第12話 決着
拳のぶつかり合う音が部屋に響き渡る。殴打も蹴りも数度ぶつかりはしたが、その全てが互角。激しい戦闘とは裏腹に、形勢はどちらに傾くこともなく激化の一途をたどる。
攻撃を躱して往なして、カウンターで連撃。どれもが致命傷になりかねない一撃で、お互いに一歩も引く気はない。
そして示し合わせたかのように両者は次の策に移る。
「「ドレインッ‼」」
声は重なれど、表情は一時も一致しない。
攻撃を加えることにより、魔力や生気を奪っていくスキルである《ドレイン》。今回のような超近接戦においてはうってつけな技だ。しかし、この場における両者の《ドレイン》の発動の持つ意味は、真っ向からの根性勝負である。
再び殴り合いに興じた。お互いがお互いの気力を奪い合う。殴る度に体力は回復し、殴られる度に植え付けられる虚脱感。その虚脱感を俺は愉悦で、ヴァンパイアは怒りで打ち消す。
両者が直撃を避けながら削り合い、奪い合う一進一退の攻防。どちらかの集中が切れるまで永遠と続くかと思われたが、まず動いたのは俺だ。
勝負を焦った風に大振りの殴打を構えて隙を作った。ヴァンパイアの攻撃を腹に誘導したのだ。喉から手が出るほど欲しいクリティカルヒットを先に譲る。そして常に機を窺っていた目敏いヴァンパイアは、この隙を必ずついてくる。ヴァンパイアを強者と認めているからこそ取れる戦略だ。
案の定、ヴァンパイアは待ってましたとばかりに、《ドレイン》を伴った全力の拳を俺の腹に振り抜いた。
《爆流圧血》一点集中。
失敗すれば肉が弾け飛んで変死体と化すだろうが、今更恐れなどない。
ボゴォォォッッッ‼
胃液が逆流しそうになる。気持ちが悪い。でも、耐えたぞ。
「今度はこっちの番だ」
誘いこむための大振りは何もブラフのためだけじゃねぇ。そのまま、こいつの顔面をぶち抜くのための一発。再び成される高難度の《血相術》、右腕への《爆流圧血》一点集中。
「んにゃあッッッしゃいッ‼」
奇天烈な声をあげての全力の打撃が頬に直撃する。低く重い音を上げた。
だがここで想定外のことが起こる。体ごと吹っ飛びはしたものの、地に伏すこともなく耐えられた。
これまで長く生きてきたヴァンパイアが試しはすれど、成功することのなかった《爆流圧血》の一点集中。それをここにきて、激闘で冴えに冴えた勘で成功させてみせたのだ。ヴァンパイア自身も今まで感じることのなかった、急激な成長と確かな高揚感。
今の一撃が決まっていれば、おそらく首はへし折れていただろう。
厄介な相手、早く勝負を決めなければいけない。しかしまだ戦いたい。まだ成長できる。この戦いの分だけ強くなれるという自負があった。ここで二人の意見が初めて一致する。
戦いに没頭するとはまさにこのこと。両者が極限の集中に入った。
「「
向かい合った二人のヴァンパイアが、前腕辺りを長めに爪でなぞる。
ぶらんっと腕の力を抜くと、大量の血が白い肌をだらだらと流れた。手に到達したあたりで地面に落ちるかと思われたその赤い雫は、明確な意思を持って象り始める。
俺の方に象られたのは濃淡な赤を雑に塗りたくったような不細工な刀。
ヴァンパイアの方には精緻な加工が施されたがごとく均整の取れた両刃剣。
外界で血を具現化させる大技を両者ともに成功させた。だがしかし、お互いに剣の心得一切ないド素人。それでもこの打ち合いが決着であると理解していた。
「お前のせいで調子が狂う」
「もともとお前もそういう
覚悟を決めた。というよりは二人とも最後の戦いを楽しもうと意気込んでいるようにか見えない。いつの間にかヴァンパイアまで感化されている。その顔に移る笑みは、始めにあった余裕からくる笑いなどではなく、紛れもない狂った嗤いだ。
