第3話
「とりあえず、他三つの建物の出入りだけでも確認しておこうか。建物内部を詳しく調べる前に」
「それはいいけど、どうすればいいんだ?さっきみたいに空いてる窓でも見つけて中に侵入すればいいのか?里莉の考えじゃ他の建物も入れないようにしてある可能性が高いんだろ」
「そうね……とりあえず屋上に行ってみようか。もしかしたら屋上から土壁の上を通って隣の建物に行けるかも」
昇降口の側にある階段で屋上まで上がる。元々立ち入り禁止だったらしく、屋上への扉には進入禁止と書かれてあったが、扉についている鍵はだいぶ前に破壊されており、鍵がなくても出入りできるようになっていた。
屋上には特にこれと言った特徴もなく、空調などのダクトなどがあるくらいで、他は落下防止用の金網が張られてあるくらいだった。
そして、里莉の読み通り、土壁によって隣の建物の行き来が可能になっていた。屋上を囲っている金網も、土壁に面している箇所だけこじ開けられており、その向こう側に土壁の上部が橋の様に隣の屋上へと続いている。土壁の上は幅が5mほどあり、その土壁の端の部分は里莉の胸の高さくらい盛り上がっており、落下防止のための手すりのような役割を果たしている。
土壁の壁面に比べ、上部の表面に関してはきれいに均され、手すりのように盛り上がっている部分も均等の厚さとなっており、何らかの手が加わっているのは明らかだった。
「四つの建物、全部つながっているみたいね」
屋上からは他三つの建物の屋上部分も見えており、A棟、B棟、C棟、D棟すべての隣り合う建物は土壁によってつながっているのが判明した。四つの建物とそれらをつなぐ土壁によって、上から見ると「口」の様になっている。
大介を先頭に、土壁の上が安全であることを確認しつつC棟の方へと移動する。C棟の屋上もB棟と同じような外観であり、屋上から建物内に入る扉に関しても、昔にこじ開けられた形跡があるということも一致していた。
屋上からまずはC棟の出入り口を目指す。建物内の教室などの違いはあるにせよ、階段の位置や出入口の場所はB棟と同じ配置であり、C棟唯一の出入り口である、職員用の扉の前には机などが置かれてあり、外から入れないようにされていた。一旦扉から出た里莉は、”みつすけ”が持っていたC棟の電子錠を扉の横のタッチ部分にかざす。ピー、という音と同時に扉が解錠され再び入ることができた。
すると里莉はもう一度扉の外に出る。
「どうした?」
「いや、こっちの鍵はどうかな、って思って」
”つな子”が持っていたB棟の電子錠をかざしてみると、こちらもピー、という音が鳴った。
「あれ?こっちでも開け……られないのか」
蝶番をひねるが、鍵が掛かったままで中に入れない。
「音が鳴ったからてっきり開いたのかと思ったのに」
「微妙に音が違うぞ。たぶん違う鍵をかざしたらエラー音が出るようになってるんだろうけど、解錠されたときの音とエラーの時の音が似てるだけなんだろ。最初からそうなのか、それとも経年劣化でそうなったのかは知らないが」
「なーんだ、まぎらわし」
そう言って再びC棟の中に入っていく。
「で、次は隣のD棟か?」
「うん。B棟とC棟は出入りできる鍵を入手できたけど、A棟とD棟はまだだからね。とりあえず自由に出入りできるようにしておこうかな」
屋上に到着し隣とD棟へと移動する途中で里莉が足を止める。
「死体だな」
「ええ、そうね」
と、土壁の上の通路から下を見下ろす。土壁の際に落ちているせいで見えにくい場所にあるが、よく目を凝らしてみると人が落ちていることが分かる。
「屋上から何か重たいものを引っ張った跡があって、それが土壁の中央で途切れていたからすぐに気づけたわ。……犯人は苦労してこっから突き落としたみたいね」
土壁の上をよく観察してから、死体がある中庭全体を見渡す。
「A棟、D棟がどんな感じか知らないけど、こっから見た限り、中庭に面した方に関しても、一階と二階はほとんどすべてが土壁に覆われているから、中庭に入る場所なさそうね」
B棟とC棟に関しても、一階と二階の窓は建物の外側内側関係なく土壁によって覆われているため、外に出ることはできない。
「まあ、普通の人間には無理だろう」
「じゃあさ、あそこまで降りれたりする?私も行きたいんだけど」
「まあ、一人おんぶするくらいなら楽勝かな」
大介は里莉を背中に乗せると、屋上から土壁の部分をクライミングのように降りていく。多少ごつごつしているとはいえ、手足を引っ掛けるには充分ではない壁を、大介は里莉を背負ったまま危なげなく降りていく。
