第2話

「死んでどのくらいだ?」

「んー……五日くらいかなあ」

 里莉は死んでいる男の衣服などを探り、所持品などを確かめる。守衛室で死んでいる男は二十代くらいの若い男で、少し長い髪は束ねていないため、顔にもかかっている。カバンなどの荷物はなく、腰に小型のナイフを携帯していた。

「持ってるのはナイフとあとこの鍵だけね」

 ジーパンの後ろのポケットには金属のキーホルダーが入っており、そこには鍵が二つ付いている。一つはシリンダー錠に差し込んで使用するディンプルキーで、もう一つは差し込むタイプではなくかざすタイプの電子錠だった。

「これ大学の建物の鍵かな。電子錠の方には《C棟》って刻んであるし、ディンプルキーの方は《C-305》って書いてあるから、どっかの部屋の鍵っぽい」

「それにしてもほとんど何も持ってないな。服装も寝間着、って感じだし」

「うん。少なくともこの守衛室では生活してないと思う。食べるものに困るほどやせ細っている訳でもないし、死ぬまではそれなりの生活をしてたと思うから、活動拠点はどこかこの近くでしょう。まあ、この”みつすけ”は鍵の情報通りなら、C棟で暮らしてたんじゃないかな」

「ああ……」

 守衛室で死んでた男を里莉が新たに”みつすけ”と名づけたことには特に触れない大介であった。


 死体だけでなく部屋の中についても調べていく。監視カメラの映像をみる用のモニターやパソコンはそもそも起動せず、小さな冷蔵庫などの電化製品の類も電気がそもそも通っていないため、長い間使用されていないことが分かる。小さなコンロもあるが、こちらも使用できないようになっていた。電気やガスについては、そもそも守衛室に通じている大元の部分で使用できないように、かなり前の時点で手が加えられていた。

 一通り中を調べ終えた里莉たちは守衛室を出る。守衛室から少し離れた場所に大学の掲示板があり、そこには大学の地図も描かれてあった。

「ふーんこんな風になってるのね」

 地図によると、大学は四つの建物からなり、アルファベットのLの形をした四つの建物が、漢字の「口」を構成するような向きで、それぞれ北東、南東、南西、北西に位置している。北東にあるのがA棟、南東にあるのがB棟、南西にあるのがC棟、北西にあるのがD棟と書かれてある。中央には噴水のある中庭があるようだ。そしてその四つの建物をぐるりと囲むように遊歩道があり、その内側には同じように四つの建物を囲むように水路が描かれている。そして四つの建物と動揺に、北東、南東、南西、北西の方向には遊歩道と四つの建物のある敷地をつなぐ橋があるようだった。

 里莉たちはひとまず第一守衛室から近い南東にあるB棟を目指すことに。遊歩道わきには5mくらいの木が等間隔で植えられており、手を入れる人がいないせいで草木は伸びているが、そこまでひどい状態ではなかった。

「結構深いね」

 コンクリートでできた橋から水路の底を覗き込む里莉。水路に水はなく、深さ十メートルほどある水路はお城の堀のようである。

 B棟に向かうために里莉たちは南東にある橋を渡っているが、橋の中央は少し幅が広がっており、そこには銅像と小さなベンチが置いてあった。

 卒業生が製作したとみられるその像は亀のゆるキャラのような見た目をしている。ボルトで簡単に留められているだけの像だが、よくよくみると特殊な樹脂で銅像のように見せているだけだった。雨風にさらされる場所にあるものの、朽ち果てることもなくきれいに残っている。材料のおかげか、見た目以上に軽く腐食に強いようだった。

 橋を渡りきると、建物の直角に折れ曲がっている部分が正面に見える。土の壁が建物を覆うように存在しており、一階と二階はほぼ土壁によって隠れていた。三階や四階部分を見ると、土壁に覆われていない部分も残っており、空いている窓ガラスも見受けられる。

