第5話 取引しようよ

 俺と楓先輩のイチャイチャを人に見られてしまった。それも三年生に、これはまずい…奈子は学校では大人気の人物。ファンクラブがある程に、そしてその大半は三年生なのである。


 危機感を感じ、楓先輩に状況を伝えると焦っているのか口を開き固まってしまった。固まるんじゃなくて動いて欲しいんだけど。


 固まってしまった楓先輩を無理やり動かすのも憚られるので、楓先輩の意識が戻ってくるまで待とうとしたがそんな余裕はなかったようで。


 後ろにある職員室前の廊下から中庭に繋がる扉が開く音がする。楓先輩を膝の上に乗せたまま、ただ時間が過ぎるのを待つ…それが残された選択肢。そう思っていると、後方から草の上を歩く音がしてくる。


「ねぇ、君ってもしかして奈子様の幼馴染の子?」


 そう言いながら俺たちの体面に座る女。一言で言えばギャル、二言目はでかい。何とも女性らしい体つきをし、その肩まで伸ばした髪を金色に染めインナーカラーに赤が入りふわっとウェーブが掛かっている。


「いや、どうでしょうね」


 俺はまだ固まっている楓先輩の背中に手を添え、顔を見られないように隠した。


「ふぅん、そういう態度取るんだ」


 でも、と言うとスマホをこちらに向け彼女は続け。


「さっき二人の顔写真は取ってあるから無駄な抵抗かもよ?」

「……」


「あー、えっと。別に取って食おうってわけじゃないから、そこだけは安心してほしいかな。報告もしないから」


 彼女の言っている意味が分からない。目の前の人はさっき奈子様と言っていたにも拘らず報告しないと言ってくる。この人はファンクラブの会員ではないのか?


「それは…どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。君って朝にもう一つ噂流れてたよね…その子なんだ」


 彼女の言っているのは朝、修吾と話していた事だろう。出来るだけ小さな声で話していたつもりではあったが、どこかしらから聞き耳を立ていたのかそんな噂が立っていたとは。


 だがここは弁解する必要は無さそうだ。なぜなら彼女はこう口にしたから。


「取引をしようよ。私の望みに応えてくれるなら、君たちの事は見なかったことにする。何なら誰にも見つからないイチャつき放題な場所と時間を提供しよう。私もね、君たちの恋は応援したい。だからさ私の恋も応援してくれないかな」


 これは断る事の出来ない交渉だ。証拠は見つかっているし、もしかしたらこの人が刺客なのかもしれない。でも、『誰にも見つからないイチャつき放題な場所と時間を提供しよう』という言葉に魅力を感じた。


 この学校内で人目を完全に断ち切るのは難しい。この学校は四階建てで一から三階までは職員室、保健室、学年ごとのクラスがあり、四階に学食。そして俺と楓先輩の部室も4階だ、放課後以外は大体人が校内の何処かをうろついて居る事になる。


 もし誰にも見つからない場所があるのであれば知りたい。もし、本当にそんな場所があるのならこの人の話を聞く価値はありそうだ。


「はぁ、内容を聞いても?」

「ふふ、興味が出てきたみたいだね。でもその前にお互いの事をもっとして置いて損はないと思うのだよ、自己紹介もまだだったしね。私の名前は白川しらかわ 実夕みゆ、三年2組で奈子様のファンクラブ第一号だ」


 そして彼女は続ける。


「生徒会に入っていて、奈子様と共にこれまでずっと仕事を一緒にしてきた。言ってしまえば奈子様の一番の友達にあたるのかな。次はそっちの番だね。君の事は知ってるから、その子のこと教えてもらおうかな」

「えっと二年生の葉月 楓さんです」


 俺がそう言うと、白川先輩は葉月…と呟き、


「ふむ、君がその子との関係を隠したい理由は大体分かったわ。見つかると普通にやばいだろうしね…よし!それじゃあ本題に入ろうか」


 白川先輩は楓先輩の事を知っているのか、それなら話は早い。だが取引内容がまだわからない以上この人が敵か味方か見定める必要はありそうだ。


「私はね、奈子様ととても仲がいいのだよ。それも私が一年生の時からの仲でね。最初は憧れだけだったんだけど、階を上がるごとにどうにも私は彼女に対して他の感情が生まれ始めたんだ。それは多分君たちにも理解できることじゃないかな」


 白川先輩は言葉を続ける。


「私は奈子様を性的対象として好きなんだ」


 その言葉を聞いてなんとなく交渉内容が見えてきた気がした。


「つまり、取引内容って…」

「私と奈子様を恋人関係にする事だね」


 そんな無茶な…そう心の中で思うが、やらないという選択肢を取れない以上拒否権はない。


「わかりました。ではよろしくお願いします」


 俺が取引に対して承諾すると、ふふっと笑みを零すと五時限目の予鈴を知らせるチャイムが鳴ってしまう。


 急がないと遅刻してしまうと思ったのだが、楓先輩が膝の上に居ることを思い出し顔を見てみると。


 そこには、俺の胸の中で涎を軽く垂らしながら熟睡中の可愛らしい寝顔があった。


 遅刻してもいいかもなそう一瞬心の中で思ったのは内緒である。


 

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