第11話

 まず、初めに向かったのが調理場奥の倉庫室だった。

「このチェーンと南京錠は?」

 調理場から倉庫室につながる扉が開かないようにするためにつけられたチェーンと、それを固定するためにつけられた南京錠を見て冬華が里莉に聞く。

「あ、それは簡単に入れないようにするためにつけたものです。死体もありますし、飲み物とか食料品もありますから、一応念のためつけてたんです」

「なるほど、そうなんですね」

 里莉は南京錠を外し、扉を固定していたチェーンを外す。そして冬華と真里の方を振り返り、

「結構血とかたくさん出てる現場ですけど、大丈夫ですかね」

 と確認をとる。

「……死体を見慣れているわけではありませんが、このような世界になってからそれなりに経験はしていますから」

 そうして冬華と真里は"つぐ子"の遺体と対面した。二人とも少し険しい顔になったが、取り乱すこともなく死体のそばで合掌と黙祷をする。

「この包丁で刺されたのでしょうか」

 冬華は"つぐ子"の顔の近くに置かれてある包丁を指差す。刃の部分には血が付着しているが、死体から流れている量に比べて包丁に付着している血が少ないため、念のため確認で聞いたと思われる。

「はい。その包丁で首元を切られてますね」

「そうですか……この倉庫室には食料が備蓄されているのですか?」

 冬華は部屋の中を覗きこむ。

「ええ。残ってるのは全部非常食ですけど」

「では、このそうか実際の中を優先的に綺麗にしていきましょうか。食料や飲料水が入った箱を別の場所に移動させてもいいですね」

「その辺はお任せしますが、遺体はどうするつもりなんですか?」

「それについては私たちの仲間がやって来るのを待つ必要がありますね。支部には遺体を焼く機械があるので、そちらを使おうかと思っています。それまでの間は、どこか外に移動させようかと」

「ここ綺麗にするっていっても、こんだけ血とかで汚れてたら綺麗にするのも大変そうだよな」

 この先の作業を想像したのか、真里は少し面倒くさそうに言う。

「その辺の清掃の道具とか溶剤とかも探せば大学内にありそうですけどね」


 次に案内したのは"のぶすけ"の死体がある場所だった。

「ここにあったシートは死体を隠すためのものだったのですね」

 里莉が『加護を授かりし者たち』を食堂へと案内した際、D棟の建物そばにあったブルーシートを見た冬華は納得したようだった。

「昨日一応死体がすぐに目に入らないようにかけておいたんです」

 ジャリジャリと音を立て遺体に近付きつつ、里莉は死体にかけておいたシートをはがす。

「この人は後ろから頭を殴られてしんでますね」

 "のぶすけ"にも手を合わせる冬華と真里。


「……それにしても、里莉たちは死体とか見慣れてるの?結構平気そうなんだけど」

 次の場所に移動しながら真里が質問する。

「……見慣れてるかどうかは分かんないですけど、それなりには。あとはあれですね。私の能力が死体の死因が分かる能力なんで、その辺も関係あるかもですね」

「へえ、そうなんだ。結構珍しい能力ね。似たような能力も聞いたことないわ」

 純粋に面白がる真里に対して冬華は少し怪訝な表情をしている。

「よろしいんですか?そんな簡単にご自身の能力を話して」

 特殊体質の人間は、その能力を利用しようとする者やグループなどから狙われたりすることは珍しくない。だから自身の能力を秘密にしたり隠したりする方が多かったりする。実際冬華たちも、自分の能力についてはまだ一言も話していない。

