第17話

「よし、それじゃあ他の棟の中もちょっと調べてみるか。君も来るか?ここで暮らしていた奴らの部屋以外の場所を見ていこうかと思うが」

 先ほどマットを殺したことはなかったかのような様子で話し出す25番。

「それじゃあお願いします」

 対する里莉も普通に返す。

「……やっぱり只者じゃない気がするな。今まさに人を殺した人間が目の前にいるのに、全く動じる気配がないんだな」

「……私も色々経験していますから」

「そうか」

 そう言った里莉の言葉に納得したよう返事をする25番であったが、どこか油断ならないと警戒するような視線を里莉に向けていた。


 里莉たちはA棟へと向かう。313番や314番はいまだ完全装備のままであるのに対し、25番はずいぶんとラフな格好になっている。防弾チョッキを外し、暑いからかジャケットの袖もまくっている。25番の左頬に火傷の痕があったが、今見えるようになった左腕にも火傷の痕があった。指先からひじの部分まで焼け爛れたようで、元々の皮膚も見当たらないほど痛々しい痕だった。

 そんな火傷の痕を見る視線に気がついたのか、

「ああ、これか?ちょっと爆発に巻き込まれてな。ろくに手術も受けられなかったから今もこんな傷痕なわけだが……まあ、今時珍しい話でもないだろ?」

 と、同意を求めるような視線をこちらに向ける。

「色々と危ないこともやってそうですもんね」

 と里莉が言う。

「それで、このA棟は研究室とかがあるんだっけ」

「そうみたいですよ。薬品とか実験器具とかが色々置いてあったのだけは見ました」

 屋上から建物の中に入った里莉たちは、四階のめぼしい研究室から調べていく。

「ここは……昆虫の研究か?」

 ホコリ被った書籍や研究資料に目を通していく25番がそう呟く。

「なんか昆虫を飼っていたケースとか隣の部屋にありますね。……昆虫の行動学?みたいな研究ですか」

 里莉は壁に貼られた研究内容などが描かれたポスターを見ている。実験室のほうの居室には、土の入った透明ケースなどがいくつか残っている。中には何も入っていないが、どこか死骸のあったような臭いもする。

「昆虫の生態を調べつつ、電気信号とか薬品とかでその行動とかをコントロールしようとする研究みたいですね」

「ふーん……農作物を食べる害虫のコントロールとかできれば結構使えそうな気がするな」

 25番も興味を示す。それに気づいた里莉は、

「興味があるんですか?」

「まあな。俺たちの組織は技術というものを重視しているからな。今すぐには無理でも、将来的に有効になりそうな研究とかがあれば、本部に持って帰ってもいいかもしれないとは思ってる」

「農作物を守るのは重要かもしれませんね。持続的な生産ができるっていうことは、それだけ生存確率も上がるわけですし」

「まあな。でも虫とかよりも、天変地異による被害とかの方が大きいけどな」


 別の研究室に移ると、その研究室も昆虫に関する研究を行っていた。部屋に残された資料などをみると、DNAなどから昆虫の多様性を調べる、というような研究であった。昆虫の解剖なども行っているようで、メスといった手術に使うような道具が置いてあったり、毒性の強そうな薬品が数多くあった。

「ここの戸棚が壊されているが……あれか、外で毒を飲んで死んだ男がいるって言ってたな」

 25番は工具か何かでこじ開けられた戸棚を見付けた。

「はい。ここから薬品を取ったんだと思います」

「水道を飲んだら死ぬようにセットされていたわけだが、建物内の水道は安全かどうか確かめたのか?」

「さすがに全箇所は私は調べていません。食堂とかの水道は安全だったのは確実ですけど。その辺も『加護を授かりし者たち』の方たちの方が知ってると思いますよ。あの人たちにも、水道の水を使用するのは注意するように伝えましたし」

「それも後で聞いとくか」

 でも、と里莉は話を続ける。

「たぶん大丈夫だとは思います。薬品が仕掛けられていたのは水道につけられた浄水器で、比較的簡単に仕掛けられる場所でした。でも、建物内の水道で毒をパッと見てばれないように仕掛けようと思ったら、結構大掛かりな準備が必要です。そこまでのことは出来ないような気もします」


