第15話
「気づいてたんですね」
シールを剥がされた瞬間は動揺した冬華だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、冷静にそう返した。
「普通の人間が特殊体質の人間に見せかけることがあるっていう情報は仕入れてたからな。それで、あとの二人も確かめていいかい?」
という25番の言葉に、真里と晶子は無言で左手の甲から模様の描かれたシールを剥がす。
「あ、私はシールじゃなくて本物なんですけど」
里莉は自身の左手の甲の模様を右手で掻きながら早口で言う。
「それは分かってる。よく見れば、模様の形とかが微妙に違うから。それと、シールの端と皮膚の境目にも注意深く見れば気づける」
しかし、特殊体質の人間であっても、普通は気付けないくらいには精巧にできている。
「それじゃあ明日までこのD棟に軟禁するとして、君らの持ち物を見せてもらってもいいかな。……別に全ての荷物を没収する訳じゃなく、そこの彼が持っているような武器や君ら加護のメンバーで使ってる通信機器を回収させてもらおう」
25番は手始めに誠太の持っていたライフル銃を取り上げる。
「いまさら構いませんが……身体検査でも行いますか?」
「俺たちの中に女がいれば、君ら女性陣の身体検査もしたかもしれないが、残念ながら男しかいないからな。まあ、君らの荷物と身につけている物に関しては自己申告だけでいい」
と寛大な対応をしてあげると言わんばかりの25番。
そこから冬華たち『加護を授かりし者たち』と里莉たちは25番の監視の元、荷物のチェックを受けた。
里莉たちの荷物の中に武器はなかったので、何も持っていかれることはなかった。『加護を授かりし者たち』のメンバーの荷物も、一見すると武器はなかったが、25番は浩文の持ってきていたカバンの裏側に密かにつけられた隠しポケットの存在に気づき、そこに収納された小型の銃を見つけた。
「おっと。こんなところに銃が」
わざとらしく驚いてみせる25番。対する浩文は顔をゆがめ、黙ってピストルを差し出す。
さらに、『加護を授かりし者たち』のメンバー一人一人が持っていたトランシーバーも併せて回収されてしまった。通信機器といえば、里莉もスマートフォンを持っていたが、そもそも通信通話は出来ないため、持っていかれることはなかった。
「あとこの大学内の鍵はどうなってるんだい?」
「建物の入口にある電子錠はもう使えないようになっているので、誰でも自由に出入りできます。中から鍵をかけることもできないですけど。各部屋の鍵ですけど、四階の宿泊室の中にたくさんの鍵が置いてありましたよ。あと、いくつかの鍵は持ってますけど、いりますか?」
横から里莉が答える。
「別にそこまで必要っていうわけじゃないけどな……まあ、君らが持っていても意味がないから、それも回収するか」
里莉も死体から鍵を回収していたが、元の部屋の中に置きっぱなしにしたり、冬華に渡していたりしていたため、25番に渡す鍵がなかった。
『加護を授かりし者たち』のメンバーはいくつか鍵を持ち出していたため、それも25番に渡していく。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
誠太はズボンに取り付けたキーホルダーのリングをズボンのベルトループから取り外そうとあたふたしている。どうやら金具が布にかんでズボンの取り付けた鍵が取り外せなくなったらしい。見かねた25番が腰に差していたナイフを取り出し、布の部分を切り取って鍵を受け取る。
「あ、す、すいません」
と誠太はペコペコと頭を下げる。
「それじゃあちょっとここで待ってもらえるか。このD棟だけ軽く調べたらあとは自由にしてもらうから」
一里莉たちや『加護を授かりし者たち』のメンバーから様々なものを回収した25番はそう言い残し、調理場や倉庫室を調べ終わった107番や312、313、314番らとともに食堂から出ていった。
「食堂のドアに何かかけたけど、あれ何?」
25番たちの行方を目で追っていた真里がぽつりと聞いた。食堂のドアにはガラス部分があり、そこからドアの外側に何かをセットする姿が見えたのだ。
「罠じゃないですか。扉を開けたら爆発するみたいな仕掛けですかね」
「ば、爆発ですか」
ガタリ、と座っている椅子を動かしドアから距離を置こうとする晶子。そんな晶子に、
「まあ爆発といってもあのサイズですし、ドアを開けた人が大怪我をするくらいの規模じゃないですかね。ここら一帯が吹き飛ぶほどの威力はないでしょう」
と里莉が安心させるように言う。
調理場や倉庫室から外に出る場所はないため、ああしてドアを封じてしまえば閉じ込めることができると25番たちは考えたと見られる。
「それにしても困りましたね……」
大きなため息とともに冬華が呟く。
「予想以上に強引だったね。しかしこれからどうなるのかね」
これまでの気楽そうな表情ではなく、真面目な顔で邦弘もそう呟く。
「仲間が来たら解放するって言ってましたけど、実際どうなんでしょう。やっぱり無理やり『SSS』の組織に連れていかれるのかな」
