第10話 全能感

 ヴァンパイアが光虫を集めに外に出ている最中、迷宮内の一室に一柱の光が輝いた。




 光が消えだすのと同時に、俺の意識も確かなものになる。


 光が完全に消えて、辺りを視認する。以前ヴァンパイアに殺された場所だ。どうやら今は留守らしい。ぐるっと見回したが、明かり代わりの光虫と自分以外の存在はない。視線はそのまま自分の体のあちこちへと向ける。


「死んでた時にヴァンパイアになったって聞いたから期待してはいたけど、期待以上だな…………」


 以前まで骨であった全身、今では久しぶりに血色のある人肌になっている。雪のように白くはあるが、けして不健康には見えない。むしろきめ細かく美しい肌が健康的に魅せている。先ほどから視界の端をちらつく銀髪も艶があり、腰辺りまで伸びてはいる一本一本が癖もなく美しく流れている。


 細長く筋肉質な肢体は骨であったころとは比較にならぬほど柔軟で強靭。さらにヴァンパイアになったことが影響しているのか、血の巡りを感じる。人間であったころには感じなかった不思議な心地。嫌悪感のない違和感ではあったが、『適応』のおかげでだんだんと慣れだす。流石だ。


 そして一つ。とても気になることがある。触れないようにしようとは思ったのだが無理な話であった。へそより下、太ももより上に、アレがないではないか。


「うぅ……男の尊厳……」


 どうやら生殖器自体がないようで、俺が女性になったわけではないらしい。ヴァンパイアには性別がないのだろう。


 こればかりは仕方がない。しょげていても男の象徴は返ってこないのだ。簡単に切り替えれることではないが、『適応』が俺のメンタルケアを行ってくれたのか意外とすんなり諦められた。いつもお世話になっております。


「それにしても、本当に蘇ったんだな」


 死に際に蘇ると宣言したのは良いものの、あの時は根拠なんてどこにもなかった。ただそんな気がしていただけ。


 死んだ後も、長い時間夢を見ているような感覚で正直不安だった。だが蓋を開けてみればこれである。大成功といってもいいのではなかろうか。


 感覚というものを久しぶり取り戻した気分だ。


 スケルトンであったころも五感はあった。いや、今思えば腹が減らなかったから味覚は試してないな。それでも視覚、聴覚、嗅覚、触覚はあった。


 しかしどれも少しずつ鈍いのだ。確かにすべて機能はしているのだが、人間であったころよりもどれも劣化していた。痛みも感じにくかったように思う。『適応』のおかげなのか違和感はあまり感じなかったのだが。


 しかし少なくとも、今とスケルトン時代を比べれば違いは歴然だ。全感覚が研ぎ澄まされ、外界を敏感に取り込んでいるのが分かる。


 それに、強化されたのは感覚だけじゃない。蘇ってからずっと腹の底から力が込み上げてくるのだ。正体は間違いなく魔力。抑え込もうともせず、無干渉にしている今、膨大な魔力が体内と外界を駆け回っている。


 体の構造が一気に変化した。本来なら、血流の感知、感覚の強化、魔力の増強、気を回さなければならないことが多く、情報過多で脳がオーバーヒートしかねない。だが俺には【適応】がある。


 すでに血流に関しては気にならないほどに慣れ、感覚は優先度の高いものから適応している。今は他に誰もいないため聴覚や嗅覚は後回しにして、触覚を優先している。視覚はすでに適応済み。


 魔力に関しては、もう少しこのままで居たい。何の制御もかけず、ただ大っぴらに自らの力を解放するのはものすごく爽快なのだ。全能感に近い。


 そんな傲慢な気分に浸ってしまうのも仕方がないのだ。


ステータス

種族──[アンデッド][ヴァンパイア]

固有スキル──【適応】【運命】【死術】【創造】

スキル──《威圧》《再生》《超音波》《武器使い》《毒術》《身体強化》《ドレイン》

種族スキル──《血操術》


称号──死神の後継者

称号スキル──【???】

加護──死神の加護


魔法──〈風魔法〉〈火魔法〉〈土魔法〉〈水魔法〉〈闇魔法〉

耐性──〈風魔法耐性〉〈火魔法耐性〉〈土魔法耐性〉〈水魔法耐性〉〈闇魔法耐性〉


《吸血》は上位スキルの《ドレイン》に融合されたらしい。それにしてもステータスが混雑してきた。種族も二つ持ちという意味の分からない状況だ。


 だが格段と強化されたのは事実である。


 【適応】という反則なまでの固有スキルと、世の理に反する【死術】という禁忌。加えて吸血鬼という種族を獲て、高い身体能力と種族スキルである《血操術》を習得した。


 そして何より、【適応】や【死術】と同格の固有スキル────【創造】。



【創造】


《思考転写》…………イメージした動き、技、思考を自身の能力に応じて実現可能。


《発明家》…………原材料、能力が伴えばあらゆるものが創造可能。武器、魔法、スキルと多岐にわたる。



「化け物か」


 これはダメでしょう。特に《発明家》。こんなのチート以外のなんでもない。


 半信半疑ではあるものの、《発明家》について実験してみることにする。イメージするのは空を駆けること。飛行機とかヘリとか、そんな閉鎖的なものもなく、自由気ままに鳥のごとく飛ぶのだ。


『[ブラッディバット]への適応、〈風魔法〉の応用をもとに《飛翔》を創造します。習得しました。』

 

 まじですか? そんな簡単に?


 確かに今のはたまたま条件が揃っていたのかもしれないが、空を飛ぶスキルをこんなあっさりと…………。


 若干後ろめたさはありつつも、空を飛べるというロマンが打ち勝ってすぐにどうでもよくなった。


 鳥のイメージを継続して持ち、嬉々として《飛翔》を行使する。


 ぶわっと体が軽くなるのを感じてすぐ、身体が宙に浮いた。そして徐々にスピードを上げていき、自由気ままに空を散歩する。


 自分の思い描く通りに空を遊泳する。これが《思考転写》の力。


 【適応】もすぐに順応する。高速で駆けたり、螺旋を描くように回りながら飛行したり。


 やはり感じずにはいられない全能感。感覚がバグを起こしそうだ。


 両手を広げて、訴えかけるように魔力を波動させる。


「今ならきっと、なんだってできる」


 ひどく透き通る声で、ひどく傲慢に。


 早くこの力を試したい。



 そんな時であった。部屋の門が開いたのは。

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