 次の研究室は打って変わってロボットが中心となっていた。

「えーっと、生き物の骨格や筋肉を参考にしたロボットの発明とかをしているみたいですね」

 実際に作りかけのロボットやモーターなどの部品が数多くあった。

「人手が足りないのを機械で代用する、っていうのはいいかもな。この辺の研究資料は持って帰ってもいいかもな」

「組織の中に学者とかそういう人もいるんですか?結構専門的な内容で書いてあることを理解するのは難しそうですけど」

 部屋に残っている研究資料などを見た里莉はそう25番に聞く。

「多くはないが、いるのはいるぞ。ただ、全員年齢は高いからな。将来を見据えると不安なとこではある」

 そんな会話をしていると、25番のトランシーバーに連絡が入る。

 少し誰かとやり取りをしたのち、里莉の方を向き、

「加護の奴らが色々とうるさく言ってきたらしい。まあさっきの俺が殺した男の事だろうけどな。つーわけで、ちょっと戻ろうかと思う」

 少し面倒で気が向かないといった様子で、25番はD棟の方へと戻っていく。里莉もそれについて行く。


 D棟の食堂に戻ると、マットを除く『加護を授かりし者たち』の面々が全員そろっていた。そして107番、308番、309番、310番がそれを囲むようにして立っていた。

 里莉が食堂に戻ってくるのと同じく、311番と312番に連れられた大介たちも食堂へと入ってきた。

「そんな睨みつけるなよ。警告はしていただろう?」

 食堂に入ってきた25番をジロリと睨みつける冬華に対し、どこか軽い言い方で話す25番。

「そうですか。ですが、銃を突きつれられつつ、あなた方の仲間が来れば解放するなんて言葉を信用する方が難しいでしょう。その前になんとかしようとするのはいたって当たり前の行動では?」

 丁寧な言葉遣いは同じだが、冬華の言葉の節々に怒りの感情を感じることが出来る。

「っていうか、あんたマットが特殊体質の人間って気づいてたのか」

 こちらもケンカ腰の真里がそれに続く。

「まあな。特殊体質の人間に見せるシールとは逆に、特殊体質の模様を消すシールの存在も知ってたし、見たら分かった」

 何でもないように言う25番に対し、

「そんな一目見て分かるような出来ではないと思いますが……」

 と冬華が呟く。

「どちらにせよ、私たちの仲間を殺した時点ですでに遅いですけどね」

「というと?」

「もし仮に私たちを皆殺しにしたり、無理やり別の場所に連行したとしても、あなた方……特に、マットを殺害した人は私たちの仲間に追いかけられるでしょう。というのも、私たちの中に特殊体質の人間はいなくなりましたが、特殊体質の人間の能力をかけられている人はいます。というより私たち全員ですね。私たちの命を奪った人間の位置が常に分かる能力です。そして『加護を授かりし者たち』のメンバーは、仲間が殺されたことを許しません。あなた方『SSS』を壊滅させることはできなくても、殺害した張本人を倒すことは私たちの力を持ってすればできるでしょう。そこは覚悟しておいてくださいね」

「覚悟ねえ……ご忠告どうも。気をつけとくよ」

 信じ切ってるわけではなさそうだが、実際他人に干渉することのできる能力は存在するため、頭には入れておこうといった様子だ。実際、危険な探索を何も準備せずに行うとも思えず、特殊体質の人間が多い『加護を授かりし者たち』であればあり得ない話でもない。

「それでどうされますか?失敗には終わりましたけど、あなた方のご忠告に従わず、逃げ出そうとしましたが、何かペナルティでも与えますか?」

 少し挑発的な言い方をする冬華。しかし25番は全く気にする様子もなく、

「いや、別に。最初に言った通り、D棟の中であれば自由に過ごしてもらって構わないぞ」

「ずいぶんとお優しいのですね」

「あのー……ちょっといいですか?」

 と、里莉が話しに割って入る。

「なんだ?」

「マットさんの死体ってあそこに放置したままなんですか?」

「そうだな」

「なら、どこか別の場所に移動させてあげてもいいんじゃないですか。……ねえ」

 冬華たち『加護を授かりし者たち』のメンバーに同意を求める里莉。

「はい、ぜひともお願いします。全員とは言いませんが、ぜひとも埋葬させてください」

 と冬華もそれに続く。

「……まあ別にいいか。ずっと放置するわけにもいかないから、どうにかするつもりだったし」

 と案外すんなりと25番は認めた。

「ところで、そのマットって男はどんな能力だったんだ?」

「……ああ、あなたがマットを殺したんですね」

 不意に聞かれ、最初は質問の意図をつかみかねた冬華だったが、すぐに理由に思い当たる。

「奪った能力の内容が知りたいんですね。……シンプルな能力ですよ。高い所から無傷で飛び降りることができる能力です。それで、四階の窓からこっそりと飛び降りて、外に出てもらおうと思っていたんです」

「へえ……」

「何か?」

 何か言いたげな25番に冬華が聞き返す。

「いや、すんなりと能力について教えてくれたからな」

「別に一度しか使えない能力の事を秘密にする必要もないかと。それに、あなた方の監視の隙をついて逃げ出そうとしたことを考慮すれば、想像がつくのでは?」

 たしかに、能力について思いつきそうな状況ではある。

「ちなみに、高い所っていうのはどこまでなんだ?制限とかはあるんじゃないのか?」

「正確なことは分かりません。ビルの五、六階から飛び降りて着地しているのは見たことがありますから、そのくらいの高さなら平気なのでしょう。少なくとも、この建物程度の高さなら大丈夫かと」

