第15話 解き放たれし者たち

「進化も無事成功したところで、提案じゃ」


「提案?」


 真祖の吸血鬼の提案なんてぶっ飛んだものが飛んできそうで怖いな。まあ命令じゃないから俺にも断る権利はあるだろう。


「我と盟約を交わし、盟友として共に世界を変革しようではないか」


 …………こいつは何を言ってるんだ。盟約? 盟友? 世界を変革? 訳が分からない。


「つまり、ツクヨの悪だくみに協力しろと?」


「ちっがうわい! そんなしょうもないことを言っているのではない! これは真面目な話じゃぞ、しゃんとせい!」


 なんか怒られた。抽象的すぎて何が言いたいのか全然分からないんだよな。


「ごめんて。でも内容が全く理解できてないからちゃんと一から説明してくれ」


 それもそうじゃな、とはツクヨの言葉。意外と素直。


「死神と我によって、そもそもリンネの転生先は決まっておった。細かく言うと、死神の後継者がまず我のもとを訪れることになっておったのじゃ」


 えーっと…………。つまりすべては死神とツクヨの思惑通りってことか? 確かに道中は何か強い力に吸い寄せられるような感覚があった。そして辿り着いたのがこの部屋。


 でも全てが手のひらの上って、まるで人形……。


「勘違いするでないぞ。リンネを傀儡にしたいなどとは毛ほども思っていない」


 ツクヨは読心術でも使えるのだろうか。


「そりゃあよかった。にしても、転生先を決めるなんてできるんだな」


「できるわけないじゃろう」


「え……?」


 でもさっき自分で堂々と語ってたような…………。


「普通はできん。そもそもまだこの世界に降り立つ前の魂に干渉するなど不可能じゃ」


「じゃあ俺の時はどうやったんだ?」


「普通は、と言ったじゃろう。今回は死神と我がいくつかの条件をのんで全力で運命に干渉したんじゃ。当然、世界の理も容易く変わるじゃろうて」


 簡単に言ってくれる。世界の理を変えるだと? 無茶苦茶だろこいつら。


 俺は死神と真祖の吸血鬼、二体の存在を舐めていた。理解すら及ばないのだ。こいつらは超次元に住んでいる。


「本題じゃ」


 変な緊張で汗ばんでいると、ツクヨの声で引き戻される。


「死神と我がリンネをわざわざここに呼んだ理由は先に提案しようとした盟約の内容がすべて」


 音を鳴らさぬように気を配って、ゆっくりと唾が喉を通った。


 絶対に逆らえないであろう強者を前に盟約を交わす。ヤクザに契約書を書かされそうになっている気分だ。どんな悍ましい内容なのだろうか。


「盟約の内容とは、リンネが我の完全復活に全力で助力すること。また、我がリンネの死神への覚醒に全力で助力すること。そして、その両方を成し遂げることじゃ」


「…………それだけ?」


 きょとんとしてしまった。思わず漏れた声に、ツクヨもまたきょとんする。


「くっくっく、我の完全復活と死神への覚醒をそれだけと申すか」


「まあ死神に成るのはもともと俺の至上命題だし、それを手伝ってくれるっていうなら、俺も手を貸すのは当たり前だろ」


「不可能だとは、思わぬのか?」


「もう何も成せない日々はこりごりなんだ。死神とツクヨなら世界の理も変えられるんだろ? なら、俺とツクヨでも不可能を可能にするぐらいできるだろ」


 まただ。高い高い壁を前に、笑みが浮かぶ。


「愉快! 愉快じゃ! リンネよ! 我と盟約を結び、盟友となろうではないか!」


「ああ、その話乗った!」


 意志は統一され、言葉を越えて魂でツクヨとの繋がりを感じられる。


「死神が選んだのじゃ。すでに我はリンネを認めておった。だが今は、我自身がリンネ、お主を気に入った。これからが楽しみでならん」


 さっきまで小馬鹿にしてきてたやつとは思えぬ心に響く嬉しい言葉。ここまで言われればやる気も漲るというもの。


「よし、早速行動しようぜ」


 俺はツクヨの宿る銀のピアスリングを握りしめたまま、ヴァンパイアがふんぞり返って座っていた椅子の方に歩き出す。そう、あの椅子の後ろには奥へ続く階段があるのだ。


「おい待て。早々に阿呆が出ておるぞ。逆じゃ。外に出るぞ」


「外?」


「確かに、いつかはあの奥に進む必要がある。だがそれは今ではない。進んだところで八つ裂きにされるのが目に見えておる」


 ツクヨが言うんだ。間違いないのだろう。注視すると分かる。この奥から感じる不穏な空気感。


「外に出たら知り合いがおるはずじゃ。行くぞ」


 そう言われて俺は方向転換して再び歩き出す。


 銀のピアスリングを左耳につけた。奇妙なものでピアスの穴など開いていないはずなのに、リングを近づけると勝手についた。【適応】のおかげなのか、単に吸血鬼になったことでツクヨとの親和性が高いのか。どちらにせよ耳に付いてくれれば楽でいい。