地上についた里莉は背中から降ろしてもらい、死体のそばによる。
死体は三十から四十くらいの大柄な男で、体つきは太いものの、ただの肥満体型というわけではなく、それなりに筋肉質な体型をしている。
「うーん……とりあえず死因は頭部の傷ね。鈍器……バールみたいな形状のもので殴られてるわ。上から突き落とされたみたいだけど、その時にはもう死んでたみたい。明らかに殺人ね」
「それでいったら、C棟の屋上に細かな血痕が飛び散っていたけど、それじゃないか」
「あ、ホント?まあ、屋上で殺害したのかな。墜落したときについた傷とかを見るに、殺されてからそんな時間を置かずに突き落とされたみたいだし」
「死体の服にもなんか引きずった時についた土とかが残ってるな。……この死体、ズボンをはいてないけど、これは元々なのか?それとも犯人が脱がした?靴もはいてなねーけど」
大介の言うように、男の下半身に身につけているのは下着だけだった。
「誰かが脱がしたんじゃないかな。ほら、靴下を履いてるけど、脱げそうになってるでしょ。たぶん無理やりズボンを脱がした時に当たって靴下も脱げそうになったんじゃないかな。靴もその辺に捨てられているし、自分から脱いだようには見えないわね」
死体の近くには、男が履いていたとみられるランニングシューズが無造作に転がっていた。
「ちなみに死んでどのくらいだ?」
「うーん……一週間以上は経ってるわね。調べた限り、この"はるすけ"は”みつすけ”や”つな子”よりも一日二日くらい前に殺されてると思う」
この撲殺され上から突き落とされた男は"はるすけ"と呼ぶことにしたらしい。
「そうか……ま、とりあえず調べ終わったら一旦上に戻るか」
四つの建物の中央には噴水のある中庭があり、里莉たちもぐるりと中庭を回ってみるが、これといって何も見つからなかった。中央に鎮座する噴水も、当然ながら水は全くなくただのオブジェと化している。
中庭から再び土壁を登り、屋上へと戻ってきた里莉たちは、そのままD棟へと入る。
「ここの扉はなんか鍵があるわね」
屋上から建物内に入った際、扉の内側につけられた簡易的な補助錠を見つけた。鍵が必要なものではなく、つまみをひねったら鍵が掛かるようになる仕組みだ。
「ああ。扉についていた鍵はだいぶ前に壊されてるのは、B棟やC棟と同じだけど、後から付け足したみたいだな」
「内側から鍵をかけるだけの仕組みだし、時間とかによってここを開けたり閉めたりしてたのかもね。普段は隣り合う建物同士、行き来できるようにしてるけど、夜の間は入れないようにするとか」
「……かもな。割と最近まで普通に使ってたみたいだし、そうかもな」
D棟はこれまでのB棟やC棟と比べて教室などが少なく、食堂や売店など特殊な部屋がたくさんあると地図には書いてある。
屋上から建物の中に移ると、大介がある臭いに気がついた。
「この階に死体がある。今までよりも血の臭いがきついな」
と、臭いの元を辿るようにして四階の廊下を歩いていく。四階には浴場があったりと、宿泊できるようなつくりになっている。
大介が立ち止まったのは、第二宿泊室と書かれた部屋だった。部屋の扉には鍵が掛かっておらず、簡単に部屋の中に入ることができた。そして、部屋の中央で横たわる死体を発見した。そしてその死体には首から上が存在しなかった。
「まさか首なし死体に遭遇するなんてね」
そう言う里莉はどこか楽しそうであった。
「電気は……あれ、つかないね」
部屋の照明はスイッチがONになっているのについていなかった。昼ということもあり、真っ暗ではないものの全体的に暗いため、部屋の中を調べる前に明かりを確保しておきたかった。とりあえず大介は窓ガラスにかかっているカーテンを開いてみるが、依然として暗い。部屋の中の様子は分からなくもないが、部屋の中にある文字を読んだりするのは難しい。
「純粋に照明が切れてるだけで、この部屋の電気が使えないわけじゃなさそうだな」
「そっか。じゃあ……」
里莉は自分の荷物から少し大型のライトを取り出し、明かりをつける。性能のいいライトのため、部屋全体が明るくなった。
部屋中は一人暮らしの部屋としたら十分な広さがあり、ベッドにソファ、テレビやゲーム機まで置いてある。カーペットには長い間机が置かれていた跡が残っているため、机を動かして代わりに死体を置いたものと思われる。
