漁業とカードの町
「んにゃ、ボクは、ボクは……!」
遠くなる太陽、奪われていく体温。
水飴のように纏わり付く海水を、振り払って叫ぶ。
□■□■□
「ボクはまだ、旅がしてぇんだ!!――んにゃ?」
覚醒したゴマは、力いっぱいの声で叫んだ。後ろ足で思い切り飛んで起き上がり、見知らぬ天井があることに気づいた。
「ここはどこなんだ……?」
「あっ、兄ちゃん」
蝶番が錆びてるのか、黒板を引っ掻くような音が部屋に響く。ムッとしてそっちに振り返ったゴマは、歓喜の表情を浮かべた。
「ルナ、ルナ無事だったか!」
ベットから飛び出したゴマ。ルナが立つ戸口に向かって駆け出す。
歩き方がどこかおぼつかないのに、目には感情が迸ってるように見える。
「兄ちゃん起きたばっかりでしょ。よろよろ動いて、見てて心配だよ」
野菜や果物が入ったざるを置いて。ルナは空いた前足でゴマの腕を背負い、ベットへと導いてやっていた。
「ソールさんは? あとここはどこなんだ? ニャンバラに戻ったのか?」
「ソールさんは村の人達の手伝いに言ってるよ。あと、ここはニャンバラじゃないんだ。ニャガルタでもなさそう」
「あ? それはどういうこった?」
ゴマが首を傾げた。地下世界であるここには、猫が築いた文明がある。特に首都にあたるのがニャンバラとニャガルタ。ゴマ達は主にこの2つの国を行き来し冒険を繰り広げていた。
けれど、そのどちらでもないというのなら、どこなのだろうか。
「あ、そうだ。レイさんを連れてくるから、じっとしててね」
「あ? ああ……」
ベットにゴマを寝かすなり、嬉しそうにはしゃいでルナが飛び出していった。
「何かボロっちい木の家だし、ボクも外で冒険したいぜ」
ルナとソールが真っ先に外の世界で冒険や交流を深めてることに、ゴマは嫉妬したらしく不満気に眉を逆八の字にして、しかめっ面をただただ扉に向けていた。
「兄ちゃんお待たせ、連れてきたよ」
「おう、ようやくか、って、え!?」
「……」
明るくルナがゴマの紹介をしているが、内容が耳に入らないのか、ゴマは入ってきた者をじっと見つめていた。
絹糸のようにキラキラと輝くような若葉色の髪、淡く透き通るような肌は、微かに発光しているように見える。微かに伏せられた瞳からは、見つめる者に神秘を感じさせる琥珀のような輝きを覗かせている。
が、ゴマが何よりも驚いていたのは、妖精を思わせるような容姿ではない。
「人間、しかも、ボク達と同じサイズ……」
人間は猫より大きい。だからゴマ達と同じサイズ感であるはずがない。合わせようと言うのなら、ミランダの協力が必要だ。
「はっ! もしかしてミランダの仕業か!」
「兄ちゃんどうしたの?」
「思い出したんだ、確かボク、ミランダに助けを求めて……」
そこまで言って、ゴマは口を閉じて前足を組んだ。
確かに助けを呼んだ。その後ワープゲートが開くのを見た気がした。なのに、その先が思い出せない。
薄っすらとワープゲートらしき光が見えた、ような、かもしれない。
「んー、やっぱり思い出せねえな」
「ごめんね、レイさん」
「いえ。病み上がりなのだし、記憶が混乱していても仕方がありません。ところでゴマ様」
「何だ?」
レイという少女が、何かケースのような物を手にゴマへ歩み寄った。
「ん?」
差し出されたそれは、ケースの真ん中に透明な宝石が埋め込まれていた。逆にそれ以外の装飾は無く、革だけだった。
「なんだ? 貰っても良いのか?」
「はい。ここで過ごすのなら必要ですから」
「何だそれ。まあいいや、貰っておいてやる」
ケースをありがたく受け取った。
一体何なのかいまいち分からないが、改めて見ると、ルナもレイも腰に同じようなケースを下げていた。
ここではそれが常識なのだろうか。ゴマは悩みそうになったが、外から聞こえる賑やかな声に好奇心が心を染め、脚を弾ませた。
「一体どんな場所か見てやろうじゃねえか!」
■□■□■
「大漁! 大漁!」
「このくらいで譲ってやるよ」
「へへ〜ん、付いてこいよ」
荷車と人の活気、子供の笑い声と料理の香り。
ゴマは、見える全ての光景に目を輝かせ、髭を天に傾けていた。
「なんだよこれ、めっちゃ楽しそうじゃねえか!」
「兄ちゃんはしゃがないでよ。まだ病み上がり何だから」
「うっせー! これがはしゃがずにいられるかよ! それ」
石のタイルを後ろ脚で蹴り出す。
肉球に伝わるひんやりとした感覚に土の暖かさが混じっている。 数本の木を横切り、人がたくさん集まる丸い円形の場所に出た。
「なあ、これなんだ?」
「井戸だよ!」
声をかけた小僧が元気よく答え、「そうか、井戸って言うのか!」ゴマが叫ぶように笑う。
「面白えな! あれは!?」
次に駆けていった場所は、何やら古い布を屋根代わりにしてるお店だった。
「ようおっちゃん、何売ってるんだ?」
「あぁー、今はね、カボチャとかとうもろこしとか売ってるよ」
「魚はあるか!」
「ここらへんは無いね、あるとしたらあっちかな」
「おう! ありがとうな」
人々が道を開ける。見慣れない毛の色、知らない眼の輝き。
赤茶だったり真っ白だったりする建物の壁、思いっきり叩くとくるくる回るパンの形をした看板。
「楽しい楽しい楽しい!」
ふさふさな屋根に飛び乗り、屋根から屋根へと飛び移る。地面へ急降下で降りると、パラパラと細い藁が舞い踊った。
「あぁー!」
「すまねえな」
手押し車に落ちたと気付いて、サッと降りて走り出す。
藁のどこか懐かしい香りに、太陽と海の香りが混ざる。背丈の短い草を踏みつけ、人々の視線を掻い潜って、ゴマは走る。
「ニャッホー!」
少しだけ緩やかな斜面の道を、まるで小さな丘から飛び出すように、ゴマは地に脚が着くなりまた飛び出つ。
「今なら、あの太陽にだって前足が届きそうだぜ」
何度も伸ばす前足が、今日だけは陽の光を捕まえれそうだと、ゴマは何度も挑戦しては短い草を散らしては宙を踊った。
「あ、ゴマ君! 目が覚めたんだね!」
「んにゃ? ソールさんじゃねえか!」
おーい、とソールが元気よく手を振る。
周りには、当然だが人間がいる。何やら青く光るものを店に置いているようだ。
「魚だ!」
「ゴマ君、そんなに走ったら危ないぞ」
「へっへ! 頂きだぜ!」
小さな獣が宙を舞った。
いや、
小さな獣が前進しながら舞うように落ちてきていた。しかも軌道はちょうど、魚を卸している店へと続く。
危機を感じた人間は巻き込まれたくない一心か、必死に店から離れていく。
「頂きます!」
「ゴマ君!」
「んぎゃ!」
みっともない声の主はゴマだった。それも、網に捕らわれている。
「ゴマ君、食べたいならお金を払わないと」
「くぅー、眼の前に好物があるっていうのによ」
ズルズルと引っ張られるゴマが、一部の人間に叱られたのは言うまでもない。
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