第7話
D棟に戻ってきた里莉たちは、食堂で一息つく。
「今日はもうこの食堂で寝袋をひいて寝ようか」
「いいんじゃないか?元々綺麗に掃除されてたっぽいし、ちょっと俺らが手を加えるだけでいいからな。ただ、もし長いことここにいるんなら、あれはどうにかしないとな」
調理場奥の倉庫で発見した"つぐ子"のことだ。
「真夏で死体の腐敗がすぐに進むっていうわけじゃないけど、実際一週間は経過している死体もあって、それなりに進行はしてるじゃないか。もし長期間この大学内部で寝泊まりするつもりなら、死体の埋葬とかも考えないと」
「そうよね。いつもの感じでいくなら、2日後くらいには次の場所に出発するから、死体もそのままにしてるけど……」
里莉は少し考え込む。
「でも、気になる謎が私の目の前にあるからね。これを解かないと次の場所にも進めないわ」
「まあ、そう言うとは思ってた」
その言葉は、里莉の性格をよく知る大介の予想通りでもあった。
「で、解決の目処は立ちそうか?」
「さすがに今の段階じゃ無理よ。そもそもこの大学内ですら全貌を把握してないのに。とりあえず、ご飯を食べて、夜遅くなる前に調べられるだけ調べていこうかな」
夜の分の食事を終えた里莉たちは今いるD棟から調べていく。D棟の一階半分、A棟に面する入り口から直角に曲がる部分までは食堂から調理場、倉庫室となっている。折れ曲がった先のもう半分はカフェテリアと売店があった。売店は人の出入りはあったかもしれないが、長い時間使用された形跡はなかった。もともと売店にあったと思われる商品はすべてなくなっていた。売店内には窓もあるが、外は土壁に覆われているせいで真っ暗だった。カフェテリアの方にもキッチンはあり、水も使えたが、シンクは錆びついて蜘蛛の巣が張ってあったため、ここも使用していないようだ。
D棟の二階は事務員用の居室や教務室などの大学内の管理するような部門の部屋が並んでいた。ただ、こちらも寝泊まりには向かないと判断されたのか、二階のフロア自体人が使用していた形跡はなかった。
「この辺にさっき言ってたマスターキーとかが置いてあるかなって思ったけど、なさそうね。あったら"むねすけ"とかが回収してたのかな。……っていうか、めっちゃホコリっぽくてやばい。マスクしてくれば良かった」
「そうだな」
デスクやパソコン、コピー機などが置いてあったり、就職情報などがまとめられた資料が置かれた区画があったりしていた。
整理整頓された部屋だったが、やはりこちらも人の手が加えられていないため、引き出しを開けたりするたびににホコリがまう。
必要最低限のものしか置かれていないため、探しものを探すのは簡単ではあったが、教室や居室の鍵の類は見つからなかった。
D棟の三階部分には、一部屋だけつい最近まで日常的に使用されていたとみられる部屋があった。屋上へと通じる階段から近い場所に医務室があった。
医務室の扉の前の廊下に、更衣室に置いてあるようなスチールロッカーが置いてあった。後々調べれば、別の場所にある、職員用のロッカーを持ってきたことが分かった。
「変なところにロッカーがあるわね。中は……空っぽね」
「……割と最近動かされているぞ。ほら、扉の前の床に引きずってできた傷がある」
「そうね」
大介の言う通り、扉の前から今置いてある場所まで引きずった跡が残っていた。ロッカーの中はハンガーなどが掛かっているくらいで、荷物など一切なかった。しかし、両腕で抱えきれないくらいの大きさとその材質のため、かなり重い。動かすのは難しそうだが、体重を乗せてやればできなくはなさそうだった。
「ま、いいや。で、ここは保健室ってとこね。……うん、結構広いわ」
外開きの扉を開け中にはいると、元々医務室ということもあってか、比較的きれいで清潔感の感じられる内装だ。