「切断に使ったのはこの斧か。首の切り口とも一致しそうだ」
死体の横には、血のこびりついた立派な斧が床に置いてあった。切断面を見ると、この斧で何度も振り下ろして切断したと思われた。
「この斧……時間が経ってから動かされているな」
斧についていた血がたれ刃の形にそってできた跡がある。そしてその血の跡から離れた場所に斧が置かれていた。斧の持ち手にも血がついていて、何者かが持ったことが分かる。
「この手形を調べれば誰が使ったのか割とすぐにわかりそうよね。……科学捜査が使えれば、だけど」
「そうだな。まあ普通指紋とか気にはしないだろ。捕まえる警察もいないんだし」
「まあ、やろうと思えば、いま持ってるものを上手く使えば、簡易的に指紋くらいは採取できるけどね」
「まあ、里莉が必要に感じて余裕があればな。……ところで死因はその太い槍で刺されたせいか?」
首のないその死体の胸の辺りにぽっかりと赤黒く開いた穴があり、大きな何かで刺されたことが分かる。そして、部屋の隅には1mほどの長さのある槍が転がっており、鋭い槍の先にも血がべっとりと付着している。
「んー……あの槍で刺した時にはすでに死んでたんじゃないかな」
「首を切断したのも死んだ後か?」
「……そうね。でも死後そんなに時間をおかずに切断されたんだと思う」
首から上のない死体を躊躇することなく調べる里莉。死体が身につけているのは男物の衣服で、下半身を調べると男性器がついており、死体は男だということは分かった。
「なんか慌てて服を着せたみたい」
死体を調べていた里莉がぽつりと言った。
「まあ、着衣は乱れてるけど、首を切断するときとか、死体を移動させたから、とかじゃないのか?その死体どっか別の場所から運ばれてきたんだろ?もしここなら血が少なすぎる」
「確かに血は少ないわ。でも、例えばレジャーシートとかをひいてその上で切断とかをして、終わった後にそのシートだけ処理すれば、この量でもおかしくないと思う。それに、部屋の壁とか家具に飛び散った血痕は、かなりリアルなのよ。つまり、実際にここで死体を切断したときに飛び散ったような印象を受けるの」
「そうか。でも、現場がどこか別の場所にしろ、この部屋の中にしろ、死体は動かされてるよな?」
「うん。だけど、死体の移動だけでこんな風に洋服が乱れるとは思えないのよね。ほら、ベルトとかもかなり雑につけられてるでしょ」
里莉の言うように、死体のつけているベルトを見ると、普段留めている穴とは全然違う場所でベルトを締めている。
「言われればそうだな。ってことは、犯人が服を着せたかもしれないのか。……それで、首の切断も胴体の傷も死んだ後につけられたってことは、直接の死因は頭部になんらかの攻撃を受けたってことか?撲殺とか」
「その可能性が高いわね。解剖してないから、毒物の可能性も捨て切れないけどね。頭があったらもうちょっと詳しく言えるかな。あと、槍よりも細いもので刺されたり撃たれたりした可能性も否定できないわ」
「……さっきのボウガンみたいな凶器ってことか」
「そう。たとえば、ボウガンで刺されて死んだ後に、その部分を槍で突き刺したとしても私には分かんないかな」
「そうか。でもそれが死因だったら、頭部を持ち去る必要なんてあるのか?」
「さあ。ただ、犯人にとってはそうした方が都合がいいって判断したんでしょ」
「一番最初に思いつくのは、死因がわかると犯人がすぐにわかると思ったからとかか。何か特徴的な凶器で、使える人が限られるとか」
「そうね。警察に捕まる、なんてことを気にする人はもういなくなったけど、同じコミュニティの仲間に対してはそうはいかないからね。この大学内で暮らしていたのが何人なのかはまだ分からないけど、その仲間に殺人がバレないようにしなくちゃって考えるのはあり得るもんね」
「まあ、物騒な凶器はまだ色々ありそうだもんな」
と、大介は視線を部屋の奥に向ける。机の奥に壁にかけられたショーケースがあり、その中にはマシンガンといった銃器が五つほど入っていた。また、部屋の奥には小型のピストルが無造作に置かれ、腰に巻いて使うガンホルダーもあった。こちらは日常的に使用していたのか、首なし死体の腰のサイズで毎回装着しているのがわかった。
「銃が持ち出された感じはしないわね」
「そうだな。まあ、この辺の銃、誰でも簡単に扱えるっていうものでもなさそうだな」
銃を見ていた大介がそう教える。
「あ、そうなんだ」
