覚醒

「ボクら兄弟でぶっ倒すぜ!」


 再生しない石像と、ふらふらながらその場に踏ん張るルナ。

 ゴマが短く吠えた。


「あの石像に攻撃するから、壁に激突するように頼んだぞ」


「無茶だよ兄ちゃん!」


 口で文句を言いつつも、兄猫の動きを見極めようと注視するルナ。

 今まで、攻撃は全てゴマに跳ね返ってきた。しかしそれは誤解だと、ルナとの協力によって気付いたゴマは、引き直したカード群をタップして髭を上下に揺らした。


「シールドアタックだ!」


 裏拳のように一撃が石像の胸を穿つ。続いて二撃目は腹を捉え、三撃目は胸と腹の中央を叩いた。


「ルナ! 今だ!」


「うん!」


 ゴマの身を引く動作と連動するように、ルナが石像の首にまとわりつく。嵐に弄ばれる布のように振り回されるルナ。だが、離れまいという意思を瞳に宿している。


「こっちだ!」


 その合図に、するり、とルナが石像から弧を描くようにして離れる。いや、正しく表現するなら、ゴマのいる方向に重量のある布切れが吹っ飛んで来たような、と表現するのがしっくりとくるだろう。ルナが力なく軌道に沿ってゴマに向かった。


「ルナ。おいルナ。起きてるか」


「う……うん。ごめん。何か力が抜けちゃって」


 ゴマの前脚によって受け止められる。申し訳ないという風に表情を浮かべるルナ。労うように微笑むゴマだが、ドンッ、という音がして、耳をピクピクと動かし顔を別の方に向けた。

 石像が、ゴマの叩いた腹部から衝撃波を放ちながら宙に浮かび、踏ん張りの利かない空中で再度衝撃波を放って壁に激突したのだ。


「兄ちゃん……!」


 期待の響きを持つルナの声に、ゴマは頷く。


「あぁ。ぶっ飛ばしてくるぜ」


 壁に激突した後にも衝撃波を放っていたのだが、どうやら決め手には欠いたようで、蜘蛛の糸を散らしたかのようなひび割れの線を全身に残している。

 戦意は消えていないようで、今も壁で揺れ動く。

 そんな石像の前に、ゴマが立った。


「これでしまいにしてやるよ」


 1枚のカードを敵に見せつける。前脚で掴んだカードのエネルギーがゴマの両腕に留まり、爆発するように煌めいた。


「拳のカードだ。喰らえ!」


 跳躍と突風。

 ゴマの突き出したネコパンチが、空を切って流線の糸を引く。

 空気が金切声を上げ、真空同士が弾けて突風を生じ、気高い獣の雄叫びにも似た音を響かせる。


 ゴマの拳が石像に届く。石の体に太い亀裂が刻まれる。

 しかし、まだ石像は諦めてないのか、ひび割れの激しい腕をゴマへと伸ばす。ゴマもその抵抗には気づいているのだろう。だが、ネコパンチは引かれることはなく、むしろ、その拳を深く深く石の腹に沈めていった。

 石で出来た指が蛇のようにゴマの頭を覆い、反撃のチャンスを窺っている。少しでも気を緩めれば握りつぶさんという石像のプレッシャーが掛かる。


 


「へへっ。てめぇにはちょっとだけ感謝してるんだぜ。ルナと一緒に戦えるなんて思ってなかったからよ」


 太い亀裂がまた1つ刻まれる。

 石の指がゴマに近づく。


「守ってばかりで気づかなかった。あんなにタフだったってことによ。だから、力を手に入れたら、今度は横で守ってやるんだ」


 バキ、バキ。

 石の肌が崩壊して、連なるように体を、ゴマを覆っていた指が崩れていった。




「兄ちゃん、怪我はない?」


「当たり前だぜ。ボクはピンピンしてるぞ」


 石像2体を倒したゴマ達は、互いに怪我の確認をし合っていた。


「にしても、まさかあの骨野郎と同じ反射を使ってくるとは思わなかったな」


「うん。兄ちゃん苦戦してたもんね」


「苦戦はしてねぇよ。ただ、倒し方が分かりにくくて戦闘が長引いちまっただけで……」


「それを苦戦というのではありませんか」


「「レイさん!」」


 祭壇からいつの間にか降りていたレイが、ゴマとルナを見ていた。

 激戦があった場にいたというのに、そよ風に吹かれているような穏やかな表情をしていた。


「これで、あなた方2人には力が与えられます」


「そうか。ボクがこれ以上強くなるなら、もう骨野郎は敵じゃないな」


「僕はこの力で、みんなを守るんだ」


「あなた方の選択が力と代わり、手助けすることでしょう。まずはルナさん」


「は、はい」


 レイがルナに近づくと、腰に付けていたケースを指差した。ルナは何となくそれを掴み手元に置いた。


「あなたの気持ちが力へと代わり、その力が皆を助けるでしょう」


 ルナのケースに嵌められた宝石が輝き、青紫色に輝いた。


「うわ、わ!」


 ルナの周りにカードが出現し、ルナの持つケースに集まった。

 ゴマはその光景に口を半開きにして驚いていたが、現象が落ち着いたと見ると、ルナの背中を軽く叩いた。


「やったなルナ。これでちょっとは強くなったな」


「……うん!」


「さて、ゴマ様」


 レイがゴマに振り向いた。


「あなたは、完全には力を得ていません。ですが、半端であるにも関わらず、その力を存分に使いこなしています。ですから、あなたに力が渡ったとして、どうなるか。私には分かりません」


「なんだ? ボクだけ変わらないかもってことか」


 頭を縦に振ったレイ。ゴマは、ふん、と鼻を鳴らした。


「まあ元々ボクは強いからな。例え力が手に入らないとしても、困るってことはねぇよ」


「そうですか」


 レイがどこか納得するようにゴマを一瞥すると、ケースを指差す。ルナの時と同じで、ゴマも手にケースを持った。


「あなたの気持ちが力へと代わり、その力が皆を助けるでしょう」


 紫の発光がゴマとレイを囲む。1つ1つがカードに代わり、ケースの中に集まった。

 ケースに嵌められた紫の宝石が一段と輝きを強くし、夜闇を淡く紫に染めた。

 どくん、と、心臓の音にも似た穏やかな低音が一つ響いた。


「……よし! これでボクは更に最強になったって訳だな! あ、そうだ」


 ゴマが石像だった石片の山に近づき、ケースをかざした。

 紫の渦が発生し、たちまち石片が全て吸い込まれる。

 その現象をルナは不思議そうに見つめ、ゴマは満足そうに頷いた。


「『反射』カードだ! これであいつと同じことが出来るんだな!」


「兄ちゃん。良かったね」


「バカ野郎。おめぇもやるんだよ」


「え!? 可愛そうだよ」


「可愛そうもあるか。おら、ケースを壁の奴にかざせ!」


 無理やりケースをかざしたルナは、半泣き状態だったが、ケースから青紫の渦が発生し、ゴマと同じくカードが生成された。


「ん? 『護る』なんだこれ?」


「さあ?」


 ルナのカードにハテナ顔を浮かべていたが、まあいいやとかぶりを振るうと、来た道の方角を見つめた。


「待ってろ骨野郎。今退治してやる!」


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