第21話

 313番は見えない何かに追われていた。

 明らかにすぐそばまで来て自身に攻撃をしてきているはずなのに、その姿を見ることが出来ていなかった。ただ、息遣いや漏れ出る声から女だと判断できた。

「痛っ!」

 どこからともなくやって来た刃が313番の手を斬りつける。

 何とか痛みに耐え、出たらな方向に逃げ出すと、313番のすぐそばで電撃がほとばしる。辛うじて直撃を免れた313番はすぐさま振り返り、電撃の飛んできた方へ銃を撃つ。

「あっ!」

 という女の声が聞こえ、急に静かになった。

「やったか?」

 これまで313番を襲っていた謎の攻撃がぱたりと止み、313番は息を落ち着かせる。ふー、と大きく息を吐き出した直後、313番の真後ろから、

「なんちゃって」

 と楽しそうな女の声が聞こえてきたと思うと、すさまじい電流が体に走る。

「ぎゃああああ!」

 急に姿を現した晶子は、倒れこんだ313番にまたがり、持っていた包丁で、314番と同様に何度も突き刺していく。


 聞こえてきた悲鳴を頼りに、忠志が歩いていくと、包丁で313番をめった刺しにしている晶子を発見した。

 近づいてくる忠志に気がついた晶子は、手を止めて忠志の方を振り返る。

「あ、大丈夫だった?」

「あ、ああ、まあな」

 体の至る所に返り血を浴びているが、全く気にすることなく自分を見る晶子に、忠志は少し引きつった顔で答える。

「包丁取ってたんだな」

 包丁は武器として冬華から渡されていないが、晶子は朝を迎える前に調理場からこっそりと抜き取っていたのだった。

「うん。おかげで二人倒せたよ」

「そ、それは良かったな。えーっと、大丈夫か?『SSS』を倒すっていう大変な役割だけど」

 晶子の機嫌を損なわないようにしているのか、忠志は優しい口調で晶子に話しかける。

「大丈夫よ。『SSS』のような悪い敵は倒さないといけないもんね」

 と、屈託のない笑顔で答える晶子。

「ああ、そうだな。ただ、怪物もうろうろし始めてるみたいだから、注意してくれよ」

「あ、うん。ちょっと走って追いかけたりしてたから疲れちゃった。追いかけながらだと息をとめるのも大変でさ」

「お、おう、そうだな。じゃあ俺は他の奴らが大丈夫か見ていくから、気をつけてな」

 と言うと忠志は足早に晶子から離れていった。晶子の方はそんな忠志の対応もあまり気になっていないようだった。

 完全に絶命した313番からゆっくりと立ち上がった晶子は、次なるターゲットを求めて歩き出す。すると、再び晶子の方へ近づいてくる足音が。忠志が再び戻ってきたのかと思った晶子は、

「どうかした?」

 と声をかける。しかし、聞こえてきたのは野獣の息遣いだった。すぐに怪物だと気がついた晶子は、大きく息を吸い込み息を止めた。そして息を止めた晶子の姿は完全に見えなくなっていた。

 先ほどまで晶子がいた場所に、トンボの目をした巨大狼がやって来たが、キョロキョロと辺りを見渡している。が、ある向きで首の動きを止めると、鼻をひくひくと動かした。そして何もない空間に狙いを定めたかと思うと、一気に飛び掛かった。そして、何も見えていないはずの空間に牙を突き立てる。

「ぎゃ」

 と悲鳴が一瞬漏れ出たが、それもすぐに消えた。晶子の体に嚙みついた巨大狼は、そのまま晶子を食べることはせず、口から真っ二つになった上半身と下半身を吐き出し、その場を後にした。


