。重さや大きさ的に一人で持てるものでもないし。でも、そんな痕跡は残ってなかったから、あのロッカーは、複数人で運んだと考えられるわ」

「でもあのロッカーを引きずったせいでできた傷が床にあったじゃないか」

「うん。でもそれは扉の前だけだったでしょ。つまり、部屋の前からロッカーをどけるときは引きずって動かしたということ」

「"しげ子"の部屋を開けるときは一人だけだったってことか」

「うん。それで、”しげ子”があの部屋に監禁されていたとして、しかもそれが一人じゃなくて複数人によって行われていた。何があったかっていったら、”むねすけ”と”はるすけ”の殺人が起こったからでしょう。まあ、具体的に何時に何があったのかまでは分からないけど、まず確定で言えるのは、”むねすけ”の死体が発見されたということ。ほら、死体の合った部屋に血まみれの斧があったでしょ。その斧が置いてあった場所から少し離れた場所に、斧の形にそってできた血の跡があった。ってことは、切断に使用した斧を、血が渇くくらいまで時間が経った後に、誰かが少し触れて動かしたということ。つまり犯人が”むねすけ”を殺害してから、しばらく経って人の出入りはあったのは分かるわ」

 部屋の様子を思い出した大介が相槌を打つ。

「それで、コミュニティ内で殺人があった後に、ある人物が閉じ込められている……ということから何が考えられる?」

 里莉が問いかける。

「”しげ子”が”むねすけ”を殺した犯人だと思われたから、とりあえず監禁しよう、ってことになったのか」

「たぶんね」

 里莉は大介の答えに満足げにうなずく

「"はるすけ"の方はどうなんだ?そっちを殺した犯人だと思われた可能性は?」

「なくはないけど、そもそも残ったメンバーが、"はるすけ"が死んでいることは割とすぐに気づけるけど、その死体を調べる手段がないから、誰が犯人だと判断するには情報が足りないと思う」

「つまり、残ったメンバーは、"むねすけ"の殺害の事実から、"しげ子"を犯人だと判断したってことか」

「まあ、”むねすけ”を殺すための凶器を拝借するために、”はるすけ”を殺したんだろう、って思ったんじゃないかな。……ここまで分かれば、”のぶすけ”が何をしたかったのか、だいぶ踏み込んでいけるわ。そもそもの話だけど、犯人として、別に警察とかに捕まる心配はしていない、っていうのはいいわよね。でも、一緒に暮らしている仲間にバレないようにしなくちゃいけない、って考えるのは自然だと思うの」

「まあ、集団の人数が増えれば増えるほどルールとか決まりがあるからな。ここのコミュニティがどんな感じかは分からないけど、見せしめのような処刑を行なっていたことを踏まえると、殺人がばれたらただでは済まないかもな」

「もっとも、リーダーである”むねすけ”と、そのリーダーに次いで力を持っていたと思われる”はるすけ”が殺されているわけだから、果たして統率が取れたかどうかは分かんないけどね。ともかく、犯人としては、仲間にバレないように殺人を行う理由はある。そして、犯人だとばれないようにするためには、いくつか方法が考えられるわね。一つは、死体を発見させないこと。でもこれは少人数でのコミュニティとしては不適ね。いなくなった時点で何かあったと思われるもん。二つ目は、殺人に関する証拠や物証を一切残さないこと。でも、この世界においては、これもあまり適切ではないと思うわ。だって、証拠を調べる科学捜査なんて出来ないし、コミュニティによるかもしれないけど、別に証拠とかなくてもなんとなくで犯人だと決めつけられてしまうかもしれない。というわけで三つ目。誰か別の人物を犯人だと仕立て上げること。そう、実際に”しげ子”が監禁されていた状況から、”のぶすけ”はしげ子”を犯人に仕立て上げたんだと考えたの」

