第8話
C棟の二階を見終わった里莉たちは一階へと降りる。もちろん、先ほどの部屋でも懐中電灯や充電器など、使えそうなものを調達することも忘れない。
「……さっき見た時は気づかなかったけど、この部屋も元々誰か寝泊まりしてたみたいね」
少しカビ臭いフロアを歩いていた里莉はC-105室の前で足を止める。一階は会議室や講義室が並んでおり、C-105は元々会議室だったようで、長机やキャスター付きの椅子が多く置いてあった。
長い間掃除などされていない各部屋の中で、その部屋だけ多少ましだった。
「……確かに誰かいた感じはするけど、片付けられた感じもするな」
扉には鍵がかかっておらず、すんなりと入ることができた。
部屋の中は机や椅子などを動かして模様替えを行なった形跡があったり、衣服や布団が残っていた。しかし、それまで見てきた部屋とは違い、布団はたたまれて部屋の隅に置かれていた。そして、生活していたには部屋の中のものが少なすぎた。
「これ、もしかして"ただすけ"の部屋だったのかも」
「"ただすけ"?……ああ、壁の外で見つけたあの男か」
手錠をつけられ、壁の外で怪物に襲われて死んでいた男だ。
「うん。このへんの洋服のサイズ的に"ただすけ"かなって。二週間以上前に死んでだけど、大体それくらい前からここには入ってなさそうだし、条件に当てはまるかなって」
「……確かに言われてみればそんな感じだな」
C棟を見終わった里莉たちは続いてB棟へと移動する。B棟もC棟と同様に、三階と四階は教授の居室や研究室やゼミ生用の居室が並び、一階や二階になると授業で使う講義室が並んでいる。
里莉がまず入ったのが”つぐ子”が鍵を持っていたB-401室だ。
「やっぱり女の子の部屋だからか、綺麗よね」
これまで調べてきた部屋と比べ、"つぐ子"の部屋はよく整頓されていた。
飲み終わった水のペットボトルやクッキーなどのお菓子の包みも、きちんとゴミ箱に捨ててある。
「いや、"しげ子"の部屋はそうでもなかっただろ、整理整頓されているというより、荷物をまとめて出て行く前、っていう感じじゃないか?」
これまでの部屋だと机などに置きっぱなしになっていた日用品なども見当たらず、代わりに旅行で使うような大きなカバンが置かれていた。
「大介の言う通りね。このカバンに荷物がほとんどまとめてあるわ。確かにどこかに遠出する前、っていう感じね」
「それは裁縫道具か?」
棚に置かれていたポーチを手に取った里莉に大介が聞く。ポーチの中には針や糸、裁縫バサミといったものから大介もよく名前の分からない道具まであり、家庭科の授業で使うものに比べて種類が豊富だった。
「うん。たぶん"つぐ子"は洋服の手直しとかそういうのをしてたんじゃないかな。これまでの部屋に置いてあった服、体の大きさに合わせてサイズを調整してたりしてたからさ、誰かが手を加えてると思ってたんだよね」
「ふーん……よく気付いたな」
「ま、このくらいは普通よ。じゃ次行きましょうか」
B棟の四階は"つぐ子"の部屋の他に人が使っていた形跡のある部屋はなかった。
三階に降りた里莉たちは、"つな子"が鍵を持っていたB-303室に入る。
"つな子"の部屋の中は、”ひですけ”や”みつすけ”らと同じように、朝慌てて部屋を出ていったままという感じだ。
「まあ、割と普通ね。強いて言うなら、これまでの女性陣の中だと一番質素な部屋って感じね」
布団や衣服類もあり、普通に生活していく上で充分ではあるが、”しげ子”やつぐ子”の部屋にあった荷物と比べると物寂しくもある。
これといって気になるものもなかったのか、里莉はそんなに時間もかけずに部屋を出る。
B棟の一階、二階もC棟と同じようにフロア自体に長い間誰も出入りしていなかったようで、これと言って発見はなかった。
A棟へと移動した里莉たちは上から見ていく。A棟も教授室や講義室があるのはB棟やC棟と似ているが、A棟は実験器具などの置かれた研究室もあり、四つの建物の中で寝泊まりするのに不向きな建物であった。
