第22話

「壁の外は全然霧がないわね」

 壁の外に出た里莉の第一声はそれだった。

「そうだな。それでもうここは離れてよかったのか?」

 横を歩く大介が里莉に聞く。

「うん。確かめてみたいことは確認できたし。あんまり長居しても面倒でしょ」

「まあ、『SSS』の集団も近づいていたからな。怪物もそれなりに手強そうなのも混ざっていたし」


 里莉たちは鉄格子の扉の鍵を開き、普通に壁の外に出た。扉の鍵は、鉄格子の周辺の土壁の部分に隠されていた。隠し蓋のような形で、土壁の一部が加工されており、その中に鉄格子の扉の鍵が入っていたのだった。

 里莉はその隠し場所を探り当て、そのままそこから外へと出ていくことができたのだった。

「それにしても、あそこに鍵が隠されているってよく気付いたな」

 大介が里莉を褒める。

「まあ、ほとんど勘だったけどね。色々探しても見つからないってことは、どっか隠されてるんじゃないかって。そしたら、25番が"むねすけ"は土壁を操る能力を持っていて、しかも土壁を加工するのが得意って言ってたから、もしかしたらと思ったらビンゴだったわ」

 そんなすごいことではない、という口ぶりだ。


「それで、ここを離れるってことは、あそこで何があったのか、満足のいく答えが出せたってことなんだろ?」

 そう聞かれた里莉はどこか誇らしげに、

「まあね」

 と答えた。

「ま、唯一無二の真実っていうわけじゃなくて、私が納得するためだけの答えが出せたってことだけど」

 それは里莉がこれまでも言っていたことだ。

「まあ、でも私以外の人にも納得してもらえたら、私の妄想がもうちょっと現実味が出てくるから、聞いてくれる?」

「ああ、それはいいが……どっか休みながら話すか?」

 里莉はその大介の言葉に対し首を振り、

「いや、まだ壁からも近いし、歩きながら話そっか」

 そうしてのんびりと歩きながら里莉は話し出した。


「まず簡単に分かってることからまとめていくわね。あの壁の中の大学では、十人の男女が暮らしていた痕跡があったわね。そして、十人の死体があった。部屋とかに残された持ち物とか服とかから、そこで暮らしてた十人が様々な理由で死んでいたのが分かったわね」

「壁の外で見つけた”ただすけ”はカウントしないのか?一応あの男も大学内で暮らしてたっぽいけど」

 大介は壁の外で手錠につながれて怪物に殺されていた男を、律儀に里莉が付けた名前で話題に挙げる。

「”ただすけ”は関係ないわね。まず、十人が死んだのと時間的にも離れているし、”ただすけ”がいた部屋も、ホコリを被るくらい出入りがないのは分かっているから」

 大介は軽くうなずき、話の続きを促す。

「そして、死亡推定時刻から死んだ順番としては、三つのグループ分けが出来た。まず第一に”むねすけ”と”はるすけ”の二人。そしてその次に死んでいたのが、”つな子”、”みつすけ”、”ひですけ”、”やすすけ”、”よしすけ”の五人で、これが第二グループ。この五人の特徴としては、寝間着のような恰好で、ろくな荷物も持たずに建物の外で死んでたということね。そして最後のグループが、”しげ子”、”のぶすけ”、”つぐ子”の三人。少なくともこの順番はすぐに分かったし、変えられないと思う」

「グループ内の順番までは分からないんだよな?」

「死体を調べただけじゃね」

 大介の問いかけに里莉は肩をすくめる。

「最初の段階でつかんだ大雑把な流れは、まず”むねすけ”と”はるすけ”が時を置かずして殺される。そしてその次に第二グループの五人が大学の建物から閉め出される。それと前後して壁には爆破によって穴があけられ、怪物が入ってきた。そして一度開けられた穴が土壁によって塞がれる。そして閉め出された五人の内三人は怪物に殺されて、一人は守衛室で毒を飲み、一人は建物のそばでボウガンに撃たれて殺された。そしてその後、第三グループの三人が、それぞれの場所で誰かに殺された。……という感じね」

