第4話

 ”むねすけ”の死体のあった部屋を一通り見た里莉たちは下へと降りていく。

 D棟もそれまでの二つの建物と同じ、職員用の扉のみ出入りが可能ということは同じではあったが、扉の前に特に何も置かれてはおらず、ただ普通に鍵のかかった状態で放置されていた。まだD棟の鍵を見つけていないため、自由に出入りができるよう、電子錠そのものの電源を落とし、使えないようにした。さっき行ったB棟とC棟も同様のことをしていた。鍵がなくても自由に出入りが出来る代わりに、内側から鍵をかけることも出来なくなってしまったが、里莉はあまりに気にしていないようだった。

「さてと……思ったより時間がかかり過ぎちゃったし、ちょっと休憩がてら食堂にいこっか」

「……そうだな。もう昼過ぎだな」

 朝の八時過ぎに壁の中に入ってから、かれこれ五時間ほど経過していた。

 D棟のA棟に近い入口側に食堂があり、そこは机や床も綺麗にされており、ついこないだまで人が使用していたように見える。食堂の扉の横には食券機があるが、さすがに使用できないようになっていた。食堂内は長机が多く並び、壁際には一人用の席が並んでいる。食堂の入口とは反対側に食事を受け取るカウンターが見える。

「奥の調理場とか調べる前に、とりあえず食事でもしとこうか」

 里莉はリュックから食べ物……一袋に二本のブロック型の固形栄養調整食品の入っているものを取り出す。食料に関しては、一日三食を食べてはいるが、いずれも必要最低限しか食さない。里莉と大介では体格の差はあるが、食べる量はほとんど同じで、基本的にはみんなで同じ量を分け合うようにしている。大介も体の大きい割に低燃費なため、少ない量でも全く問題はないようだ。

「まだ全然食料には余裕があるけど、ここでも水とか食料は確保できそうだよね」

「そうだな。水も電気もガスも使えるっていうのはかなりでかいな」

 文明社会が崩壊していくなかで、人類にとって重要なインフラだが、比較的使用できる場所が多かったりする。特に水道は、水道管が地中にあるためか、怪物によって破壊されることが少ないことも理由として挙げられる。水道局などの施設も、何らかの組織によって守られているため、現在でも普通に使用できる箇所があるのだという情報も里莉たちは聞いたことがあるが、まだ実際に確かめたことがないため、真偽のほどは分からない。

 里莉たちが旅してきた経験で言えば、災害時の避難場所となるような施設は、水、電気、ガスのインフラは変わらず使用できることが多く、今回の有綸大学もそれに該当するようであった。

「……さてと。とりあえず荷物はここにおいておきましょうか。っていうか、この辺を当面の拠点にする?」

 二本目の栄養調整食品を食べ終え、空き袋をゴミ袋に捨てる里莉。しばらくここを拠点とするつもりであるため、一応ゴミなどの衛生面にも注意している。

「ああ。空調も使えるみたいだし、いいかもな。いったんここでゆっくりしておくか?とりあえず俺が他の所……危険なものがないかを調べて来てもいいけど」

「……私は一緒に行くわ。とりあえず奥の調理場の方に行きましょ」

「ああ、分かった」

 大介は里莉にせかされるように、急いで三本目の栄養調整食品を口に放り込み、水筒の水で流し込む。空き袋を捨てると急いで里莉の後について行く。


 調理場もつい最近まで使用されていた形跡がはっきりと残っていた。特に、調理場内の一画に、包丁やまな板といった調理器具かコンパクトにまとめられており、鍋やフライパン、食器などが洗われて並べて置かれている。調理場内には業務用の冷蔵庫や冷凍庫もあり、電気が使えるため食材を冷やせるようにはなっていたが、中には調味料以外とくに何も入っていなかった。

「……奥。死体があるぞ」

 調理場内の水道も問題なく使用出来ることを確かめた大介は、調理場内を調べていた里莉にそう話しかける。調理場には血とかそういったものは見られないが、大介は死臭や血の臭いを感じ取っているようだった。

「あ、そうなの?」

「ああ。実際食堂に入ってきた時点で気づいてはいたけど、休憩前に言ったらまた長引くかと思ってな」

「そっか。まあ、食事する前にあんまりたくさん死体を見るのもね。気をつかったんだね」

 と、今更なことを言う里莉。

「奥ってこの倉庫?」

 調理場の奥にはさらに扉があり、倉庫室と書かれている。扉を開けると死臭が漂ってきた。扉を開けると細長い通路があり、その通路には全部で六つの部屋が並んでいる。そして一番奥の部屋から死体がはみ出していた。