ずっとうつむいていた誠太が聞こえるか聞こえないくらいの声量で話す。
「……私たち『加護を授かりし者たち』とあの『SSS』はどちらかと言えば敵対している関係と言えます。拘束して連行したとしても、脅さないと言う事を聞かないような人を、それも八人も連れていくメリットが向こうにあるかどうかですね」
と冷静に自分の考えを言う冬華。ここで希望を持たせることを言ったとしても意味がないと判断したのか、
「ですので、一番手っ取り早いのは私たちを殺害するなり処理することではないでしょうか」
と言いにくい内容もはっきりと言う。
「……はあ、だから外の探索なんて嫌だったんだよ」
浩文が神経質そうにメガネの位置を直しながらそう吐き捨てた。
「ただ、すぐに行動に移さず、こうして軟禁しているところをみると、案外生かしておくつもりなのかもしれません」
「そう思う理由は何かあるんですか?」
里莉が冬華に話の続きを促す。
「『SSS』という組織は、怪物が現れ崩壊してしまったこの国にて、新たな国家を作る、というのが最大の目標だと私は聞いたことがあります。そのためには、今いる人だけでなく、未来を見据えてた動きをしているそうです。先ほどのあの25番が言ってたことと被りますが、『SSS』は次の世代、さらにその次の世代と人口を回復させていくことも視野にいれているそうです。そのため、女性の存在がかなり重要になるはずです」
「……ってことは、私ら女は生かして連れていかれる可能性が高いってことか」
「あまり考えたくはありませんが、そうかもしれません。実際、若い女性が何人も捕らえられた、なんていう噂も聞いたことがあります。さすがに真偽のほどは分かりませんが、ないとも言えません。さすがに子どもにまで手を出すとは思いたくありませんが、将来を見据えて連れていく、ということはありそうですね」
「それでいくと男である俺たちは用無しだから殺されちゃうことになるね」
とマット。強がりかもしれないが、他の男性陣に比べまだどことなく余裕そうな顔をしている。
「ただ、『SSS』の中心を担う層ですが、私たちより一回りほど年が上の人たちが多いそうです。ですので、私たち二十代の人間は男女関係なく貴重であるともとれます」
「確かに『SSS』って意外とおっさんが多いとかは聞いたことあるな」
そんな事を思い出した真里がうなずいている。
里莉たちもその辺の事情はなんとなく把握していた。国内で大きな規模を誇るようになった『加護を授かりし者たち』と『SSS』であるが、所属する人数は『加護を授かりし者たち』の方が多いとされる。しかし、その大勢の人を養うための資源が枯渇気味であり、積極的に新たな拠点を開発していると言われている。反対に『SSS』は所持している土地や施設は『加護を授かりし者たち』に勝っているが、それを運用するための人材が不足気味だと言われている。
「里莉さん方にお話があります。ぜひとも協力していただきたいことが」
冬華は少し声をひそめてそう話し出す。『SSS』のメンバーが盗聴などはしていないことは確認していたが、それでも念のため声量を落として話しだす。
「私の考えでは、明日になってもすんなりと解放されることはないと思っています。そのため、明日『SSS』の他のメンバーが来るまでの間に何か手を打とうと考えております」
「なるほど。それはあなたたちの仲間とかがやってくるとかですか」
「それに関しては、あの25番の言うように、ここに到着するまで最短でも二日はかかります。ですので、それに関しては間に合わないと思ってもらった方がいいですね」
「なるほど。それで、私たちに協力して欲しいとのことですが、具体的にどういう?もし私が特殊体質の人間だから、その能力とかで協力して欲しいと言われても、困っちゃうんですけど……」
と、里莉は少し申し訳なさそうに手を合わせる。
「いえ、戦うことを強要するつもりはありません。もちろん、その点でも協力していただけるのなら助かりますが」
とここで体格のいい大介の方を一瞬だけ見る。
「まずお願いしたいのが、私たちがあの『SSS』に対抗するために準備などを行っていくと思うのですが、それについて黙っていてほしいということです。もし仮に『SSS』から聞かれたとしても、知らない、という感じではぐらかしてほしいのです。さらに言えば、『SSS』の九人の注意を私たちから出来るだけ逸らすことができるのなら、その辺のこともお願いしたいです」
「そういう協力ですね……ちなみに、冬華さんたちには何か奥の手があるということですか」
「あるにはあります。ただ、一度に九人と対峙できるかと言われれば微妙ですね。こちらも無事では済まないと思います。できれば相手を分散させたうえで対応したいです」
そこまで聞いた里莉は少し考え込み、
「それなら、少し考えがあります。たぶん、しばらくしたら25番が戻ってくるでしょう。それで、さっき言ってたみたいに、このD棟内からでなければ自由にしていい、と言われると思います。その際に、D棟以外の調査がしたいとお願いしましょう」
「調査ですか?」