 と里莉は一気に話す。

「最後の三人が明らかに他殺だということを踏まえると、十一人目の人物Xがいるようにも思える……って言ってたな」

「そう。死体の状況からして、最後の三人が同士討ちになったとは考えにくいでしょ。となると、十一人目の人物がいたかもしれない」

「でも、ここで暮らしていた痕跡は十人しかいないと」

「例えば、第一グループの二人が殺される直前くらいに、Xが壁の中にやって来たってことも考えられるかもしれない。だから十一人目の荷物とかも寝泊まりしていた痕跡もない、っていうのもあり得なくはないけど、もしそうだとしても、どこから出たのか、っていう疑問が出てくる」

「言ってたな。壁が二回目に破壊された直後にあの巨大ナメクジが通っていて、その後に人が通れば足跡が残るはずだけど、それが無かった。もう一方の出入り口は鉄格子がはまっていて、鍵がないと開けれない扉がついていた。そしてその扉は鍵が内側から掛かっていて、外から鍵をかけることは出来そうにない」

「そう。まあ、壁が二回目の爆破によって開いてから、巨大ナメクジが通るまでの間に、怪物に襲われるかもしれないことを前提で、あそこから出れば足跡も残らなかったかもしれないけど、そんな危険なことをわざわざする必要もないでしょ」

「まあな。巨大ナメクジだけだったら速さ的に逃げきれそうだけど、他の怪物もあの穴から出ていった跡が残っていたからな。そんなギリギリの事をしなくても、怪物が出ていってからゆっくりと出ていけばいいもんな」

 大介も里莉と同意見だった。

「ってなわけで、とりあえず私が気になったのは、

①”むねすけ”を殺したのは誰か。

②”はるすけ”を殺したのは誰か。

③第二グループに該当する五人を建物から閉め出したのは誰か。

④”しげ子”を殺したのは誰か。

⑤”のぶすけ”を殺したのは誰か。

⑥”つぐ子”を殺したのは誰か。

⑦果たして十一人目の人物はいたのか。いたのなら、一体どこへ行ってしまったのか。

 っていう七個ってところかな」

 里莉が話し出す前に大介が遮る。

「ちょっといいか?”むねすけ”の首を切断した理由とか、その辺のことについてはいいのか?」

「もちろん考えるわ。ただ、『なぜそんなことをしたのか』なんて結局その人自身じゃないと分かんないでしょ。だから、犯人が誰かを考えたうえで、その人がなんでそんなことをしたのか、一番私がしっくりくる推理を考えようかなって思ってるわ」

「……そうか」

「それじゃあ時系列順に行こうかな」

「時系列か。となると”むねすけ”と”はるすけ”の第一グループになるんだろうけど、どっちが先だ?死亡推定時刻的にはどっちが先とは言いづらいんだろ?」

「まあね。でも、状況的に”はるすけ”が先でその後に”むねすけ”が殺されたのはほぼ間違いないでしょうね。まず、”むねすけ”の殺害で使用されたボウガン、斧、槍という凶器はすべて”はるすけ”の部屋にあったものでしょ。とするならば、凶器を得るために”はるすけ”を殺し、その後”むねすけ”を殺した、っていうのが一番しっくりくるでしょ」

「まあ……それはそうかもだけど」

 里莉の発言に戸惑った反応を示す大介。

「しっくりくる、だけでいいのか?もうちょっとこう推理っぽいのとかないのか?」

「推理ね。……でも、実際”はるすけ”が殺されたあとに、犯人は”はるすけ”の鍵を使って部屋に入ってるのは分かるでしょ」

「なんでだ?」

「”はるすけ”って鍵を持ってなかったでしょ。それにズボンが脱がされてたじゃない。あれは”はるすけ”が持っていた鍵を取るためでしょ。ズボンまで脱がしたのはたぶん、ズボンのベルトループとかに括り付けたキーホルダーとかが取れなくなったから」

「ああ、なるほどな」

 25番が鍵を回収したときの誠太とのやり取りを思い出す。

「まあ、二人の殺害は密接に関わってると思ってるし、まとめて話してしまうわね。とりあえず、犯人は”はるすけ”を殺害し、”はるすけ”の部屋から凶器を持ち出し、”むねすけ”を殺害する。そして首を切断し、外に持ち出す」

「そうだな」

「さっきはああ言ったけど、犯人が首を切断した事実は変わりないし、やっぱり触れなくちゃいけないのは確か。だから、首切りについて考えるけど、『なぜ』ではなくて、ちょっと別ルートから考えていこうと思うの」