 浩文と別れた誠太は、辺りをさまよっていた。どっちに向かえばいいのか分からず、びくびくしながら歩いていた。

 すると、何かの臭いに気づいた誠太は顔をしかめ、臭いのする方へゆっくりと向かって行く。

「うげ……」

 そして、上半身と下半身が離れた浩文の死体を発見した。巨大な怪獣にかまれたのか、体にはかじられた跡がしっかりと残っていた。

「っ、誰⁉」

 自分の方に近付いてきた足音に気づいた誠太は慌てて持っている電撃銃を構える。

「ま、待て、俺だ」

 と慌てたような忠志の声が霧の向こうから聞こえた。

「そっちは大丈夫か?……って大丈夫じゃないな」

 と、周りを気にして声のトーンを落とした忠志が誠太にそう尋ねるが、すぐに浩文の死体を見つけた。

「それにしてもやばいな」

 と、死体を見て気持ち悪くなったような顔で誠太に話しかける。

「と、とりあえず早いとこ逃げよう。他の人は?晶子さんとか」

「あいつは例の発作だよ。調理場にあった包丁を持って『SSS』のやつを殺しまくってる。あんまり近づくと俺らもやばいかもしれん」

「そ、そっか……」

「冬華と真里の方は知らん。あいつらはあんまり俺らの事はどうでもいいと思ってるかもしれないからな。そう思わないか?」

「え、えっと……その……」

 思い当たる節があるような誠太は言葉を濁す。

「まあ、だから俺達はとっととこっから逃げ出して、安全なところに行こうぜ」

 と忠志は誠太と共に壁の穴へと向かって行った。


「は?」

 数分後。忠志と誠太は自分たちが入ってきた場所までやって来ていた。しかし、どこにも壁の穴が見当たらなかった。

「俺らこっから入って来たよな?」

「う、うん。この辺の道とか標識とか記憶にあるよ。……もしかして塞がれてない?」

「塞がれてる?」

 誠太と忠志は穴があったはずの壁に手を触れる。すると、その部分だけ、岩が積み重なって出来ている壁とは違い、大学内で多く見た土と同じ成分の壁が出来上がっていた。

「だ、誰がこんなことを?」

 二人とも狐につままれたような顔をし、誠太と忠志は互いの顔を見合った。


 冬華と真里は大学の敷地のそばで黒い巨大な馬の怪物と遭遇していた。真里は怪我をしている冬華をかばい、馬の怪物を引き連れ、大学の遊歩道内を走って逃げていた。純粋な速さであれば怪物はすぐに真里に追いついていたであると思われるが、霧の、真里の細かな方向転換によって辛うじて逃げきれていた。

 真里は後ろを追いかけている怪物の位置を把握しつつ、水路のわきギリギリを走っていた。そして一瞬振り返ると、

「はっ!」

 と声をかけると、真里を追いかけていた巨大な馬の怪物の横から、空気の塊が勢いよくぶつかり、怪物はバランスを崩す。真里はその隙を逃さず、もう一度同じように空気の塊をぶつける。

 完璧に押し込まれた怪物は、水路の底へと落ちていった。


 25番はトンボのような目をした巨大狼と遭遇していた。コンビニなどの建物の陰やいまだ広がっている霧に紛れながら巨大狼をやり過ごしていた。動きが速いため、一つの判断ミスが命取りとなる。

 怪物の唸り声がまたすぐそばに聞こえてくる。巨大狼も霧のせいで視界が悪いはずだったが、正確に25番のいる場所を探し当てていた。

 視覚だけではなく、嗅覚でも獲物がどこにいるのかを探っているのだと判断した25番は、腰から小型の缶のようなものを取り出し、煙を辺り一面に噴射させた。

 25番は煙幕のようなものを使用したようであったが、元々視界を悪くしている霧が広がっている状態では煙幕は意味がないはず。しかし25番はそういう意図で使用したわけではなく、煙幕によって生じた煙のにおいの方が目的であった。25番の目論み通り、巨大狼の動きが止まる。先ほどまで辿っていたにおいの出所が途絶えたようであった。しかし、動きが止まっていた巨大狼であったが、すぐに何かに気づく。煙や霧が広がるなか、巨大狼から数メートル離れた場所にチカチカと点滅する光を見つけた。

 すぐさまその光源に飛び掛かる巨大狼であったが、そこには誰もおらず、ただ自動で点滅するライトが置かれてあるだけであった。そしてそのライトに巨大狼が引っかかったのを確認した25番は冷静に銃を四発撃つ。先ほどまで何発か巨大狼に当ててはいたが、あまり効いていないことが分かっていたため、狙ったのは胴体などではなく、トンボのような複眼の目と鋭い嗅覚を持つ鼻であった。

