第10話

 大介が気づいたのは、壁の外に近付いてきた車の音だった。車は瓦礫の山を乗り越えて入ってこれなかったようで、車を停め四人の男女が降りてくる。

 大介は身をかがめ、地面に耳をつけて目を閉じる。

「……四人が壁の中に入ってきたな。それと、もう少し離れた場所にも人がいる」

 大介の言うように、四人が壁の中に入ってきた後にもう一台の車がやって来て、先ほどの車の横に停め、その車からも四人の男女が降りてきた。

「二手に分かれてるのね。割とよくあるメンバー構成だけど……どうしよっか」

 やってくる人間が友好的とは限らないため、遭遇するのにリスクはある。

「まあ、向こうもこっちの存在に気づいているかもしれないからな。遭遇しないように逃げたところで追いかけられるかもしれない」

「やって来る八人の中に特殊体質の人間もいるかもしれないし、会っておこうか。あ、でも会う前に食堂に戻って準備はしておきましょ」


 十数分後。ゆっくりと周りの安全を確認しつつ八人の男女がそれぞれ距離を置きつつ近づいてきた。

 向こうのメンバーも大学の第一正門前にいた里莉たちに気付き、一度立ち止まる。壁に入ってくる際に、里莉たちが残した足跡から、壁の中に人がいるのは気づいていたため、人がいたことに驚いてはいなかった。

 里莉は両腕をあげ、こちらに敵対する意思はない事を伝える。

 それを見た八人は、1人の女性を先頭にこちらにやって来た。

「どうも。えーっと、あなた方はこちらで生活をしていらっしゃるのでしょうか?」

 八人の先頭を歩いて来た女が代表して里莉たちに話しかける。

 二十代後半と見えるその女は、150cmほどの小柄な背丈ではあるが、凛として自信に溢れた顔つきを見るに、このグループの中でリーダー的存在のようだった。

「いえ、私たちはいろんな所を旅していて、ここには昨日ついたばっかりなんです。えーっと……」

「ああ、失礼いたしました。私たちは『加護を授かりし者たち』という団体の、第十一支部副支部長のとうか、といいます。冬の華と書いて冬華です」

 怪物が現れて以降、人びとは怪物に対抗するために色々な組織や団体を作るようになり、『加護を授かりし者たち』という団体もそのうちの一つだ。この団体の特徴として、団体の中心人物のほとんどが特殊体質の人間である、ということだ。日本国内において、特に大きな団体の内の一つとして里莉たちも知っている団体である。

「あ、どうも」

 ペコリと会釈する里莉。冬華の左手の甲に、特殊体質の人間を表す模様があった。

「お伺いしたいことはいくつもありますが……建物の中に入れるのなら、そちらに移動したいのですが……よろしいでしょうか?」

「あ、そうですね。建物の中には入れるようにしてるんで、そっちに移動しましょうか」

 里莉を先頭に冬華たち八人を案内する。大きな岩壁に囲まれているとはいえ、人数が増えるほど怪物に遭遇する確率は高くなる。

 一定時間同じ場所に人が集まっていると、怪物がやって来るというのは広く知られている。五人集まれば、一体はやって来ると言われている。そのため、ぎりぎりの四人で行動するようにしているのだろう。そして、六人から十人が集まっていれば二体の怪物が、十一人から十五人がいれば三体の怪物が現れるとされ、五人を区切りにして怪物が増えていくことが各地で報告されてきた。

 また、どのようにして怪物が人を感知しているのかは不明だが、怪物がやって来るのも時差があるとされ、襲来の前日から三日前までにおいて、その場所にいた最大人数を目安に、怪物たちはやって来るとされている。

 例えば、ある場所に三人ほどの人間が泊り込んでいると、怪物が十体もやって来たことがあった。その前日まで五十人の団体がそこにいたらしく、それと入れ違いでやって来た三人が代わりに怪物の犠牲になったのだ。