「別にいいですよ。だって死因が分かる能力とか使うところが限られてますし、しかも実際に死体に触れないといけないっていう制限もあるんで」

「死体に触れないといけないっていうのは嫌だな」

 と真里。

「そうですか。……里莉さんたちは特にどこのコミュニティにも所属していないんですよね?」

 念を押すように冬華が里莉に聞く。

「そうですよ。このメンバーだけで旅してます」

「差し支えなければお聞きしたいのですが、里莉さんたちが旅する理由とはなんでしょうか」

「理由ですか。うーん……いくつかありますけど、やっぱり名探偵になりたいから、ですかね」

「名探偵?」

 予想していなかった単語が出てきて冬華は思わず聞き返す。

「はい。こんな世界になっちゃったんで、自分が生きたいように生きよう、と思うじゃないですか。それで考えた時、名探偵になりたいなって」

「変わった夢だけど、何か理由があるの?」

 真里も気になったのか、口を挟む。

「元々好奇心旺盛で、気になった事があったらすぐに首を突っ込む性格ではあったんですけど、一番は中学の時に名探偵に会ったことがあるからですね」

「名探偵に会った……」

 冬華はさらに突っ込んだ話を聞こうとしたが、目的の場所につき、一旦話を切り上げる。


 里莉はD棟四階の第二宿泊室……"むねすけ"の部屋に入る。

「これは……」

「グロいな……」

 首なし死体と対面した冬華と真里は流石に言葉を失う。

「仲間割れだとしても、首を切断するなんてあんまり聞いた事がないんですよね」

 それに対し里莉は平気そうに話し出す。

「どっかの組織は、重大な規律違反……それこそ殺人とかをした奴を見せしめで処刑する、っていうのは聞いたことがあるけど、わざわざこんなことするのは思えないね」

「凶器によりますけど、切断するのも楽じゃないですからね。処刑するにしてももうちょっと楽な方法をとるでしょうね」

 里莉は真里に同意して頷く。

「頭部は見つかっているんですか?」

「建物の中ではまだ。どこかにはあるんじゃないですかね」

 里莉はそう言うだけにとどめた。

 冬華は死体の様子や部屋の汚れなどを簡単に確認し、次の場所に移る。『加護を授かりし者たち』としては、別にここで何があったのかを解明する気はなく、死体の処理をどこからしていくのか、またどのくらいの人員や道具が必要なのかを確認できればそれでいいらしい。


 次に見たのはD棟とC棟の間で発見した"はるすけ"の死体だ。

「あの男性ですか。ここからじゃ降りるのは無理そうですけど、どこか他の所から中庭部分に行けないのですか?」

 冬華と真里は土壁の上から恐る恐る下を覗きこむ。

「今のところ中庭に通じるところは見つかってないんですよね。一階と二階は外側も内側も土壁で覆われてるんで、建物から出るには一階のさっき私たちが入って来たドアか、屋上にでるドアくらいしかないんですよ」

「となると、移動する道すじはかなり限られてしまいますね。あと、もし何かあった時に避難するための出入り口がここまで制限されるのもちょっと気になりますね」

 というような事を考える冬華。死体の回収及び処理に関しては今の時点ではできないと思ったらしい。

「崩れるなんてことはないでしょうけど、長時間ここにいるのも何か不安なので、次の場所に案内していただきますか?」

 と冬華。土壁の通路の両サイドは落ちないように柵のように土が加工されているが、全面的に信用しているわけではないらしい。


 里莉はC棟を飛ばしてB棟の近くで発見した"つな子"の場所に案内する。

「ボウガンですか……」

 死体よりもボウガンの方が気になるのか、考え込んで黙ってしまう。

「何か気になることがあるんですか?」

「いえ、先ほどの部屋、一応鍵のかかる場所に保管されてはいましたが、銃器がいくつか置いてあったでしょう?そして死体を切断したと思われる斧があったり、槍までありました。もしかしてまだ武器になるようなものが保管されてるのではと思いまして……」

「そうですね。色々武器が置いてあった部屋がありましたよ」

「何か気になるの?」

 と真里。

「武器の扱いが難しくなりそうだと思ったんです。今はまだいいですけど、今後拠点とするなら武器も処分した方がいいかもしれません」

「あー……」

 里莉は思い当たることがあるような相槌を打つ。

「確かに武器が多いと仲間内の殺人とか増えますもんね。一人一つ以上の武器を確保していたコミュニティが、怪物よりも人に殺される方が多くなってしまった、なんて話を聞いたことがあります」

「はい、そうなんです。ただ、自衛用の武器を持ちたいというのもありますから、全部を捨ててしまうのはそれはそれでもったいないですから、どうしようかちょっと迷いますね」

