第13話

「で、今日はどうするんだ?」

 橋の中央辺りまで来た大介は後ろを歩く里莉にそう聞いた。

「正直言って決めてないのよね。ただ、霧が出てる間にやっておいて欲しいことがあるんだよね」

「なんだ?」

「水路の下に落ちていた"しげ子"の死体を上まで持ってきて欲しいのよ。昨日は水路の下に落としてるかも、とは言ったけど、全員分の死体は見せといた方がいいかなって」

「ちょっと面倒だけど、できないことはないな。でもいいのか?どうやって死体を見つけて持ってきたのか聞かれるぞ。わざわざそんな事する必要があるのか?」

「とりあえず死体は植え込みのどこかに隠されるようにあった、って伝えとくから。霧が出ててバレにくい今の時間が狙い目だからお願い」

 と、面倒くさがる大介の背中を押して急かす里莉。大介はしぶしぶといった様子で里莉に言われた通りにする。

 少し時間はかかったものの、大介は何とか死体を水路下から地上まで運び、遊歩道脇の植え込みなど、分かりにくい場所に移した。

「何とか霧が晴れる前に終えられたね。あとは頃合いを見て『加護を授かりし者たち』の人たちに教えてあげれば完了ね」

「死体を埋葬させるために上まで持ってきたのか?」

「それもあるけど、後々確認しておきたいこともあったから。それに、"しげ子"の死体の存在を知ってるのと知らないのとでは、推理する上での情報に大きな差ができちゃうでしょ」

「差?」

 大介が聞き返す。

「うん。『加護を授かりし者たち』の人たちも、こないだまでここで十人が暮らしていたのは知ってるでしょ」

「俺たちが教えたし、残された部屋を見ていけば分かることではあるな」

「もし、"しげ子"の死体が無かったとしたら、"しげ子"が他のメンバーを殺害してここから逃げ出したって思っちゃうでしよ」

「それはそうだろうな」

「でも実際は"しげ子"も誰かに殺されたわけだから、最後の一人っていう条件から外れるわ。この情報は重要でしょ」

「ここで起こったことを推理する上では必要だろうな。でも、そもそもあいつらは別にここで何が起こったのかなんて興味ないだろ」

「そうかもね。でも、推理に必要な手がかりはできるだけ開示しておいた方がいいでしょ。もしかしたら鋭い指摘が出てくるかもしれないし」

「そうか?そんなわざわざ仮説とか考えそうにもないけどな」

 大介は少し呆れた様子で里莉を見る。


 死体を移動させた里莉たちは、その後遊歩道脇にある植え込みを中心に、何かないかを調べていった。

 "むねすけ"の頭部みたいに、新たな死体やその一部が発見されることはなかったが、里莉たちが水路下で見つけたのと同じような機械を見つけた。

「これは一昨日見つけたラジコンみたいなやつか」

「うん。充電すれば使えそうね」

「……そんで、そのラジコンみたいなのが二つあるけど……片方は壊れてるな」

 思い切り蹴り飛ばしたのか、割れて壊れてしまっている。

「ん?それは持っていくのか?」

「うん。ちょっと考えてることがあってね」

 里莉は詳しくは答えず、持ってきていたカバンの中に入れる。


 里莉はその後、死体を見つけたということを冬華たち『加護を授かりし者たち』に伝えにいく。

 D棟の三階の”しげ子”の部屋に冬華と真里、晶子の三人がいた。

「どうかされましたか?」

 やって来た里莉たちに一番に気がついた冬華が先に尋ねた。

「外を調べていたら、新たに死体を見つけたので、一応伝えに来ました」

「死体ですか?えーっと、そういえばあと一人足りなかったですね。建物の外で見つけられてのでしょうか?」

「はい。遊歩道の植え込みに隠すようにあったんです。あと、袋に入った男の頭部も見つけました」

「頭部って昨日の首なし死体のあれね」

 まだ見ぬ死体の一部を想像したのか、真里が顔をしかめてそう言った。

「はい。死体の埋葬をしているのなら、同じ場所に移動させた方がいいかなって思いまして」

「わざわざありがとうございます。そうですね、今ちょうど埋葬の作業も合わせて行っておりますので、里莉さん方が良ければ今から案内していただいてもよろしいでしょうか?」


