第14話 名持ちと進化

 やっぱり。ヴァンパイアの加護に物騒な名前があると思ってたら、このピアスが原因だったのか。正直、真祖の吸血鬼がどれほどの存在かは分からんが。


「我の事はツクヨと呼ぶがいい。特別じゃ」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 俺は取り敢えず返事をして、目の前の存在について考える。


 死神の盟友。長生きだって話だし、死神について詳しいはずだ。腹の立つ奴だが、ここは友好的に行くべきか。


「…………」


「…………」


「どうした?」


 ふと、考え事をしている間やけにおとなしいと思い、声をかけてみる。


「どうした? じゃないわ! 相手が名乗ったのだからお主も名乗るのが礼儀であろう!」


「あー…………」


 しまった失念していた。これは完全に俺が悪いな。まさか魔物に常識を諭されるとは。


「まったく…………」


 ツクヨの表情は見えないが、声音からするに幼子が頬を膨らませて拗ねている図が浮かぶ。


「ごめんごめん」


 俺は苦笑しながら謝りはするも、悩む。果たして、前世の名は今の自分の名なのだろうか。外見はもちろんの事、中身ですら前世の自分とは似つかなくなってきた。それに、俺が気にかけているのは人間としての矜持というだけで、自分自身を保つことに興味はない。


 死神を目指すからには以前までの自分など捨てたも同然なのだ。両親に面目が立たないな。もう謝ることもできないが、ごめん。自己満足の謝罪でしかないが許してくれ。


 俺は運命に導かれて死に、真新しい自分に適応し、未来を創造する者。


 前世の名に適することはできない。


「せっかく名乗ってもらって悪いんだけど、名乗ることはできない」


「なんじゃと⁈」


「名乗りたくないんじゃない。名乗れないんだ。俺には名前がない」


 驚くツクヨに対して正直に言う。これ以上でも以下でもないのだから。


「名前が、ない? お主、死神から名をもらわなかったのか?」


 ツクヨの言っていることの意味が分からず首を傾げてしまう。俺が死神からもらったのは固有スキルという絶対的な力だけだ。


「名前なんてもらった覚えはないぞ?」


「あやつ、さては我に丸投げしよったな? 自分の後継者ぐらい名付けてやればよいものを……」


 ツクヨがなにやらぶつぶつと呟きながらも思案している。


「仕方がない。今ここで、死神に変わりこのツクヨミがお主に名を授けよう。存分に感謝するがよいぞ」


「ん? お、おう…………」


 なんかすごい仰々しいな。これから仲良くなるかもわからん相手にあだ名付けるぐらいの感覚だろ? 大学入りたてとかによくあるやつ。


「ふむ。待て、今考える」


「愛称つけてくれるのは嬉しいんだけどさ。そんな大袈裟にすることあるか?」


「やっぱりお主は阿呆じゃな。名前もついでに阿保助にでもしておくか?」


「こいつ…………」


 くそムカつく奴だな。にしても本当に名前というのはそんなに重要なものなのだろうか。


「よし決まったぞ」


「よろしくお願いします」


 ほとんど事情を把握できていないが、もらえるならば有難く受け取っておこう。


「お前には“リンネ”の名をやろう」


 リンネ。心の内で反芻すると、自分の中で何かが蠢いた。皮膚や筋肉、臓器などよりももっと内側、魂に力づくで刻み込まれるような奇妙な感覚。ぽかぽかと心地よい。暖かいお湯に包まれているようだ。


 久しぶりに温泉に入ったような気持ちでしみじみと味わっていると、突然に激痛が走る。


「かはッ!」


細胞がリズムを刻み、筋繊維が踊る。全身を締め付けられたかと思えば、力いっぱい引っ張られる繰り返し。悪寒も止まらず、体内で蛇が這いまわる。


「ほう…………」


 ツクヨが感嘆している間に、俺は過呼吸状態になり膝を付いた。


「進化じゃよ。魔物の界隈で名を持つということは存在的に上位に至ることと同義。今リンネはその名の器として相応しい存在へと進化しようとしているのじゃ」


 ツクヨが状況を説明してくれてはいるが、全く頭に入ってこない。なにせ脳内が揉み解されるような気持ち悪さもあるからだ。進化とはここまで気色の悪いものなのか。


「まあ、普通は苦痛など通り越して即刻に気絶するのじゃがな……」


 もはやツクヨの声は意味のある言葉として聞こえていない。雑音交じりの音が耳奥で邪魔をしてくる。気分が悪くて仕方ない。


 片膝を付き、銀のピアスリングを目の前にそっと置く。


 もう何も見ない。何も聞かない。何も感じない。五感を意識的に閉じた。痛みや苦しみすら忘れる。


 何もじっと耐えることはない。悠長に進化を待ってやる義理などないのだ。こっちから適応してやる。


────およそ、一時間が経っただろうか。


『進化に適応しました。種族、[ヴァンパイア]から[吸血鬼]へと進化が完了しました。各種能力が大幅に底上げされます』


 五感を解放する。他方から刺激を受けるが、すぐに適応した。


 銀のピアスリングが進化後の俺を歓迎してくれる。


「おめでとうリンネ。お主は無事に吸血鬼への進化を果たしたぞ。進化にしては早すぎて怖いぐらいじゃが、その分伴う苦痛は凝縮されておったはずじゃ。よくぞ耐え抜いた」

 

 名持ちとなり、A級の強さを誇るヴァンパイアへと進化した。


 文面以上の力を持っていることは明白だ。史上類を見ない成長速度で、この世界に怪物が生まれつつある。


 死神への階段をまた一歩昇った。

 


ステータス


種族──[アンデッド][吸血鬼]

固有スキル──【適応】【運命】【死術】【創造】

スキル──《威圧》《再生》《超音波》《武器使い》《毒術》《身体強化》《ドレイン》《魔力感知》

種族スキル──《血操術》

称号──死神の後継者

称号スキル──【???】

加護──『死神の加護』 『真祖の吸血鬼の加護』

魔法──〈全属性魔法〉

耐性──〈全属性魔法耐性〉

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