 冬華はここで答えを出すわけではなく、保留ということに。

 次に向かうのは"みつすけ"が死んでいた第一守衛室だった。

 南東の橋から遊歩道へと歩いていく。

「この橋にも像があるんですね」

 橋の真ん中にあるオブジェを見つめる冬華。

「さっき通ってきた橋のやつとは違うみたいだけど、これって何の像?亀かな?」

「そうみたいですね。そう言えばD棟に入る前に渡った橋にも像がありましたね。鳥の像でしたね」

「あ、鳥か。私フェニックスとかと思ってた」

 と、真里。

「鳥のようですけど、言われてみれば不死鳥っぽくもあるかもしれませんね」

 苦笑しつつ冬華が答える。

「ゆるキャラみたいな感じですよね。さっきの橋以外の残り二つの橋にも動物キャラの像がありますよ」

 そんな会話をしながら遊歩道を歩くと、第一守衛室の小さな建物が見えた。


「この方が先ほど言っていた、毒を飲んで亡くなった男性ですか」

 床に倒れる"みつすけ"の死体と対面し、冬華が発した一言目はそれだった。

「はい、そうですね。ここの水道横につけられている浄水器に薬品を仕掛けていたみたいです。それで水道水を飲んだこの男が死んじゃったと」

 『加護を授かりし者たち』が二手に分かれる前に、里莉はこの建物内の水道水に触れる際には注意するように伝えていた。

「毒はこの大学にあるのですか?」

「そうですね。A棟は理系の研究室とかあるみたいで、薬品も置いてあったんですよね。そっから取ったんじゃないですかね」


「他の方の死体はどちらに?」

 第一守衛室から出た冬華が口を開く。

「あとは大学の外で見つけましたよ。今から行きますか?」

 冬華は少し考えこみ、

「大学の外で使用できそうな施設とか見かけたりされましたか?」

「それなら、コインランドリーとかありましたよ。人の出入りがあったといえば、そのコインランドリーの近くのビルの中のネットカフェの所もこないだまで使われていましたね。でも、水道が使えないようにされてましたけど」

「使えないように?」

「はい。蛇口とか水道管が破壊されてるとか、蛇口をひねっても泥水しかでてこないようにされてましたよ」

「なんでそんなことを?」

 首をかしげ不思議そうにする真里。

「ま、たぶん建物から閉め出した人たちに水を飲ませないようにしたんでしょう」

 里莉はこれまで発見した遺体の状況などから考えた自身の考えを冬華と真里に教える。

「へー……言われてみればそうかもしれないけど、わざわざそんな面倒くさいことをする必要あるのかな」

 納得したようなしてないような感じの真里。

「では、残りの亡くなった方々と、外部の人の出入りのあった建物の様子を確認したいので、案内していただきますか?」

 その辺りのことを追及しても話が長くなりそうだと感じた冬華は話を変える。

「あ、いいですよ。というか暗くなる前に案内した方がいいですよね」


 里莉はそのまま大学の外に出て、”ひですけ”や”やすすけ”の死体があった場所に案内しつつ、話題に上がったネットカフェやコインランドリーに案内する。

「コインランドリーは修理を行えば使えそうですね。結構大掛かりな工事にはなりそうですが」

「建物もそれなりに丈夫ですからね。でも、さすがに建物のコンクリートも朽ちてきてますし、かなり保全とかに力を入れないとですね」

「そうですね。やはり怪物の襲撃が問題ですね。幸い、壁に囲まれているおかげで怪物もそう簡単には入ってこれないでしょうけど……そう言えば、壁の出入り口は何か所ほどあるのでしょうか」

「二箇所ですね。私たちが入ってきたあの穴と、その反対側にもありましたよ。でも、そっちは鉄格子がはまってて出入りが出来ないんですよね」

「鉄格子が?」

「ええ。鍵がないと開かないタイプの鉄格子の扉があって通れないんですよ。鍵があればいいんですけど、今の所見当たらないんです」

「では壁の出入り出来る場所はあそこだけという訳ですか。あそこをどうにかすれば、怪物の出入りをコントロールすることが出来る、という訳ですね」


 最後は”よしすけ”の死体の場所だった。冬華は”よしすけ”の死体よりもその周辺の畑の方に興味があるようで、

「周辺の土地は田畑が多いですが、ここにいた方々は農作物を育てたりはされていなかったのでしょうか」

「ほとんどしてなかったみたいですよ。あ、でもここから少し離れた場所に、土を耕して豆とかを育てようとしていた場所はありましたよ。最近手を付け始めたばかりだったみたいで、何もできてはなかったですけど」

「そうなんですね。では、今は荒れ果てているところも、手をくわえればどうにかなりそうということですね」

 冬華は今後長期的にこの土地で暮らしていくことを考えているようで、

「もしこの周辺の土地、すべて何らかの農作物を育てることが出来れば、かなりの人数を養うことができそうですね」

「でも結構大変じゃない?機械とか必要になるでしょ」

「この辺りにあるものを修理して使うか、他の支部から移動させるかは考える必要はありそうですね」

 と真里とそのような事を話している。

 当然と言えば当然なのかもしれないが、『加護を授かりし者たち』のメンバーとしては、別にここで起こった殺人などはどうでもよく、ここが人が住んでいけるのか、そして住んでいくためにどのような準備が必要かを探る方が重要なのだということを改めて感じた里莉たちだった。

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