「なるほどな。まあ、機会があったら使用してみるか」


 その後、25番と310番、311番、312番が冬華と共にマットの死体の方へと向かって行った。とりあえず、『加護を授かりし者たち』のメンバーが死体を移動させていた正門の近くに移動させることにしたらしい。

 その辺りが終わって再び冬華たちが戻ってくると、

「じゃあD棟内であれば自由にしておいていいから。もちろん、逃げ出さなければな。それと、中途半端な感じにはなったけど、君の案内も今日のところはここまでにしておこう」

 と25番は里莉に向かってそう言った。

「そうですか」

 ほんの少し残念そうな感じの里莉。そんな里莉を見てか、

「まあ、もし時間があれば明日辺りまた案内してもらうかもしれないから。そんときはよろしく頼むよ」

 とフォローするようなことを言って25番は仲間を引き連れて食堂から出ていった。


「なんていうか、マットさんのことは残念でした」

 『SSS』のメンバーがいなくなり、食堂の中が静寂に包まれていた中、里莉がポツリと呟く。

「はい、そうですね。ですが、私たちも外部に探索に出ている時点で死と隣り合わせということは覚悟していますから」

 冬華がそれに答える。それと、と話を続ける。

「私たちが『SSS』という組織を見くびっていたのも原因でした。特殊体質の事も見抜かれていたこともそうですし、あそこまで武器の扱いに長けていたとも思っていませんでした。どこから狙撃したのか分からなかったのですが、里莉さんは見ていたのでしょうか」

「あ、はい。ちょうど私たちが屋上にいた時に25番が。かなりの距離をたった一発で当てるとは思っていませんでしたし、躊躇なく撃っていたので私もどうすることもできませんでした」

 それを聞いた冬華は慌てて、

「いえ、里莉さんが気に病まれることはありません。認識の甘かった私の責任です」

「ねえ、『SSS』ってそんなに強い組織だったの?」

 重たい空気を少し変えるように真里が横から尋ねる。

「私が前に見たのは、武器は確かに装備して銃撃もされたけど、全然私たちに当たる気配なんてなかったんだけど」

「そうですね。私が前に会ったのもそんな感じでした。ただ、あのメンバーの番号を信用するなら、数の小さい人ほど『SSS』の中ではかなり上位の存在だと聞いたことがありますから、25番ともなればかなり手練れでもおかしくはありませんね」

 冬華は里莉たちの方へ向き、

「……ところで、明日には『SSS』の仲間が来ると言っていますが、里莉さん方は心配ではないのでしょうか。25番の言う通り、すんなり解放されるかどうかも不透明ですし、どうなるのか分かりませんけど」

「まあ、なるようになるんじゃないですか。少なくとも、今も普通に生かしてるってことは、少なくとも殺すつもりはないんじゃないかなと。生きているのならどうにかなるでしょう」

「は、はあ……」

 どこか能天気な里莉の答えに、冬華たち『加護を授かりし者たち』のメンバーは戸惑った顔をしている。

「殺すつもりはないって言うが、現にマットは殺されているけどな」

 少し嫌味な口調で浩文が里莉に向かって言葉を向ける。

「はい、そうですね。25番の意図を想像するとするなら、特殊体質の人間に対して手を打ちたかったんだと思います」

「手を打つ?」

 首をかしげる真里。

「25番いわく、マットさんが特殊体質の人間だということは気づいていたみたいです。でも、その能力について不明なままだと、やはり脅威であることは変わらないでしょう。だから、何かあれば殺す気でいたんじゃないでしょうか。だって十人以上の人間を監視するなかで、特殊体質の人間が混じっていたらさらに大変になるじゃないですか」

「それでいったら里莉ちゃんも危ないんじゃないのかな」

 と邦弘。

「そうですね。たぶん、私に調査の同行を許したのも、何かあったらすぐに撃ってしまおう、と思ってたんじゃないですかね」

 里莉は自分の命の危機が迫っていたようには思えない口調で淡々と話す。

「それで、里莉さん方は、『SSS』が私たちをすんなりと解放してくれなくても、特に何もされることはないのでしょうか」

 冬華が話を戻す。

「んー……まあ、その時にならないと分かりませんね。むしろ冬華さんたちはどうするんですか」

「私たちは明日『SSS』が来るまでにどうにかするつもりです」

「どうにかするつもりということは、戦闘も辞さないということでしょうか」

「ええ、そのつもりです」

 と答える冬華の表情は、どこか自信ありげであった。

「自分たちの身を守ることで手一杯になると思われます。申し訳ありませんが、里莉さん方にも危険が及ぶかもしれません」

「分かりました。私たちもそのつもりでいます」

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