第3話 おや? 僕もおかしい

「パワーアップしたのは事実」

 凪海の目の前で、ハート型に型抜きをしたにんじん達が舞い踊る。


「確かに。でも動かす方向にでは無く、動かさない方向に集中してみて」

「今度は、座禅でも組もうかしら?」

「受けるなら、予約をしよう。僕も一緒に受けるよ」


 そうして今度も、一緒に修行を受けてみる。

 滝行と違い、意外と座禅体験をさせてくれる所は多く、すぐに見つかった。


 最近は、滝行もそうだけど、座禅もマインドフルネスと呼ばれ外国人さんも受けに来るようだ。ただ、座禅とマインドフルネスは目的が違うらしい。

 座禅は、無我を目指し、何も考えず自分というものを見つめる。

 マインドフルネスは瞑想中に浮かんでくる事柄に注意し、その気づきを見つめるようだ。


 土曜日の夕方、二人で予約したお寺にやってくる。


 山門をくぐるとき、妙な力を感じたが押し通る。

 凪海も感じたようで、目が合ってしまう。


 受付はすぐに見つかり、手続きを始めた。

 初めて受けるので、無難に六〇分コース千円を受けることになっている。

 案内にしたがい、持参したトレーニングウエアに着替える。


 滝行の時は、白装束でドキドキしたが、こっちは大丈夫そうだ。

 白装束って、濡れると透けるんだよね。

 『透けにくい物も在るので探してみてね』と教えてくれた。

 凪海も気がついて、でも怒るわけではなく恥ずかしがっていたっけ?


「和。どうしたの? 行くわよ。そのだらしない顔とよだれは何?」

「あー、この前の滝行を思い出して」

 素直な僕は、つい、そう答えてしまった。


 ビシッと音がするくらい凪海が固まる。

「もう。エッチ」

 そう言い残して、先に集合場所に行ってしまう。


 案内されて、禅堂へと向かう。

 ここは、専用の別棟になっており庭が見える方に座布団が並んでいる。

 この座る場所を単(たん)と言って、安単(あんたん)で着座する。

 禅堂には居る前は軽くお辞儀をして中へ入る。


 軽く座禅について説明を受けて、一七時から止静(しじょう)これ以降はしゃべってはいけない。

 座り方だが、正式には結跏趺坐と言って右の足を左足の腿の上にのせて、その上に左足を、右足の腿の上にのせる。足の裏が両方見えている状態で組む。

 だが、当然のように慣れないと組めない。


 そのため今回は、半跏趺坐という片足だけを乗せるもので許して貰う。


 手は法界定印という形を作る。右手の掌上に左手をのせて親指同士を軽く合わせる。

 目線は、半畳先へ目線だけを下ろす。顔は下げてはいけない。

 座像の形を思えば良いらしい。

 座ったら、体を最初大きく左右に揺すり、そして徐々に納めていく。自身の中心位置を探す。左右揺振と言うらしい。


 そしてお鈴(りん)と呼ばれる鐘がならされ、打坐(たざ)が開始される。ゆっくりと、複式で深呼吸を繰り返していく。

 今回、打坐は三十分二回勝負。二炷(しゆ)目と言うらしい。


 雑念を、おさえ、心を無に…… 心を無に…… 心を無に……。


 おっと、いかん。寝てしまう。


 私は無心。何も考えていませんよ。

 だが、ふつふつと湧き出る雑念。

 きっと今の脳内は、雑念が九十八パーセントを占めているのだろう。

 懐かしいな。一時期流行ったよな。

 おっといけない。また雑念が。

 考えちゃ駄目だ。考えちゃ駄目だ。考えちゃ駄目だ。


 いや、何もかも懐かしい。

 無っ。無にならないと。

 雑念め。こんなにも僕を侵略してくるとは。

 いや、これは逆に好機。各個撃破で雑念を倒せば勝機はある。


 むっ。なんだこのプレッシャーは?

