第17話 腕試し
時刻は真夜中。空に浮かぶは満月。結界を破った先にあったのは夜に落ちた森であった。
「どうだツクヨ。俺にかかればこんなものよ」
俺を試すように結界を破らせてきたからには一発で破る気満々だったわけだが、無事成功してよかった。俺はわざとらしくドヤってみる。
「まあ我の加護があれば当然の事じゃな。あんなものも破れぬなどと抜かすならすぐにでも加護を取り上げるところじゃ」
ほんと可愛くねぇなこいつ。
先ほど盟友になったばかりのツクヨに早くもため息が出そうになる。俺は心労を抱えつつも、この場に留まっている理由もないので森に向かって歩き出した。
それにしても、常に上から目線のこいつと少なくとも盟約を達成するまでは一緒に過ごすことになるわけだが。
「今ですら気疲れがすごい」
「なんじゃ。この我と共に過ごせて気疲れとは、リンネは案外ストレスを感じやすい体質なのじゃな」
気疲れの原因が何か言ってやがる。
だが正直に言えば、ツクヨが味方に付いてくれることは俺にとってメリットしかない。ツクヨは死神について詳しく聞くにはこれ以上ない人物だろう。盟友というのがどれほど重要視されるものなのか分からないが、本人の口ぶりからも死神とツクヨは相当親しい仲なのは間違いない。
そして、俺は進化した。ヴァンパイアという恵まれた種からさらに上位の存在へと至ったのだ。加えて真祖の吸血鬼の加護ももらい受けた。今ならA級に近い強さはあっていいんじゃないか。そう思えるほどに自信が溢れてくる。早くこの力を試したい。
それもこれも全てツクヨと盟友になったおかげ…………。あれ? 俺もっとこいつに感謝すべきなんじゃないか?
思い至ると今までの上から目線も当然のように感じてきた。こいつ、真祖の吸血鬼だしな……。
「ありがとな、ツクヨ」
「ん? 何に対しての感謝かは知らんが、苦しゅうないぞ」
ふんぞり返ってる姿が想像つくな。
「それにしてもリンネよ。お主はどこに向かっておるんじゃ?」
「いや、目的地はないけど、取り敢えず今の自分の実力を知るためにも魔物を探してる」
まだ慣れ切れていない《魔力感知》と五感を駆使しながら辺りを探る。《魔力感知》による捜索は範囲が狭いが、夜にしては視界が良く夜目が効いているのが分かった。
「なるほどな。しかしこの辺りでは魔物は少ないじゃろうな」
「そうなのか?」
「うむ、我を封印していた迷宮が近いが故にそこらの魔物は寄り付かんからの」
こいつの影響力って一体…………。
「この辺りを縄張りとする魔物といえば、蛮勇を振りかざす知性なき残念なやからか…………」
背後。魔力感知が警報を鳴らした。
「我の恩恵を少しでも得ようと住み着く、酔狂な強者か」
────ぬるり
「〈岩壁〉!」
目視での確認など必要ない。振り向きざまに巨大な岩の壁を造り上げた。できるだけ練度を高めて、分厚さに重点を置く。直後にとてつもない衝撃音が鳴り響き、岩壁に無数のひびが入る。
「張り合いのある奴が来たな」
まだ岩壁に隠れて姿の見えない相手は、もう一度軽い突進をぶつけてその壁を完全に粉砕する。夜の暗さと砂煙のせいではっきりみえないにも関わらず、感じざる負えない存在感。
風が砂ぼこりを攫う。姿を現したのは大蛇だ。黒い鱗に覆われた巨体は長く、太く、尻尾の先には剣先に似た真っ黒い刃がついている。
心躍りながらも、《鑑定》は忘れない。
種族──[黒曜蛇]B級
スキル──《威圧》《毒術》《身体強化》
魔法──〈土魔法〉
耐性──なし
なんか、弱くね?
スキルも少ないし、魔法もほとんど使えない。耐性なんて一つもないぞ。でも等級はヴァンパイアと同じB級か。土魔法のスペシャリストか?
取り敢えず最初は相手の出方を…………。
刹那、スパッと額に赤筋が入る。尾先についた鋭い刃が振られたのだ。一瞬の事で反応が遅れたが、あとほんの少しで頭を割られていた。
落ち着く暇もない。黒曜蛇は次の攻撃に移っている。ぬるりとした動きから首先が右から急襲してきた。思い切り開けた口の中には幾つもの鋭利な歯が並んでいる。
この噛みつきを食らうのはまずい。
準備不足の状態で黒曜蛇の高速の噛み付きは受けきれないと判断し、タイミングを見つつ大袈裟に横に避ける、が────。
「ほれ、次が来るぞ」
ツクヨの声に振り向くと、待っていたのは鞭のようにしなる尾。
「うぉぉぉい! まじか!」
直撃。魔法も間に合わず両腕を出したのみ。堅い鱗で覆われた尻尾にぶん殴られる。弾丸のように吹き飛び近くの木に打ち付けられた。
「カっはッ‼」
衝撃で呼吸が止まり、両腕と背中に激痛が走る。立派に育った大木が凄まじい音を立ててクレーターを作った。
「強烈…………」
ぐったりとしながらぼやく。直撃したのがもし尾先だったら両腕は切り裂かれていただろう。
「クックック、もろに食らったのう」
ツクヨの奴、楽しみやがって…………。
体内に残留する痛み。《再生》を使いながら体を起こした。黒曜蛇は木々の間を泳ぐようにして移動し、再び俺と正対する。
「B級最上位。A級に片足ぐらいは入ってるかものう。あのヴァンパイアと同格かそれ以上じゃと思うといい。タイプが全く違うが、今のリンネには丁度良い相手じゃの」
巨体からは想像もつかない俊敏さと破壊力のある攻撃、読みづらい動き。まさに近接戦のスペシャリストだ。魔法も使えないわけじゃない。まだ攻撃パターンはいくつかあるだろう。
ツクヨの言う通り、進化した身体を慣らすのに丁度良い相手だ。
今度は注意深く目を凝らして、予備動作の一つも見逃さない。
「来い!」
「きしゃあああああぁぁぁ‼」
蛇の首がぬるりと動く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます