第8話 追憶


 橘綾斗たちばなあやと


 齢二十と少し、起伏のない人生を送っていた。

 起きて、大学行って、帰って、てきとうに過ごして、寝て。


 宇宙の中で、地球の中で、日本の中で、おそらくどんな規模でも、俺は機械的であるように平均に存在する。

 

 世界人口何人だっけ? 八十億とか? 人間だけでこれ、全生物を考え出すと怖いよな。無数の幸福があり悲壮があり欲望がある。それは想像もつかないエネルギーだろう。


 たまに怖くなるんだ。大きなデパートとか行くと特にそう。一つの箱の中に個人、恋人、家庭が集う。そこには幾千、幾万もの意思があり、明るすぎる光源に当てられて、影を見る。

 自分はなぜ生きているんだと。なぜ意思を持っているのかと。


 なぜ、自分は自分で在るのかと。


 結論に至った。神様は俺の生において、至上命題などあたえていないのだ。考えてみれば納得だ。全生物の断固たる想いが渦巻くのなら、きっと満ちる生命エネルギーで世界など簡単に壊れてしまう。


 神様だって疲れるのだ。俺はその箸休めに造られた神託のないただ生きるだけの生物。世に正も悪も影響を与えない。虚構のような人間だ。

 

 何も成せない日々が虚しい。能力が伴わず、無理くり何かを成そうとするか悪は産まれる。俺はそれすら嫌で、逃げて、出来上がったのが現状といだけだ。


────────


 苦しい。死んでからどれだけ経っただろうか。


 ずっと夢を見ている。ずっとだ。前世の記憶。どの部分を切り取っても似たような光景が繰り返されている。終わらない平凡な日常。


 苦手だ。


 いつまでもいつまでも流れる日常。今は体もなく、脳もない。故に退屈、寂しさ、欲望、あらゆる負の感情が魂へ直に響く。痛みより重い重い心痛となって。


 でもそんな苦しみはいつでも跳ね除けられたのかもしれない。現状など、ひょんなことから一瞬にして移ろうのだから。


 逃げていただけなのだ。失うものなどないはずなのに。自分でも分かってる。


 殻を、破らなければならない。そうでないと次には進めないのだ。


 追い求める先は何であってもいい。


 何者かに成りたい。


『死を司る神と成れ』


 スポーツ選手、医者、大統領、哲学者、なんでもいいから成りたい。


『死を司る神と成れ』


 成るには間違いなく才能と運がいる。これは間違いない。そのものの生涯に、レールは必ず引かれている。


『死を司る神と成れ』


 そしてたまたま、俺の才能と運が『死神』に適応していただけ。ただそれだけの運命なんだ。この世界とは無縁の異形に。俺は空っぽ、いわばこの世界とは無縁。


 機会を逃してはいけない。


『貴様にはこれから、幾つもの大いなる試練が待ち受けているだろう』


 関係ない。目の前に立ちはだかるもの全てを乗り越えなければ、どうせ何かに成るなんてできないのだから。


『【蘇生】が完了しました』


 未来の自分を創造しよう。強くなった先に居る自分を。


『死を介し、新たな生受け、固有スキル【創造】を獲得しました』


 零から固有を生み出す。これが【死術】の真髄。


『【運命】により新たな種族はヴァンパイアに決定しました。種族スキル《血操術》を習得しました』


 たとえ、過程や結果が狂人であろうと関係ない。異端であることだって受け入れよう。その上で、俺は死を司る神に成る。


 俺の至上命題は死神と成ることだ。

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