 25番の狙い通り、目に一発ずつ、鼻に二発の銃弾を当てることに成功した25番は一度巨大狼から距離をとる。

 目と鼻を撃たれた巨大狼は、怒り狂ったようにその場で暴れる。しかし、一度に視覚と嗅覚を奪われたせいか、25番の居場所がわからないようで、グルルル、と獰猛な声をあげるがどこに向かえばいいのか分からないようであった。

 そんななか、まだ残っている感覚の聴覚がとある音を捉えた。プルルル、という着信が巨大狼の後方五メートルほど後ろから聞こえてきたのだ。

 巨大狼はすぐさま方向転換をし、耳を頼りに音が聞こえる場所に向かって、自慢の牙を見せつけるかのように口を大きく開ける。もちろん、そこに来るのは25番の狙い通りであり、大きく開かれた口の中に手榴弾のようなものを投げ込む。巨大狼の口から逸れるような軌道を描いていた手榴弾は、急に空中で物理法則を無視するかのように軌道を変え、口の中に入った。

 手榴弾を投げ込んだ25番は、口の中に入ったことを確認すると同時に、すぐさま横の建物の陰に飛び込む。

 その直後手榴弾が炸裂し、巨大狼の頭部を口の中から破壊した。


 馬やニワトリのキメラのような怪物を水路に落とした真里は、ゆっくりと柵から見下ろす。

 落とされた怪物は水路の下でひっくり返っていた。死んではいなかったが、ひっくり返ったまま起き上がれそうには見えない。仮に起き上がれても、地上まで登って来れそうには見えなかった。胴体にはニワトリのような羽はついているが、体の大きさに比べ小さいため、それを使って飛べるようには見えなかった。

 それを確認した真里は近くの橋から建物の中に入る。冬華とは建物の中で合流すると約束していた。

「は?」

 入り口を見た時、真里は思わず声を出してしまった。入り口の扉のところには罠にかかった308番と309番がいたからだ。

「なんで自分たちの罠にかかってんの?」

 やって来た真里の存在に気づいた308番と309番は、

「す、すまない。投降するから、俺たちを助けてくれ」

 と苦しげに真里に助けを求める。

「あんたらそれぞれの入り口に罠を仕掛けてたんじゃないの?」

「……俺たちもよく分かってないんだよ。D棟の罠は遠隔で解除できるやつだから、それを解除してもらってから入ったはずなのに、罠が普通に発動したんだよ」

「そもそもここの罠はこんな捕縛ネットのやつじゃなかったはずなのに」

 308番と309番は真里に対し早口で話す。真里は怪訝な表情で二人を踏み越えて建物の中に入る。

「あれ?ここD棟じゃないじゃん」

 一階には食堂があったはずだか、真里が入った建物は普通に教室などの部屋が並んでいた。教室の名前を見ると今いる場所がA棟だということが分かった。

 その時、真里が密かに隠し持っていた通信機器に着信があった。

「大丈夫ですか?」

「うん。さっきの馬みたいな怪物は水路の下に落としたから、登ってくることはないと思う」

「ありがとうございます。それで今どちらにいますか?」

「D棟に来たと思ったらC棟にいるんだよね」

「そうなんですか?実は私もとりあえず近くのB棟に入ろうと思ったら、A棟に来てしまいまして。そしてその入り口に罠にかかった310番がいたんです」

「マジ?私のとこも、入り口に二人が罠にかかってたよ。えーっとあんたら何番だっけ?」

 と、真里は冬華と話しながら308番と309番に声をかける。二人は素直に自身の番号を答える。

「それで、どうしよっか?308番も309番も助けを求めてるけど」

 冬華はしばらく考え込んだ後、

「助けてあげましょう。真里さんなら二人相手でも大丈夫ですよね?」

「ああ、分かった。それでどうする?どこで合流する?」

「B棟にしましょう。D棟の屋上の扉は爆発物が取り付けられているそうなので」

 冬華はすでに310番から色々情報を聞き出していた。

「わかった」

 通信を切った真里はそのまま308番と309番の方へと向かっていった。


 数分後。冬華と真里はB棟の屋上で合流していた。308番、309番、310番の三人の手には銃を持っていたが、冬華と真里に攻撃を加える意思は全くなく、むしろ二人を護衛するように行動していた。

