第20話

 25番はネットカフェのあったビルに来ていた。一階から順番に誰かが隠れていないかを確認していき、屋上まで上がってきた。

「おっと……」

 25番は屋上の端に置かれていたトランシーバーに気づいた。

 パンッ、と乾いた音ともに地上から屋上に向かって銃弾が撃ち込まれる。

 霧のせいで屋上からは狙撃した人物を確認することはできなかったが、25番はすぐさま屋上から降りていった。


「やっぱり油断ならないな」

 ビルから少し離れたところで25番は自身を狙った人物……冬華に追いついていた。

「あのトランシーバーに発信器が付いてたのは気づいていたのか?」

 銃を向け25番は冬華に静かに尋ねる。両者の間は三メートルほどしか空いておらず、霧の中でもお互いの姿を確認できる。銃を突きつけられた冬華は冷静に銃口を見ている。

「確たる根拠はありませんでしたけどね。それを頼りにに来てくれればと思っていました」

 『SSS』のメンバーが持っているトランシーバーには発信器がついており、309番のトランシーバーの位置を端末で確認した25番はネットカフェのあったビルまで来ていたのだった。

「一つお聞きしたいのですが、あのアラーム音はあなた方が仕掛けたものなのでしょうか?」

 両者が睨み合っているなか、大学の方からは大音量のアラーム音が聞こえている。

「あれか?いや、俺たちじゃないな。あんたらが仕掛けたやつでもないのか」

 25番は少し意外そうな口ぶりだ。

「そんじゃああの里莉たちが?……やっぱ得体が知れないな。まあいい。とりあえず一緒に来てもら……」

 と言っていた25番の手にあった銃がいつの間にか冬華の手あった。

 パン、パン、パンと冬華は躊躇うことなく銃を乱射する。

 しかし、銃を取られた25番の行動も早く、すぐさま冬華から距離をとり、霧に紛れつつ近くにある建物の陰に身を潜めた。おかげで撃たれることなく逃げることができた。

「はっ、まさか特殊体質の人間だったとはな」

「……ええ、まあ」

 冬華は声のした方へ銃を向け一歩を踏み出そうとしてやめた。この状況下でわざわざ自分の位置を知らせるような真似をするのかと考えた冬華はその場に留まる。

「あれかな?アポート能力といったところか?しかし、マットみたいに特殊体質の模様を隠すシールが貼ってあれば気づいたと思うんだけどな」

 銃を奪われた25番であったが、余裕そうな口調は崩さず冬華に話しかける。

「そうでしょう。彼と私では模様を隠す手段が違いますから。私の場合は皮膚そのものを移植していますから」

「なるほどね。ってことは、君以外にもまだ気づいていない隠れ特殊体質の人間がいるってことかな?」

「そうですね。晶子さんとかですね」

 冬華はあっさりとその名前を言う。

「やけにあっさり教えるな。さすがに疑っちゃうね」

 苦笑まじりに25番はそう返す。

「そこまで秘密にするつもりはありませんから。教えたところで対処できるとは思いませんし。それに、あなたを無力化してしまえば、他の方々はもう少し簡単に倒せそうですから」

「まいったね。……おや見つかったか」

 冬華は先ほどまで25番の声が聞こえていた場所から道路を挟んだ反対側の建物の陰に隠れていた25番を見つけた。先ほどまで聞こえていた声は端末のスピーカーから発せられていた。