医務室の中にはベッドが三台置いてあり、元々ガーゼや消毒液などの入っていたと思われる棚もあり、医務室らしさもあるが、ソファやテレビといった家具類が置かれ、医務室の中は一人暮らしの部屋といった印象の方が強い。
「さてと……とりあえずここで暮らしていたのは女ね。ってなると、今見つけてる中だと、”しげ子”がこの部屋を使ってたかな」
部屋に残されていた服や下着を見て里莉はそう判断する。
「”つな子”や”つぐ子”じゃないんだな」
「うん。二人ともB棟の部屋の鍵を持ってたでしょ。だから、二人が寝泊まりしてたのはそっちかなって。あとはこの部屋の中にある下着の大きさからして”しげ子”かなって。まあ、まだ見つかってない人もいるだろうから、断言はしないけど」
これまでに見つけた女性陣の中では”しげ子”が一番肉感的な体をしていたので、確かにこの部屋に残っている下着の持ち主として当てはまるのは”しげ子”らしい。
「ああ、少なくとも十人はいるって言ってたな」
「うん。まあ、使ってる化粧品とかも一緒だし、”しげ子の部屋でほぼ間違いないかな」
と机の上に置かれていた化粧品を手に取りながら里莉が言う。”しげ子”の顔半分はつぶされていたが、目元に使われていたアイラインなどから判別できたようだ。
「ま、この”しげ子”、”むねすけ”の女みたいね」
「いい部屋が割り当てられてるからか?」
「まあそれもあるけど、男ものの下着が混じってて、これさっきの”むねすけ”の部屋で見たのと同じようなものだから、そうかなって。あと、ゴミ箱に使用済みの避妊具とかもかるから、誰か男と寝ていたみたいね」
「そういや”むねすけ”の部屋のゴミ箱にもあったな。それに女物の化粧道具とかそういうのもあったな」
そんな会話をしている大介は棚の上に無造作に置かれた鍵を見つける。
「えーっと、《D棟》と《D-301》って鍵か」
一通り調べ終わった里莉たちは次の四階へと移る。
D棟の四階は、先ほど”むねすけ”の死体があった第二宿泊室以外には、浴場が定期的に使用されていた形跡が残っていた。
浴場は男女に別れており、ともに脱衣所もある。浴室はシャワーが五つあり、その奥に大きな浴槽がある。どちらもお湯を出すことができ、今でも普通に浴場として使用も可能だ。使いかけのシャンプーやボディーソープもあり、こないだまで浴室を使っていたのが分かる。
「そういや外のネカフェにあったシャワー室も使ってたけど、こっちの浴場も使ってるな」
「こっちは”むねすけ”とコミュニティの女性メンバーしか使ってなかったと思うよ。ネットカフェのあったビルのシャワー室は男しか使ってなさそうだったからね。それにシャンプーとかリンスとか、女湯の方に置かれてたシャンプーとか体を拭くバスタオルとかが三種類あったけど、男湯の方は一人しか使ってなさそうだもん」
「ああ。まあコミュニティ内で格差があるのはよくあることだからな」
「そう。死体を見た限り、栄養状態にも割と差があったみたいだし。”むねすけ”とか”しげ子”とかにくらべたら、他のメンバーはあんましいいもの食べてなかった気がする」
コミュニティ内での格差はよくあることで、住んでいる部屋や着ているもの、コミュニティ内での役割などでコミュニティ内での立場が分かったりする。
脱衣所には、使用したバスタオルを干すハンガーや、ドライヤーなどが置かれてあり、日常的に使用していたことが分かる。男性用の脱衣所の方には、無造作に放置されたブリーチ剤があった。キャップが外れ、中身無くなっている。金髪に染めるために用意されたものなのかもしれない。
「これは……ここに落ちてたみたいね」
と言って里莉が示したのは、衣服を入れるロッカーと洗面所の間の隙間だった。ライトで照らしてみると、その隙間にキャップが転がって、容器の中身も少しこぼれていた。ここに落ちていたものを拾って置き直したようだった。
