第16話

「それじゃあ案内してもらうが、その前にいくつか聞きたいことがある」

 食堂から出た里莉たちはD棟の屋上に上がった。屋上には『SSS』の持って来たとみられる荷物が置かれており、その近くには313番と314番が見張りとして控えていた。

 里莉の方には308番と309番が銃を手にした状態で後ろに控えている。それ以外のメンバーについては、里莉の見える範囲にはいなかった。

「ここで殺されたのも含めて十人の死体があるって言ってたが、その辺りはどうなってる?例えば、この四階の宿泊室には血が飛び散っていたが」

「あの部屋ですか。元々死体がありましたけど、『加護を授かりし者たち』の方々が別の場所に移動してくれました」

「食堂奥の倉庫の中も、血を洗ったような跡が残ってたけど、そこにも死体があったのか?」

「そうです」

「建物の中ということは、宿泊室の死体も倉庫室の中の死体も、さっき君が言ってた他殺だったのか?」

「ええ、その通りです」

 里莉はこれまで見つけてきた死体の場所や様子を語る。

「首を切られてた?」

 無言で聞いていた25番であったが、"むねすけ"の死体の状況を聞いた時は流石に驚いた様子だ。

「それはまた珍しいな……しかしそうなると身元の判別とかがつかないな」

 25番はあごに手をやり何かを考える。

「切断された頭部ですけど、遊歩道の植え込みのところに隠してあったのを見つけました。顔を見ます?」

 そう言って里莉はポケットからスマートフォンを取り出し、あらかじめ撮っておいた"むねすけ"のあたまの写真を25番に見せる。

「写真を撮ってたのか」

 あきれたような声でそう答えた25番は、里莉のスマートフォンを覗き込む。

「こいつが首無し死体の主か」

「はい。それで、25?」

 里莉の問いかけに25番だけでなく、後ろにいる308番と309番までもが驚いた反応をした。

「なぜ俺が人を探してると思った?それについては全く触れてなかったが」

「いえ、ただの当てずっぽうです」

 里莉はどこかのほほんとしたテンションで話を続ける。

「すでに発見していると思いますけど、首無し死体のあった部屋には銃などのたくさんの武器がありました。だから、元々首無し死体の男はどこか大きなグループに所属していたんじゃないかと思ってたんです」

「確かにあれだけの武器を個人が集めるのは大変だろうな。武器を所持しているグループとして真っ先に思いつくのが俺たち『SSS』ってことか」

「一応『加護を授かりし者たち』の人たちにも聞いてみましたけど、知らなかったみたいです。それで、ついさっき首無し死体があると聞いた時、25番さんはと言いました」

 25番はゆっくりとうなずき、

「確かにそう言ったな」

 と認めた。

「その発言は、ここで死んだ人間が自分の知っている人物だという可能性を考慮してないと出てこないと思ったんです」

「なるほどな。ああ、確かにその通りだよ。俺たちはこの男……57番と呼ばれていたが、こいつを探す任務もあった。そして、ここの土地が怪しいということで俺がやって来たんだ」

「任務、ということは、さっき言ってたみたいに新しい拠点を探す目的もあるということですか」

「ああ。そっちも重要な任務だ」

「それで、元57番の男は『SSS』で何か悪いことをして逃げ出したんですか?」

「君の言った通り、組織の武器を持ち出したんだ」

「それで元57番を捕まえて制裁を加えようと?」

 それを聞いた25番は笑いながら、

「なんか棘のある言い方だな。抵抗したらそうしたかもしれないが、大人しく持ち出したものを返したなら、別に元57番の処遇はどうでもよかった」

 と言った。表情からも本当の事を言ってるようだった。

「番号が結構若いですけど、組織の中でも上の方にいたんですか?」

「そうだ。別に武器の扱いはたいして上手くなかったが、やはり特殊体質だったっていうのが大きかったらしい」

 25番が言うには、元57番の住んでいた拠点は違ったため、あくまで話に聞いた情報と、どんな人相か写真で見たことがあるだけだったらしい。

「ちなみにどんな能力だったんですか?」

「土の壁を操る能力だったらしい」

「なるほど。確かに屋上をつなぐ土壁の上の部分が明らかに加工されたみたいだったので、納得はできますね」

「そうだな。俺も実際には見たことがなかったけど、こうして実物をみるとそうだったんだろうと思う」

 25番は土壁の通路を眺めながら、

「土の壁でトンネルとか扉を作るような加工が得意だったとは聞いている。もっとも、能力の正確なところなんて本人もちゃんとは把握してなかったかもしれないけどな。君もそうじゃないのか?」