二人の織り成す空気によって、殺伐としているはずの戦場がこうも楽しげに見えるものなのか。
準備万端。最後の戦いは、合図もなく始まった。
今日一番のスピードを持って中央で激突する。ただ剣を振り下ろしただけのぶつけ合い。その場での鍔迫り合いに優劣はなく、俺はすぐに振り払ってから横薙ぎを繰り出したが躱される。続いて二度の打ち合い。切りがないほど互角。
お互い、相手のやりたいことはもう手に取るように分かっている。三度目は完全に防御を無視した。
俺はヴァンパイアの左肩を貫いたが、逆に左腕を失った。ヴァンパイアの剣に見事に切り抜かれたのだ。
走る激痛。失ったものは大きい。が、与えたダメージには相応の価値がある。
「毒術…………器用な奴だ」
そう、俺は血の刀に《毒術》で毒を含んでいた。不細工な刀になったのはそのせいでもある。
しかしヴァンパイアは豪語する。
「だが決着はすぐそこにある! こんなもの苦でもないわ!」
「ああ! これで決着だ‼」
ものすごく、心地が良い。
────────
ヴァンパイアは毒のアドバンテージをしっかりと食らっていた。突かれた左肩から下が機能しないだけでなく、じわじわと脳に侵食し出す。
そして尚も興奮状態にある思考、高ぶり続けていたいと願いはするが、痛みと痺れが意志に背いて脳を冷やしていく。
冷静になって、改めて気づいた。目の前の存在の歪さに。
────こいつは、覇者なのだ。もしかするといずれは……。
《威圧》の上位スキル《覇気》。
ヴァンパイアの目の前に居る銀の存在は、この時点のみ、未完成ではあれど、その纏うオーラは確かに《覇気》の域まで至っていた。
いつの間にか壁や天井に張り付いていた光虫は、ショック死で地に落ちている。
だがヴァンパイアにもう畏怖はなかった。あったのは諦念と憧憬。この存在に殺されるのなら、光栄だとさえ思ってしまった。だから、最後までやり抜こう。
決着の時。共に使用可能なのは片腕のみ。両者が駆けた。相手の全力の横薙ぎと、ヴァンパイアの渾身の振り下ろしが衝突する。ここからはもう、どちらが押し切るかだけの勝負だ。
そして、生涯をかけて研鑽を積み、けして努力を怠らなかったヴァンパイアに世界から《
飽くなき探究心に天が応じて、《鑑定》が最後に授けられた。
ヴァンパイアは何が起こったか理解していない。しかし、させられた。スキルは意思とは関係なく発動し、無理やり脳に詰め込められるかのように情報を押し込まれる。
ヴァンパイアは全てに合点がいった。一度殺した相手が再び姿を現すという禁忌にも。スケルトンだった存在がヴァンパイアに成った奇跡にも。その理に背く力にも。
全ての異常事態、目の前の異端に、納得した。
「復活していたのか……亡者の支配者にして、不吉の象徴────死神」
銀の存在は一瞬驚きはしたが、すぐに反応する。
「後継者だけどな」
「貴様は世界の敵だ」
「望むところだ。どのみち俺は神に成る。関係ない」
「ふはは…………」
それはヴァンパイアにとって久しぶりに出た純粋な笑いであった。
老獪なヴァンパイアと死神の後継者が認め合うように笑う。
決着は、ついた。
「楽しかったよ」
最後の鍔迫り合い。制したのは銀一色。両刃剣をへし折ったままに、ヴァンパイの首を跳ね飛ばして見せた。
折れた両刃剣が地に落ちて金属音を鳴らす。清々しい達成感と激しい虚無感。
俺は一つ、死神に近づけたであろうか。
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