 真理と晶子はその場に残し、冬華は一人で里莉たちと一緒に外に出た。死体のところに案内してもらう前に、昨日死体を移動させていた場所にて作業をしていた邦弘と忠志に声をかける。

「里莉さんのおっしゃったように、二時間ほどで霧も綺麗に晴れましたね」

「はい。毎朝同じ時間に濃い霧がでるみたいですね。慣れればどうってことはなさそうですね」

 こうした規則的な持続的天変地異も珍しくはない。

「霧は出ますけど、天候自体はそこまで不安定といった様子もないので、案外農作物を育てたりと、住んでいくのにそこまで大変ではないかもしれませんね」


「こちらが十人目の死体ですか……」

 冬華は神妙な面持ちで”しげ子”の死体を見つめる。顔がつぶされかけた死体に、少し眉をひそめたものの、冷静に邦弘に指示を出し死体を担架に乗せる。

 邦弘と忠志が死体を運ぶのを大介も手伝う。

「顔を殴られている上に両腕まで燃やされていますが……こちらが死因なのでしょうか?」

「いえ、その辺は死んだ後の話ですね。死因は毒を注射されたことですね」

「毒……ですか」

「はい。ここ分かります?注射みたいな跡がありますよね」

 里莉に教えられ、担架に乗せられた”しげ子”の死体の腕を覗き込む冬華。

「……確かに何か注射針のようなもので刺された跡がありますね。里莉さんの能力で分かったのですか?」

「はい。今回は死体の状況が比較的良かったので」

 すらすらと死因など死体の状況について説明をしていくため、冬華は里莉の能力が死者の死因が分かる能力だと思いつつあるようだった。

 

「そして、まだ見つかってなかった頭部はこっちです」

 大介と邦弘が”しげ子”の死体を運んでいる間に、里莉は”むねすけ”の頭が置かれてあった場所に案内する。”しげ子”の死体は元々落ちてあった水路からそう離れていない場所であったため、D棟に近い遊歩道のわきに置いていた。”むねすけ”の頭部に関しては、元々里莉が見つけたA棟の近くの遊歩道のわきに置かれたままにしていた。

 それまで大丈夫そうにしていた冬華であったが、袋に入っていた”むねすけ”の頭部を見ると、口を手で押さえ、少し気持ち悪そうにしたが、冷静な対応をしようとしていた。忠志の方は我慢できなくなったのか、里莉たちから走って離れ、向こうの方で吐いている。

「見れば分かるかもですけど、ボウガンで刺されていて、これが死因ですね」

「ボウガンということは、D棟のそばで倒れていた方が持っていたあのボウガンが凶器ということでしょうか?」

 さすがに長時間見るのもつらいだろうと里莉も思ったのか、すでに袋の中に戻しており、袋も里莉が持ち運ぶ。”むねすけ”の胴体の方はすでに正門近くに移しているため、頭部もそこに持っていくことにした。

「ええ、あのボウガンが凶器だと思いますよ」

「ということは、あのボウガンを持っていた方がこの方や、B棟の近くで同じくボウガンで頭を指されていた方を殺害したのでしょうか」

「どうでしょうね。そう単純に決めつけていいかどうか微妙ですね。元々犯人Xがボウガンを使用して殺害したあと、別の人物Yがそのボウガンを奪うなり拾うなりして持っていて、その後別の人物Zに殺されたっていうことだって考えられますからね。しかも、仮にあのボウガンを持って殺されていた男の人が二人を殺害したとして、どうして男の首を切断したのか、という疑問はありますし、じゃあその男は誰に殺されたのか、っていう疑問が出てきますよね」

 里莉は少し早口で自分の考えを述べる。冬華は一応里莉の話を真面目には聞いているが、心のどこかではそんな色々な可能性を考える必要があるのかを疑問にも思っていそうであった。