「建物の中の様子が全然分かんないね。あの四階の窓は開いているけど、壁をよじ登ってあそこから入れそう?」

 建物を見上げながら里莉が大介に話しかける。

「どうかした?」

 里莉の問いかけにすぐには答えず、C棟がある方へと歩みを進める大介。

「こっちから死体の臭いがする」

 

 死体があったのはB棟の出入り口のそばだった。死体の存在もそうだが、それ以上に気になるものを見つけた。

「なんか新しい建造物みたい」

 本来各棟の間は空いていて、そこから中庭に行けるはずなのだか、その部分は土壁によって塞がっていた。土壁はB棟とC棟と同じくらい高さがあり、屋上と屋上の行き来ができるように見える。

 ひとしきり建物の様子を観察していた里莉は、地面に横たわる死体の方を調べはじめる。

 死んでいたのは四十くらいの中年の女で、先ほど発見した"みつすけ"と同じように、ほとんど何も持っておらず、服装も外に出るにしては比較的薄着である。

「これは……ボウガンね」

 倒れた女の頭部にボウガンの矢が一本刺さっていた。額の上の方から斜めに突き刺さったボウガンの矢以外にはこれといって致命傷となるような傷跡はない。

「すごい変な角度で刺さってるわね。これは……建物の上の方から撃ったのかな」

 里莉はB棟を見上げてそう言った。

「となると四階のあの窓の辺りか。屋上にはフェンスがあるし、それ以外の階で建物の中から撃てる場所はなさそうだな」

「そうね。まあ、上がどうなってるか分からないけど、もし屋上からあの土壁の上に行けるなら、あの辺も一応候補にはなるかな」

「ちなみにその死体は死んでどのくらい経ってるんだ?」

「五日くらいかな。さっきの”みつすけ”と同じくらいに死んでると思う。さすがに”みつすけ”と”つな子”のどっちが先に死んだかまでは判断できないかな」

「そうか」

 里莉はボウガンで撃たれた女を”つな子”と呼ぶことにしたらしい。相変わらず変わったネーミングセンスだと思った大介であったが、口には出さない。

「”つな子”もほとんど手ぶらだけど……うん、鍵は持ってるみたい」

 里莉は”つな子”の服のポケットから鍵を取り出す。”みつすけ”と同じように、金属製のディンプルキーと電子錠の二種類の鍵で、電子錠の方には《B棟》と書かれてあり、もう一方の鍵には《B-303》と書かれてある。

「やっぱり”つな子”も軽装よね。というか、寝起きの格好って感じ。小さなカバンすら持ってない」

 と、大介が背負っている大きなリュックサックを見て言う。里莉も大介ほどじゃないにしろ、登山用の大きなリュックサックを持っている。今は近くの地面に置いているが。

「この鍵はあそこに使うのよね……」

 里莉は”つな子”が持っていた鍵を扉の横にあるタッチする部分にかざした。

 ピー、という音が鳴る。

 その音を聞いてから扉の蝶番をひねり、扉を開けようとするが、扉はびくともしない。

「あれ?開かない。鍵は開いてると思うんだけど……これ扉の前に何か置いてない?」

 里莉はそう言って振り返り、大介と交代する。

 大介が体重をかけて扉を思いっきり押してみると、数ミリ程度扉が動いたように見えたが、途中で止まってしまう。

「開けられそう?」

「無理をすれば。ただ、扉が壊れるのが先かもしれない。扉の前に何か重いものとか、そういうのが置かれてあると思う。たぶん中からどかしたほうがいいな」

「そっか。じゃあ別の場所から入ったほうがいいみたいね。でも、この感じ、他の出入り口も塞がれてそうだよね」

 大学の案内図によると、それぞれの建物には大きな出入口がそれぞれ二箇所ずつある。ちょうどL字型の建物の、書き始めと書き終わりの部分に該当する面の所だ。

 そしてちょうど里莉達のいる場所からだと、B棟の出入り口の一か所と、C棟の出入り口の一か所が見えるはずなのだが、建物の高さまである土壁によって覆われているため、そもそもC棟の近くに行くこともできない。

