第12話

「そう言えばさ、さっき名探偵に会ったことがあるから、自分も名探偵になりたいとか言ってたけど、あれガチなの?」

 外を一通り見回った里莉たちは再び食堂に戻っていた。戻ってきた里莉に真里が気になっていたことを質問する。

「ガチですよ。中学生の時にとある事件に巻き込まれまして。その時に名探偵が現れて、すぐに事件を解決しちゃったんですよ」

「ふーん……そんなドラマみたいなことがあったんだ。知ってるの?」

 真里は大介の方を見る。

「いや、話は聞いたことあるけど、実際に会ったことはないです」

「……というかさ、あなたたちってどういう知り合いなの?」

「高校の同級生なんです」

「高校の……その時はまだ怪物の表れる前だったの?っていうか、今いくつ?」

「二十歳ですよ。ちょうど高校卒業くらいからこんな世界になっちゃったんですよ」

「そっか。私は二十五だから私の方が年上ね。私もちょうど専門学校を卒業して、働き出したくらいだったね」

 真里は昔を懐かしむようにため息をつく。

「職業は何だったんですか?」

「美容師」

「あーぽいですね」

「ぽいって何よ」

 里莉の言葉に苦笑する真里。

「美容師だったから、髪とかも自分で染めてるんですか?結構綺麗な金髪ですから」

「まあね」

 とどこか誇らしげに答える真里。里莉たちが見つけた死体の中で唯一髪を茶髪に染めていた”しげ子”は、自分で染めていたようだったが、色むらがあったりとお世辞にも綺麗ではなかった。

「それで里莉ちゃんは名探偵になりたくて旅してるって言ってたけど、それについて行ってるって感じなの?」

「まあ、俺はそんな感じですね。高一のときある事件で容疑者になったんですけど、その疑いを晴らしてくれたのが里莉だったんです」

「何そのドラマみたいなやつ。……というか、里莉ちゃんが解決したの?」

「そうですよ」

 と大介。

「じゃあもう名探偵ってことじゃないの?」

「いやいや、まだまだですよ」

「そうなの?……っていうかさ、そもそも名探偵ってなに?探偵とは違うわけ?」

 という真里の問いかけに、少し考え込む里莉。

「ん~……それは難しい質問ですね。まあ、探偵は自分自身で名乗れますけど、名探偵は自分一人だけでは名乗れませんからね。それと……」

「それと?」

「いえ、私もまだ明確に定義づけできる訳じゃないんですよ」

「それで、大介君は助けてもらったお礼に一緒に旅してるわけ?用心棒みたいな」

「別に用心棒とかじゃないですよ。まあ、俺はなんとなくついて行ってるって感じですかね。一つの場所にとどまっているのも性に合わないので、ちょうどいいっていうか」

「へえ……なんか変な関係ね、あんたたち。少なくとも恋愛関係にないのは見てたら分かるわ。まあ相棒って感じはするけどね」


 そんな会話をしていると、パイプラインの確認をしていた残りのメンバーも戻ってきた。すると、休憩をする前に倉庫室の死体を外に運び出す準備をしはじめた。

「あ、手伝いますよ」

「いいんですか?」

「はい。体格だけはいい大介がいますんで」

 ポン、と大介の肩に手を置く里莉。

 『加護を授かり者たち』のメンバーが持ってきた担架に死体を乗せ、大介と邦弘が運び出す。死体は、大学の正門近くの場所にとりあえず軽く埋めておくという。

 残ったメンバーで、倉庫室に残った血痕などをきれいにしていく。倉庫室の中には水道がないため、わざわざ調理室から水を汲んできて洗い流す。水だけではきれいにならないため、別の場所から持ってきた漂白剤なども利用して、なんとか綺麗にしていく。

「とりあえずこの辺にしておきましょう。里莉さんたちもありがとうございます」

 時間が経ってしまったからか、完全に綺麗にはならなかったが、パッと見は汚れてないように見えるほどにはなった。

「いえ、別にいいですよ」

「あ、あの、この包丁はどうしますか?」

 誠太が冬華に聞く。ゴム手袋をした誠太の手には包丁が。

「そんな人を殺した物なんてさっさと捨てろよ」

 と忠志が気味悪そうに包丁を見ながら言った。偉そうな発言をする忠志であったが、倉庫室の清掃はあまりしっかりと手伝っていなかった。

「綺麗にすれば使えなくはないでしょうけど……里莉さん方もよろしいですか」

 一応確認を取る形で、冬華が里莉に聞く。

「あ、はい、いいですよ。私たちは構いません」

「分かりました。では処分しておいてください」

 冬華は誠太の方に向き直り、そう指示を出す。指示を受けた誠太は包丁を袋に入れ、外に出ていく。

「捨てて良かったのかい?なんかここで起こった事件を解決するんじゃなかったのかい?」

 マットが里莉に尋ねる。先ほどから里莉に馴れ馴れしく話しかけているが、里莉はあまり気にすることなく、のらりくらりと受け答えしていた。

「そうですけど、これ以上調べようもないかと」

「それもそうか。科学捜査とかできないからね。……でもどうやって解決するつもりなんだい?というか、死体しか残ってないけど、どうやったら解決できたとか分かるんだい?」