 25番を言うように、本人であったとしても、自身がどのような能力が使えるのか、その全貌を把握するのは難しいとされる。

 そもそも、特殊体質を表す模様が現れたからと言って、すぐに自分の能力が何なのか分かる訳ではない。使用可能な状況になったら何となく頭の中に伝わってくるのだ。そこから何回も能力を使っていくことで、少しずつ自分の能力を把握していくというのが一般的な流れだ。

 そのため、自分に何ができるのか、その範囲を把握しきれていないことも珍しくない。

 ただ確実に言えるのは、二つ以上の特殊体質の能力を持つ者はいないということだった。もしそのような人間がいるとしたら、それは同一の能力をあたかも別の能力に見せかけているだけだった。

「元57番が殺されたのは、その能力を奪うためかもしれないな」

 特殊体質の能力に関することで有名なルールがある。それは、特殊体質の人間を特殊体質ではない一般の人間が殺害した場合、その人間は殺した人間の能力を一度だけ使用できる、というものである。これは、特殊体質を持った人間が現れてから様々な場所で確認されている。しかし、特殊体質の人間を二人以上殺したからといって、その能力を二つ以上手にできる訳ではない。最後に殺害した者の能力だけが使える。ただし、特殊体質の人間を殺害し、その能力を使った後、別の特殊体質の人間を殺害すれば、時間差にはなるが、二つ以上の能力が使えることが分かっている。では、ある人物が特殊体質の能力を殺しにより奪ったとする。そしてその人物が奪った能力を使用する前に、別の人間に殺された場合。このとき、能力の移動は起こらない。

 他には、元々特殊体質を持つ人間が、別の特殊体質の人間を殺害したとしても、その能力は使うことはできない、ということも分かっている。

「まあ、殺したやつに模様でも出てれば話は早いんだけどな」

 しみじみと25番がそう言った。

 特殊体質の人間には左手の甲に特別な模様が表れるが、その特殊体質の人間を殺し、能力を奪った人間には模様は表れない。そのため、模様の有無で誰が”むねすけ”を殺したのかを調べることは出来ない。

「誰かは分かりませんけど、犯人が元57番を殺害した理由は分かりましたね。爆発した壁の穴を一度ふさいでしまうためでしょうね」

「壁の中に怪物を引き入れて、しかもここで暮らしていた奴らを大学の建物から閉め出す。そんで壁の出入り口もふさいでしまえば、着の身着のままの状態で怪物との鬼ごっこが始まるってことだな」

 犯人が建物から人を閉め出し、怪物に襲わせただろうという推理はすでに25番に語っていた。

「鉄格子がはまっていたほうの出入り口はサイズ的に怪物の出入りには不向きだろうから、怪物が入ってこれるくらいの穴をわざわざ開けたってことか」

「そうでしょうね。鉄格子のほうの出入り口もすでに見てたんですね」

 少なくとも里莉たちと遭遇してからは、そのような時間はなかったと見られる。

「壁の外からだけどな。ここに入ってくる前に外周は見てきたからな。防衛の観点から言えば、出入口の確認は常識だろ。それで、あの鉄格子の扉の開閉には鍵が必要みたいだったが、その鍵は持ってないのか?」

「それが、見つかってないんですよね」

「そうなのか。じゃあ誰かが隠し持ってるとかか?まあ、元57番を殺した奴が持ってた可能性はあるな。壁の中に怪物を引き入れて閉じ込めたとしても、他の奴らがあの鉄格子の扉の方から脱出してしまったら意味ないからな」