 死体は二十代くらいの若い女で、上半身は部屋の外の通路にはみ出ていた。死体の倒れているところには大量の血が流れ出ており、ノーメイクでも生きていれば美人の部類に入るであろうその顔は苦痛で歪んでいた。首の部分から大量の出血をしたようで、死体近くの通路奥の壁際に大きな包丁が転がっている。刃の部分だけでなく、持ち手の部分にまでべったりと血が付着していた。

「"つぐ子"は首を刺されて死んだみたいね。死後……3日くらいは経ってるわね。"むねすけ"や"はるすけ"よりは確実に後。"つな子"とか"みつすけ"と比べても1日以上は後かな」

 死体のある部屋の中はダンボールの置かれた棚があるくらいで、それ以外の物は一切見当たらない。棚の前にも二つに積み重ねられたダンボールが並べて置いてあるせいで、部屋の中は非常に狭く感じる。人一人が通れるくらいの幅の動線が部屋の奥まで続いてはいるが、大量にあるダンボールのせいで圧迫感を感じる。電灯もついてはいたが、窓もなく薄暗い印象を受ける。

 "つぐ子"の死体が部屋の入り口をふさいでいるせいで死体を無理やり踏み越えないと中に入れないため、死体を一度移動させることに。元々死体のあった部屋とその隣の部屋の前に横たえる。

「誰かがここを通った後があるな」

 何者かが血溜まりの床や死体を踏み越えて部屋から出ている痕跡が残っていた。

「うん。多分犯人でしょ。死体の状況から、犯人は部屋の中から"つぐ子"を襲ったと思う。傷跡的には、犯人は”つぐ子”の前方から刺したみたいだけど、不意をつかれたのか、ほとんど争うこともなく一撃で終わったようね。それで、その犯人が部屋から出た跡が残ってるんでしょ」

「そうか。……にしてもかなり血が飛んでるな。犯人も結構な返り血を浴びたんじゃないか?」

「そうね。ほら、倉庫室入ってすぐの通路の床、水がこぼれたような跡があるでしょ。あの辺で血を洗い流したのかも」

「ああ、あそこか」

 里莉は調理場から倉庫室に入ってすぐの床を指さす。死体のある床に比べて薄い色の血痕がまばらに残っている。

「で、持ち物は……と」

 里莉はズボンのポケットの中を検め、中から鍵を取り出す。

「えーっと、《B棟》と《B-401》の鍵ね。あと、車の鍵よねこれ」

 ”みつすけ”や”つな子”が持っていたのと同じような鍵とともに出てきたのは、自家用車のキーだった。

「車……ってことは、私たちが入ってきたのとは別の出入り口があるかもしれないわね」

「ああ、そうかもな」

 里莉たちが最初岩壁から入ってきた爆破された場所は、充分に車が通れる穴の大きさではあったが、その周辺は車が定期的に出入りするような場所には見られなかった。

 ”つぐ子”が持っていたのはやはり鍵くらいしかなかったが、”つな子”や”みつすけ”とは違い、寝間着のような恰好ではなかった。むしろ、どこか遠出をしてもおかしくないくらい、しっかりとした洋服に身を包んでいた。


 大介は死体のあった部屋の中に入り、ダンボールの中身を確認する。部屋の中にある大量のダンボールはまだ一つも開けられていないため、棚の前に置かれてある中から適当に一つ選び箱を開ける。

「……水だな」

「水ね」

 里莉も大介の横から覗き込んで中を見る。

「ところでその奥の空間は誰かが持っていったのかな」

 壁際の棚の前だけ、段ボール二列分の空間が空いており、うっすらと被っているホコリを見ると、長いこと置かれていた段ボールをつい最近動かしたことが分かる。

「そうみたいだな。……段ボールは二種類あるな。一個は水でもう一個は……非常食か」

 部屋の中にある段ボールは全部で二種類あり、カップラーメンなどの入った非常食の入った段ボールとペットボトルに入った水の段ボールがそれぞれ交互に置かれている。

「隣の部屋も非常食の部屋っぽいわね。災害避難場所に指定されていたみたいだし、その関係でこれだけの量があるのかな」

 里莉はいつの間にか隣の部屋に移動している。隣も電気と棚があるくらいの殺風景な部屋で、”つぐ子”の死体があった隣の部屋とは違い、食料も部屋の中にある内の三割ほどが消費されていた。