 声も今まで通り脳内に響く感じで会話は成立している。


 道中、もうすぐで外に出られそうなところでツクヨが言う。


「死神を目指すということはいくら豪語しても構わんが、けして死神を名乗るでないぞ?」


「何かまずいのか?」


 半端な状態で威張るつもりなどさらさらないのだが一応聞き返す。


「神に関するすべての事象には因果が巡る。当然、神を名乗るものにも平等に因果が巡り、運命に導かれてしまうじゃろう。その時、自称や詐称であった場合には悲惨な末路が待っておる」


 この世界における神とは常識を逸脱するほどの大きな意味を持っているのだろう。


「それと、リンネにはまだ死神の詳しいことは伝えられん」


「…………それも因果が巡るから?」


「そうじゃ。かつての死神、奴はあまりに多くの運命に干渉しすぎた。死神の真実を知るといことは目まぐるしい因果の嵐がその者に吹きすさぶといこと」


「つまり俺が死神の運命を受け入れるには、まだ器が足りないってことか」


「全く足りておらんの。大鍋でも足りぬぐらいじゃが、今のリンネはおちょこよりも小さい」


「てめぇ……」


 減らず口を叩きやがる。

 そんなこんなでお互いに久しぶりの会話を楽しんでいると、出口が見えた。


「なんか、もわもわしてる」


「結界じゃな。よし、リンネ、破れ」


「これほんとに破れんのか?」


「この結界は侵入を拒むことに特化されておる。外から中に入るために破ろうとすれば、絶対的な強度の前に全員弾かれてしまうじゃろう。しかし、中から外に対しては弱い。加えて外におる我の知り合いが少しずつ強度を下げておるはずじゃ。破れぬとは言わせぬぞ」


 ツクヨの表情は見えないが言葉の端々から試すように笑みを浮かべているのが分かる。これぐらい破れなければ信用は返してもらう。そう言いたいのだろう。


「よぉーし望むところ! こんぐらいぶち破ってやるよ」


 俺は素直に煽られることにしてそのまま自分を奮い立たせる。


「この結界が破れて外に出た時点で我は事実上、一部復活となる。世界に知らしめようぞ。我らの新たな門出じゃ。景気よくたのむぞ」


「おう!」


 気合を入れて、右腕を引く。


「爆流圧血──── 一点集中」


 吸血鬼となり、真祖の吸血鬼の加護を受け、【適応】によって引き上げられた最大威力を解き放つ。



 渾身の殴打は結界を破砕し、派手に音を鳴らして破片を散らかす。


 開けた視界は雲一つない夜。満月が大きく、大きく空で輝いているのは偶然であろうか。



────────────


 リンネの理解はまだまだ浅い。


 この世には神の名を関する者たちがいる。その者たちによって世界は、支配され、守護され、環境の維持が成されている。


 この世の頂点、神の域に達したその者たちを、人は神格級と格付けた。


 また、力と器が神格級に達しているにもかかわらず、神に成ることを拒む者もいる。それはこの世にたった四体。


 神通力に至る力を持ちながらも、神として役割を果たそうとしない自由を好むもの。ただ規格外な力を持って、何も考えずそれを好きな時に好きなように振るうだけ。世界から見ての害悪。


 総じて────邪神。


 四体の邪神が一体、真祖の吸血鬼。神に成ることに一切の興味を見せず、自由奔放に夜を支配する覇者。


 因果は巡り、運命は定まる。邪神は今、死神の名を関する者と“再び”盟友となった。その意味は無限大である。

 

 封印の迷宮【血】、これは真祖の吸血鬼を封印しておくためだけに顕現された迷宮だ。その機能として真祖の吸血鬼の一部が迷宮外に出た場合、即座に迷宮の顕現者へ報告される。結界により極小の肉片でさえ反応する。


 そもそも封印物が外に出ることはありえないと確信されているが、この念の入れようだ。どれだけ真祖の吸血鬼が怖れられているか分かる。


 その存在が今、解き放たれた。


 真祖の吸血鬼 ツクヨミ 一部復活。


 その一報は瞬く間に伝播し、世界を震撼させた。




────────────

序章完

初めまして大学生です。

いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。

ここから世界観はさらに広がり、登場人物も増えていきます。

面白いと感じて頂けたのならば、星をつけて頂けると嬉しいです。フォローや応援も非常に励みになっております。

ではこれからもどうぞよしなに。



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