 里莉たちが現在開けようとしているのは、建物の外側にある、職員用の小さな扉である。

「とりあえずB棟のもう一個の入口も見てみよっか」

 そう言って里莉たちは今度北東のA棟に近いB棟の出入り口の方まで歩いていく。


 結局、もう一方の出入り口は、建物の四階相当の高さの土壁によって侵入を阻まれていた。A棟とB棟の方も先ほどと同じように、まるで屋上と屋上をつないであるかのような土壁が立っていて、A棟の近くにすら行けないようになっている。

「こうなったら四階の窓から入ってもらうしかないかな」

 先ほど里莉が見つけた、開いていた窓のある場所を思い出していた。

「そうだな。じゃあちょっと待っててくれ」

 そう言うと、大介は背負っていた荷物を里莉に預け、建物の壁を登り始める。

 いくら土壁によって建物の壁面が覆われているとはいえ、クライミングのように登るための、分かりやすいとっかかりがあるわけではない。ただの断崖絶壁にしか見えないような場所を大介はするすると登っていく。

 里莉も大介の身体能力を信頼しているため、特に心配る様子もなく普通に見守っている。窓に入っていく大介を見届けたのち、里莉は先ほどの職員用の出入り口の前まで移動する。

 数分後、ガタガタと扉の向こうで音が聞こえたのち、扉が開かれ、大介が顔をだす。


「それじゃあ、おじゃましまーす」

 そう言って里莉は大学の建物へと足を踏み入れる。

 扉から入ってすぐの場所に、ソファやキャスター付きの机が倒れており、これらが扉の前に置かれていたようだった。重さだけなら、なんとか押し開くことも出来たかもしれないが、扉入ってすぐの玄関口があまり広くなく、机やソファーを押しのけて開けようとしても、壁に当たって開かないようになっていたようだった。

「誰かいそう?」

「いや、少なくとも生きた人間の気配はしないな」

「そっか」

「まだ四階から真っすぐ降りてきただけだから、断言もできないけどな」

「少なくとも”つな子”が生活してたっぽいし、もしかしたら他の人の痕跡があるかも。というか、電子錠が反応してたってことは、この建物は電気が通じてるから、人が住んでいてもおかしくないわ」

「それはそうだな」

「あと気になるのはこの扉の前に置かれてた机とかよね。これって明らかに人が入れないようにしてるよね」

「そうだろう。だって外で死んでた女……”つな子”か、”つな子”は鍵は持ってたけどそれ以外何も持たず死んでたからな。閉め出された、っていうのがぴったりくる状況だな」

「そう。それで言ったら”みつすけ”もそうよね。まだC棟は見てないから断言できないけど、それでいくとC棟も外から入れないように細工されてそう」

「ここで生活してたやつらを閉め出そうとしてたってことか?」

「そうかも。手ぶらで路頭に放り出されたら困っちゃうもんね。怪物がやって来ても逃げ隠れ出来る丈夫な建物に入れないんだから」

「もしそうなったら、諦めて新しい土地に移動するっていうことも考え……ああ、そうか。そういう訳にもいかなかったのか」

 里莉たちが入ってきた岩壁の穴を思い出す。その穴は、一度爆破された後、土壁によって塞がれたと見られている。

「まだここを大きく囲んでいる岩壁の全体を見ている訳じゃないから、どれだけ岩壁の外に行ける出入口があるのかは知らないけど、さっき私たちが入ってきた場所のように、一度塞がれている可能性は高いわね」

「そうなると、安全な建物にも入れないし、岩壁の外にも行けない状況を誰かが作り出したってことか」

「そうなってくると、”つな子”や”みつすけ”のように、建物に入れず、どこか外で死んでいる人たちがまだまだいる可能性はあるわね」

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