 残りの四室の内、三つは冷蔵室で、調理場に最も近い一部屋が冷凍室となっていた。しかし、冷凍室に至っては食料は一切なく、冷蔵室もほとんど空に近い状態であった。

「じゃあ今度はA棟ね」

 一通り見終えた里莉は食堂から出る。そんな里莉を大介が引きとめる。

「あ、A棟にそのまま行くのもいいけど、たぶんD棟の近くに死体があるぞ。そっちを先に見るか?」

「うーん……じゃあそうしよっかな。っていうかいつ気づいたの?」

「さっきD棟の出入り口に行って扉を開けただろ?そんときちょっと臭ったんだよ」

「そっか。相変わらずスゴイ嗅覚ね」

 

 死体はD棟のすぐ脇に倒れていた。

 D棟の北側の面、直角に折れ曲がっている箇所から五メートルほど離れた場所に男の死体が倒れていた。

 四つの建物に共通していることではあるが、建物のすぐ近くには雑草が生えてこないようにするためか、小石が敷き詰められた箇所が建物の外側を囲うようにしてあるのだが、死体はその砂利の上にあった。

「後ろから頭を殴られているわね」

 二十代ほどの若い男は地面にうつ伏せに倒れており、殴られ、赤黒く変色し変形した後頭部が見える。

「凶器はそのトンカチか」

 死体のそばには無造作に投げ捨てられた黒いトンカチがあり、ハンマー部分に血痕が付着している。

「そうみたいね。頭の傷と一致しそう」

「こいつが持ってるのは……ボウガンか」

 右腕は死体の下に隠れているが、うつ伏せの体からボウガンがはみ出しており、死体を仰向けに向けると、右手にしっかりとボウガンを握っていた分かった。

「どう?"つな子"に刺さっていたボウガンの矢と同じタイプに見えるんだけど」

 大介がどうにか死体の手からボウガンを外し、セットされた矢などを調べる。

「俺もそう思う。連射はできないけど、結構距離の離れた場所からでも撃つことはできそうだな」

「”のぶすけ”の死体も、”つぐ子”と同じように争った形跡がないわね。”のぶすけ”の場合は後ろから不意をつかれて殴られたってとこね。犯人は二度、三度連続でなぐってとどめを刺しているわ」

 里莉はD棟のそばで殺されていた男を”のぶすけ”と名づけた。

「死後どのくらいだ?」

「そうねえ……まあ、屋外と屋内の違いはあるけれど、死後三日から四日くらいかな。”つな子”とだいたい同じくらいな気がする。”つな子”より後な気がするけど、微妙かな」


 ”のぶすけ”のズボンのポケットからは、”みつすけ”らと同じような、《A棟》と書かれた電子錠と《A-204》と書かれたディンプルキーが見つかった。

 手ぶらに近い状態ではあるが、”のぶすけ”の恰好を見ると、”みつすけ”や”つな子”とは違い、”つぐ子”と同じようにしっかりと着替えはしている印象を受ける。


 死体からA棟の鍵を入手した里莉たちは、その鍵を使ってA棟の鍵を開けてみる。

すると、扉の前に机やソファが置かれているわけではなく、D棟と同じように鍵だけで出入りが可能であった。

 A棟を一階から四階、屋上へと上がっていく。建物の構造はやはり他の建物と同じで、他の建物と違い研究室が多くあるのがA棟の特徴であった。

「それにしても全く人気がないわね」

「そうだな。居室内を詳しく見た訳じゃないから断言はできないが、ほこりかぶった場所も多いし、長いこと誰も使用していない場所が多いな。他三つはもうちょっと人が生活していた様子が廊下を歩いただけでも感じれたのに」

 そんな会話をしつつ屋上まで歩くが、特に変わったことを発見することはなかった。

「ここの建物には死体はなさそう?」

「俺が臭いを感じ取れる範囲内ではないな」

「そっか。じゃあ暗くなる前に建物の外を見て回ろっか。少なくともあと四人くらいは見つかると思う」

「四人?どこからその数字が出たんだ?」

「全く使ってない部屋の扉と汚れ具合とかが違う扉がいくつかあったでしょ。そういう教室や居室が十部屋はあったのよ。”むねすけ”の部屋とかがそうだったし、他にも”つな子”や”みつすけ”とかが持っていた番号の教室とかも同じような感じだったの。だから、これまで見つけた死体が六人だから、十引く六で残り四人はこの大学内で暮らしてたんじゃないかって」

「なるほどねえ……」

 ”むねすけ”の死体があった部屋は中まで詳しく見たが、それ以外の部屋や教室に関しては前を通っただけであった。が、その短い時間で、そういったところまで見ていた里莉に、充分常人離れしていると感じ少し苦笑いする大介であった。


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