第6話

 大学の敷地から出て、とりあえず建物が集まっている方へと向かう里莉たち。

 大学周辺は田畑や荒れ地が多く、怪物から身を守れる場所が少ない。そして、全壊もしくは半壊しているような建物が多く、大学から閉め出された人間がいるのなら、少しでも身を隠せそうな建物がある方へ向かうだろう、と里莉が考えたからだ。

 大学から500mほど離れた場所には、コンビニや定食屋などが集まる地区や雑居ビルがいくつか並ぶ通りがあり、とりあえずそこを目指し到着した大介が、血の匂いに気がついた。

「あっちから死体の臭いがするな」

「ホント?やっぱりすぐにみつかったじゃん」

「いや、建物が密集しているところって最初に予測してここまで来たおかげだからな。生きた人間が動いているなら、かなり距離があっても見つけられる自信があるけど、死んだ人間を見つけるのはそれに比べたら苦手なんだよ」

 と大介。現時点で常人の域を軽く超えているが、まだ研鑽を積む余地があるといった口ぶりだ。

 並んでいる雑居ビルを見ると、怪物がぶつかったのか、道路に面している壁の一部は削れたりしている。雑居ビルには元々会社や店などもそんなに入っておらず、怪物が現れる前の世界でも廃墟に近かったと思われる。

 大介が立ち止まったのは通りの一番端にあるコンビニの建物だった。コンビニといっても、出入り口の自動ドアだけでなく、その周辺の壁も大きく崩れてしまっている。

 店内も元々の様子は見る影もなく、ただ崩れてしまった瓦礫の山があるだけだった。そんな瓦礫を慎重にどかすと、三十代くらいの男の死体を発見することができた。

「……怪物か何かに吹き飛ばされて死んだみたい。骨折とかの様子をみると、大型トラックに轢かれたくらいの衝撃ね。ほとんど即死じゃないかしら」

 胴体部分に怪物の体当たりでも受けたのか、着ているパジャマには短い獣のような毛が付着している。また、体が不自然に歪んでいたり、折れた骨が皮膚を突き破って出てきている箇所もあった。

「この付近も怪物が走った跡があるし、逃げきれず追いつかれて殺されたってとこか。体毛もあるし、四足歩行型の怪物かな。死んでからどのくらいなんだ?」

「"やすすけ"は死んでから大体五日くらい経ってるわね。"みつすけ"とか"つな子"と同じくらいかな」

 里莉は瓦礫の下から見つかった男を"やすすけ"と名付けた。

「"やすすけ"も寝起きの格好だな」

「そうね。でも、荷物を持ってるわ」

 "やすすけ"の腰にはポーチが巻いてあり、里莉はそれを外して中を確かめる。

「えーっと何があるかな……これはペンチでこっちはニッパー。ドライバーにマイナスドライバーもあるわね」

 ポーチの中には工具が入っていた。怪物に襲われた際の衝撃で変形してしまっているものもある。工具の他には、ペンやカッターといった文房具も入っていた。

「あれかな。"やすすけ"はコミュニティの中で工具を使うような作業を良くする役割だったみたいね」

「かもな。工具をいつでも使えるように持ってたんだろ。小さいポケットには何が入ってるんだ?」

「こっち?こっちは……えーっと、《C棟》の鍵と《C-301》の鍵よ。でもこれもう使えなさそうね」

 "やすすけ"の持っていた二つの鍵はどちらも破損しており、鍵として使えそうになかった。

 念の為二つの鍵だけ持ち帰ることにし、捜索を続ける。


「次はどっちの方に行くんだ?」

「さっきと同じように、比較的建物が残ってる場所かな。だから……とりあえずあっちで」

 "やすすけ"の死体があった場所から、歩き出しながら大介が聞く。田畑の広がる横を通る道路を歩いているため、見通しがよく次の目的地もすぐに分かった。田畑は長い間手入れがされていないため、雑草が生い茂っていた。

 "みつすけ"の死体があったコンビニから東の方へ数百メートル移動すると、先ほどと同じような倒壊せずに残っている建物がいくつか残っている通りについた。

 先ほどの雑居ビルは元々廃墟寸前であったのに対し、こちらはもう少し活気があったと思われる。

「ここ割と最近まで使ってたんじゃない?」

 一階部分がコインランドリー、二階部分がどこかの会社の事務所となっている建物を見て里莉はそう言った。

 大介はそのコインランドリーの入口の扉を開け、中を覗き込む。

 中は普通のコインランドリーといったところで、これといって変わった点はない。ただ、二十台ほどある機械の中で、普通に稼働できるのは二つしか残っていなかった。

「……そうだな。もしかしたらここで洗濯とかしてたのかもな。……ん?」

 コインランドリー内の奥にある手洗い場を見ると、水道が破壊されて使えないようになっていた。

「これもつい最近壊されてるね」

「ああ。洗濯ができてたってことは、この辺の水道はまだ生きてるみたいだから、水道を使えなくしたってところか」

 コインランドリー内には衣服を入れるかごや洋服をかけるハンガーや洗濯ばさみなどが置いてあり、日常的に使用していたとみられる。

「ま、何か意図があったんでしょう」

 とここで深く考えることはせず、次に進む。


 コインランドリーの横にあるビルは五階建てで、四階と五階がネットカフェとなっていた。そして、その四階と五階もつい最近まで日常的に人の出入りがあった痕跡が残っている。

