第6話  実力差

 両者の魔法はちょうど中間地点でぶつかり、大爆発を起こす。


 油断はしないと決めたからには、初手から火力重視で打った。だが放たれた炎の集合体は、命中どころか、避けるでもなく相殺された。この時点で相手の火力は俺と同等以上、もしあえて相殺という形をとったのなら実力差は歴然だ。


 魔法に利はない。かと言って得体の知れない相手にいきなり接近するのも得策とは言えないだろう。ステータスを見たところ、ヴァンパイアは魔法に長けている。加えて知性を備えていて、不確定要素も多いときた。罠を仕掛けている可能性もなくはない。


 俺は踏み込む機会を伺いながら、逃げるように魔法戦に興じることにした。


「〈石弾せきだん〉‼ 〈水砲すいほう〉‼」


 隙を作るために、拳サイズの土と水の属性が付与された魔法が無数に放たれる。それぞれが空中に土砂や水滴をまき散らしながら猛威を振るうが、全て、堕とされた。


「〈風圧〉」


 上からの重い豪風で数秒間、その場にゲリラ豪雨が起きた。激しく打ち付けられた水により、大きな水たまりをつくるが俺は攻撃の手を止めない。


 出来上がった水たまりを蒸発させるがごとく、炎を溜める。


「それはもう見たぞ」


 つまらぬ、とでも言いたげに笑みを引っ込めてヴァンパイアもまた詠唱する。


「〈火球〉‼」


「〈火球〉」


 お互い、先ほどより一回り成長した炎を投げ合う。


「────」


高速でぶつかり合った炎は当然、先ほど同様に爆音を鳴らし、少し派手に火炎を巻き上げながら視界を朱色に染める。


 爆炎が高い天井に届こうかというところ、ヴァンパイアが退屈そうに炎の揺らめきを眺めていると、幾重もの風の刃が急襲する。


 〈火球〉の衝突と同時に詠唱していた大量の〈風刃〉だ。


 部屋に響いた爆音で詠唱を隠し、魔力を強く籠めた〈火球〉の衝突で吹き荒れる魔力により、ヴァンパイアの持つ《魔力感知》を掻い潜った。


 知恵なき魔物にはできぬ、戦略だ。不意打ちは成功した。


「────ッ⁈ 〈黒魔引こくまいん〉!」


 だが悲しいかな。確実に意表を突いた数多の鎌鼬かまいたちは闇に呑まれる。


 火炎と煙が捌けたころ、ヴァンパイアの前に出現した円状の闇を確認して悟る。


「闇魔法。初めて見たけど、食いしん坊かよ」


 渾身の連撃が何事もなかったように処理され、苦笑するしかない。


「良い戦略だ。それに、魔力濃度を高めた魔法をこうも連発するか…………。突然変異とは言えど、たかだかスケルトンのはずだが、やはり興味深い」


 まあ見た目はそうでも種族的にはスケルトンじゃないらしいんだけどね。その辺は俺もよく分かっていない。


 それとは別に、ヴァンパイアの言う通り魔法を連発しても疲労はない。一度、相手の技を見切る訓練として、風魔狼に意図的に魔法を打たせて練習相手になってもらったことがあった。その時は大して威力の高くない〈風刃〉を五発放って疲労していたように思う。


 しかし俺は今まで魔法による疲労は感じたことがない。


スキルには魔力の増幅や魔法に関するものはなく、【適応】により魔力の効率が良くなっているか、そもそもの地力なのかとも思ったのだが…………俺が思うに、おそらく称号と加護のせいだ。


『死神の後継者』 『死神の加護』


 いかにも物騒な名称をしているこの二つ。これらに関しては今のところ全くの謎だ。死神という存在は全容どころか、断片すらつかめない。


 俺はまだまだ自分の力について正確に理解できていない。


 ちなみに魔法耐性の実験として、何発か食らってみたりもしたが、D級程度の魔物なら直撃を受けても問題ない。魔法耐性に加えて、相手を倒すたびに【適応】し、身体能力が向上してるおかげもあるだろう。


 ブラッディオーガの火魔法だけはさすがに避けた。食らっても《再生》で治せる範囲ではあると思うが、確実にダメージを負っていた。さすがはC級。


 戦ってみれば分かるが、強さには整然とした“格”がある。


 例えば、目の前の相手のように────。


「では次は趣向を変えよう」


 言いながらヴァンパイアが立ち上がる。そう、今まで見方によれば互角に思えた戦いだが、ヴァンパイアは片肘をついて座ったまま、しかも俺の先制に対して全て後出しで対応していたのだ。


 俺もブラッディオーガを倒して【適応】したことで、B級ぐらいには成れたかと思っていたが、甘かったようだ。


「構えろ」


 少しやる気を見せたヴァンパイアの宣言を受けて、両腕を胸の辺りで構える。


 あえて近接戦でやり合ってくれるならラッキーかもしれない。魔法戦では分が悪い。


 俺が戦闘態勢を整えたのを確認してから、ヴァンパイアは地を踏み切る。


 信じられない速度で駆けて、横薙ぎの蹴りがあばらを急襲してきた。間に合わない思考を捨て、反射により片腕で防御態勢を取る。【適応】が反応したおかげで、踏ん張りながら数メートル飛ばされる程度で済んだ。


 が、ヴァンパイアは止まらない。またすぐに駆けて、一瞬で肉薄してきた。


「やばっ……」


 今までと比べ物にならない戦闘スピードの中、魔法、蹴り、突進、襲ってくるかもしれない幾つもの攻撃手段が判断を鈍らせる。


 取られた手段は俺の眼で追えない速さの殴打。顔面に向かって飛んでくる拳に対し、【適応】によって両腕で受けた。

 

 顔面を覆うようにして防ぎ、視界を遮ってしまう。防御としては愚の骨頂。【適応】ですらまだ追い付いていないのだ。


 だがヴァンパイアはあえて防御の中心に向かって振り抜いた。


 骨の割れる音のあと、数瞬のラグで部屋の壁の破壊音が響く。凄まじい勢いで飛んできた拳は、俺を軽く壁際まで吹き飛ばしたのだ。


 あっという間にもろくなった両腕、この世界に来て初めて感じる激痛、そして初めて味わう劣等感。俺はへたり込みながら睨めつける。


「魔術師タイプかと思ってたら、ごりごりのインファイタ―かよ……」


ヴァンパイアは傲岸不遜に余裕の笑みを浮かべる。

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