「別ルート?」

「例えば、犯人は”むねすけ”の首を切断すると思ったのか」

「いつ?そりゃ殺した後じゃないのか?思いつくのは、何か頭部に不都合なものが残ったから、切断して誤魔化そうとしたとか」

 何当たり前のことを聞いてるんだ、と大介。

「実は、犯人は最初から、斧を使って首を切断するつもりだったと思うわ。”はるすけ”の部屋の中の様子を覚えている?部屋の中央辺りに壁にかかっていた武器が落ちてきて山のように絶妙なバランスで積みあがっていたでしょ」

「そうだったな。壁にかかってたボウガンを無理やり取り外したせいでそんな風になってたな」

「もしその後、その崩れた武器よりも奥に行こうと思ったら、あの山を崩さないといけなかったでしょ」

 実際、積み重なった武器を大介がどかしていた。

「あの絶妙なバランスで残っていたということは、犯人がボウガンを持ち去った後、あの武器の山より奥には誰も行ってないって分かるでしょ。そもそも鍵もかかっていたから、あそこに出入りできるのは鍵を持ってた犯人だけだし。でも、”むねすけ”の首の切断に使われた斧は、部屋の一番奥の壁際にあったわ。ということは、ことが分かる」

「つまり、実際に”むねすけ”を殺害した直接の凶器よりも先に切断に使用する斧を持ち出していたということは、、っていう可能性が高いってことか」

「そう。つまり犯人は不都合なものを無くそうとしてみたいな理由で首を切断した訳じゃなくて、そもそも最初から何かの目的で首を切断するつもりだったと。犯人にとって何かメリットがあると思ったからそんな行動をしたんでしょう。じゃあ何のために?」

 先生が生徒に問いかけるように里莉は大介に尋ねる。

「たとえば身元を隠すとか?」

「それも思いつくわね。顔が無ければ個人を識別できないもん。でも、十人しかいないコミュニティの中でそれが可能かしら?だって顔が分からなくても、いない人物なんてすぐに分かっちゃうでしょ。あと、首無しといえば死体が実は別人だったっていうパターンも考えられるよね」

「そうだな。というか、"むねすけ"は逃げ出してきた『SSS』が追ってくるかもしれないんだから、自分を死んだことにするのも考えられるんじゃないか?」

「"むねすけ"の頭が見つかってないなら、そういう推理もしていく必要があるけど、すでに"むねすけ"だって分かってるから、それは考えなくていいかな」

 確かにそれはそうだった。"むねすけ"の頭部を見た25番も、自分が探している人物だと認めていた。

「それに、"むねすけ"の頭部は遊歩道の植え込みのところに置かれていたでしょ。一応すぐには見つからないような場所にはあったけど、身元を隠すのなら、もっと隠せる場所があったでしょ。たとえば水路の下とか」

「まあな。俺たちはあそこに降りて行けたけど、まあ、普通は見つけられないだろうな」

「ってことは、犯人にとって頭部は見つかっても構わなかったってことでしょう。一応隠すように置かれていたから、少しの間見つからなければ良かったんだと思う」

「なら、犯人はなぜ首を切ったんだ?」

「なぜ、を答える前に誰が、を答えましょうか」

 と自然に力が入る大介に肩すかしをあてるように、里莉は話題を変える。

「あくまで誰が、が先って言ってたな」

「まあね。さっきも言ったけど、なぜ、っていうのを答えるのが一番難しいのよ。だったら、先に犯人が誰かを考えようと思うのが私の基本スタンスだから」

 あくまで里莉が語るのは自分が納得するための推理だ。それが分かってる大介は、意見は言うものの、里莉のスタンスを否定してしまうことはしない。

「誰が、っていうのは比較的すぐに分かるわ。まず、"むねすけ"の部屋だけど、電気がつかなかったでしょ」

「そうだったな。電気の寿命だったみたいだが。別に誰かが壊したわけではないだろ」

 部屋の様子を思い出しつつ大介が答える。

「ええ。それで部屋の電気のスイッチのところに犯人が何度か触った形跡があったわよね」

「犯行中に電気が切れてしまって、とりあえず電気をつけてしまおうとした感じだったな」

「ということは、犯人があの部屋にいた時、電気が消えて暗くなってしまったのは想像に難くないでしょ」

 里莉の言うように、"むねすけ"の部屋に入った昼間でも、明かりが必要になるくらいだった。

「でも、そんな中でも犯人は普通に作業をしていた。実際に殺したのは別の場所で、首を切断したのも別の場所かもしれない。死体を運び入れるだけだったら、ギリギリ電気がなくても良かったかもしれない。でも、中で色々していたのは確かでしょ。たとえば、"むねすけ"の部屋の中の鍵のかかるドアを開けることとか」

