第4話 【適応】の真価 ②

 しばらく歩いて分かったのだが、この迷宮内は魔物が多い。遭遇率が非常に高いのだ。


 ゴブリン、ゾンビ、スライム、スケルトン、風魔狼、種類と数が豊富なこと豊富なこと。しかしこれらを倒しても、すでに【適応】が済んでいる魔物か、スキルなしの能力が劣る魔物ばかりで得るものがない。殴り、蹴り、形を成しているかも疑問な体術を練習するばかりだ。


 向上した身体能力に【適応】し、威力が上がり始めたころ。ある部屋に辿り着くと、一風変わった相手が表れた。


迷わず《鑑定》を行使。


[ブラッディバット] D級

スキル 《吸血》 《超音波》


 サイズは手のひらほど。おそらく単体を相手にするならそこまで問題はないのだが…………。


────湧いてんなぁ。


 その数は尋常ではなく、優に百は越えるだろう。ここはブラッディバットの巣窟だったのだ。気味の悪い視線が自分に集中するのが分かった。


 氷柱状の鍾乳洞のような天井からブラッディバットが一斉に飛び立つ。慌ただしく翼を動かして頭上を大群が旋回する。


 雑な〈風刃〉を数発ほど上空に放ったが、器用に躱され落ちてきたのはどんくさい二匹だけ。

 

 今の俺には狙い撃ちできるほど精度はないし、かといって大軍を薙ぎ払える極大の魔法を使えるわけでもない。なので適当に暴れて近づいてきた奴から蹴散らそうという結論に至ったのだ。


 そして攻撃のために降りてくるだろうという勝手な予測をしたまま構えていると。


────ギヤァギョぎぃゃぁギキぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ‼


 突然の不快を象ったブラッディバットによる大合唱。嗚咽を誘う不協和音が空間を満たす。その正体は《超音波》だ。


────やばいっ……とぶ…………。


 一瞬にして意識を刈り取られそうになり両膝を地面に着く。剥く白目はなく、吹く泡もないが気絶が近い。


 だが耐える。一縷の望みに縋って────数秒、耐えて見せた。


『《超音波》に適応しました。《超音波》を習得します』


 引っ張られるように意識が戻る。


────あぶねぇ。くっそ、この音痴こうもりどもが!


 まだ完全に慣れたわけではなく、尚も不快な音をまき散らすブラッディバットを睨めつける。だが思考だけは冷静に、最も効果的であろうスキルを見つける。


 最大限威力を高めようと意識して────。


『《威圧》の威力を高めるため《超音波》と〈風圧〉の効果を融合します。適応しました。また、《超音波》の適応により応用し、発声機能を習得しました』

 

 殺気を籠めた視線だけで射殺す。一瞬で空間を自分のものに。


【適応】により、今出せる最大威力の相手を圧する力。『威圧』


「死ねぇぇぇぇぇぇ‼」


 死神の後継者として解き放たれて初めての発声、その言葉は傲慢か皮肉か、はたまた産声か。


 刹那、グンッと空間が歪む。

 

 部屋を満たしていた不協和音は止み、時間差でブラッディバットが次々と落下する。ビタッと肉がつぶれる音を上げながら、周囲に死体が溢れる。


 その中で一人立ち尽くす。


『[ブラッディバット]に適応しました。スキル《吸血》を習得します』


「助かった…………」


 声帯のない骨の肉体。しかし《超音波》の応用により得た発声機能で安堵の声を漏らす。


 今回は完全に油断した。《鑑定》で相手の情報を事前に知っていたにも関わらず、簡単に相手の戦法に嵌ってしまった。スキルの有能さからくる余裕が油断を呼んでいるのだ。


 それにしても今回の戦闘、【適応】がなければ俺はおそらく死んでいた。俺の知恵が回らずとも、より効率的で効果的な攻撃方法に自動で適応してくれる。


 何より驚いたのが発声機能の習得。今回は『威圧』をより効果的に発揮するための副産物に過ぎなかったが、嬉しい収穫だ。


 ブラッディバットとの戦闘では【適応】の真価が垣間見えた。こんな使い方が可能なら今後も【適応】には大いにお世話になりそうな。


「まあなんにせよ、今回は反省だな」


 次は不覚を取るまいと自身を戒め、再び歩き出す。導かれるように。

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