第2話

 少年は、自分の叫び声にがばりと身を起こした。

 熱さ、渇き、そして何よりも息苦しさ。それを再び夢に見た。肩で大きく息をしつつ、そうやって深く呼吸できることをじわじわと実感する。

 助かった、のか。

 少年はようやく周囲を見回した。そこには様々な緑があった。色鮮やかに咲く花があった。きらきらと輝く湖面があった。やはり自分は死んで、楽園に来てしまったのではないかと、少年は思った。


「おや、おはよう。思ったより早く目が覚めて良かった」


 声をかけた少女は、両手に黄色い果実を抱えていた。地面にごろごろとその果実を転がして、一つを手に取ると、腰に下げたナイフをさくりと突き立ててそのまま半分に割った。中の果肉は白く、つぶつぶとした黒い種が散らばっている。

 少女はそれに小さなさじを刺して、半分を少年に渡した。


「“太陽の雫シャマハ”の実だ、食え。渇きも癒える」


 手本を見せるように、少女はナイフで抉り取った果肉を口に運んだ。ガリガリと種ごと咀嚼している。少年も真似て食べてみた。じゅわりと、口いっぱいにみずみずしさが広がった。香りはつんと爽やかだが、舌にほんのりと甘さが残る。少年は目を見開いて、その後は夢中で匙を動かした。

 少女はにこにことそれを見つめながら「うまいか?」と尋ねた。少年はこくこくと頷きつつ「すごい、うまい」と素直に答えた。


「うん、喋れるなら良し。食べながら聞いてくれ。私の名はメメ。この砂漠の案内人をしている。そして彼が、相棒のヌイ」


 メメがヒュウッと口笛を吹くと、ヌイが彼女の腕に留まった。鋭い爪が剥き出しの腕をしっかりと掴んでいるが、メメはけろりとしている。


「通りがかったところに君が埋もれていたのを、ヌイが見つけたんだ。まだ浅いところだったから、どうにか引っ張り出せた」


 それを聞いた少年は、食べていたシャマハをごくりと飲み込んで、「あ、ありがとう」と礼を言った。間近に鷹を見るのは初めてだった。羽を閉じていてもその体は大きく、嘴と眼光は鋭い。

 ヌイは、見定めるようにニ、三度首を傾げてからピイッと短く鳴き、つんと顔を逸らしてしまった。


「心配していたくせに素直じゃないな」


 メメはからかように、ヌイの首元を指先で掻いた。ヌイは毅然とした様子で空を見上げたままである。


「君のことを聞いても良いだろうか。この辺りの人間には見えない。何故あんなところに?」


 問われた少年は困ったように視線を彷徨わせながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「僕は、ノアン。ファルメリアっていう港町の隅っこに住んでた。父さんは漁師だったけど怪我で辞めちゃって、母さんが酒場で働いてた。それから弟と妹がいて……だけど僕がいちばん愚図ぐずだった。だから父さんにいつも蹴っ飛ばされてて、路地裏でぼんやりしてたら急に袋か何かを被せられて、気づいたら、船に乗ってたみたい」

「ほう、人さらいか」

「たぶん、そうなんだと思う。他の子たちも同じ感じで───そうだ、みんなは? 他にも近くに埋まってなかった?」


 真剣な顔で尋ねるノアンに、メメは「いいや」と答えた。


「助けられたのはノアンだけだ。おそらく他は、もっと深くに埋まってしまったのだろう」

「そう、そっか……」

「それから? トゥカットの港にでも着いたか」

「わからない。知らない港で檻のまま荷車に乗せられたけど、砂漠に入ると急に砂嵐が来て、檻もみんなバラバラになって……」

「ふむ、“あらしけ”を惜しんだか、そもそも知らなかったか。いずれにせよその人さらいは、この砂漠を舐めていたようだ」


 メメはそっとノアンの頬に手を当て、その瞳を覗きこんだ。空の青に葉の緑を一雫混ぜたような、深く澄んだ瞳を。


「ノアンが生き残れたのはきっと、君の目が宝石のように綺麗だからだ。彼らは自分たちの核珠チェカ以外の宝石を嫌う。この砂漠を渡ろうとする者は“嵐避け”の宝石を持っているものだ。でなければ君の一行のように、容赦なく砂嵐に巻き込まれる」

「彼ら、って?」


 ノアンが尋ねると、メメは自らの前髪をかき上げてみせた。


「“砂人すなびと”だ。この砂漠に宿る意思そのもの。そしてこの額の石が、核珠チェカだ。」

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