さらに男性用の脱衣所の中を調べている里莉があることに気づく。
「これ血かなあ……どう思う?」
「ん?……確かに血だな。拭き取って綺麗にしようとしたけど、ちょっと残ってしまった、って感じか」
目を凝らして見ると、掠れた血の跡が床に残っていた。
「血痕を綺麗にしたけど消し忘れました、ともとれるし、それとなく血をつけました、ともとれる感じがするわね。実際ニオイはどうなの?」
「ん?いやそんなに……大量の水で流してしまえば、俺でもそんな臭いを感じなくなるし。排水溝の中を直接嗅げば別かもしれないけど」
念のため浴室に戻って排水溝に顔を近づけて臭いを嗅いでみるが、大介でもそこから血の臭いを判別することはできなかった。
D棟をの次にC棟に移る。
C棟で直近まで使用していたのがC-401号室であった。部屋の鍵は見つかっていないものの、扉の状態などを見ると、この部屋も最近まで出入りがあったと思われた。鍵が掛かっていたが、大介がピッキングの要領で開けて中に入る。
元々教授の居室だったようで、学術書や論文などが部屋のわきに置かれていたりした。デスクやソファなどは元からこの居室に置かれていたもののほかに、おそらく医務室から持ってきたと思われるベッドなどもあった。しかし、それよりも目に付いたのは、様々な武器であった。
「うん、すごいわね。RPGゲームの序盤の村で売ってる武器の数より多そうね」
「そうだな……でもちょっと部屋が荒らされてるけどな」
そんな中、元々壁際に貼りつけていたと思われる金網が部屋の中央にある机に倒れ掛かり、その机の上に刀や棍棒、鎖鎌などが折り重なって武器の山を作り、絶妙なバランスで金網がその上にのっていた。元々そうした武器を引っ掛けて飾るための金網だったらしく、里莉も見たことのない武器のようなものが金網に付いたままになってたりする。
「とりあえずこの部屋から武器の類を持っていってるみたいね。奥にある日焼けのあと、斧が置かれてたんじゃない?」
金網に遮られている部屋の奥の壁際の棚の上にも武器が置かれているのだが、不自然に何も置かれていない空間があり、壁をよく見ると、斧の形に日焼けの跡が残っている。
「そうだな。……よっと」
大介は部屋の中央で行く手を阻む金網と武器の山を崩し、動線を確保する。
「あれね。ここにあった武器をむりやり引きちぎって取ったのかな」
「……そうだな。武器の数的に、”むねすけ”の部屋で見つかった武器はここについてたみたいだな」
部屋に散らばっていた武器の数と、元々壁にかけられていた金網についている、武器をかけるためのロープや結束バンドなどの数や場所を比べてみると、明らかにいくつか武器が足りない箇所が存在した。
「……あれ?これとか壊れてない?」
里莉は大介が壁際に寄せた金網についているボウガンを手に取り、大介に見せる。
「壊れてるな。少なくとも武器を飾ってた金網が壁から外れたせいで壊れたわけじゃなさそうだな。もっと前の段階で、内部の部品の破損で使えなくなってるな。まあ、直せば使えるけど、素人には無理だな」
しばらくボウガンを手に取ってみた大介はそう言った。
「それで……この部屋だけど、体格的にいったら”はるすけ”が使ってたかな」
「ああ。服のサイズでいったら確かにそうだな。180以上はあって大柄だったし、それに該当するのは今の所”はるすけ”だけだ」
「そうね。ま、大介のせいであんまり大きく感じないんだけどね」
里莉の言うように、大介の身長は2m近くあり、しかも筋肉質で体格にも恵まれている。里莉も160後半はあり、女性の中では決して背の低い方ではないが、大介と並ぶととても小さく感じてしまう。
