第9話 復活と再戦

 その日、ヴァンパイアは部屋の外に出ていた。迷宮内に環境の変化がないか見て回ったり、部屋を照らすための[光虫こうちゅう]を捕獲に出ていた。


 光虫はその名の通り光る虫、巨大なダンゴムシのような見た目をしている。苔や草、時には死体なども食べる雑食だ。特別〈光魔法〉を使うなどということもなく、攻撃性は一切ない。


 二十匹目の光虫を〈闇魔法〉で捕獲したヴァンパイアは部屋へ戻るべく来た道を引き返す。


 光虫は確かに明るさを確保する面だけで見ればいいが、見た目が見た目なのでインテリアにするには少しグロテスクだ。


 だがヴァンパイアが変わっているというよりは、魔物はそういった見た目への嫌悪感は薄く、利便性を重視した結果だろう。


 なので気分転換に散歩、というものではないが、そういった要素もなくはない。


 脳裏にちらつくのだ。あの異形が。


 一月前、部屋に現れた一体のスケルトン。突然変異であろう異質な雰囲気を纏うその個体は、あろうことか真祖の吸血鬼の加護を持つヴァンパイアとやり合ったのだ。 

 

 本気を出していないとはいえ、魔法にも精通していて、通常のヴァンパイアとはわけが違う。最後には種族スキルを使わすにまで至った。


 もちろんヴァンパイア自身もそのことを理解している。自分が魔物の中で上位の存在であると認識しているのだ。だからこそ腹立たしい。相手はE級のスケルトン。突然変異とはいえ手こずるような敵ではない。何より…………。


────未だ悪寒が止まぬのもまた腹立たしい!


 表情のない骸骨の嗤い声が耳から離れない。


『お望み通り、今回は死んでやる。だがな! 俺は蘇る‼ 必ずお前を殺しに戻ってくるぞ‼』


 自身の手で殺した相手。格下なのは間違いないのだ。


 再び怒りがこみ上げてきたころ、運悪く風魔狼が通りかかった。風魔狼は明らかな強敵を前にして戦闘の意思など毛ほどもない。逃走を試みようとしたが、出会いがしらの強烈な〈威圧〉。足がすくんで、耳と尻尾は垂れてしまった。


「〈炎槍〉ッ‼」


 烈火の槍が高速で飛来し、風魔狼を焼き貫いた。明らかなオーバーキル。腹いせにされた風魔狼はたまったものじゃない。


 ヴァンパイアの苛立ちは少しも晴れない。無駄死にをした風魔狼をゴミを見る目で一瞥してから通り過ぎた。


 結局、拭い切れぬ不快感のまま、門を開こうとする。少し開いた隙間から感じる風。違和感を感じずにはいられなかった。自分の寝床に異常が起きたのだと、すぐに理解する。


 神経を逆なでする異質な魔力を纏った隙間風。気味の悪さと焦りから、門を力任せに蹴飛ばした。


 部屋には息苦しいほどに魔力が飽和している。その濃密な魔力は部屋の中央、天井に近い位置から波動していた。


 そこに存在しているのは銀色の美しい生物だ。


 白銀色の長髪、一切の穢れを知らない透き通る白い肌、筋肉質で在りながらスラッとした手足。白いまつ毛も長く、すこぶる整った顔をしている。


 全裸ではあるが性別を判断する箇所はない。美少女とも美青年ともいえる姿形だ。


 ヴァンパイアはすぐに気づいた。同種だと。相手が同じヴァンパイアであると。同種族同士はだいたいが気配で分かるのだ。


 上位種の吸血鬼には性別が存在するが、ヴァンパイアには区別がない。肌が白いことや、比較的容姿が整っていることも、身体的特徴として一致する。


 しかし大きな違いがあった。ヴァンパイア、ひいては吸血鬼系統の全ての魔物に当てはまる決定的な特徴は赤い眼だ。その色が違ったのだ。

 

 死した生物の眼のように、残酷なまでに奇麗な白銀。


 少し青みを帯びた銀、何者も寄せ付けない空の色をしていた。


────吸血鬼の眼は赤。例外などありえぬ。そのような異端…………


「おかえり。いや、待て違うか。この場合は~…………」


 透き通る声が耳朶に響く。一瞬思案した風に顎に手を当てるが、またにっこりと笑む。心底楽しそうに表情をころころと変えるのだ


「ただいまかな?」


 全身の毛が逆立ったのがわかる。あいつだ。軽薄な印象も、こちらまで一緒に狂わされそうな狂気も、計り知れぬ気配も、全て、あの忌々しきスケルトンと重なる。


────本当に、蘇った…………? なぜだ。特定の生物がすべての記憶と能力を継承したまま完全体で蘇るなど。まるで〈蘇生魔法リザシテーション〉ではないか。


 それは腐食せず、五体満足の清潔な死体に超高等大規模儀式魔法をかける大魔術。成功確率が限りなく低いとされ、禁忌と呼べる神の御業なのだ。


 それに今回は訳が違う。


────完全体での復活。いや、そんな次元じゃない。進化? 馬鹿な。スケルトンとヴァンパイアは似ても似つかぬ別種だぞ。


 けしてヴァンパイアの知識が足りないわけではない。誰であれ、目の前の事象は説明できぬことなのだ。


 未知の恐怖がヴァンパイアを襲う。思わず身震いしてしまいそうな緊張を必死に抑えこんだ。そして誤魔化すように声を荒げる。


「また貴様か! どんないかさまを使ったのかは知らぬが、今度こそ貴様をこの手で滅ぼす‼」


「受けてたつ!」


 ヴァンパイア同士の相反する表情。怒りと愉悦。感情をよく表した二人の《威圧》が再び衝突した。


 手加減なし。お互いに全開の力の誇示。


「くッ…………」


 吹き荒れる魔力の暴風。それに隠れるようにヴァンパイアの悔しそうな声が漏れ、第二ラウンドが始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る