「ああ。まず弾を入れるのも、ちゃんと構造を知ってないと無理だし、一発だけならともかく、何発も撃つってなったら、結構銃の扱いに慣れないと無理そうだな」
反対側の壁を見ると、ワイヤーネットがかけられ、そこに大量のディンプルキーがつけられていた。
「ここに大学内の鍵が集められてるのね」
これまで"つな子"や"みつすけ"が持っていたのと同じ形状の部屋の鍵がずらりと規則正しく並べてある。
「えーっと、《A-206》、《C-105》、《B-206》……結構な数あるけど、どこの部屋の鍵があるのかないのかはちょっと分かりにくいわね。それに、見た目は似てるけど、普通の部屋の鍵じゃなくて、ボイラー室とかそういう変わった場所の鍵まであったりするわね。マスターキーみたいのがあれば、それを持っていくんだけど……」
里莉はネットにかけられている鍵を端から見ていく。しかし、複数の部屋を開けることのできる鍵は見当たらなかった。ネットにかけらている鍵は全部揃っているようで、ホコリのかぶり具合からしてしばらく触れてもないようだった。
「それにしても、部屋結構立派だね。他に暮らしていた人の部屋をまだ見てないけど、結構贅沢な生活はしてそうだよね」
「そうだな。冷蔵庫の中ビールまであるな。冷えてるし、電化製品が普通に作動しているな」
シンクの横に置かれた冷蔵庫を開けて大介が言う。中には冷えた飲み物が入っている。部屋の照明が切れているだけで、電気そのものは通っているようだ。
「そっか。じゃあ照明が切れただけね。まあ、この部屋の持ち主も、殺されちゃったから照明を変える必要もなかったってことね」
「これだけ血が付いてたらあんまり触りたくはないけどな。やっぱこういうのを見ると、別に犯人は指紋とか残るのを気にしてないよな」
部屋の照明のスイッチには、殺人者が何度もスイッチに触れたせいで、血の跡がしっかりと残っている。おそらく殺人者が部屋の明かりをつけようとしたが、明かりがつかず何度も確かめたようだった。
「水道とかガスの方は……と」
里莉が確かめると、水道からはきれいな水が出て、コンロのつまみをひねれば火も使える。
「……うん、ここの水道は飲んでも大丈夫だな」
蛇口から出てきた水に毒が混じっていないか大介は確認する。
「洋服も結構あるわね」
クローゼットの中には洋服が十数着入っている。死体の着ている洋服のデザインと似通ったものが多く、サイズでみても部屋で死んでいる男がこの部屋で暮らしていたものとみられる。
クローゼットの横には扉があり、外側からロックできる錠がついていたが、無理やりこじ開けられていた。扉の向こうには5畳ほどの広さの部屋があり、中には一切荷物がないがとても綺麗にされており、元々は荷物置きのような部屋だったと思われる。
「これも犯人がこじ開けたのかな。扉の取っ手とかに血が付着してるし」
「結構扉そのものを壊して開けた、って感じだな。鍵なかったのか。鍵穴的には教室とか部屋の鍵と似たような気もするが」
と大介は鍵穴をピッキングのようにいじって調べる。
「そうみたいね。この中に何かあるんじゃないかって思ったのかな」
「まあ、こんだけ色々ある部屋だからな。犯人が何かを持ち出してもおかしくはないか」
また《D-403》と書かれたディンプルキーと《D棟》と書かれた電子錠が机の上に置いてあった。
「で、死体が着てるものと部屋にある洋服を見比べてみる限り、ここで死んでいる男がこの部屋の持ち主だろうけど、どんな男か死体から分かりそうか」
「うん、頭部がないから何とも言えないけど、死体の皮膚の感じとか部屋にある洋服の感じからしても、”むねすけ”の年齢は二十代から三十代ってとこかしら。比較的若いと思う」
「その死体が”むねすけ”ね。じゃあ”むねすけ”が死んだのはいつくらいか分かるか」
「うーん……やっぱ頭部を見たいわね。そしたらもうちょっと確実な時間が出せると思うけど……”はるすけ”とかと同じくらいじゃないかな」
「死後一週間は経ってるって計算か」
「それと、たぶん”むねすけ”がここのリーダー的存在だった気がする。あくまで何となくそう思ってるだけだけど」
「過去色んなコミュニティを見てきたけど、この部屋の感じからして間違ってないんじゃないか。何と言ってもやっぱり、能力者みたいだからな」
”むねすけ”の左手の甲には、特殊体質を示す模様が刻まれていた。
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