本当は良い人

「本当にこんな所にあるのかよ」


「はい。存在しています」


「早く行かないと、あの巨大スケルトンが来ちゃう」


「しかも祠ってことは試練かなんかあるんだろ。なぁレイさん、走らねぇか。時間ねぇよ」


「必要はありません。このまま進めばいずれ着きます」


「いずれっていつだよ」


 ゴマ達を覆う暗がりの木々達。楕円形や鋸歯形きょしじょうの葉などがゆらゆらと風に弄ばれては、風に乗ってゴマ達にちょっかいを掛けている。時折遠くからカタカタと音がしたり、地面が揺れたりして、雑木林に凄む魔物が悲鳴を上げるように草木を揺らしたりもしていた。月の光とランプの灯り、明度の違う2つの光が時折混ざったようにして、道を金粉を撒いたように明滅させる。

 それらに一瞬魅入られるゴマだが、それが幻と理解すると、虚しく顔を伏せた。


「レイさんよ。ソールさんは迷ったりしてねぇ。今からでもソールさんを呼んで3匹で力を得るべきじゃないか?」


「兄ちゃん……」



 少し前のことだった。祠に案内出来るのはゴマとルナの2匹だと、レイが告げた後。


「ちょっと待てよ。ソールさんは? ソールさんも力を手にすれば、あん野郎なんて一発だ。だから、ソールさんも連れて行くべきだろ」


「心に迷いがあるものは、あの祠には一生辿り着けません」


「んなのやってみなけりゃ分からねぇだろ。レイさんは知らねーだろうけどよ。ソールさんはコスモレンジャーのみんなをまとめてる凄いやつなんだ。迷ったりしねぇよ」


「いいえ、彼には迷いがあります」


「だからそんなこと――!」


「ゴマ君。ルナ君。行ってきてくれ」


 熱を帯び始めていたゴマを制したのは、やつれた顔で笑うソールだった。


「でもよ! ソールさん!」


「レイさんが言ってることに心当たりがあるんだ。それに、レイさんはいじわるするような悪い人じゃないよ。ゴマ君、ルナ君。任せた」


「……レイさん。案内してください」


「ちょ、おいルナ!」


 離れていくレイ達の背中を追いかけた。


 そして、現在に至る。


「なあルナよ。レイさんって猫を見る目ないんじゃねえのか。ずっと戦ってきたソールさんじゃなくて、弱虫のお前を選ぶんだからよ」


「弱虫じゃないよ。それに、レイさんは街の人に慕われてる人だし、僕らをあの小屋に泊めてくれた良い人だよ」


「そうか?」


「うん。あの街の浜辺に漂流した僕らを、最初に助けてくれたのもレイさんなんだ」


「そうなのか?」


「うん」


 先導するレイの後ろ姿を、頼もしく見つめながらルナは話しだした。


「漂流した時、僕とソールさんで兄ちゃんを引きずって島の中央に向かったんだ。そしたら、僕らと同じサイズの人間さんがたくさんいてね。珍しい物を見るような、怖いものを見るような、複雑な目をしてたんだ。こっちもどうすればいいか分からなくて困ってたら、レイさんが声を掛けてくれたんだ。『大丈夫ですか?』って」


「それは、大変だったな……」


「最初は心細くて不安だったけど、街の人の手伝いをしてくれるならしばらくあの小屋を使って良いって言ってくれたし、街の人に僕らの話しをしてくれたり、街の風習を教えてくれたり、何から何までお世話になりっぱなしで、いつも感謝してるんだ。だから……」


