第5話

「まず怪しいのはこの水の枯れた水路ね」

「怪しい?何がだ?」

 建物の外に出た里莉たちは北西にある橋を渡って遊歩道の方に行く前に、里莉は通路を外れ水路の方を覗き込む。一応水路の周りは柵に囲まれているが、里莉の腰の高さほどしかないため、気をつけないと簡単に落ちてしまう。

「いや、かなり深いでしょ。だから何か不都合なものを投げ捨てているかなーって思って」

「ああ、そういうことか」

「それで、何かあったりしない?具体的には死体とか」

「ゴミとかの臭いもするから、ちょっと判別が難しいんだよな……

「うーん……どうだろうな」

 と、そこから少し歩いていくと、水路の底に倒れた人とみられるものを見つけた。

「死体みたいね。私を連れてあそこにいけそう?」

「できるけど……底は結構汚さそうだぞ」

 枯れた水路には植物やら捨てられたゴミやらであまり綺麗な状態ではない。

「そこは別に大丈夫よ」

 里莉は胸を張ってそう答える。


 大介は先ほどと同じように里莉をおんぶし、水路のそこまで降りていく。底は水が無くなってはいるものの、ジメジメとして絶えず不快な臭いがしている。

「……思った通り死体ね。上にいる時臭いで分かった?」

「微妙。なんか変な臭いはしてたけど、この辺はヘドロっぽい臭いもしてるから、それに紛れて分かりにくくはあったな。さすがに水路の下まで降りてきたら分かったけど」

「そっか」

 里莉たちに背を向けるように地面に横たわっている死体を顔が見えるように起こす。

「わ、顔がつぶされてる……」

 口やあごの部分を何度か殴ったようで、口元は血だらけで前歯は折れてしまっている。被害があるのは顔の下半分だけで、上半分はきれいな状態であった。目元を見ると比較的化粧も濃く、着ている洋服もごてごてした印象を受け、生前はそれなりに派手だったようにも見える。髪も明るめの茶髪に染めていた。

「顔っていうか歯をつぶそうとしたのかな」

「身元を分からないようにしたかったのか?いやでも、それだったらもっと徹底的にやらないとな。前歯は折れてるけど奥歯の方はまだ普通に残ってるぞ」

「そうだね。この”しげ子”が歯科治療でも受けてたら歯医者に残っている記録と照合はできるでしょうね。まあ、警察組織がまだ残ってたらね。でも今この世界でそんな情報の照合なんて無理でしょ」

 水路の底で見つけた死体は”しげ子”と名づけられた。”しげ子”は十代後半から二十代前半ほどの見た目だった。

「それはそうだな。……これ両腕燃やされてるみたいだな」

「うん。バーナーとかであぶったみたい。これは……指紋を消したかったのかな」

 ”しげ子”の手先からひじくらいにかけて、炎で念入りにあぶったようで、元々の皮膚の様子は全くみることが出来ず、黒く焦げた皮膚の下の筋肉部分が見えるほどだった。そして里莉が言うように、指先まで念入りにあぶられた両腕に指紋なんてものは一切見受けられない。

「まあこんだけ燃やせば指紋なんて照合できないだろうけど……これもやっぱりなんでそんなことをする必要があったのか、ってことだよな」

「そうね。さっきも言ったけど、身元を調べる警察なんていないからね。それとも、実は”しげ子”はどっか大きなコミュニティにいた人間で、そこから逃げてきたとか。それでそのコミュニティ内では所属している人間の情報をデータベース化していて、照合が可能だとか?だから、身元を隠そうとした痕跡が残ってるのかな」

「……だとしたら、もっと徹底的にやってもいいような気がするけどな。指紋に関してはまあ、これ以上追及しようがなさそうだけど、顔をつぶしていることに関しては、身元を隠すのなら不十分な気がするな。そもそも元の顔が判別できるし。いや、この水路に投げ捨ててるわけだから、そもそも簡単には見つからないだろうと思ってるからこんな中途半端な感じになってるだけかもしれないけどな」