 人が集まると自動的に怪物がやって来るといっても、怪物の襲撃に耐えうるだけの建物などに避難しておけば、そのうち怪物も諦めて別の場所に移動するということも知られている。だからこそ冬華は建物の中に移動することを提案したのだった。

 里莉はD棟の食堂に案内する。『加護を授かりし者たち』の八人と里莉たちは向かい合うようにして座る。

「では改めて……私たちは『加護を授かりし者たち』の一員で、新たな拠点開拓のために探索を行なっております。そして私がこのチームのリーダーを務めております」

 冬華が頭を下げて挨拶をする。長い髪を後ろで一つに結んでいるリボンの他には装飾品は身につけておらず、化粧も全くしていなかったが、整った顔立ちをしていることはよく分かった。

「こちら側の紹介だけさせていただきますね」

 そう言って冬華は残りのメンバーの紹介をしていく。

「まずこちらがマット」

「どうも、よろしく」

 八人の中で一番背の高い男が馴れ馴れしい様子で里莉に握手を求める。里莉はそれに形ばかりに応じる。日本人にしては彫りが深く、欧米の血が混じっているようだった。

「そして彼女が真里」

「……よろしく」

 髪を金髪に染めた、どことなくヤンキー風の女が右手を挙げ軽く挨拶する。そして真里の左手の甲にも特殊体質を示す模様があった。

「彼女は晶子」

「……ど、どうも」

 名前を呼ばれたショートカットの女は、消え入りそうな声で挨拶をする。晶子の左手の甲にも模様があった。

「彼が邦広」

「いやー久しぶりに外部の人にあったよ」

 と笑顔で挨拶をする男は筋肉質でガタイがよく、八人の中で一番大きな荷物を運んでいた。筋肉を見せたいのか、体にピッタリとフィットした服を着ている。

「彼は誠太」

「……」

 誠太と呼ばれた男は無言で頷く。伸びた前髪で両目がほとんど隠れている。そして背中にマシンガンのような銃器を背負っている。

「そして彼が浩文」

「よろしく」

 銀のフレームよメガネをかけたどこか学者風の浩文は、神経質そうにじっと里莉たち観察するように見つめながら挨拶する。

「最後に、彼が忠志」

「どうも」

 建物の中に入ってもいまだヘルメットを被ったままの忠志は、里莉たちから一番距離を置いている。耳にピアスをした忠志は、目が悪いのか睨みながら里莉たちの方を見ていた。

 男性陣の手の甲には特殊体質の模様は見当たらなかった。

 八人全員が名乗ったので、こちらも簡単に名乗っていく。

「先ほど里莉さん形は昨日、ここについたばかりとおっしゃっていましたが、こちらで生活していた人はいらっしゃらないのでしょうか」

 冬華は丁寧な口調を崩さずに話を続ける。

「はい。ついこないだまで十人ほどのコミュニティがここで暮らしてたみたいなんですけど、全員死体で見つけました」

「……全員、ですか」

 冬華たち八人は少し驚いたような表情をする。

「それは怪物に襲われてでしょうか?私たちが入ってきた場所、おそらく里莉さん方もそこから入って来たと思いますが、そこに二、三匹の怪物が通った跡がありましたが……」

「怪物に襲われて死んだ人もいましたけど、明らかに人の手で殺された死体もありましたね」

「殺された方もいたんですね。それは、仲間内で殺し合いが起こったのでしょうか。それとも、別のコミュニティの襲撃にあったとかなのでしょうか」

「そこはまだなんとも言えないですね。まあ、外部からの敵がやって来たようには見えないですけど」

「ここを占拠するつもりで、あんたらがここにいた奴らを殺したんじゃないんだな」

 腕を組みながら横から浩文が尋ねる。冬華はそれを少したしなめるように、

「浩文さん、まだ私たちはその死体を見てもいません。そんな状況でそのような発言は失礼ですよ」

「別に糾弾しようと思って言ってる訳じゃないです。言ってしまえば、我々の仲間を殺すとかなら話は別ですけど、そうじゃないのなら、殺人をしていようがしていまいが、どうでもいいですし。それよりも、死体があるのなら早くその処理をしなくちゃいけないんじゃないですか。時間が経つと衛生的にも良くないでしょう」