 ルナがそっと、腰にあるケースに前脚を伸ばし、暖かい感情を秘めた瞳でケースの宝石を覗き込む。


「もし力が手に入るなら、レイさんや良くしてくれた人達のために戦いたい。兄ちゃんみたいに強くはないかもだけど、一生懸命街の人のために尽くしたい」


「ルナ……」


 ポコの姿が重なる。弱虫で、大事な時に腰が抜けちまう弱虫野郎だったポコ。

 けど、今はコスモレンジャーの一員として最前線で戦い、ゴマにも負けない力を持った。

 一体いつ強くなったのだろう。

 どこで成長したのだろう。

 地底世界に迷い込んだ時はあんなにもオドオドしていたのに、どこか頼もしい。


「ルナよ、大事な事を忘れてるぞ」


「え? なに?」


『こういうの、素直に褒めてやるべきなんだろうけどよ……』


 きょとんとしたルナの顔を見据え、一呼吸する。


「お前の力を借りる前に、ボクが全部解決しちまうから出番なんて一生こねぇよ」


「え? でも今ものすごく兄ちゃん困ってるでしょ!」


「それは今だけだ。力を得るのはボクも何だぞ。生意気言うには早いぜ」


「生意気じゃないよ! 兄ちゃんを助けたいから付いてきたんだ!」


「それを生意気って言うんだよ。ボクよりも弱っちいくせに。それに……」


「それに?」


 お前が傷付くところなんて見たくねえんだよ。


「……何でもねえ。とにかく、身を守れるくれぇの力だと良いな」


「え? う、うん」


 それが、ゴマが絞り出した兄としての言葉だった。

 素直になるのってたまに難しい。奥歯にこびりつく本音を噛み砕いて、気まずい苦さを味わって、やっぱり難しいと思った。


「……祠に着きました」


「本当にあったのかよ」


 楕円形をした祠には重々しい鉄の扉が付いている。手前には何かの祭壇の様なものがあり、こちらは円形をしていた。鉄の扉以外は所々欠けていて、表面も風化していた。それは祭壇も同じで、手入れがされてるのか祠よりは綺麗だが、調べれば祠と同じ年月に出来たことは想像出来る。


 レイが祭壇のふちに足を乗せる。ゆっくりと、祭壇の中央に向かい、着くと、膝を折って両の手を組み祠を見上げた。

 

「多様とは選択肢。選択肢とは運命。運命とは試練。我らが確信する自由は選択。枝分かれする先にあるのは暗黒、今一度、進む者に試練を与えん」


「ニャ! それは!」


 夢で聞いた言葉。


 それはどういう意味なんだ。


 聞こうとゴマが前脚を動かすが、それよりも先に、鉄の扉が開いた。


「わっ! 鉄の扉が勝手に開いちゃった!」


「……おいレイさん、力を得るって、つまりそういうことなのか」


「……はい、この祠のガーディアンを倒すこと、それがあなた達への試練です」


 ゴマの視線の先には、人間のような姿をした石像が斧を持って現れた。

 それも2体。


「へっ! ちょうど良いぜ。強いカードが欲しかったんだ。まとめてぶちのめしてカードにしてやる」


「兄ちゃん! 僕どうすれば」


「お前はそこら辺に隠れてろ。一瞬で片付けてやるからよ!」


 言うやいなや、ゴマはカードを展開して素早くカードをタップした。選ばれたカードはゴマの攻撃動作に合わせるようにして展開された。


「シールドアタック3枚だ!」


 肘まで固定されたシールド2枚を前方にかざし、隙間の無いよう盾を合わせて突撃した。硬質な物に当たり砕ける音。それを確認してからゴマは敵をシールドで抱え上空に投げた。


「砕けちまえ!」


 両の手に装着された盾が消えると、ゴマは何かを掴む動作をして上に飛んだ。

 すると、光が収束し、盾がゴマに掴まれるようにして出現。


「おらよ!」


 盾を水平に振り切った。石像は当たった腹部から粉々になり、パラパラと石の雨を降らした。


「……ぐっ!?」


 前脚をぐっと握るゴマが、後方に弾き飛ばされた。

 地面にやや埋まる形で着地したゴマは、その違和感の正体に目を大きく見開いていた。


「これ、あの巨大スケルトンとおんなじじゃねえかよ!」


「ゴマ様。どうか油断しないでください」


 レイの言葉がした。


「油断って、今仕留めただろ。油断なんて……ニャ!?」


「これは試練。あなた方の答えを示すまで終わりません」


 石がより集まり、さっきの石像がまた立ち塞がった。

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