「そうだよね。ちょっとしっくりこないよね」

「……ところで、死因はなんなんだ?」

「死因はたぶん中毒死ね」

「毒?毒を飲んだのか?」

 里莉の言葉に大介は少し驚いた声を出す。

「ううん、飲んだんじゃなくて、注射で毒を打たれたみたい。腕に注射の跡があって、そこから毒物を打たれたのよ」

 炎であぶられていない箇所には里莉の言うように注射の跡があった。

「じゃあ腕を燃やされたり顔をつぶされたりしたのは死んだあとか」

「うん。腕は燃やされていてわからないけど、足首とか見ると、手錠みたいなので拘束されていた痕跡もあるから、何らかの形で”しげ子”の抵抗を奪ってから殺害したんじゃないかな」

「ちなみに死んでからどのくらい経ってるんだ?」

「うーん……”のぶすけ”とか”つぐ子”とかと同じくらいの時に死んでると思う」

 ”しげ子”の衣服も詳しく調べるが、鍵も含めて何も持っていなかった。


 水路を一周歩いたところ、"しげ子"以外の死体は見つからなかった。他に里莉の目についたのは、南東の橋の下辺りで見つかったラジコンのような機械だった。四つのタイヤがついたその機械は、文庫本程度の大きさで、ライトやスピーカーがついていた。その機械が水路内に落ちており、機械の様子からそれがつい最近落ちたものだと里莉は判断した。

「なんだろこれ?遊び道具とかかな。電池はまだ残っているからコントローラーとかがあれば使えそうね」

「ああ……わりとハイテクな気がするな。タブレットとかスマートフォン機器で操縦できるタイプのやつだな。割と離れていても操縦が出来ると思う」

 何かに利用できるかもしれないということで、里莉はそれを持ち帰ることにした。

 他に見つけたものといえば、何かを燃やしたとみられる燃えかすだった。原型を留めていないため、それが何かは具体的にはわからないが、燃えかすの一部には衣服が混じってそうなことは分かった。血のついた服とかを燃やしたのではないか、とのことだった。


 水路の底から再びD棟の建物前の所に戻ってきた里莉たちは、北西の橋から遊歩道に出る。北西の橋には、最初南東の橋にあったのと同じようなゆるキャラみたいな銅像が設置されていた。北西の橋に置かれてたのは、デフォルメされた鳥のようなキャラクターの像であり、どうやら作者は同じようだ。

 里莉たちが橋を渡り遊歩道を歩いていくと、第二守衛室なる建物を発見した。”みつすけ”の死体があった第一守衛室と同じ見た目をした建物であり、位置もちょうど中庭を中心として第一守衛室の対角線上にある。

 第二守衛室は鍵が掛かっていたが、大介が入口のドアを破壊し中に入る。

 第二守衛室の中も第一守衛室と変わりはなく、違うのは”みつすけ”の死体がないことくらいだった。

「ここの水は毒が入ってるのかな。ここの浄水器もよく見ると細工した痕跡があるんだけど」

 電気やガスがそもそも建物内にひかれてないことを確認したのち、里莉は大介に聞く。大介は水道についた浄水器を簡単に分解し、中を検めると、

「……そうだな。薬品の臭いがする。まあ、長いこと水は出されていないみたいだから、ここの水を飲んだ人間はいなさそうだな」

 と言いながら蛇口をひねり、水を出しっ放しにする。

「結構毒性とか強い薬品なの?”みつすけ”は毒を飲んでからそんなに時間を置かずに死んだと思うんだけど、そこに仕掛けられているのはそれに準ずるくらいの毒性の強さだったりする?」

「どうだろうな。まあ、軽く臭いを手で仰いで嗅いだ感じだと、まあまあやばそうな気はするな。ただ、こうやってしばらく水を流しておけば、薬品も流れてしまって飲めるぐらいまで持っていけると思うぞ。実際第一守衛室の水道に残ってた毒は結構弱まっていたし」

「なるほどね……まあ大学の研究室とかにある薬品でも使ったのかな」

 これ以上見るものが無くなった里莉たちは第二守衛室から出ていった。


 里莉は大学の外へと行く前に、大介がとある臭いに気がついた。大介の鼻を頼りに進んでいくと、遊歩道脇の植え込みに、何か中身のある黒いビニール袋が隠されていたのを発見した。それは比較的新しく、最近捨てられたようだった。