「死体があるのなら、その埋葬も含めてどうにかしなければならないのは確かにそうですが、いきなり殺人の疑いをかけるのは別です。……すいません、里莉さん」

「別に気にしてないですよ。疑いを持つのは普通のことですし」

 謝罪する冬華に対し、里莉は全く気にしてない。

「それで、死体の場所などを聞きたいとは思いますが、まず先にお聞きしたいことが」

「なんでしょう」

「里莉さん方はどこかの組織や団体に所属しているのでしょうか」

「どこにも所属してないですよ。私たちだけで旅してるんです。……新たな拠点を探すために探索をしているって言ってましたね。ここを拠点にしようと思ってるかんじですか」

「はい、その通りです」

 里莉の言葉にゆっくりとうなずく冬華。

「それなら安心してください。二、三日ここで滞在するつもりですけど、ここから離れるつもりなので、私たちのことはあんまり気にしなくて大丈夫なんで」

「は、はあ……そうですか……」

 冬華は少し拍子抜けしたようだ。

「それでは、お言葉に甘えて……この建物およびこの周辺を私たちの新たな拠点にするべく、準備をしていきたいと思います。それで、できればこの建物の案内などご協力いただきたいのですがよろしいでしょうか。食料や必要品などのお礼はさせていただきます」

「いいですよ。特にどこに死体があるのかとか聞きたいでしょうから、その辺のことはお教えしますよ。お礼の方は別にいいですよ。まあ、ここにいたコミュニティの食料の残りとか資源とかを一部もらい受けたいとかはあるかもしれないですけど」

「そうですね。その辺りのことは後々話し合いましょうか」

「はい。じゃあとりあえず昼ごはん食べてからでいいですか?その後色々案内しますね」

 里莉の言葉に、真里がはたと手を打つ。

「あ、そうじゃん、私らもまだご飯食べてなかったじゃん。じゃあ一旦休憩してから?」

 真里が冬華の顔見て確かめる。

「ええ、そうですね。私たちも荷物をどこかにまとめておきましょうか」


 数十分後。冬華たちはひとまず食堂の上の二階に荷物を移した。

「なんていうか結構ホコリぽかったね。使ってない部屋はあんな感じなの?」

 一足早くやって来た真里は食堂で待っていた里莉たちに話しかける。『加護を授かりし者たち』のメンバーは荷物をまとめるのと同時に急きょ部屋の掃除もしたという。

「そうですね。ざっと見た感じ半分以上が使ってなくて掃除もされてない部屋ですね」

「確かにホコリっぽくて清掃は必要ですが、建物そのものはきれいに残っておりますし、何と言っても丈夫ですから、拠点としてはかなり良さそうですね」

 と冬華。

「それにここまでパイプラインがきれいに残ってるのも珍しいかも。やっぱ学校とかって災害に備えて丈夫に出来てるのかな」

 水、ガス、電気が普通に使えると知り、真里だけでなく他のメンバーも珍しがる。

 全員が集まると、冬華たち『加護を授かりし者たち』のメンバーは二手に別れ、行動を開始する。

 一方はパイプラインの確認や補強、間引きなどを行う。現在普通に使えるパイプラインだが、今後も長く使用していくことを想定し、怪物の襲来によって破壊されないように工事や修繕を行なったりする。また、この大学の様に、生活拠点となる敷地が広い場合には、滅多に使用しない場所に関しては、元となる部分から流れを止めたりして無駄をなくしていく作業も行う。

 こうした作業を行うため、晶子、浩文、邦弘、マット、誠太、忠志ら六人は食堂から出ていく。

 残る冬華と真里は里莉たちとともに死体の確認をしていくことに。

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