「人の出入りはあったみたいだけど……今は誰もいないみたいね」

「そうだな」

 建物内の安全を確認するため、大介を先頭に中を調べていく。

 フロアにはパソコンやマンガが多く置かれているが、電気がほとんど使えないため、パソコン類の機械は一切使用できず、ホコリも被っていて長い間使用されていなかった。もっとも、電気が充分に使用できたとしても、ネットに接続が出来ないため、あまり意味はない。

 怪物が現れて以降、水や電気、ガスといったインフラは現在でも残っている場所が多いが、情報、通信インフラに関しては、ほとんど使えなくなってきている。少なくとも、大きな組織や団体に所属していない人間は、実際に様々な場所に出向かない限り、世の中の情報を入手することがほぼ不可能になってきている。

 ネット回線はもちろん、電話といった手段もほとんど使えておらず、特に海外の情報などは、様々な場所を旅している里莉たちでも現在は全く把握できていない。

 棚に置かれているマンガのほうは、所々抜けている部分もあり、誰かが持ち去っているのが分かった。部屋によっては布団などもあるが、こちらも使用された形跡は全くなかった。

 上のフロアにはシャワー室もついており、こちらも最近まで日常的に使われていた形跡がある。

「どうかした?」

 そんなシャワー室に入った大介の表情が少し変わったのを里莉は見逃さなかった。

「ああ、ちょっと変な臭いがしてな……」

「臭い?死体ってこと?」

「いや、そうじゃなくて……」

 そう言いながら大介は蛇口をひねって水を出す。すると、濁って悪臭を発する水が出てきた。

「わ、なにこれ。泥水?」

「そうだな」

 しばらく水を出しっ放しにしてみるが、きれいな水になる気配はなかった。

「守衛室の時みたいに誰かが細工をしてるのよね」

「そうだな。ただ、あれは水道横の浄水器だったけど、今回は……上かな」

 しばらく水道付近を調べていた大介は建物屋上へと向かう。すでに鍵が破壊されている扉を通り屋上へと向かうと、貯水タンクによじ登る。

 ネットカフェがある建物にある水道は、一度屋上の貯水タンクまで汲み上げられ、そこから各階にいきわたっている。

「どうなってるー?」

 タンクによじ登った大介に里莉が下から声をかける。

「思った通り、貯水タンクの中にごみとか泥とかそういうのがたくさん入れられているな」

「じゃあもうここの水道は使えなさそう?」

「ああ。ここの水道を使えるようにするなら、大掛かりな工事が必要なレベルだな」

 大元がそのようになっているため、シャワー室だけでなく、四階フロアにあるドリンクバーや料理を作るキッチンにある水道も泥水しか出てこないようになってしまっていた。

 

「それで、この付近で誰かいそうな感じはする?」

 ネットカフェのあるビルから出た里莉たちは再び付近を捜索する。

 コインランドリーやネットカフェ以外の建物に関しては長い間使用されておらず、これと言った発見はなかった。

「んー……微妙だな。とりあえずまた建物のあるところを探していくか」

 里莉たちは今いる場所から、荒れた田畑を突っ切って岩壁の方へと歩いていく。

 すると、数分歩いたところで、大介が歩みを止める。

「何かみつけた?」

「……かもな。死体の臭いがするし……ほら、怪物が走ったような跡が残ってる」

 大介は荒れた雑草を乱暴に踏み荒らされた場所を指さす。その跡にそって移動していくと、雑草の生えた田んぼの真ん中で倒れている男の死体を発見した。

 死体は三十から四十くらいの男で、先ほどの”やすすけ”と同様に、何か大きなものに吹き飛ばされて死んでいた。

「”ひですけ”もさっきの”やすすけ”みたいに怪物に体当たりでもくらって死んだみたいね。洋服についている怪物の体毛も同じっぽい」

 里莉は今見つけた男を”ひですけ”と名前をつけた。

「同じ怪物にやられたみたいだな。死んだのも同じくらいなのか?」

「そうね。具体的にどっちが先かはさすがに分からないけど、だいたい同じ日くらいに死んでると思う」

 さらに、”ひですけ”も寝起きの寝間着姿のままといった格好であった。持っていたのは《C棟》と書かれた電子錠と《C-303》と書かれたディンプルキー、そしてライターとタバコだけだった。

 ヘヴィースモーカーだったのか、歯はヤニで汚れ、死体からは微かにタバコのしみついた臭いもした。

「こっちも即死に近いけど、所持品は結構きれいに残ってるわね」

「この二本の鍵は壊れずに使えそうだな」

 ”やすすけ”の持っていた鍵と見比べ、大介はそう言った。

 また、ライターについても壊れずに残っており、火をおこすのに役に立ちそうだということで、ライターも持ち帰ることに。特注品なのか、通常のライターに比べてサイズも大きく、火力も強めであった。

 タバコのほうはもちろん使い物にならなくなっているが、そもそも喫煙する人間がいないため、そちらの方は何も気にならなかった。


「どうしよっか」

 ”やすすけ”の死体を一通り調べ終わった里莉が少し考え込む。

「ああ、里莉の計算上、少なくともあと一人はどこかにいるのか」

「うん。でも、ぼちぼち夕方だし、暗くなる前に戻った方がいいかな」

「そうだな。初めて来る土地だし、念のためそうするか。怪物の気配は今のところ大丈夫だけど、何があるか分からないからな」

「そうだね。まあ、建物内も全然見てないし、そっちも見たいからね」

 外の調査を切り上げ、里莉たちは大学へと戻っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る