「これってもしかして……」

 と、里莉はその落ちている袋をゆっくりと開ける。すると、最初に目に飛び込んできたのは黒い短髪だった。

 里莉は躊躇することなく、男の生首の全体が見えるように袋から出す。

「これは……さっきの”むねすけ”の頭かな」

「まあ、他に首なし死体でもない限りそうだろうな。首の切断面も胴体の方とも合いそうだし」

 里莉の見立てどおり、”むねすけ”の首から上を見て判断すると、歳は二十代ほどであると推定できた。

「頭に細い凶器が刺さったような跡があるが……それが死因か」

 ”むねすけ”の額には細い何かが刺さったとみられる傷跡が残っいた。

「そうじゃないのかな」

「あのボウガンか」

 "つな子"に刺さっていたボウガンを思い出しながら大介は里莉に確認する。里莉はうなずき、

「うん、そうね。正面から撃たれたみたい。それと、さっき言ってた死亡推定時刻も大きく外れてなさそう」

「無くなってた頭部が見つかったわけだが……結局あれか?ボウガンっていう凶器を使ったのがばれたくなくて頭部を持ち去ったのか?」

「どうだろ?それならボウガンが刺さった傷跡をごまかした方が簡単な気がするけど」

「ボウガンよりも太いあの槍を使うとかか」

「うん。そんなに深い傷でもないから、槍で胴体をあれだけ深く刺す力があるなら、頭の傷をごまかすのなんて簡単だと思う」

「プロの法医学者が見るわけでもないし、槍じゃなくても他の凶器でも十分に対応できそうだな」

 現段階ではまだ納得のいく答えは出なさそうだと判断した里莉は、頭部の入った袋を再び元あった場所に戻し、次なる場所へと向かうことに。


「それで、どこから見ていくんだ?」

「とりあえず、大学のすぐ近くにある駐車場かな」

「あの鍵の車があるかもしれないからか」

「そう」

 里莉は”つぐ子”の持っていた車のキーを大介に見せうなずく。


 第二守衛室側の門から出てすぐの所に、教員や職員ようの駐車場があり、そこには車が十数台ほど停まっていた。しかし、そのほとんどが壊れて使えないか、燃料切れやバッテリー切れで使い物にならない車であった。

 そんな中、駐車場の出入り口に一番近い、黒色の自家用車が里莉の持っているキーで開けることが出来た。最近まで使用されていたからか、手入れもされ、ガソリンも充分に入っていた。四人掛けのゆったりとした車の中には、後ろの席に段ボールが三箱、助手席に段ボールが一箱置かれていた。

「うん、これ普通に使えるわね」

 車のキーを差し込み、エンジンがかかることを確認する里莉。大介は高校卒業後免許を取得しており、問題なく運転ができるのに対し里莉は免許は取得していない。が、怪物が現れた世界になってから何度か運転はしたことがある。無免許運転をしても取り締まるものがいないからだ。

「それでこの段ボールは”しげ子”の死体があった倉庫から持ってきたものみたいね」

「そうだな。見た目が同じだし……中身も同じだな」

 座席に置かれた未開封の段ボールの内、後ろの席にある段ボールを開けると、倉庫室で見たのと同じ商品のペットボトルの水が入っていた。水の入った段ボール二箱と非常食の入った段ボール二箱が車の中に置かれており、ちょうど死体のあった部屋の、棚の前から移動されていた段ボールの個数と一致した。


「それで、まだ何人かいるであろう、大学内で暮らしていた人たちをはどうやって探すんだ?」

 駐車場から出た大介は辺りをキョロキョロと見渡している里莉にそう尋ねた。

「ん?まあ、それはやっぱり大介の嗅覚で人の臭いを追ってもらおうかな」

「まじかよ。俺別に犬じゃねーんだけどな」

 里莉はいたって大真面目な表情で、苦笑いを浮かべている大介を見つめる。

「ま、やってみるか」

 

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