「首を切断したのは、ボウガンを凶器に使用したと思われたくないからでは?」

 ただ、話をして死体の気味悪さを忘れたいのか、冬華はさらに話を続けていく。

「最初にそれを思いつきました。でもそれなら、わざわざ首を切断して頭を持ち去らなくても、胴体を刺した槍とかで誤魔化そうと思えばいいんじゃないかって思ったんですよね」

「里莉さんがおっしゃる事も理解できますが、犯人はいつも合理的な判断ができるとは限らないのでは?というより、犯人はこれが最善の策だと思って行動している可能性もあるのでは?」

 という冬華の言葉に里莉は何度もうなずきながら、

「そうなんですよ。とってもいい事を言ってくれました」

「は、はあ……」

 テンションの上がった里莉に冬華は戸惑いつつ、

「それで、里莉さんはどのようにお考えなのでしょうか」

「はい、私はあくまで論理的に推理したいですが、今回は特に、得られる情報が限られています。ここで暮らしてた人から話を聞くことができないんですから。ということは、どうしても私の想像で話を補う必要が出てきます」

「そのようですね」

「それなら、私が考える合理的な行動を犯人もしたと考えてもいいのかなって。だって私が納得できる推理ができれば良いと思っているので」

 あっけらかんと話す里莉。このスタンスだけ聞けば、名探偵とは程遠いようにも思えるかもしれない。

「では、里莉さんのお考えがここで実際にあったことと違っていても良いということなのでしょうか?」

「極論そうですね。もちろん、確認できるのならそれが良いですけど、それは難しいでしょう」


 袋に入った"むねすけ"の頭部は袋に入れた状態で胴体の近くに埋葬した。

「それで、一応聞きたかったんですけど、ここにあった死体、冬華さんたち『加護を授かりし者たち』の一員だったなんてことはないですよね?」

 埋葬が終わり、里莉たちは建物の方に戻っていた。

「私たちの仲間かどうかということですか?いえ、私たちは初めて見る方々でした」

「じゃあ『加護を授かりし者たち』から脱退したとか、何か悪いことをして逃げ出したようなことがあったとかはないですか?」

「脱退される方はゼロではありませんが、最近は聞きませんね。また、私たちの団体のルールを違反し、逃亡した人がいないかということですが、そのような話は聞きませんね。私たちがいる第十一支部ではないことは確実ですし、他の支部においても、そのようなことがあれば連絡が来ていると思います。……なぜそのようなことを?」

 質問の意図を掴みきれない冬華が逆に里莉に問い返す。

「いえ、ここに残っている武器の類が多かったんで、元々大きなコミュニティ……というか組織とかにいたのかなって思っただけです」

「確かに大学には似つかわしくない武器が多いですからね。しかし、私たち『加護を授かりし者たち』の拠点にそこまでの武器はありませんね。可能性があるとしたら『SSS』かもしれませんね」

 特殊体質の人間が中心の『加護を授かりし者たち』に対し、『SSS』は技術力や武力によって統率された組織と言われており、軍並みの武器を保持しているとも言われている。


 冬華たちと別れた里莉たちは昨日まででまだ行ってないような場所を見ていくことに。明るい内は建物の外を優先的に見ていくなか、大介は他に気になることがあるのか、チラチラと壁の向こう側を気にしていた。

「どうかしたの?」

「壁の外で車の音がしてる」

「誰か来るってこと?」

「たぶんな。今のところ壁の周りをぐるりと回ってる感じだが……」

 そう言いながら、大介は地面に耳をつけ、感覚を研ぎ澄ます。

「……今ちょうど壁の穴の近くにいるな。人数は……九人、ってとこか」

「それなりの人数ね」

「しかもこの音……全員が武装しているな」

 大介の言うとおり、壁から銃などの武器を持った九人が隊列を組みながら入ってきた。

 その九人が乗って来た二台のジープは壁の外側に停めてある。

「もしかしたら『SSS』のメンバーかもね」

「で、どうする?『SSS』ならあんまり友好的じゃない可能性が高いが……やり過ごして逃げるという手もあるけど」

 里莉は少し悩んだように考えこむ。

「うーん……まあこのまま遭遇してもいいかな。なるようになるでしょ」

 

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