 どうだ、と25番は里莉を見るが、里莉は首を横に振り、

「一応、私たちが見つけた死体の所持品も調べましたが、そういう鍵は見つかりませんでした」

「そうか。まあ、その辺については今はいいか。それで、死体は加護の奴らが処理してるんだよな?」

「はい。他の死体も確認しますか?元57番以外に『SSS』が追っている人はいないんですか?」

「いや、その元57番だけだ」

 里莉は”はるすけ”の死体を除く、残りの八人の死体の写真を25番に見せるが、知っている顔はなかったようだ。

「壁の中で十人の死体を見つけたと言ってたが、あと一人の写真はないのか?」

 人数が合わないことを気にした25番が里莉に尋ねる。

「それなんですけど、『加護を授かりし者たち』の方々も回収できていない死体がありまして」

 と、里莉はC棟へと続く土壁の通路を指さす。


「ああ、あそこの死体か。ぱっと見、墜落死って感じだが、どうなんだ?」

「そうだと思います。ただ、私の能力、死体に触れないとわからないので、あの距離の死体はどうにもならないんですよね」

 25番と里莉は土壁の上から”はるすけ”の死体を見下ろしている。

「死体に触らないといけないのか。それはまた面倒だな。ってことは、これまでの死体は全て手に触れて調べたと?」

「ええ、まあ」

 25番の視線はますます変わり者を見る目になっていく。

「……ただまあ、ただの事故ってわけじゃなさそうだな。誰かに突き落とされたとかかな」

 双眼鏡のようなレンズを通して地上にある死体を見る25番。明らかに何かを引きずったような跡が残っている土の様子を見てそう言っている。さすがに死体の角度と距離的に死体のズボンが脱がされていることは気づいていないようだった。


「で、君らはこの壁の中についてどのくらい調べているんだ?」

 再びD棟の屋上まで戻った25番が里莉に尋ねる。

「まずここに誰かいるのかを調べるために、生活してそうな場所を探してましたね」

 里莉は昨日、一昨日で調べた内容を簡潔にまとめて報告する。もちろん、大介の超人的な身体能力によって入手した情報などはごまかしたり、そもそも伝えないようにしている。

「……というわけで、壁の中で十人が暮らしていたことが分かりましたが、その十人ともが死体となって発見されたわけです」

 黙って里莉の話を聞いていた25番だったが、自身の知りたかった情報はあまり聞けなかったから、反応は少し薄い。

「……おお、そうか。君の言う通り、明らかな他殺体は誰か別の人が殺したんだろうけど、その殺した犯人が怪物に殺されたとかじゃないのか?」

「一応、大雑把な死亡推定時刻も分かりますけど、怪物に殺された面々よりも明らかにあとに殺された他殺体があります。倉庫室で死んでた女の人とかなんですけど、それじゃあその人を殺した人物はどうなったのか、ってことですよ」

 あまり話を広げるつもりがない25番だが、里莉の真剣な様子に押されつつ、

「残るはさっき見たあの墜落していた男だろうけど、あれも誰かに殺されたっぽいからな。じゃあ十一人目の誰かが全員を殺したうえでこっから逃げたんじゃないのか?」

「それなんですけど、私がこの壁の中で生活していた人数を十人と言ったのは、死体が十人分あるから、っていうわけじゃありません。生活していたとみられる部屋の痕跡などから十人だと考えたんです」

「……?そりゃ殺した奴が自分の荷物とか持って逃げたからだろ」

 何が気になるのか、いまいちピンと来ていない25番。

「使ってない部屋は埃がたまってたりしてたんです。十一人目の誰かがいたのなら、荷物はなくても最近まで誰かがいた痕跡はあったはずなんです」

「綺麗に消したってとこじゃないのか?」

「何のためにです?別に警察に追われる訳じゃないんですし、そんな自分のいた痕跡を消す必要はないのでは?それとも、元57番以外に、『SSS』が追っている人が他にもいたりするんですか?」

「いや、他に俺らが追ってる人間なんていないな。だが他の組織とかは知らんぞ。それこそ加護のやつらだって実は誰か逃げ出したやつを追ってるかもしれんぞ」

「一応聞きましたが、そういうのはなさそうですよ。でも、『加護を授かりし者たち』と『SSS』以外で、それだけ影響力を持つグループはいなさそうですけどね。それに、荷物を持っていくのは分からないでもないですけど、自分がいた痕跡をそこまで躍起になって消す必要性を感じないというか。写真や映像が残っているのなら、それを消そうとするのは分かりますけど、それ以外の情報で誰がいたのかなんて判別つかないでしょう。さすがに『SSS』の人たちも、残った指紋や毛髪から誰がここにいたのかを調べる技術はないですよね?」