「それでどうする?まだ25番はいるんでしょ?」

「怪物にやられていなければおそらく」

「もう潮時じゃない?あの里莉ちゃんたちには会ってないんでしょ?」

「はい。敵という感じもしませんでしたが、何を企んでいるのか不明ですから、あの方々を深追いするのはやめておきましょう」

「だね。それに冬華も怪我してるし、一旦帰……」

 と話をしていた冬華たちの近くに何かが着地した。

 巨大なバッタのようなその怪物は、地上から屋上へと飛び上がってきたのだ。バッタのような体つきであったが、顔の部分だけ象のような長い鼻がついており、アンバランスであった。

 308番、309番、310番の三人はすぐさま銃撃を当てていくが、胴体の皮膚が硬いのか、胴体に対する攻撃はあまり効いているようには見えなかった。

 巨大バッタの怪物は、自身に向かって撃たれている銃弾を気にする様子もなく、ゆっくりとした動作で長い鼻を膨らませ、三人の方へ向ける。

 ポン!という音とともに鼻から液体の塊が発射され、三人に直撃する。

「うぎゃあぁあ!」

「あがああああ!」

「ぎぃええええ!」

 三人は悲鳴をあげ床の上をのたうち回る。怪物から放たれたのはどうやら強力な酸のような液体だったようで、三人は皮膚を掻きむしって痛がっている。

 酸によって体を溶かすというわけではなく、あくまで獲物を弱らせるのが目的であったようで、バッタのような怪物は、その似合わない長い鼻を叩きつけ、のたうち回っている三人を殺していった。

 冬華と真里は怪物の注意が308番、309番、310番に向いている隙に屋上から逃げ出していた。


 里莉たちは食堂に残した荷物をまとめ、『SSS』の面々や『加護を授かりし者たち』のメンバーと会わないように行動していく。一階の出入り口には爆弾が仕掛けられていたため、他の場所を通って建物から出る。そして猫の銅像のある橋を渡り、遊歩道に出る。そしてそのまま大学の敷地から出ていく。

 幸運にも『SSS』や『加護を授かりし者たち』と会うことはなかったが、壁の方へと向かっている最中、巨大な蛇のような怪物が里莉たちに近付いてきた。蛇と違うのは、口が見当たらず、さらに胴体のほとんどがもじゃもじゃの毛に包まれており、それが余計に気味悪さを醸し出していた。

 怪物の存在は姿が見えるよりも前に大介が気づいていたため、怪物が近づいてきても里莉は慌てることなく行動することができた。

 巨大な蛇の怪物が里莉たちから五メートルほどの距離に近付いた瞬間、巨大蛇を囲むように高さ十メートル以上の土壁が突如として現れた。突然のことで怪物も驚いたのか、鳴き声ともつかないような音が壁の向こうの怪物から聞こえてきた。

「おー……すごいな。もう使いこなしたのか?」

 大介が感心した様子で里莉に話しかける。

「どうだろ。まあさっきあの壁の穴を塞いだから、それで練習できたから」

「あの怪物のサイズにしちゃあだいぶ高い壁だが、高さとかは調整できないのか?」

「うん、その辺はあんまり。でも、一度土壁を出した後、削ったりは出来るみたいだから、それで高さとか調整する感じかな」

 これまで、里莉の能力は死者の死因が分かる能力と言ってきたが、それはもちろん嘘で、死因の追及に関してはあくまで、里莉の元々ある知識によるものだった。里莉の本当の能力は、かつてその場所で使用されたことのある能力を使用できる能力である。だから、この辺一体で”むねすけ”が使用していた土壁を操る能力を使用することができ、それを使って怪物を退けたり、壁の穴を塞いだりすることが出来たのだった。

 蛇の怪物を閉じ込めた里莉たちは、鉄格子の扉のある方角へと向かって行った。



 巨大な狼の怪物を倒した25番は壁の近くに来ていた。ちょうど鉄格子のある出入り口の近くだった。その出入り口を塞いでいた鉄格子には鍵がかかり、鍵がないとそこからの出入りはできないが、肝心の鍵はまだ見つかっていないと里莉は言っていた。しかし、何か思うところがあったのか、25番はその鉄格子のある場所まで歩いていく。

 そして、25番は開け放たれた鉄格子の扉を発見した。

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