「できれば無用な殺生は避けたいですが、投降するおつもりは?」

 それに答えず、25番は不敵な笑みを崩さない。銃を持つ冬華の手に力が入った次の瞬間、25番はズボンのベルトに隠していた銃を、その銃口を地面に向けた状態で撃った。

「……っ!」

 普通だったら当たるはずのない銃弾は冬華の肩に当たる。撃たれた冬華は持っていた銃を地面に落とし、それを25番がゆっくりと拾う。

「すまないね。できる限り致命傷になる場所は避けたつもりだから」

 地面にしゃがみ込んだ冬華を25番が見下ろす。

「……特殊体質を持ってたんですか?」

 銃に撃たれた痛みに呻きつつ、冬華が尋ねる。

「まあな。この火傷のせいでわからなかっただろうけど、特殊体質の人間なんだよ。制限はあるけど、銃で狙った相手は必ず当てることができるってね」

「……でたらめに撃ったのに当たったのはそのせいですか」

 痛みで顔をしかめつつ、冬華はそう呟く。

「君はあのマット君の能力で嘘を教えて俺をハメようとしたかったらしいけど、そもそも特殊体質持ちだったから、彼の能力を使いたくても使えなかったんだよ」

「それも気づいてたんですね」

「わざわざ屋上まで誘い込んで、一階から銃を撃ったのは、俺を屋上から飛び降りさせて追いかけさせようとしたかったんだろ?」

 冬華はため息をつき、

「ええ、その通りです。マットの能力はヤモリみたいに壁にくっついて移動できる能力です」

「恐ろしいな。もし君の言葉を信じて飛び降りてたらお陀仏、ってわけか」

 少しおどけて話す25番は、冬華に近づき、ひとまず手錠とロープで拘束しようとした。

 次の瞬間、空気の塊が25番を襲った。しかし、間一髪で危機に気がついた25番は、冬華を拘束するのやめ、気配を感じた方向とは逆の方へと逃げ出していた。


「ちっ、逃げられたか。大丈夫、冬華?」

 霧から現れたのは真里だった。

「ええ、なんとか。すいません、思ったよりも手強かったです」

「いや、仕方ないよ。……で、もしかしてあいつも特殊体質持ちだったの?」

「はい、そうみたいですね。正確なところは分かりませんが、射撃に関する能力のようです。でたらめな方向に向けて撃った弾が私に当たったので、かなりの脅威ではあると思います」

「そっか。それじゃああんまり深追いはできないか」

 そんな会話をしつつ、真里は怪我をした冬華の応急処置を行う。

「それで、どうする?怪物も現れているから、ここも安全じゃないと思う」

 冬華は数秒考えこむと、

「私たちも大学の方へ向かいましょうか。25番の能力ですが、おそらく私達の姿が見えないと発動できないのではないかと思います。実際、私を撃ったのも、距離でいえばかなり近かったので」

「ってことは、まだこの霧が出てる時間が勝負ってことね。今だったら遠くから狙撃される可能性は低そう。それに、私の方は相手の姿が見えなくても発動はできるし、その辺でアドバンテージはありそうね」

「はい。それと、25番の話を聞くに、このアラーム音はどうやら里莉さんたちの仕業のようです」

 真里は首を傾げ、

「何の為に?私たちを誘き寄せるためか?」

「それは分かりません。でも、あのメンバーにも注意は必要でしょう」

 冬華と真里も霧に紛れ今いる場所から離れていった。


 浩文と誠太は壁に沿って穴の方へと向かっていた。手には冬華から渡された電撃銃をしっかりと握りしめ、小走りで移動していく。

 途中、怪物の駆けていく音が近づいてくるのに気づき、それをやり過ごしたせいで遠回りで目的の場所へ向かうことになった。

 幸い、大学の方から鳴っていたアラーム音のおかげで怪物に遭遇することなくここまで来ていた。

「どこまで走ればいいの?」

 少し息のあがった誠太が前を走る浩文に聞く。しかし浩文は、

「できるだけ喋るな。怪物だけじゃなくて敵が近くにいるかもしれないんだからな」

 と冷たく切り捨てる。

 霧のせいで、正確な目的地が分からず、どれだけ移動したのかが分かりにくくなっていた。

「うわっ」

 後ろを走っていた誠太は、瓦礫の一部に足を完全にとられてしまい、転んでしまった。

 浩文は振り返り、転んだ誠太に対し、イラついたように舌打ちをする。

「……な、あ、あれ!」

 急いで起きようとした誠太は少し離れた場所に転がっているそれに気づいてしまった。

「ん?……っ!」

 誠太が向いている方向を浩文も見ることにより、それを見つけた。

 肩から腹にかけてバッサリと切り裂かれた311番の死体だった。

「し、死んでるの?」

「ああ。何番のやつかは知らないけどな。斬られてる。多分怪物の仕業だろう」

 怪物にやられた死体を見つけた浩文は、電撃銃をしっかりと構えたまま、銃口をあらゆる方向に向けつつ辺りを警戒する。

 転んでいた誠太もすぐに起き上がり、キョロキョロと周囲を警戒する。

「おい、出来るだけ離れろ。固まってたらやってくるかもしれないだろ。とりあえずお前は向こうの方に向かえ」

 浩文は自身の背中に隠れようとした誠太を止める。

「あ、う、うん」

 誠太は言われた通りに恐る恐る浩文から離れる。誠太が離れたことを確認した浩文は、すぐさま壁の穴の方へと向かう。

 しかし、そこから壁際を十メートルほど進んだところで、浩文は唐突に足を止める。

 そして、向こうから近づいてきた音の方に躊躇なく電撃銃を放つ。それと同時に、浩文の目の前に二本の鎌のついた腕を持つ、311番を殺した怪物が目の前に現れた。

 浩文の撃った電撃の当たり所が良かったのか、はたまたたまたま電撃が弱かったのか、巨大カマキリのような怪物は目に見えて弱っていることがすぐに分かった。目の前にいる浩文に対して、攻撃を加えようとする動きはあるが、動きが遅いため浩文は余裕を持ってよけることが出来た。