「私が自分で納得のできる答えが出ればそれでいいんです。まあ話は聞いてもらって、一応整合性が取れているかどうか聞いてもらうかもしれないですけどね」

 と言って里莉は食堂に戻ってきた大介に視線を向ける。

「そんなんでいいのかい?」

「もちろん、現在進行形で事件が起きていて、誰かからその事件の犯人を指摘するように依頼されたら、もうちょっと本格的に調査をするかもしれません。でも、関係者から話も聞けず、ただ純粋に私が気になるから調べてるだけなので、それなりに説得力のある推理が思いつければそれでいいかなって」

 全員が戻ってきたからか、マットはそれ以上話を続けることはなかった。


「では、夜も更けてきましたので、私たちは一旦失礼したいと思うのですが……」

 夜の食事を終えた『加護を授かりし者たち』のメンバーは、綺麗にして荷物をまとめておいた二階へと戻っていく。そんな中、冬華は一人残り里莉に質問をする。

「里莉さん方は明日はどのようにされるのでしょうか。調査を行っていく、という感じでしょうか?」

「そんな感じですね。まあ明日くらいまではここにいるとは思いますけど、たぶん解決の目途も立ってるんで、心配しなくても明後日くらいには旅立てると思います」

 冬華は慌てて手を振り、

「いえ、そのようなつもりで言っている訳ではありません。どのみち私たちがここを新たな拠点にするとしても、それなりの時間がかかります。ですので、もうしばらくこちらにいてくださって全然かまいません。ただ、こちらを本格的に拠点にするために支部の者に連絡したので、あと二、三日したら私たちの仲間がさらにやって来ることにはなります」

「はい、分かりました」

「それでですね、里莉さん方は今特にどのコミュニティに属することなく、旅をされているとのことでしたが、私たち、『加護を授かりし者たち』のメンバーになるおつもりはありませんか?」

 冬華が真剣な様子で里莉たちの方を見つめる。

「はあ……そんな風に言ってくれるのはありがたいんですけど……私って別に集団行動とか得意ってわけじゃありませんし、こうして色んな所を旅するのも結構好きなんですよね」

「はい。別に私たち『加護を授かりし者たち』のメンバーになったからといって、強制労働を強いるとかではありません。もちろん、好き勝手していいというわけでもありませんが。私たちの支部は各地にありますので、その支部を直接行き来するような業務もありますし、今私たちが行っているような、各地を調査して、新たな土地や資源を探していく仕事もあります」

「はあ……」

「私がそう言うのも、里莉さん方だけでは、今後様々な危機があるのではないかと思うからです。危険な組織や団体があるのは里莉さん方もご存知でしょう」

「そうですね」

 うなずく里莉。

「私たち『加護を授かりし者たち』は、それなりに大きな団体になっております。基本的に他のコミュニティグループに対して干渉はいたしませんが、仲間に危険が迫った場合、話は別です」

「あなた方の仲間になれば、今よりかは安全に旅ができるだろう、ということですね」

 『加護を授かりし者たち』の名前は全国的に知られており、もしそのメンバーに危害を加えるようなことがあれば、その仲間が報復としてやって来るため、うかつに手出しできない、というようなことは里莉たちも聞いたことがあった。

「はい。最近『SSS』も活発に動いているということも聞きます。特殊体質持ちでしかも若い女性である里莉さんは特に危険かと」

「ああ、『SSS』って若い女とかをさらってるなんて聞きますもんね」

 『SSS』は『加護を授かりし者たち』と同じように各地に拠点を持つ大きな組織である。

「はい。『SSS』であっても、私たちにそう簡単に手出しできないのではと思っております」

「……そうですねえ……」

 と答える里莉に、

「今すぐ答えを求めているわけではありませんので。とりあえず私の話を頭の片隅にでもおいて頂ければ。後々気が変わってお声がけいただいても構いませんので、今夜はこれで失礼いたします」

 ペコリと一礼し、冬華は食堂から出ていく。


「割と熱心に勧誘されたな。なんか狙いでもあるのか?」

 昨日と同じように、里莉たちは食堂に寝袋をしきそこで寝ることに。

「さあ?ああは言ってたけど、『加護を授かりし者たち』も有力そうな特殊体質の人間とかを割と強引に勧誘してるって聞いたことあるからね。あと、若い人間が少なめで、若い人材が欲しいとか」