 プレッシャーはそっと肩に、木の棒。『警策』が乗せられる。

 ああそうか。文殊菩薩(もんじゅぼさつ)様の激励を頂こう。


 合掌をして、受ける意思を示し、礼をする。

 前傾をして、両手を脇に移動。頭を左側に傾け右肩に2回警策を受ける。

 こんどは、頭を右側に傾け左肩に2回警策を受ける。

 お互いに一礼をして、元の座禅に戻る。


 結局、三十分間。警策を受け続ける。

 警策マスターとなってしまった。


 一炷(しゆ)目が終わった後、お坊さんも苦笑い。

「中学生でしたね。ですが、もう少し心を落ち着けて。それができればきっと普段の生活も安定をするでしょう。勉強に集中できるとか」

 軽く嫌みをぶっ込んで貰った。


 心なしか、こちらを見る凪海の目が冷たい気がする。

 とりあえず、にへっと笑い返しておく。


 さて、お鈴が鳴らされ、二炷目だが俺にとっては、第二回戦が始まる。


 無。無。無。無。無。

 私は、無。無に成るのよ。

 無になるの? そう、風に吹かれてたなびく梅の枝。

 何も考えず。ただ大気の流れにまかせて、より沿いたなびく。そんなことでは、役を取られてしまう。

 あれ? ……誰に?


 はっ。プレッシャーが。

 軽い痛みと、心地良い響き。


 お辞儀をする。


 これは駄目だ。

 逆に、周囲へ意識を広げてみる。

 内なる方ではなく、外へ外へと。


 僕の後ろをうろつくお坊さんの気配。そして共に座を組む人々の息づかい。

 窓を抜け、風と木々。

 どんどん自身の意識は拡散して、希薄になっていく。

 此処はどこ? 私は誰? 


 そして、闇が広がる空間と、その中に光明。

 気になり、そちらへ向かう。


 これは地球? でも何かがおかしい。


 うっすらと、大気に闇を纏っている。

 降りてみる。


 大地には、崩れ果てたビル群。

 燃えさかる炎が、まるで八岐大蛇のように地表を舐めていく。


 それは、一匹だけではなく幾つも存在している。


 残っているどこかの軍隊だろうか? 八岐大蛇にミサイルを撃つが、当然突き抜け自身の都市を破壊している。


 そして、すぐ近くに日本を見つける。

 日本では、何か光と波動を感じる。

 あれは、地表に広がる地獄から湧き出たような鬼達の軍団。

 だがそれに、対峙をする。同じく? いや人と物の怪の軍団。


 その先頭で、剣を掲げて軍を鼓舞しているのは、僕?

 大人になっていたが、あれは僕だ。

 剣を触媒にして、神威を乗せた剣の一振り。

 それだけで、鬼達が真っ二つになっていく。

 そうだ、この太刀で八岐大蛇は退治をした。


 そして、後方。凪海は聖なる光を体に纏い、無から神の軍団を生み出していく。

 さすが、我妻。

 そして悔しいが軻遇突智の鍛錬をした剣は、魔を切断すると同時に清め浄化をする。


 『和。和』どこかで、凪海が我を呼ぶ声がする。


 ――我は此処だ。


 凪海を抱きしめる。


 その瞬間。視界が戻る。


 目の前には、お坊さん。きっとさっきまでバシバシしてくれた人だろう。

 両手を開き、目を見開いている、お坊さんを解放する。

 お坊さんの位置がずれ、見えるものが天井に変わる。

 天井には、四神獣が書かれており、僕を見つめていた。


 すぐ側には、心配そうな表情をした凪海を見つける。

「あれ? どういう状況?」

「突然倒れて、訳の分からない言葉をしゃべっていたの」

 凪海が説明をしてくれる。


「体は大丈夫かね?」

 別の和尚さんも声をかけてくれる。


 パニック発作とかを持っている人は、たまにこういうことを起こすらしい。

「大丈夫です」

 そう言ったが、体が固まって動かない。


 しばらく、ゴロゴロした後、無事にお寺を後にする。

「あーまいった」

「どうしたの?」

「それがなあ…… あれ? 何かを見たんだが」

「本当に大丈夫?」

 心配そうな顔が、のぞき込んでくる。


「まあ、大丈夫。そっちは? 何か実感したか?」

「明鏡止水を体得したわ」

「本当か? それは楽しみだな」

 手を繋いで、家に帰る前に、お土産を買いに向かう。

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