 苦労してこじ開けられたドアには血が付着していたし、犯人が色々していたのは間違いない。

「でも、壁にかけられていた大量の鍵に関して、一切触れた形跡は無かった」

「ああ。あの中にはあのドアに合う鍵が無かったからな。だから仕方なく鍵を壊してドアを開けたんだろ」

「ええ、そうね。でものかしら?どの鍵も形状は似てたじゃない。各部屋のドアの鍵も"むねすけ".の部屋の中にあったドアの鍵も、鍵穴とかも似ていたし、あのドアの鍵も似た感じなのは想像がつくわ」

「鍵に部屋の名前が書かれていたし、それを読めば分かるだろ」

 と大介が答える。

「そう。つまり犯人は、ということ。部屋のと考えられるでしょ」

「懐中電灯か」

 里莉たちが"むねすけ"の部屋を調べるときも、持っていたライトで照らして調査をしたのを思い出した。

「まあスマホでも、ライトが使えたりするけど、あの十人は持ってなかったから、懐中電灯が一番ぴったりでしょ。それで、懐中電灯を持っていたのは、"みつすけ"、"ひですけ"、"やすすけ"、"よしすけ"、"のぶすけ"の五人」

 里莉は一旦言葉を切る。

「そして、"むねすけ"を殺害する前に、犯人は"はるすけ"を殺してる。じゃあ、その五人の中で誰が"はるすけ"を殺したのかというと、当然"はるすけ"の持っていた鍵を持ち去った人物」

「誰なんだ?」

「犯人はわざわざズボンを脱がして、"はるすけ"から鍵を持ち去らないといけなかった。つまり、と考えられる。”はるすけ”は死後そんな時間を置かずに土壁の上から落とされているでしょ。犯人としては出来る限り時間を掛けたくなかったんだと思うの。場所が場所だから、別の誰かに見られることを気にしたんでしょうね。そして、死体を見えにくい土壁から落としたということは、出来るだけ死体の様子を見られたくなかったんだと思うの。つまり、犯人が”はるすけ”から鍵を取ったことを出来る限りバレたくなかった」

「犯人はじゃあ、屋上で殺した後、出来るだけ早く死体を処理しようとする中で、鍵を取れないっていう問題に直面したから、慌ててズボンを脱がす、っていうことをしたのか。……ってことは、"みつすけ"は犯人じゃないってことだな。もし"みつすけ"が犯人なら、25番が誠太にしたみたいに、

「ええ。もちろん、"みつすけ"が犯行の際にナイフを持っている、という前提が必要だけどね。でも、ほとんど寝起きのような状態でも、”みつすけ”の死体はナイフは持ってたでしょ。だから、常日頃ナイフを持ってたと考えられるわ」

「なるほどね」

「つまり、第二グループの人たちで、死んだ時に持っていたものは、日常的にその物を持っていたと考えることにするわ。それでいくと、"よしすけ"も容疑者候補から外れるわね」

「あの十字架のネックレスか」

「あれカバーを外したらナイフの刃が隠されてたからね。次は"やすすけ"ね。彼はポーチを身につけていて、その中にはニッパーとかカッターがあったでしょ。もし"やすすけ"が犯人ならあれを使えばいいから、"やすすけ"も犯人じゃないわね。最後に"ひですけ"。彼はナイフは持ってなかったけど、使えそうな物は持ってたわね」

「ライターか」

 比較的火力が強かったため、布を切り取るのは難しくても、キーホルダーを通していたベルトループ程度であれば焼き切れたと思われる。仮に焼き切れなくても、手で引きちぎる程度に焦がすことはできただろう。

「という訳で、"はるすけ"と"むねすけ"を殺したのは、残った"のぶすけ"ってことになるわ」

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