四階を見終わった里莉たちは三階へと降りる。三階は三部屋それぞれ人が生活していたとみられる部屋があった。
まず、C-301室。鍵が掛かっており、瓦礫の下で見つかった”やすすけ”の持っていた鍵で開けようとしてみるが、やはり開かなかった。そこまで複雑な鍵ではないということで、大介がピッキングで鍵を開け部屋の中に入る。
301の部屋も、”はるすけ”と同じように元々は教授の居室であり、そこを寝泊まりできるように改造していた。ベッドの代わりに布団が敷いてあり、掛け布団がめくれて、ついさっき起きて出ていったかのようにも見える。
「ここはまあ、”やすすけ”の部屋でいいかな。この部屋の鍵も持ってたし」
「いいんじゃないのか。部屋の中に工具も多いし、”やすすけ”の持ってた工具類とも被るし」
「確かにそうね」
「それに、ぶっちゃけて言えば、ニオイ的にも同一人物だと思うし」
「あ、そうじゃん。大介の鼻で確かめれば一発じゃん」
「別に一発じゃねーけどな。さすがに死んだ人間のニオイと比べるのは難しいし」
「さっきまで調べた三部屋はどうだったの?もう一回戻って確かめる?」
「いや、別にそれは大丈夫だ。里莉の言った通りであってたと思うぞ」
「そっか。にしてもすごいよね。犬並みの嗅覚よね」
「まあ、五感は鍛えてるからな。まあ、長いこと同じ人物が住んでいて、しかもそんな本格的に掃除とかもしてる訳じゃないからな。条件的に分かりやすかっただけだよ」
五感を鍛えたらそこまでいけるのかは疑問であったが、あえて口に出さない里莉であった。
部屋の中の荷物も一通り調べる。自分たちの旅で使えそうなものがあったらもらってきた。今回も部屋の調査をしつつ、使えそうなものも探す。部屋にあった懐中電灯や乾電池などを調達する。
次は”ひですけ”が鍵を持っていたC-303室を調べる。こちらは持っていた鍵ですんなり扉を開くことができた。中は”やすすけ”と”大きく変わらない内装であった。キャンプで使うような寝袋やライトがあり、どことなくアウトドアな印象を受ける。タバコがあったり、しみついたタバコの臭いからして”ひですけ”の部屋で間違いはなさそうだ。”ひですけ”の部屋からはマッチやガムテープなどの品物を調達した。
続いて”みつすけ”が鍵を持っていたC-305室を調べる。こちらもとくに三階フロアの他二人と変わらず、敷布団はめくれついさっき起きて慌てて部屋を出た、といった感じであった。”みつすけ”の部屋は脱ぎ着捨てられた衣服や、個別包装のお菓子のゴミが机の上に散らかってたりと、少し汚い部屋であった。”みつすけ”の部屋からは新品のレインコートなどを調達した。
それぞれ寝泊まりしていた以外の部屋に関しては、資料室やゼミに所属する生徒の居室があったりしており、こちらはそもそも長い間出入りがないのは明白であった。
C棟二階へと移った里莉たちが目をつけたのは、C-203室だった。鍵はかかっていたものの、人の出入りはあったと見られた。そこで、”やすすけ”の部屋のときと同様に、大介がピッキングで扉を開け、中に入る。部屋の中には、誰かが寝ていた形跡がある布団や枕が置いてあり、洋服や机の上に置きっぱなしの日用品など、こちらもやはり、寝起きで部屋から出たかのような印象を受けた。
「んー……これはあれね。背は160cm台だけど、結構太った人が生活してたと思うのよね」
部屋にある洋服を一枚一枚確認しながら里莉がそう言う。
「……今のところそんな死体は見てないな。唯一肥満型に近いのは”はるすけ”だけど、背が高かったしな。他の男たちは別に太ってないし、背も全員170台はあったし」
「……ってことは、やっぱりまだ見つけてない人はいるってことね」
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