”のぶすけ”が鍵を持っていたA-201室は、元々教授室であったようで、これまでの部屋と違い、元々部屋にあったとみられる書籍やパソコンなどが多く残っており、そんな机や棚の間に寝袋などの道具が置かれていた。
「他の部屋とだいぶ違うわね。寝泊まりにそもそも向いてなさそうな部屋だし、あと越してきてそんなに経ってないっていう感じよね」
部屋を見渡した里莉はそう判断した。
「まあ、コミュニティに入るタイミングが一番最後だったのかもな」
「元々荷物が少ないっていうのもあるけど、”のぶすけ”も荷物をまとめてたみたいね」
元々置いてあった机を動かして出来ていた空間に、衣服や日用品をいれたリュックサックが置いてあった。里莉はリュックの中をあさり、使えそうなものを調達するもとも忘れない。
「なあ、そんなにライトいるか?」
これまでの部屋から様々なものを調達してきた里莉に対し大介がそう言う。これまで調達したものは、部屋の鍵を除けば全部大介が持っている。
「これ?たしかにこんなに懐中電灯とかいらないかもだけど、ないよりかはマシでしょ。建物の中は電気が使えても、外はほぼ真っ暗だから、必要になりそうだし」
同じ場所で生活していたからか、持ち物も似たようなものが多く、”むねすけ”を除く男性陣の部屋からは懐中電灯、女性陣の部屋からは絆創膏などの救護用品を持って来ているため、この短時間で同じものが一気に増えた。
「そんなもんか」
「まあ、あれかもね。リーダー格の"むねすけ"とか女性陣が明かりを持ってないのも、男性陣は夜でも外で何か作業をさせられてたからかもね」
建物の外や大学の敷地の外の街灯はもう生き残っておらず、建物の外を見れば漆黒の闇が広がっている。
「どうかしたか?」
部屋の隅に同じサイズの靴が三足ほど並んでいたのだが、それを手に取り、じっと見ている里莉に大介が声をかける。
「靴についてる土なんだけど、ちょっと気になって」
靴に茶色い土が付着しており、その成分は少なくとも大学の建物を囲っている土壁のものとも違う。
「土?……ああ、なんていうか畑とかそっち系の土っぽいな」
「でしょ。もしかしたら作物を育てようとしてたのかも」
「作物か。確かに、長期的に生活することを考えるなら、やっぱり農作業は重要になってくるからな。このコミュニティでやっていてもおかしくはないけどな」
「うん。今日見て回ったところは荒れ果てた田畑ばっかりだったけど、どっか手を加えている場所があったのかなって。まあ明日探そうかな」
A棟の中で人が生活していた痕跡があったのは"のぶすけ"が鍵を持っていた202のみで、他の居室や講義室は日常的に使用された形跡がなかった。ただし、いくつかの部屋を見ると、何者かが侵入した痕跡はあった。特に、薬品類が多く置かれた研究室は、鍵のかけられた部屋の扉や鍵のついた棚を無理矢理壊し、中にあるいくつかの薬品が盗られていた。"みつすけ"を殺害するのに使用された毒物はここから持ち去られたようだ。
ひとまずざっと見回った里莉たちは再び食堂に戻る。
「やっぱり少なくともあと1人はいるわね」
食堂の椅子に座るなり里莉はそう話し出す。
「ああ、そうみたいだな。これまで大学の中やその周辺で見つけたのが九人。まあ、岩壁の外で見つけた"ただすけ"も含めるなら十人か」
「それで、大学内で暮らしてた形跡があったのは、"ただすけ"の部屋も含めるなら十一部屋でしょ。だから、一部屋分死体の数が合わないわ」
「C棟の203室の人間だな」
「うん。身長160mくらいで、かなりの肥満体型の人間だと思う」
「まあ、普通に考えるなら、どっかに逃げ出してるんだろ。もし岩壁の中で活動してるなら、どっかのタイミングで気づくと思う」
「そうかもね。ただそうなると、私たちが入った壁の穴以外に出入口があるってことになるわね」
「別の場所か?」