 浩文はそのすきを逃さず、電撃銃を数発連続で打つ。そして、先ほど見つけた311番の死体から拝借していた銃で頭を狙う。すでに地面に倒れていた巨大カマキリに対し至近距離で撃ったため、浩文は全弾命中させることができ、怪物の息の根を完全に止めることが出来た。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 浩文は息が上がりつつも、満足げに倒した怪物を見下ろす。怪物との戦闘で比較的大きな音が発生してしまったことも、いつのまにか大学の方で鳴っていたアラーム音が聞こえていることも、浩文は気づいていないようだった。

 息を整えた浩文はまた壁に沿って移動しようとしたとき。

 浩文の真後ろで、野獣のような息遣いが聞こえてきた。

 そこにいたのは、体長五メートルほどの巨大な狼のような怪獣だった。四肢は筋骨隆々で、口には鋭い牙が並び、よだれを垂らして浩文に狙いを定めていた。全体的に狼のような体つきであったが、目だけはトンボのような複眼であり、気持ち悪さが倍増していた。

「うわああああ!」

 大声を上げ手に持った銃を乱射する浩文であったが、それに全く効果はなかったようで、巨大な狼の怪物は浩文を頭からかぶりついた。


 大音量のアラーム音の出どころを探していた308番と309番はようやくその音の出どころを水路の落下防止用の柵に引っかかっているのを見つけた。ラジコンのような機械に取り付けられたスピーカーから音が発生していて、それを銃で撃ち壊して音が出ないようにした。

「よし、とりあえず音が消えたな」

 308番がラジコンのような機械を壊すと、先ほどまでの大音量が嘘のように静かになった。

「それじゃあD棟に戻るか」

 308番と309番は音の出どころを探るため、遊歩道をぐるぐると歩きまわったため、今どこにいるのかがすぐには分からなかったが、近くにある橋を渡ると、中央には鳥の銅像があった。

「ちょうどよかった」

 と安心した308番は小走りで建物に近付く。

「おい、ちょっと待て。入り口にトラップが仕掛けてあるんじゃなかったのか?」

 建物のそばまでやって来た308番を309番が慌てて止める。

「すいません、25番さん。音の出どころを消してしまったので、一度建物に戻ります。一旦解除してもらってもいいですか」

 309番はトランシーバーにて25番に連絡する。しかし、すぐに返答がなく、どうしたものかと思ったら、

「分かった」

 と短い返答だけが返ってきた。あまりちゃんとは聞き取れなかったが、何やら25番は今何かと戦闘中であるような音が微かに聞こえてきた。

「なんか向こうやばそうかも」

 通信を終えた309番は少し不安そうに308番に伝える。

「もしかして怪物とかか?なんか巨大な何かが駆けてる音も聞こえるし」

「かもな。とりあえずさっさと入ろう」

 と、扉を開けて中に入る。25番は戦闘中であってもしっかりと対応していたようで、扉を開けても爆破することはもちろんなかった。しかし、二人が建物の中に足を踏み入れた瞬間、捕縛ネットが作動し二人の動きを止めた。


 25番から、正門付近で逃げ出したメンバーの捜索を言われた310番であったが、いつどこから怪物がやって来るのか分からない状況で、外にいることに恐怖を覚えたのか、指示を無視して大学の敷地の中に入っていた。それぞれの入口には罠が仕掛けられているが、310番が仕掛けたB棟の入口は、310番がこっそりと解除できるよう、入口に別の仕掛けをしていた。捕縛ネットの罠を仕掛ける際に細いテグスを使い、それを切ることで、罠を勝手に発動させることで、発動させたあとの入口から侵入するつもりだった。

 途中、霧の向こうからやって来る人物をやり過ごし、遠まわりしながらもなんとか亀の銅像が置いてある橋を渡ることができた。

 建物の扉近くまで来た310番であったが、自分が用意したテグス糸を見つけることが出来なかった。

「あれ?……もしかしてもう誰かが入ったとか?」

 首をかしげる310番であったが、もしかしたら308番や309番も25番の指示を無視し、早々に建物内に避難したのかもしれないと思った。あの二人なら310番がこっそり作っておいた逃げの仕掛けも知っていたし、先に入ったのだろうと考えた310番は、近くから何やら不穏な音が聞こえてきた事もあり、急いで中に入る。

 そして310番も作動した捕縛ネットに捕まってしまった。

「な、なんで?」

 どこか気の抜けた310番の声が静かに聞こえた。

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