「なるほどな。まあ、今のところは友好的な感じではあるけどな」

「ところで、”むねすけ”の頭のある場所は教えなかったんだな」

「教えてもよかったんだけど、なんとなくね。あんまり一気に教えたら、どうやって死体を見つけたのかとか、ホントは私たちが殺して遺棄したんじゃないかとか思われるかなって思って。明日ちょっと時間を置いて教えようかなって思ってる」

「そうか。……そういえば、解決の目途は立ってきたって言ってたけど、ほんとか?手がかりとかあったのか?」

「手がかりはたくさんあったでしょ。まあ、実際事件があってから日にちも経ってるし、死体とかしか残ってないから、割と大部分は想像で補ってるけどね。あとは色々推理を詰めていけたらなって感じ」

 と、大きなあくびをする里莉。大介もそれ以上質問を続けることなく、今日の所はここまでにして眠りについた。



 翌朝。

 朝の朝食を終えた里莉たちのもとに、冬華たちがやって来た。

「おはようございます。今日もどこか案内した方がいいですか?」

「いえ、ありがとうございます。昨日、里莉さん方に案内していただいたので、本日は私たちだけで大丈夫です。里莉さん方はご自由にお過ごしください。色々な場所で私たちが作業を行っているかもしれませんが」

「作業の方はどんな感じなんです?」

「そうですね……電気やガスは比較的手が加えられていましたので、そちらの方はすぐに終わりそうです。水道の方が大変ですね。浴場とかも、使用していってもいいかとは思いますけど、もうちょっと制限をかけてもいいかなと」

 男女両方の浴場とも、すべてのシャワーが使えるようになっていたが、数を減らしたり、浴槽に湯をためる部分に関しては、使用する水の量が多すぎるため、使用できないようにすることを検討しているという。『加護を授かりし者たち』の支部でも、水はあくまで飲料水などに優先させているため、お風呂に入れるのは数日に一回程度だったりする。

「あ、そうだ。この時間、外はすごい霧なんで注意したほうがいいですよ」

 外に出ようとした『加護を授かりし者たち』のメンバーに里莉が後ろから声をかける。

「わ、すごい霧」

 扉を開け、外を見た真里が驚く。

「本当ですね。ご存知だったんですね」

「昨日もこの時間にすごい霧が出てて、もしかしたら持続的天変地異かもって思ってたので、今日同じ時間になったときに確かめたんです」

「困りましたね……どのくらいで晴れるのでしょう?昨日私たちがこちらに来たときには霧なんてなかったので、昼までには晴れますか?」

 外に出ようとしていた『加護を授かりし者たち』のメンバーは再び食堂に戻って来ていた。

「だいたい二時間ぐらいで霧は晴れますよ」

「そうなんですね。ではとりあえず建物の中で出来る作業をしておきましょう」

 冬華は他のメンバーに指示をだし、指示を受けたメンバーはそれぞれ動き出す。

「こうなってくると大変ですね。隣の建物に行こうと思っていたのですが、屋上のルートを通るにしても注意しないといけませんね」

「確かにそうですね」

「土壁のせいで地上から隣の建物に移るにはわざわざ遊歩道を通ってからじゃないといけませんからね。それに、今自分が見ているのがどの建物か分かりにくいです」

「建物の外観似てますもんね。土壁の出来方とかも違いが分かりにくいですし。しかも建物の配置も対象的ですからね。でも、橋の銅像とかを目印にすれば分かりやすいですよ。このD棟なら、入口には鳥の銅像がある、みたいな」

「そうですね。ちなみに、他の橋の銅像は見られましたか?」

「ええ。B棟につながる橋は、昨日みたように亀の銅像ですし、他の二つの橋、A棟につながる橋は猫の銅像、C棟につながる橋には蛇の銅像がありますね」

「そうなんですね、ありがとうございます」

 とお礼を言いつつ、冬華はメモを取っている。

「まあ、土壁が乱立していて、めんどくさいかもしれませんけど、考えようによってはメリットもありますから。土壁のおかげで建物がより丈夫になったりしますよ」

「そうかもしれませんね。確かに、怪物の襲来には耐えうることができそうですね」

 その発想はなかったのか、里莉の言葉に感心するように相槌を打つ冬華。

「じゃあ私たちはちょっと外に行ってきます」

「大丈夫なのですか?」

 心配そうに尋ねる冬華。それに里莉は手を振って、

「気をつければ大丈夫です。では」

 散歩に行くような暢気さで里莉たちは建物の外に出ていった。

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