「はい。たぶん25番の性格的に、案外すんなりとOKしてくれると思うんです。そうなったら、私にたいして数人が監視についた状態で他の場所の探索に向かうことになるでしょう」
先ほどの会話の中で、里莉がここで何が起こったのかを調査しており、それが解明できるまではここにいるつもりだということを聞いた25番は比較的面白がっていたため、里莉の読み通り、事件の調査を認める可能性はあるかもしれない。
「外に出ることをOKするのでしょうか?」
しかし、冬華は半信半疑と言った様子である。
「おそらくは。まず、『SSS』のメンバーはまだここに来たばかりです。なので、この壁の中の様子を探っていくこともしたいはずです。もしそうなら、ある程度ここを調べたであろう人物を引き連れたいと考えるかもしれません。もしかしたら、明日までは解放しないと言ってるのは、そういった理由もあるからかもしれません」
「それは一理あるかもしれませんね」
と冬華も里莉の意見にうなずく。
「そして、この中で誰に案内を求めるかと考えると、あえて特殊体質の人間である私を選ぶのではないかと」
「そうなのか?むしろ能力者ってことで警戒するんじゃないのか?」
里莉に疑いの目を向ける浩文。それに対し里莉は、
「25番の性格的に、まだどんな能力を持っているのか確定していない、得体のしれない人物を見えない場所で軟禁しておくより、近い場所で監視しておいた方がいいと考えると思うんです。なんとなくにはなりますけど、あのメンバーの中のリーダーということで、言動の節々から自信を感じませんか?仮に何かの能力を使ってきたとしても対応できるぞ、というような自信です」
「まあ、言わんとすることは分かるかな」
真里が里莉の言葉に賛同する。
「実際、私は死因が分かるという、『SSS』のメンバーに対して全く影響のない能力な訳ですが、向こうはまだ疑いを持ってるでしょう。それが狙い目だと思ってます。そして、他の場所を調査するってなったら、私に対して25番とあと二人以上ついてくるんじゃないかなって思ってます。そうなると、九人の内少なくとも三人は減ります。さらに、D棟に軟禁するのなら、一階の出入り口、屋上のあの扉にそれぞれ最低でも一人ずつは見張りをたてるでしょう。いえ、もしかしたらあの爆弾みたいに罠だけをしかけるかもしれませんが、それでも、何かあったときのために、すぐに駆け付けられるようにはするでしょう。さらに、25番の言葉を信用するとするならば、明日まではここで私たちを軟禁するつもりです。となると、見張りとか交代で行う可能性が非常に高いです。そうなると、残ったメンバーで、休憩をする人と見張りをする人で別れる可能性も。あと、私だったら、壁の出入り口である穴の所にみ見張りを置くかなって。……というわけで、もし私がD棟から出て調査を行なえば、『SSS』のメンバーをそれなりに分散できるのではないかと思います」
「なるほど。そういうことなら、ぜひともお願いしたいです」
里莉の考えに納得した様子の冬華は、里莉の手を取り、頭を下げてお願いした。
このように言った里莉ではあったが、これまでの意見は建前で、本音のところは、ここで何があったのかを解明するために、純粋に調査をしたいだけのようでもあったが、大介は特に何も言わなかった。
それからしばらくして、25番があと二人を引き連れ食堂に戻って来た。
「とりあえずこのD棟の中は調べたし、D棟内だったら自由にしてもらって構わない」
とここで、里莉が手を挙げる。
「ん?どうした?」
「ちょっとお願いが。明日にはここを出て行くことになるので、その前に色々と調べたいんですけど」
「調べるっていうのは、さっき言ってた、ここで何が起こったのかっていうことか?」
「はい」
「そうか……実はこの土地の調査で誰かに案内でも頼もうと思ってたところだ。もし案内をしてくれるなら、特別に連れていってもいいぞ」
里莉の言った通りの展開になり、『加護を授かりし者たち』の面々は驚いた気持ちが表に出ないよう、できる限り努力する。
「そのくらいなら全然良いですよ。むしろ案内でもしようとこちらから言うつもりでした」
「ただ、俺たちに監視されながらにはなるが、それでもいいなら」
「全然いいですよ」
銃を向けられても全く気にする様子もなくあっけらかんと言ってのける里莉に、25番は珍しい動物でも見るかのような視線を向ける。
「あ、それなら、私だけじゃなくて彼とかにもついて来てもらってもいいですか?」
里莉は大介を指差し、25番に聞く。25番は大介の方をジロリと見ると、
「彼か……できれば遠慮してもらいたいな」
大介のことも警戒しているらしく、そこは認められなかった。
「それじゃあ……」
と、里莉は代わりの案を出す。
「まあ、それならいいぞ。それじゃあ早いとこ行くか」
と里莉を促し食堂から出ていく。里莉もそれについて行く際に、大介に耳打ちし何かを伝えた。大介はそれに対して、無言でかすかににうなずいた。
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