4-8


医務室の外にいた男に連れられ、また例の暗い部屋に戻される。

 

もう、簡単に動くことはできそうになかった。

 

倒れ込み、両拳で床を叩いた。一人になると感情が一気に溢れてくる。


人間爆弾だなんて冗談じゃない。


光が差し、ドアが開いた。何森が入ってくる。


「調子はどうかね」

「忌々しい作戦に、吐き気を催すよ」

「明日、早々に人間大砲の準備をすると指令が入った。まあ人を運ぶのに何日かはかかる。それまでに覚悟をしておくんだな」

「自爆させてどうするんだ。後始末が大変じゃないか」

「しばらくは混乱が続くだろうがな。トゥアの人間に任せるよ。奴らは単純に動いてくれるからね」

 

何森はドアを閉める。外から厳重に鍵を閉める音が聞こえた。敢えて聞かせているようにも感じられる。 


策がなにも思い浮かばない上に、チェルムの状況も把握できない。挙句、タロウと二人三脚で創った世界の中へ死に行くのだ。また、震えが起きそうになる。


いや、これはチェルムへ戻る好機と受け止めていいのではないだろうか。


視界が揺らいだ。麻酔が効いているせいか、全身がだるく眠気が襲ってくる。


「たった数日でこんなふうになるなんて……」


瞼が重く、目を開けていられなくなる。


死ぬのか。逃げられるのか。ふたつにひとつ。


軽く夢に見たのは、遠い日にタロウと遊んでいた記憶が脚色されたものだった。




麻酔が切れてから何度も痛みにうなされて目を覚ましていた。おかげで寝不足だ。ドアの向こうから重たい靴の響きが聞こえる。鈴田が数人を引き連れてやってきた。日本語を話せる人間をあてがったのだろうと考えられた。


「行きますよ。あなたは矢になるまで、一応人間として扱います。一応」


熱も出ておりふらふらとしている。


海斗の精神状態は極限にあった。


「質問をしてもいいですか」

「なんでしょうか」

「あなたはなぜ、UNステーションで働いているのです」

「グァルの上層部の命令でした。個人的な理由では青木と同じです。貧しい家族のため」

「UNステーションでのあなたの役割は」

「情報係です」


海斗は笑った。澤部を筆頭に、おそらくUNステーションにいる日本人は隣の人間が宇宙人だと誰も信じていない。少なくとも三人はいるのに。


「あの世界もいずれ、乗っ取る計画ですか」

「……それはまだ先の話です」


それでも、視野にあるようだ。 


杖をついて時々鈴田に肩を借り、足を引きずりながら歩く。


施設の外に出ると、広大な敷地の中を、空爆機や戦闘機みたいなものの他に、旅客機が並んでいた。英字が見られる。ディア共和国から仕入れたものだろう。


乗れと言われる。大砲の類は既にチェルムに移送され、一万五千人の人間は旅客機で、何機かに分けて運ぶらしい。階段を登ると既に席は埋まっており、人々は高揚した表情で座っていた。少年や少女ばかりだ。


普通の旅客機であるにもかかわらず、機内の雰囲気は異様だった。空気が硬く重い。

多くはトゥアの人々だろう。誰もが戦うことと、チェルムを侵略することしか頭にない様子だ。席は三人がけで、海斗は真ん中に座るように言われる。隣には鈴田と、もう一人、屈強な男が座った。逃がさないためだろう。


時々話声は聞こえるものの、静かだった。キャビンアテンダントが本来いるところには、迷彩服を着た男たちが、監視するかのように立っている。堂々とした表情から、グァルの人間だろうと察しがつく。迷彩服を着た一人が大きな声でなにか言った。


「ベルト、閉めてください」


鈴田が言った。ドアが全て閉まり、飛行機が動き出す。映像が映し出されるところは、真っ暗なままだ。これから巨大な装置の中に入る。飛行機に乗ったのは、高校の時の修学旅行以来だ。離陸時はどうしても不安になる。しかも滑走路の先は、巨大な装置の中。


次元を超えるのだ。


窓の外を眺める。赤い空は禍々しく感じられる。音が大きくなり、旅客機がだんだん勢いづいてくる。チェルムのどこに降りるつもりだろうか。おそらく北方地帯になるのだろう。あのあたりが一番、着陸に向いている場所になる。しかしそんなにうまく着陸できるものなのだろうか。


いや。上手く着陸できなくてもいいのだ。そうなったらなったで、北方地帯に爆発を引き起こせる。


爆発。心臓がまた、いつかと同じく唸りだした。この旅客機も、一種の武器なのだ。

ここに乗っている人々はもう、海斗の価値観から見れば捨てられている。


グァルやトゥアの人々から見て、みんな死んでしまっても構わない人間なのだ。


鈴田にも監視をしている男たちにも、そういう覚悟はあるのだろう。


機内はガタガタと揺れ、やがて胃の浮くような感覚が訪れる。


飛行機が地を離れて浮いたのだ。わっと、歓声があがった。

 

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