4-11
「今助けるぞ、海斗」
タロウの声が遠くから聞こえたような気がした。辺りを見てもタロウの姿は見つからなかったので、死ぬ間際の幻聴でも聞いたのだろうと思った。
兵士たちが一斉にあとじさる。鈴田がそれを掴みあげ、声をあげた。
「セッツア! セッツア!」と叫んでいる。他の兵士からも叫び声が聞こえてきた。
海斗も、それがなにか分かった瞬間、反射的に体が跳ねる。
それは、人の頭だった。
寝ていた集団の中から悲鳴が聞こえ、人々が起きあがって逃げ出している。
何頭かの馬がテントや寝ている人々の中を割って入り、トゥアの人々を追いかけている。
兵士たちは海斗から離れ、構えた姿勢をとる。よく見ると、馬たちは蹴ったり踏みつけたりしようとしない。セトたちの馬だ、とすぐに見当がついた。
トゥアやグァルの人々は、パニックに陥っている。
少年を殴りつけた兵士が叫んでいた。なにが起きているのか、といったような口ぶりだ。
助けが来た。助けが来たのだ。
ティアがタロウを乗せ、兵士たちのほうへ突進してきた。兵士たちはライフルを構えようとしたが怯み、逃げる。タロウはいつもの姿をしていなかった。
身長三メートルの、夢の中で聞かされた本来の姿に戻っている。タロウだと分かってしまうのは、これまで培われてきた絆があるからだろう。兵士たちが逃げたのは、その背の高さに恐れをなしたのかもしれない。
縛られていた縄がいつの間にか解けていた。物理干渉がなにもなかったので、これはタロウの使った超能力なのだろうと察した。
テレポートと変身、模倣が得意というだけで、聞かされていない細々とした力も使えるのだろう。タロウが近づいてくる。海斗はすぐに、タロウの前に――ティアに乗った。
「すまない、助けるのが遅くなってしまった」
背後からタロウの声が聞こえる。
「いいや。ありがとう。ありがとう――」
心底安心し、そう言っていた。
「グァルの調査が済み、海斗のもとへ助けを送ったんだが、一足遅かったようだ」
兵士たちがタロウに向かい一斉にライフルを撃つ。タロウは手を伸ばすと、薄青いバリケードのようなものを張り、弾の全てを弾き返した。
「これはお前のメモから得たものだぞ、海斗」
ちょっと愉快そうに笑う。海斗は少しだけ嬉しくなった。
「こんなに早く活きたのか」
「チェルムの何人かの若者が使えるようになってな。我々も模倣できるようになった。これで空からの最初の攻撃をリューズが守ることもできた。さて次は」
タロウは周囲を見渡す。
ふと、目の前でパニックを起こしていた四五〇〇人の人々が、一斉に消えた。
毛布とテントだけが残った大地の上で、急に静けさが辺りに満ちる。ティアの周囲を回る足音が聞こえ、やがて兵士たちの前で止まった。グァルとトゥアの兵士たちは流石に驚いたのか、タロウの様子を眺めている。
「何事ですか」
鈴田が前に出てきて言った。
タロウの隣に一人、同じツモの人間だと思われる人が馬に乗りやってきた。
兵士たちを見回し、大声で言い放った。
「武器をおさめよ。ツモ惑星第七皇帝、王配殿下の御前である」
海斗はびっくりした。皇帝の側近だと言っていたではないか。あれは嘘で、実はその夫だったというのか。訊ねてみたかったけれど、周囲は静まり返り、気楽には話すことのできない雰囲気になった。
「はは。これを海斗に言ってしまうと距離を置かれる気がしてなぁ。なぁに、姉さん女房で尻に敷かれているだけの、あまり実権を持たない放浪夫さ。だから『側近』なのさ。ここだけの話な」
海斗にこっそりと言う。鈴田は妙な機械の類で誰かと連絡を取り始めた。
タロウは陣を組んでいた兵士たちに言い放った。
「調べはついている。このチェルムは我らの庭である。今ここにいた四千五百人を、貴様らの惑星へ送り返した。我がツモの大軍をチェルムに放ち、今、東、西、南、全て似たような状況下にある。この地より南南東三キロメートル先に、我が軍が控えているぞ」
