チョイス

 巨大スケルトンの進撃は、2匹の子猫によって止められた。

 街の人々や建物に被害はなく。また森も支障が生じる一歩手前で止まった。


 スケルトン襲撃から2時間も経たぬうちに、日の出と共に喜びの色を帯びた声が街中から上がっていた。人々は復旧の作業に取り掛かり、穴の空いた屋根を塞いだり、乱れた石畳の道を舗装し直したりと忙しく動き回っている。


「前から思ってたけど、この街の人達ってたくましいね」


「チュートピアのネズミ達とはちげぇけど、何か明るいよな」


 木材を運ぶ人や、普段の陽気でパンを売る店、噴水の周りを駆け回る子供達。

 火に焼かれた家などもあるのに、どこか光に向かって歩くような姿勢があった。

 もちろん泣いている者もいるが、街の誰かが声を掛けると、決心して復旧作業に参加したり、その様子を穏やかに眺めたりとあった。


 悲しみが無い訳では無い。ただ穏やかなのだ。


「街の人々は、たまにある魔物の襲撃に慣れているのです。この街の者達は皆自身の選択に従って生きています」


 ふらりと姿を表したレイがぽつりと説明する。

 レイもまた、暖かく街の復興を見守っていた。物憂げな表情なのに、穏やかな明日が来ると確信しているようだった。


「そうか。自分で選んだことなんだからそれくらい乗り越えろってことだな」


「違います」


「えっ」


 納得しかけたゴマにペシッと否定の声が叩きつけられた。

 ゴマが足を前に出してレイを覗くと、不機嫌そうな表情でレイに答えを急かす。だが、レイは肝が座っているのか、そよ風を受けるように表情は動かない。動いたのは艶のある唇だけ。


「乗り越えると決めたから選ぶのです。選択は、決断であって、かせではありません」


「枷ではない?」


「人が常に振るう物があるとしたら、それは斧の次に選択です。私達は創られ生まれ落ちましたが、この心を築いたのは私達自身です。この街の人達は、この街で暮らすと決めたから、魔物の襲撃があってもこうして前を向いてます」


「そうなんだ。そういえばレイさんっていつも頼もしいよね。尊敬しちゃうな」


「ふん。んなのボクだって選んでるぜ。『剣』『剣』『剣』ってな!」


 シュ、シュと素振りを見せる。大振りな攻撃を披露するたび、「うにゃ」「どうだ」「んにゃろ」と声を上げていた。それがルナ達にたいしてなのか、剣を振るう妄想の相手なのかは分からない。



「ん? ゴマ君は何をしているのかな?」


「ソールさん! 住人の避難ありがとうございます! 怪我人はいなかったし、僕達も戦いやすかったです」


「そうか……、いや、手助けできてよかったよ……ッ」


 最後に何か呟いたようだったが、ゴマのセルフ効果音に、シュ、っと消されたために聞き返すことが出来なかった。


「ところで、何でソールさんがここに?」


「レイさんに呼ばれて来たんだ」


「レイさんに?」


 ルナが尋ねるようにレイを見た。

 3匹が集まったのを確認したからか、すうっと3匹の前に歩み出し、その場で翻って視線を見据えた。


「今回、あなた方3匹の勇敢なる行動のおかげで、街は危機を乗り越えました。感謝と共に、その実力を見込んで頼みたいことがあります」


 表情が引き締まるのを感じた。声も少し硬さを帯びている。


「実は、この島の地下にはダンジョンがあり、その最奥さいおうに私達が崇めている秘宝があるのです。秘宝の様子を報告して頂きたいのです」


「んにゃ! そぉら! んにゃ……ダンジョン?」


 ピクリと耳が跳ねる。妄想から現実に戻ったゴマが好奇心溢れる表情で「ダンジョン!」と反芻(はんすう)した。


「つうことは、この地面の下に世界が広がってるんだな」


「はい。そして魔物も跋扈ばっこしています」


「え、魔物もいるの?」


 冷や水を浴びたようにぶるると震えるルナ。

 その肩にゴマの前脚が乗っかった。


「ニャッハッハッハ。ルナてめぇやっぱ根性ねえな。ちょうど良い。そのヒホウって奴の様子を見にいくついでに根性鍛えるか」


「戦いはあんまり好きじゃないよ。あの巨大スケルトンの時だって何回も危ない目にあったんだよ」


「……レイさん。そのダンジョンにはどうやって行くんですか」


 ソールがゴマ達の代わりに質問する。レイの唇が動いた。


「ゴマ様達が試練を受けたあの祠の扉の先、その奥にダンジョンへと繋がる階段があります」


「階段を降りて進むのか。別に滑り落ちてもいいんだけどな」


「今となっては良い思い出だね」


「ダンジョンには、僕達3匹じゃないといけないのか? また街が襲われたりしないのか?」


 やや不安げなトーンでソールがレイに詰め寄った。しかしレイは毅然とした態度を崩さない。


「はい。あなた方3匹に頼みます。ダンジョンはいくつかの階層になっており、次の階層へ向かう階段を守護する魔物がいるのです。中途半端に戦力を分散させて挑めば、確実な死が訪れるでしょう」


「に、にいちゃん……ッ!」


「心配すんな、ボクは最強の勇者だぞ。大船に乗った気分でいろよ! ニャッハッハッハ」


「……その船が沈んでここに流れ着いたんじゃん」


 兄弟猫の反応に、コホンとレイが咳払いをし、間を開けずに話しを繋いだ。


「そして襲撃の心配なのですが、ここ最近は1周間の間隔で訪れています。ですがご安心を。ダンジョンの階層毎に、この街に繋がるワープゲートがあります。そこを解放すればその階層とこの街で行き来できるようになります。残念ながら今は、その扉は閉まっていますが」


「なるほどな。1周間経つ前にそのワープゲートを開いて、で、その階層のボスみてぇなのを倒して、ヒホウの様子を見に行くのか。なんだ楽勝だな」


「にいちゃん。階層がいくつかあることを忘れてるよ。襲撃される日にちを意識しながらダンジョンを攻略しなきゃいけないから、時間に気をつけないと」


「……それで、この頼みを引き受けてくださるでしょうか」


 レイの琥珀色の瞳が、3匹に選択を求める。

 答えたのは――。


「やるぜもちろん。それによ。ボクは相手のカードが視えるんだ。どんな攻撃されたって大丈夫だ!」


「ぼ、僕も『護る』で兄ちゃんを守ったし、それに『連撃』があれば協力できる。やります」


「街の不安があるけど、ゴマ君達に任せっぱなしも申し訳ない。分かった。僕も行くよ」


「ありがとうございます。では、今日は準備をして、明日、祠へと案内いたします」


 3匹は頷いて、明日にそれぞれの想いを向けた。

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