「うん。私たちが岩壁から入ってきた場所、そこは私たちが遭遇した巨大ナメクジが通った跡があったでしょ」
「ああ、粘性のある液体があったな。……足跡か」
「そう。あの岩壁が爆破で開けられたのが一昨日から昨日にかけて、日付が変わるくらいのタイミングだったよね」
無言で頷く大介。
「そして私たちが巨大ナメクジと遭遇した場所と時間から逆算すると、あの巨大ナメクジが壁の穴を通ったのは、あそこが爆破されてすぐでしょ」
大介は頭の中で距離と巨大ナメクジのスピードを思い出しつつ、
「……そうだな。あのナメクジの速さが一定ならそのくらいだな」
「ってことは、その後に誰か穴を通ったのなら、確実に粘液まみれの土の上を通らなくちゃいけない。そうなるた、私たちが通ったときみたいに、足跡がついちゃう」
「ってことは、壁が爆破されて通り道ができてから、俺たちが入るまでの間にあそこを通ったやつはいないと」
「うん」
「ただあそこって二度爆破されてたけど、その辺はどう考えてる?」
「そうだったわね。私が考えてるのは、一度目の爆破で壁に穴を開けて、怪物でも引き入れたんじゃないかなって。実際怪物が暴れてた痕跡もあったし」
怪物は人の気配……特に五人以上人間が集まってるとその人数に合わせて怪物がやってくるとされている。また、大きな音をたてたり、臭いの強いものがあったりしても、怪物はやってくるとされており、怪物を引き寄せる手立ては存在する。
「それで、怪物を壁の中に引き入れたうえで、一度穴を塞いだんでしょう。穴周辺の大量の土はその時のものだと思う」
「そしてここで生活してたやつらは、建物から閉め出されたと」
「うん。外で死んでたほとんどの人が、朝起きてすぐの寝巻きみたいな格好で、ほとんど何も持たずに死んでたのもそのせいかなって」
"みつすけ"や"つな子"らの格好を思い出し、大介は納得する。
「確かにそうだな。じゃああれか。一度目の爆破が朝にあって、その音に驚いたコミュニティのメンバーが外に出ると、何者かが外から入れないようにしたと」
「うん。それでさらに一度開けた穴を塞ぐことで、怪物のいる空間に閉じ込めたと。そうすれば、犯人は手を下さずに怪物が勝手にやってくれる。まあ、逃げる場所が多いから、怪物に襲われなくても、水や食料を調達できなくて衰弱していくんじゃないかしら」
そこまで話したところで、大介はあることに気づく。
「だからか。ネカフェの水道が使えなくなってたり、守衛室の水道に毒を仕込んでたのは」
「ええ、そうね。何も持たず閉め出されて、きっと喉でも渇いたんでしょう。そして水道のある場所を見つけたと思ったら、そこには毒が仕込まれてたんだから。一度に全員は無理でも、かなりの確率で誰かは殺せるでしょう。しかも、毒を入れたり水道を使えなくすることで、仮に壁の中で犯人が細工をし忘れた水道があったとしても、閉め出された人からすれば、その水を飲もうとはやっぱり思いにくいはずだわ」
「そうだな。特に水道の水を飲んで死んだやつがいるからな。そんなん見てしまったら、他の水道は大丈夫だなんて思えないもんな。実際もう一個の守衛室にも毒が仕込んであったし、他の水道は使えないようにしてたからな。余計にそう思うだろう」
「ただ、このコミュニティの誰かが、怪物を引き入れて他のメンバーを閉め出した、というだけじゃ説明のつかないこともいっぱいあるからね。首なし死体をはじめとする他殺体とかもそうだし、死んでいった順番もちょっと気になってるし。とりあえずやっぱり、ここの壁の中の全貌を把握することが優先かな」
「じゃあとりあえず明日は岩壁に沿って一周してみるか」
夜も遅くなってきたため、会話を切り上げるように大介が提案する。それに里莉はすんなりと同意し、
「そうね。そうしましょ」
明日の予定を決めた里莉たちは食堂にて寝袋を広げ、眠りについた。
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