第18話 寂寥感(せきりょうかん)

「先生、かっこいいわよね。ねえ、告るの? ねえ、壮夫くんが口を滑らして、私があなたのこと。……その ……す、す、す。……まあ。私の気持ちを言ったわけじゃない。それなのに。その返事もなく。先生、かっこいいですって、何かのフェチなの?」


 すでに、一志はボロボロで、息絶え絶えとなっている。


「そこな、子ども達、おやめなさい」

 なぜか、遠巻きに見ている、じいさんと、その他門下生。

 見かねて、声をかける。


「誰あんた?」

 そう言って、水希は眉間にしわを寄せ、険しい顔で振り返り、和を見た瞬間、表情が柔らかくなり、後ろにいた凪海を見て、舌打ちをする。

 そして、てんちゃんを見て、動きが止まる。


「あんた達が、一志の言っていた、ラブラブ、バカップルね」

「ひどい、言いようだね。そんなにじゃれついてる、つもりはないのだが」


「一志が言っていたわ」

「嘘だ、そんな事は言っていない」

 むっくりと起き上がった一志君。意外と平気そう。丈夫だね。


「まあ、一志君も、平気そうだけれど、そのくらいにすれば? それこそいちゃついているとしか思えないし」

 そう言うと、門下生達が、頷く。


「そうだ、そこのお姉さん、無手の組み手をお願いします。見ての通り一志は弱いし」

 それを聞いて、凪海は首をひねる。


「いやねえ。一志君は、あなたと遊びたいから、手を抜いているだけなのに。私が取っちゃったらかわいそうよ」

 そう、凪海が言った瞬間、水希ちゃんの首が凄い勢いで回転し、一志君を見る。


「本当なの?」

「あーうん。おまえブランクがあるし、道場に居たときの二つ名。破壊の女王と言っても中学生レベルだしな。今も空手をやっているみたいだけど、重心も何もかも違うし、当て身は痛いけど、逃がせばどうということはない。家は、逃げないようにはじくように衝撃を置いてくるけど、それができなくなっているな。空手は型を見せるために残心をするから」

 それを聞いて、理解したようだ。

 さすが、破壊の女王。


 ぶわっと、顔が赤くなったと思ったら、いきなり前蹴りから左右のワンツー。

 だが蹴りあげた瞬間も、足を内側に流され、重心が狂った。その後、狂った重心での左正拳さらに、それも内側へ流され、右正拳は、かなり無理な体勢で打たれた。

 まあ、よろよろと突きだした右手は、そのまま手首を取られて引っくり返される。

 肩甲骨脇に、膝を入れられ動けなくなる。


「こんな、まさか一志なのに」

 今ので、手玉に取られたのを理解できたようだ。つまりずっと本気じゃなかった。


 技を解かれた水希ちゃんは、立ち上がらず。ぼーっと放心状態。


 ふと見た視線の先で、さっき浦島太郎のようなこと言っていた男が、もう一人、女と共に組み手をしているが、始動から先が見えない。

 拳は、真っ直ぐ突き出したのに、ブロックを見ると、フック用。

 つまり、あのスピードで、軌道を変化させている。


 と、言うことは、遊んでいるのか、特殊な技があるのか?

 蹴りでは、前に向けて太ももを振り上げ、その後膝から先をけり出すときに、まっすぐ行くか腰をひねり、足先を回転させることで蹴り方向を変えることができる。


 だが、拳でそれは難しい。


 一体どんな鍛錬をすれば、と思ったら、よく見ると二人ともにこやかな笑顔。

 雰囲気は、えーい、和。やったなあぁ、こいつぅ。おかえしだあぁ。

 そんな感じ。

「あーうん。ラブラブね。やっていることは、非常識なんだけどね」

 スピードと、踏鳴(ふみなり)。中国武術で震脚(しんきゃく)と呼ばれるものも、床が抜けそうな勢い。


 それに、途中で入る、あの動きが止まるのはなに?

 見ていると、何かの折にふと、女のほうの動きが止まり、男がニヤける。

 あっ。見えないけど、分かった。きっと、抜き手か何かで胸の先をいじってる。

 受けた後、女のほうが、ちょっと頬を膨らませ胸を隠す。


 やっぱり、ラブラブね。楽しそう。



 見ていると、礼をした後。

 こんどは、棒術?

 それが終われば、刀剣?

 馬鹿なの?


 でも、やっぱり楽しそう。

 あれ、あの二人が完全に組なの?

 普通相手を変えて…… そうよ。あの二人、休みなし。

 ずっと、あのスピードで動いている。

 そして、あのおふざけは、必ず入ってくる。

 それも疲れたのか、彼女の意識が散漫になった時。


「凄いだろ。あれでも型と、体の使い方の練習だから、全力じゃないんだぜ。俺も大学生くらいになれば、あのレベルになれるかな」

 脳天気に一志が言ってくる。


「大丈夫よ。絶対あの二人、普通の人間じゃないから。あのレベルにはなれない」

「そうかなあ? 行けそうなんだけどなあ」

 一志はやっぱり一志ね。あんなの無理に決まっているじゃない。


「てんちゃん。相手して」

「ぬっ。一志殿か、なら本気でお相手いたそう。何分持つかな?」

 そう言いながら、謎の生き物がやって来た。


 そしてお互いに礼。

 あーうん。分かっていなかったのは私だけ。

 変な生き物も、本気の一志も化け物だった。

 だが、その本気の一志を、変な生き物はコロコロと転がす。

 的確な、指導付で。


 この時、水希が見える人なら、周りの数人が光に包まれて、動き回っていることに気がついただろう。念の強化をするためにずっと力を流したまま鍛錬をしている。

 その後、水希は道場へ帰ってきた。

 そして、コロコロと転がされる日々を送るようになる。

 それはそれは、楽しそうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る