 ここまでの話で特に異論はない大介は、そのまま話の続きを促す。

「じゃあ実際どういう流れで”しげ子”は他の人たちに犯人だと思われたんだ?」

「誰が犯人かと考えるのに必要な情報ってなにか考えたとき、何が思いつく?」

「警察とかが捜査するなら、指紋とかDNAとかだろうけど、そんなものを偽装したところでそれを判別する手段なんてないからな。"しげ子"の持ち物とかを部屋に残しておくとか?これなら他の人が見ても分かりやすい物証になりそうだけど」

「ええ。でも、"しげ子"に対してはあまり有効な手段じゃないと思うわ。まず、"しげ子"が"むねすけ"の彼女のような立場だったでしょ。それだけ親しい間柄なら、部屋の中に"しげ子"の持ち物があったとしても、それだけで犯人だとはされないかもしれない。あと、"むねすけ"の死体を最初に見つけるのも、"しげ子"の可能性が高いと思うの。外に放り出されているならともかく、部屋の中に死体を放置しているから、部屋を訪れてもおかしく無さそうな"しげ子"が第一発見者になりそうだと想像できるわ。もちろん、他のメンバーとの関係性も確定していないから、第一発見者は全然別の人の可能性もあるけど、"しげ子"が死体を発見する可能性は否定できない。そして、"しげ子"が第一発見者となった場合、仮に"しげ子"に都合の悪いものが部屋に残されていたとしても、それを処分されてしまう可能性が高くなるわ」

「そうなるな。じゃあ犯人……"のぶすけ"はどういう手段で"しげ子"を犯人に仕立て上げたんだ?」

 と言いながら大介はあることを思いつく。

「もしかして、そのために死体の首を切断したとか?」

「そう、私もそう考えたの」

「でも首なし死体からどうやったら"しげ子"に行きつくんだ?」

 大介は首をかしげる。

「そこは私も迷ったわ。でもそれも当たり前よ。私たちはあくまで残った死体とかしか調べられないからね。その死体が前日までどんな行動をとっていたのかまでは分からないもん。でも、あの場にいた人たちは別でしょ。誰が何時にどういう行動をしていたのか、お互いに調べることが可能よ。警察の科学捜査もない中で、普通の人たちが拠り所にできる情報はそのくらいだろうし」

「つまり、アリバイとかそんな事を調べたうえで、"しげ子"が犯人だと思われたってことか。で、それと首を切ることが関係してると」

「うん。もし首から上が残っていたら、犯罪が起きた時間帯が分かってしまうから、犯人は首を切断したんだ。……と残ったメンバーが考えたんじゃないかしら」

「……なるほど?」

 大介はまだ理解していないようだった。

「たとえば、死体の頭を見たら、"むねすけ"はお風呂に入った後に殺されたんだって分かったとするでしょ。もしお風呂に入った後なら、"むねすけ"の女である"しげ子"ぐらいしか近づけないから、犯人は"しげ子"である。という推理がされたかもしれない。もっと言えば、"むねすけ"はお風呂に入っている最中に殺されたって分かったなら、"むねすけ"と一緒にお風呂に入ってもおかしくない"しげ子"が犯人であると。……今例に挙げたのは、あくまでも残されたメンバーがそう考えたかもしれないってこと」

「でも、"むねすけ"が風呂に入ってる最中に殺されたかもしれないとは思うかもな。脱衣所に少量の血が残ってただろ。あれって犯人があそこで事件が起こったように見せかけるためなんじゃないのか?」

「そうね。そういう意図があったと思う。さらに付け加えるなら、脱衣所にあった空のブリーチ剤の容器とかも犯人がわざと残していったんだと思う。そしてその手掛かりと首が切断されたことを合わせることで、"しげ子"が犯人だという話の流れを考えたのよ」