 25番はうなずき、

「ああ、さすがにそこまでの技術はまだな」

 その言い方だとゆくゆくはそう言う技術も取り入れるつもりのようだ。

「まあ、ここで何があったのかはもう君たちで考えておいてくれ。別に俺たちは元57番が殺されたからといって、その犯人……まあもう死んでるかもしれないが、犯人をどうこうするつもりはないからな。しかし、君がなにか答えを出したとして、それが正解であるなんてどうやって確かめるつもりなんだ?ここにいた人間はほぼ死んでるし、話だって聞けないだろうに」

「まあ、正解かどうかはあまり気にしてないので。自分が納得できる答えが得られればそれでいいんです」

「そうか。俺からすれば、自分に全く関係のない事件、しかももう終わってしまった事件に首を突っ込む理由がよく分からないけどな」

「そうですか?私からすれば、これだけ気になる謎が残っているのに、それに一切関心を向けない皆さんの方が理解できませんよ」

 里莉は心外だと言わんばかりの態度で答える。

「そりゃこんないつ死ぬか分からない世界で、そんなことを考える余裕がないんだろ。生き延びようとすることで頭がいっぱいなんだよ」

「いつ死ぬか分からないからこそ、自分の好奇心に嘘をつきたくないんです。私はとにかく気になったことをほっとけないんです。何のために謎を解くかと聞かれたら、自分自身の好奇心を満たすために決まってるって言います」

 という里莉の答えを聞き、25番は吹き出す。

「ははっ、やっぱ変わってるよ。自分のためか。ま、こんな世界だからこそ行きたいように生きるっていうのは確かにいいことだな」

「それに、好奇心って馬鹿にはできないですよ?人類の歴史における様々な発明や発展の数々は、人びとの好奇心によるものと言っても過言ではないでしょう。好奇心は人が未知の場所へと進む原動力ですから」

「ま、その辺の謎について解けることを祈ってるよ。それで、君らがここを調べた中で、他に変わった物とかはなかったんだよな」

「うーん……死体とその人たちが暮らしていた部屋以外はあんまりちゃんと調べてないので、断言はできないですね。ホコリ被ってるような部屋は軽く中を覗いたりしただけなので」

「そんじゃあここで長期にわたって暮らしていく上で必要な食料などの資源やパイプラインについてはあまり把握してないのか?」

「別にここに長期滞在するつもりもなかったので。食料については、食堂奥の倉庫室に非常食とかが多く残ってるのは見ましたけど」

 25番は遠くを指さし、

「この大学の周りは田畑があるけど、その辺は手つかずだったのか?」

「ほとんどそうですね。最近野菜を育て始めたような区画はありましたけど。水や電気とかのパイプラインについては『加護を授かりし者たち』の方たちに聞いた方がいいと思いますよ」

「聞いてみるよ。すんなり教えてくれるといいけどな」

 とここで、25番は何かに気がついた。

「おっと、まさか早々に逃げだすやつがいるとはな」

 にやりと笑い、屋上のフェンスまで近寄る。里莉も後ろから覗き込むと、走って建物から逃げ出そうとしている人物がいた。

 出来る限り木の影などに隠れつつ橋の方へと向かっている後ろ姿を見るに、『加護を授かりし者たち』のメンバーのマットと見られる。

「え?どうやって逃げたんだ?」

 里莉の後ろに控えている313番か314番かのどちらかが思わずつぶやく。しかし、25番は元々予想していたらしく、特に驚いた様子もなく、

「予想通り隠れ特殊体質の人間だったみたいだな」

 と言いながら銃を構える。マットが橋に差し掛かったところで、

「あらかじめ忠告はしていたからな」

 と言い、一発だけ銃を発射する。

 パシュ、と乾いた音がすると、走っていたマットは橋のところでばたりと倒れた。倒れたマットは一切動く気配がなかった。

 25番はやれやれといった様子で銃をしまう。人一人を殺した直後とは思えないほど落ち着いていた。

「俺たちの言うことを聞くのなら、基本的に傷つけたりはしない。そうじゃない場合は命の保証だってできない。君は頭も良さそうだし、余計なことはしないだろうけど、一応気をつけておいてくれよ。今だって特別にD棟から出ることを許可しているんだから」

 と笑いながら話す25番であったが、目の奥は一切笑っていなかった。

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