第7話 死
全身を痛みに貫かれながら重い腰を上げ、砕かれた両腕を《再生》で治していく。
「ほう……。治癒能力まで有しているか……」
悠々とこちらに向かって歩みよるヴァンパイア。本能が近接戦を避けろと告げていた。
ある程度の距離を確保している今、近づけさせまいと魔法を放つ。
「
俺とヴァンパイアを分かつように巨大な炎の壁が立つ。しかしこれもヴァンパイアの《闇魔法》で吸収されかねない。時間稼ぎにしてもあまり余裕はないのだ。
俺が今持ちうる力でこの後の展開と対応を考えていると……。
ザッパァァァァァッッッン‼
軽い津波と見紛うほどの大量の水が炎の壁の中央を突き破る。そして津波に乗るようにしてヴァンパイアが飛び出してきた。
「まじかこいつ!」
魔物に常識を当てはめてはいけない。能力が伴っていれば炎の中を突っ切るぐらい平然とやってくるのだ。
着地してすぐに駆けるヴァンパイア。ここから魔法を打つ余裕はない。【適応】が少しでも追い付いていること祈りながら、覚悟を決めて《身体強化》をかける。
ヴァンパイアの強烈な蹴りをうめき声を上げながらも凌ぐ。カウンターで俺が放った右拳に合わせて、顔面に殴打が返される。お互いに拳をいなし合った後、わずかに生じたように見えた隙、俺は迷わず相手の腰に目掛けて蹴りを入れた。しかし渾身の蹴りは受け止めれ、誘われたと悟ったのはそのまま投げ飛ばされてからだ。
やっぱり近接戦は敵わない。
地面に叩きつけられはしたがすぐに起き上がる。ヴァンパイアは追撃を加えるためにすでに迫ってきていた。
俺は〈土魔法〉を操り、錬成の早さだけに力を注いで即席のバットを創り出す。
「創るならもう少しましなものを創ったらどうだ?」
嘲笑うようにして無警戒に飛び込んでくる。その反応も当然だ、特別に硬度があるわけでもなければ長さもない、魔力濃度も薄く、殴った拍子にバット側が砕けそうだ。だがそれでいい。そういう目的で作ったのだから。
俺は迫ってきているヴァンパイアに向けてバットを、投げた。
「────ッ⁈」
ヴァンパイアは鈍器だと思っていた武器が投擲されたことに驚きはしたものの、それは意表を突くものでしかない。むしろこれをわざわざ躱して戦闘スピードを落とす方が、魔法を仕込まれて厄介。そう思い大して害のないバットを腕で叩き落そうとした時────。
「ぐッ!」
軽快な音と共にバットは小さな砂の粒子と泥になって霧散した。咄嗟の事で反応に遅れたヴァンパイアの眼球には大量に砂泥が入り込む。
視界を奪ったことで、乱雑な殴打を繰り出してきたところを躱し、最小限の動きで腹に一撃。そしてその場はすぐに離脱し、後退しながら〈火球〉を放った。
「〈黒魔引〉ッ‼」
目を瞑り、苛立ちながらの詠唱。《魔力感知》で〈火球〉を捉えて、うまく呑み込まれる。だが距離は稼げた。今度は油断しない。確実に距離をとりながら【適応】を駆使して、勝つ。
「小癪なっ……」
水魔法で目を洗い流しながら憎々しそうに呟く。
「どうしても遠戦に持ち込みたいようだな。舐められたものだ」
充血した赤い眼が獲物を確実に仕留める狩人の眼になる。ヴァンパイアが手をかざす。怒りに任せた魔力の凝縮。燃え盛る炎が一柄の槍となる。
「〈
〈火球〉など比に成らぬ溢れ出んばかり魔力を纏って襲い来る。俺を目掛けて猛烈な速度で飛来する槍だったが────呑まれた。
「〈黒魔引〉ッ‼」
〈闇魔法〉はすでに適応している。
炎の槍はぐるりと闇に呑み込まれ、闇もまた収束する。
「貴様、使えたのか……」
今初めて使ったので賭けではあったが成功したようだ。
〈黒魔引〉は他の魔法より比較的に魔力を籠めやすい。炎を構築して制御しながら熱量やスピードを意識する〈火球〉などと違って、呑み込み無効化するという一点に重きを置くため魔力効率がいい。
「儂と同レベルで魔法を使いこなすのか。スケルトンごときが…………。極めて不愉快!」
研鑽を積んだ実力が格下に肩を並べられたことが癪に障ったのだろう。俺もスキルに頼りまくって得ている力なので少し申し訳なくなるが仕方ない。これはこれで俺の力なのだから。
「貴様は今ここで確実に屠る! 見せてやろうヴァンパイアの真の力! 《血操術》を‼」
ヴァンパイアが爪で指先を切り、手で銃を象る。先端の指先、銃口には赤が集まる。火ではない。もっともっと濃い赤。血だ。
滴る血液が集結する。そして弾丸は完成した。
やばいのが来る。
生存本能に従い、俺は〈
俺とヴァンパイアの間に、硬度十分な幾重もの壁が立った。だがヴァンパイアは、関係ないとばかりに血を解き放つ。
「《
音速を越える血の弾丸は岩の壁などものともしない。まるで紙でも貫くがごとく、壁の破壊音すら置き去りに、滑らかに進んだ。そして骨を穿つ。
俺の上半身右側、肩から腹にかけての骨は跡形もなかった。
「決着だ」
自分の身体を見やり、右半身を左手で触れようとすると空ぶる。激しく痛い。
顔を上げ、ヴァンパイアに視線をやる。
ぎょろっ、眼はないがそんな擬音が似合う。
「強いなぁ、お前。最後の技、見えなかったよ」
苦悶に満ちた泣き笑い、そんな声。だがヴァンパイアには見えた。表情がないのに、感じたのだ。相手が嗤っているのを。それ程に気味の悪い、ぬるりとした悪寒。
「なぜ嗤う」
「ふはっはははっ」
心底おかしそうに嗤うのだ。自身の敵わぬ強者を前に、未知なる力との出会いに感謝して。
その姿は魔物。元人間の矜持、知性、そんなものは彼方に飛んでいた。
「狂人が。死ね」
忌々しそうに俺を見るヴァンパイアが地を駆けた。
逃げる? とんでもない。受け入れよう。次だ。
存在するかも解からぬ次を確信して。
「お望み通り、今回は死んでやる。だがな! 俺は蘇る‼ 必ずお前を殺しに戻ってくるぞ‼」
両手を大袈裟に広げ、高らかに宣言した。
「戯けッ‼」
高速の蹴り、俺の首が宙に舞った。
『生命反応の停止を確認しました。【死術】により、《蘇生》を開始します。完了までの予測時間は未定』
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