話がそれぞれの兵士たちに通じるのか、どよめきがわき起こった。
どうやら、タロウの言葉はそれぞれの国の言葉に、頭の中で自動的に変換されるらしい。これはツモの惑星が生まれ持つ特性だと、タロウの隣にいた人が教えてくれた。
「庭とはどういうことですか」
鈴田が訊ねる。タロウは詳細を省いて「我らが創った世界である」と説明をした。その場にいる全員が顔を見合わせていた。
「逆に訊ねよう。人の惑星の庭で暴れるとはどういう了見か」
「…………」
鈴田はなにも言えないようだ。何森と、他数名が焦ったように遠くから走ってきた。おそらく鈴田から連絡がいき、慌ててやって来たのだろう。
「カリンツェは私の配下が拘束した。今、グァルの王に話をつけにいっている」
次第に周囲から反発するような声があがった。そんな星は知らない、どこの皇帝だか知らないが、勝手なことを言うな、といった様子だ。
「それで、その。セッツアを殺したのはあなた方ですかな。ツモ惑星第七皇帝、王配殿下」
何森が事態を把握したのか、背筋を伸ばし言った。
「大和の国では千田と名乗っていたやつだな。そうだとも。彼一人の首を刎ねることにより幾人もの命が救われる」
「我らの計画を邪魔し、我らの仲間の首を刎ねた。いい話ではないですな」
何森は合図を送る。再び一斉に銃弾が放たれようとした時――何森の周りにいた兵士があっけなくバタバタと倒れた。再び驚きの声がわいた。
この光景は見たことがある。おそらく、スーダの能力を模倣したのだ。
「我らとやりあう気ならば、こちらもそういう手段を取る。超能力が使える人間は獣か? 我々も使えるぞ」
タロウの声がいつもより頼もしく、威厳があるように思えた。
「貴君の庭であろうと関係のあることではない。大体そんな話は信じられない。我々は、どんな者を敵に回してもここの領土を奪う計画を遂行する。そう命令を受けている」
何森が言った。
「まるで幼子の言い分だな。カリンツェはもうこちらで捕えたと言っただろう。ものごとには段取りというものがある。それがわからぬのなら、ただの盗賊と同じであろうよ」
何森とタロウの睨み合いが続く。地平線の向こうで、朝日が昇りはじめていた。
「あなたがツモという惑星の王配殿下であるならば、その証拠はございますか」
タロウは口元を緩める。
「おまえさんがたはその目でちゃんと見ていたかね? チェルムが空爆で破壊されていくさまを。チェルムで逃げ惑う人々を」
「ええ。空から何度も見ましたよ」
タロウは高く声をあげた。
「愉快であったか? あれらは我が軍が力を駆使しチェルムの人々に化けて逃げ惑うふりをしていただけだ。チェルムの総人口は我が星の軍とほぼ同等の数なのだよ。負傷者は出たが訓練で鍛えあげられ、身を守る術を知っている奴らだ。さして被害も大きくなかった。まるで見極めがつかなかったようだな」
何森は表情を変えた。海斗も少し疑問に思った。
リューズが空爆を避けたと言っていた。空爆は実際に起こったのではなかったのだろうか。
「そんなことを言って嘘をついても無駄ですよ」
「信じられぬか。そんなにチェルムが欲しいのであれば、チェルムの人々を二度と傷つけないことを条件に、貴様らに丸ごとこのチェルムを与えよう」
海斗がなにか言おうとしたのを、タロウの隣にいる人が止める。そのしぐさは厳かで、ある程度の重みがあった。この人こそが、本物の側近なのだろうと思った。
何森は「はっ」と笑った。
「チェルム人と共存するなど。チェルム人がどうなるかわかった上で言っているのでしょうな」
「チェルム人は本当のチェルムにいるぞ」
「意味がわかりませんが」
海斗も意味がよくわからずにいた。タロウは大きく両手を広げた。
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