「えーっと……つまり?」

「"むねすけ"の死体が発見されてからの流れを整理するわね。誰がどういうタイミングで見つけたかは分からないけど、まず死体が発見されるでしょ。"むねすけ"の殺害からだいぶ経ってから人の出入りがあったのは分かってるからね。それで、誰が殺したのか、っていう話になった。首の無い死体、第三者が無理矢理着せたような死体の衣服、首を切断したにしては少ない血痕。この辺のところから、死体はどこか別の場所から運ばれたんじゃないかと、残ったメンバーは考えた。そして、服が着せられたのなら、元々服を着てなかったか、別の衣服……たとえば寝巻きとかを着ていたのを、無理矢理着替えさせたと考えられる。もし服を着てなかったら、お風呂で殺された可能性が高い。つまり浴場が怪しい。浴場に行ってみると、少量の血痕が残っているから、ここが現場じゃないかと考えた。"むねすけ"がお風呂に入ってるときに殺害できるのは、"むねすけ"と付き合っている"しげ子"ぐらいしかいない。だから"しげ子"が犯人なんだ……と残ったメンバーは考えた。もう一つの可能性、寝巻き姿だったとしても、そんな時間帯に"むねすけ"のところに行けるのは、"しげ子"しかいない。だから"しげ子"が犯人だと」

「どっちにしろ"しげ子"が犯人っていう流れなんだな」

「あくまで、死体の状況や"しげ子"が監禁されている状況から推察したらそうなるっていうだけたけどね。でもこれは言えるわね。いつ"むねすけ"が殺されたのか、そのタイミングによって容疑者が決まってしまう状況だったんじゃ無いかなって。死体の首を切ったのも、殺害があったタイミングを誘導するためだったと思う」

「そういやD棟だけ屋上の扉に鍵があって、決まった時間しか解放してなかったんじゃないかって言ってたな」

「うん。夜何時以降はD棟への出入りを禁じる、みたいなルールがあったとするなら、何時以降に殺されたって判断できたら、同じ棟に部屋がある"しげ子"が犯人になるからね。まあ、とにかく、"しげ子"が怪しい状況になった。じゃあ、"しげ子"はなんで首を切断したんだろう?何か不都合な物を消したかったから?それはなんだろう、と考えたとき、浴場にあった空のブリーチ剤の容器を見つけた。……もしかして犯人は、"むねすけ"が髪を染めた後に殺されたことを隠したかった?残ったメンバーが最後に見た"むねすけ"は髪なんて染めていなかった。そしてもし発見された"むねすけ"が髪を染めている、もしくは染めようとした事が分かれば、犯行のタイミングが何時以降で、さらにどこで犯行に及んだってバレてしまう。だから、髪を染めていた事を隠すために死体の首を持ち去った……っていう事を他のメンバーが考え、"しげ子"を犯人として部屋に閉じ込めた……っていうのが私の考えよ」

 長い説明を聞き、大介はいまだすべてを理解した訳ではなさそうだが、

「……なんていうか色々面倒なことを考えるなあ」

 と感想を述べた。

「これまで話したことは、あくまで”むねすけ”の死体発見から”しげ子”が部屋に監禁されたという間を埋めるために私が考えたストーリーだから。実際はそんな流れなんてなく、ただただ何となくで犯人だと決めつけられたかもしれないわ。”むねすけ”の彼女だからということで、普段わがままな”しげ子”をこの機会に追放してやろう、と残りのメンバーが考えただけかもしれない」

「なくはないな。っていうか、”のぶすけ”は他のメンバーが、”しげこ”を犯人だと思いやすいと思ったから、スケープゴートを”しげ子”にしたかもな」

「まあ、”のぶすけ”がどこまで意図して”しげ子”を犯人に仕立て上げようとしていたかは分かんないけど、空のブリーチ剤の容器は”のぶすけ”が用意したんでしょうね。”しげ子”以外で髪を染めてたのはいなかったから。もちろん、”むねすけ”の頭部も普通の黒髪だったもんね。誰も使用していないはずのブリーチ剤があったということは、明らかに誰かが意図的に置いたんでしょ。それと、男の脱衣所に置いていれば、”しげ子”がお風呂に入ったとしても、その存在に気づくこともないだろうから、わざと残した証拠が隠滅される可能性も低いわ」

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